Book9看板 Dragon Sword Saga9 〜Ⅶ.-4〜
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~ 第9巻『時の歯車』 ~

剣月紫ライン  Ⅶ.『科学と魔道』 妖精紫アイコン4 ~ 科学VS魔法 ~  剣月紫ライン

 マリスは、仰向けに倒れたまま、ピクリとも動く様子はない。  ケイン、カイル、ミュミュが、駆けつけた。 「マリス! ……マリス! ウソだろ? まさか、きみが、そんな……!」  信じられない思いで、ケインが震える手を伸ばし、マリスを抱えた。 「……救えなかった! マリス、ごめん! きみを死なせてしまうなんて……!」  ケインはマリスを強く抱きしめた。目尻に涙がたまっていく。  すると、いきなり、マリスが跳ね起きた。 「痛いじゃないのさっ! よくもやったわねーっ!」 「うわーっ! 生きてた!?」  ケインもカイルもミュミュも、驚いて飛び上がると、身を寄せ合い、よほど怖い ものでも見たのように、震え上がった。  額を赤く腫れ上がらせたマリスは、立ち上がると、怒りをあらわにしたアメジスト の瞳を、ハガネ・ロボットに向けた。 「マ、マリス、ミサイルとかいうのが当たったのに、……大丈夫なのか?」 「そ、そうだよ! 今までの弾よりも、なんかデカかったし、威力もあったぜ!」  ケインもカイルも目をこれ以上できないくらいに見開き、びくびくしながら、 きいていた。 「今の科学力じゃあ、ここまでが限界なんじゃないの?」  マリスは、ケインたちに向き直りもせずに答えていた。  驚いていたのは、彼らだけではなかった。 「は、博士、ミサイルが効きません!」 「う~む、計算では、小屋ほどの建物ならば破壊し、人に当たれば確実に殺傷する ものであったが」 「なんですって?」  ぴくっと、マリスの目が細められた。 「火薬の量を、もう少し検討してみる必要があるのう。スコットくん、記録しておく のじゃ」 「はい、博士!」  スコットは、白衣から巻き紙を切ってまとめたものを取り出すと、いそいで書き 留めた。 「殺傷能力のある弾丸を、ぶつけるとは。よくも、このあたしに、ふざけた攻撃して くれたわね」  マリスが両手の関節をボキボキ鳴らすと、火のような瞳で、ギロックをにらみつけ た。  と同時に走り出すと、今度は、ロボットではなく、博士へと向かったのだった。  驚いたギロックが、慌てて操作する前に、マリスが操作機を蹴飛ばした。  リモートコントローラーは遠くに飛ぶと、落ちた。 「こっ、こらっ! これは、科学と魔法の戦いのはずじゃ! ワシらを直接攻撃する のは、ルール違反じゃぞっ!」 「そんなの関係ないわっ!」  マリスは、ギロックの胸ぐらをつかみ上げると、バシバシッと、頬を平手で打った。 「あ、あなた、やめてください! 博士に、何をするんですっ! やめてったら!  博士が死んでしまうっ!」 「はあ? 人のことは、殺そうとしたくせに、何言ってんのよ!」  止めようとする助手スコットに、マリスが回し蹴りをくらわせると、スコットは、 ポ~ンと、軽々飛んでいった。 「マリス、やめるんだ!」  我に返ったケインが、慌てて走り出し、マリスの腕をつかんだ。 「ちゃんと手加減してるから、大丈夫よ」 「……そうは見えないけど」  ケインが横目でギロックを見下ろすと、博士は、はあはあと、息も絶え絶えで、 両頬は真っ赤に腫れていた。  ケインは、マリスの手からギロックを開放させると、マリスを抱きしめた。 「ケッ、ケイン!?」  マリスが驚いた。 「生きていてくれて、良かった……!」  ケインは、心からホッとした声になった。  マリスは真っ赤になり、どうしていいかわからずに、固まっていた。  その時、尻餅をついていた博士が、しわがれた声を、振りしぼって叫んだ。 「でかしたぞ、スコットくん!」  その声に、ケインとマリスは、ハッとして、スコットを見た。  目を回していたスコットが、ふらつきながら起き上がり、偶然、近くに落ちていた リモートコントローラーに、手を伸ばしていたのだった。 「う、動くな、小僧ども! こ、これを押すぞ!」  震える声で、スコットが言うと、震える手で、リモートコントローラーの、ある ボタンを指さした。 「ぶわーっははは! あのボタンが、貴様らに、わかるか!?」  ギロックが、狂ったような笑い声を上げた。 「あれは、ハガネの最終兵器じゃ! あれを押すと、ものすごいエネルギーを溜め 込み、一気に放射し、大爆発が起きる! さっきのミサイルよりも、さらに広範囲を、 悲劇が襲う! このタイスランの町など、あっという間に、火の海じゃーっ!」  そして、ギロックは、数式や化学式だと言って、ペラペラと喋り続けて説明して いたが、彼と助手以外には、なんのことやら、さっぱりわからなかった。 「動くな、お前たち! まずは、博士を放せ! 放さないと、スイッチをオンする ぞ!」 「汚ねえぞ、お前ら!」  いつの間にか、岩陰に戻ったカイルが、顔だけのぞいて叫ぶ。 「ぶわははは! なんとでも言うがいい! 蔑(さげす)まれることこそ、天才の 証(あかし)!」  ギロックと助手は、高笑いし続けた。 「大爆発だなんて、そんなのハッタリだわ。さっきのミサイルだって、あの程度だっ たじゃない。それに、もし、そんなにすごい爆発が起きるんだったら、あんたたち だって、無事でいられないのよ。それでも、そのボタンを押せるの?」  マリスが、冷めた目で、助手と博士とを見る。 「ワシらは、科学のためには、自分の命など惜しくはない。それは、お前たち凡人に は、理解出来ぬことかも知れぬがのう」  狂喜さえも感じられる博士の目には、マリスもケインも、ゾクッとした。  ギロックは、よろめきながら、スコットに寄っていった。 「博士! 大丈夫でしたか?」 「なんの、これしき!」  白衣の不健康そうな男は、頬が真っ赤に腫れてしまった老人に、操作機を手渡した。  マリスが悔しそうに、彼らをにらみながら言った。 「どうする、ケイン? あたしたちが、負けを認めちゃえば、町も巻き込まずに済む し、簡単なんだけど、……なんか、イヤだわ」 「ああ」  ケインもうなずく。 「あんな危険なものを、このままマッド・サイエンティストたちの手元に置いておく のは、もっと危険だ。なんとか取り上げないと」 「ぶわははは! かといって、その剣で、直接ハガネに攻撃してみろ。その場で、 大爆発が起こる! 例え、その剣から魔法が発動出来たとしても、大爆発は、魔法を 上回る! 止められはせん。どうじゃ、手詰まりじゃろう?」  勝ち誇ったように、ギロックが笑った。 「博士、所詮、奴らの意志とは、その程度のものなのです。たいした信念もなく、 結局は、自分たちの命が、一番大事なのでしょう」 「まだお子さまじゃから、しょうがあるまいて。ワシらのように、信念に、命を賭け ることを知らぬのじゃ」  スコットとギロックが、そのように、聞こえよがしに話すのを、マリスも、ケイン も、岩の後ろにいるカイルも、悔しそうに見ているしかなかった。  その時、カイルの後ろで、小さな竜巻が起こった。  カイルが驚いて振り返ると、竜巻はおさまり、吟遊詩人と、クレア、ラン・ファが 現れたのだった。  無事に、魔道士の塔で登録を終えた二人が、吟遊詩人と戻って来たのであった。 「ああ、クレア! ラン・ファさん!」 「まあ、カイル!? どうしたの、そのケガは?」  クレアが、カイルのミイラ男さながらの姿に、目を見開いた。  カイルは、情けない声を出した。 「あの機械じかけ人形を造った博士たちにやられたんだよ。ああ、ラン・ファさん、 ちょうどいいところにいらした! ボクのこのひどい怪我を、あなたの魔法で、是非 治してください!」  そう言って、カイルがラン・ファの手を握ると、側にいたミュミュが、小さな両手 をかかげた。カイルの傷は、すぐに回復した。 「ほら、治ったよ」 「余計なことを……!」  カイルが舌打ちして、ミュミュをにらむが、ミュミュは、いいことをしたとしか 思っていないようで、にこにこ笑っていた。 「ところで、カイル、あれは、なんなの?」  やさしく慰められることなく、カイルは、クレアたちに、ハガネ・ロボットの説明 をすることになった。 「あいつら科学者らしいが、なんでも、魔道よりも科学の方が優れているとか、科学 で、この世に貢献するんだとか言って、変な機械じかけの人形で、俺たちに挑戦して きたんだよ」  カイルは、見て来た一部始終を、ざっと話してきかせた。 「まあ……! あら、でも、挑戦を受けているのは、ケインとマリスで、あなたは、 ここで、何をしているの?」  クレアの質問を、まったく気にしない調子で、カイルは続けた。 「ハガネ1号は、あのギロック博士ってじいさんの持ってる小さな箱形機械で、 遠隔操作が出来るんだ。あのロボットは、ものすごい大爆発を起こせて、そうなった ら、このタイスランの町も吹き飛んじまうんだと。それで、ケインもマリスも、手が 出せないんだよ」 「なんてことなの……!」  青ざめるクレアの隣で、吟遊詩人は、特に驚くことなく、呟いた。 「へえ、大爆発ねぇ」  ギロックとスコットの笑い声が、一段と大きくなった。 「ぶわははは! さて、お前たち、いよいよ降参するかね? 魔道よりも科学の方が 優れていると、認めるかね?」  妙にやさしい口調で、ギロックは、二人をもう一度見た。  博士もスコットも、勝利を確信した笑いは、とても抑えられないようであった。 「しょうがない。ここは、一旦、負けを認めておいて……」  そう言いかけたケインが、マリスを見るが、彼女の方は、そんなことは考えたくは ないようで、キッと前方を見据えている。 「おや? 先ほどの元気は、どこへ行ってしまったのかね? ショックのあまり、 声も出ないか? それは、科学の方が上回っていると、認めたということで良いのか ね?」  と、笑いながら、ギロックが、嫌味な言い方をした時だった。  ヴゥウン……!  ハガネ・ロボットのすぐ横の景色が、蜃気楼(しんきろう)のように歪んだ。  間もなく、そこには、黒ずくめの男の姿が、現れたのだった。 「うわああっ! なっ、なんじゃ、貴様は!? いいい、いったい、どこから現れ おった!?」 「ヴァルッ!」  ギロックが叫ぶのと、マリスが叫んだのは、同時だった。  長身の、黒い髪に、碧い瞳の、無表情な男。  それは、一行と旅を続けてきた、魔道士ヴァルドリューズだった。  ギロックは、いきなり現れたヴァルドリューズに、一瞬うろたえたが、すぐに冷静 になった。 「そうか、魔道だな? おぬし、魔道使いであるな?」  そのギロックの言葉を聞いて、驚愕していたスコットも、いくらか平静さを取り 戻す。  対するヴァルドリューズは、以前とどこも変わりなく、冷静な碧い瞳で、頭一つ分 高い、ハガネ・ロボットを見上げた。 「ヴァル! そいつは、町全体を巻き込むほどの、大爆発を起こせるのよ! そして、 魔法は効かないというわ。気を付けて!」  マリスの簡単な説明と、場の雰囲気から、ヴァルドリューズは、深刻な事態を察し たようであった。 「ふ、ふふん。いくら魔道士どもが現れようと、このワシの傑作品ハガネ・ロボット 1号には、勝てぬ! 貴様とて、大爆発は怖かろう?」  ギロックの抑え切れない勝利の笑みは、ヴァルドリューズにも浴びせられた。  ちらっと、ヴァルドリューズは、カイルのいる岩の方へ、目をやった。  カイルの後ろでは、この非常事態にもかかわらず、吟遊詩人が、退屈そうに寝そべ り、欠伸(あくび)をしている。  詩人は、彼に言っていたことがある。 『僕には、ほんの少し先の未来なら、見当が付くんだよ』  ヴァルドリューズは、ハガネ・ロボットに視線を戻す。 「よいか! ワシらの技術には、魔法は通じぬ! これからは、魔道より科学の時代 なのじゃ! ぶわーっはっはっはっ!」  ギロックとスコットが、我慢出来ずに、勝利の高笑いを爆発させ、マリスとケイン が、悔しそうに二人をにらんでいる。  ヴァルドリューズの片方の手の中で、眩しく光が湧き出した。  それには、マリス、ケイン、ギロック、スコット、岩陰のカイルたちも気が付いた。 「うわっ! バカッ! やめろ、ヴァル!」 「大爆発がぁぁぁ!」  カイルと、スコットが叫ぶ。 「ぶわっははは!」  博士だけは、笑っていた。 「いくら魔法攻撃をしようと無駄じゃ! 計算では、ハガネの力は、そのへんの魔法 ごときには、かなわない……」  博士が言いかけた時、ヴァルドリューズのてのひらの光球が徐々に膨張していき、 人の頭よりも大きくなった時、それは、ロボットに向かって、発射された!  ドヒュウウウウウウン……!  バチバチバチバチッ!  どがああああっ!  電光が、ハガネ・ロボットを包んだと同時に、ロボットは、木っ端みじんに吹き 飛んだ! 「うぎゃーっ!」 「ひえーっ!」  近くにいた博士と助手は、爆風で飛ばされたが、せいぜい、ひっくり返って、 ゴロゴロと転がる程度だった。  砂煙とともに、小石や木の枝などがバチバチ当たる。ハガネの破片が飛び、彼ら の足元に落ちた。  予告された大爆発などは起こることなく、一行がぼう然と立ち尽くす中で、 ミュミュが、ぱたぱたと羽をはばたかせながら、指さした。 「ねえ、魔法で壊れたよ」 「あ、ああ、うん……」 「……そうだな」  ケインとカイルだけが、返事をした。 「バッ、バカなっ!? ハガネが、魔法ごときに!」  よろよろと起き上がる博士に、スコットも、げほげほ言いながら、続いた。 「は、博士……、どうやら、大爆発は、計算通りには、いかなかったようです」 「ううむ、そのようじゃな。こうなったら、スコットくん、もう一度、研究のやり 直しじゃ」 「は、はい!」  二人は起き上がり、土を払うと、ケインたちに向かって、声を張り上げた。 「よいか、お前たち! 今日のところは帰ってやるが、次に会う時は、もっとすごい ロボットを見せてやる! 覚悟しておけ!」  それだけ言うと、二人は、そそくさと、逃げるようにして引き上げていった。  こうして、科学と魔道の戦いは、あっけなく終わったのだった。  そして、ヴァルドリューズは何事もなかったように、一行へと歩き始めた。 「ヴァル……!」  マリスの顔が、ほころんでいく。  旅をしてから、二人が離れたことはなかった。  たった数日であったが、マリスにとって、長い月日に感じられた。  対するヴァルドリューズも、長年に渡る因縁にけりをつけた。短い時間ではあった が、彼にとっても、長い戦いを終えて来たところであった。  彼の、マリスを見つめる瞳が、ふっと和んだ。  マリスが駆け出す。  それを受け止めようと、ヴァルドリューズが手を広げかける。  が……、 「くっくっくっ……!」  奇妙なことに、ヴァルドリューズは微かに吹き出すと、声を押し殺して、笑い出し たのだった。  それは、これまで誰も見たことのないリアクションだった。当然、マリスでさえも。  驚いたマリスは、彼に飛びつく手前で、立ち止まった。 「お、おい。あのヴァルが、笑ってるぜ」  そう言わずにいられなかったカイルが、一番に、口を開いた。  他の者も、いったい何が起こったのかわからず、互いに顔を見合わせていた。 「な、なに? あんたが、そんなに笑うなんて、珍しいじゃないの」  マリスが、不思議そうに、ヴァルドリューズを見る。  普通の人間にしてみれば、冷静な笑い方ではあったが、ヴァルドリューズにしては、 珍しく、おかしさをこらえるように、肩を震わせていた。  そして、そのまま、片方のてのひらを、マリスの額にかざしたのだった。  マリスの額に出来ていた、拳ほども大きく、赤く広がった腫れが、引いていく。  完全に腫れが消えると、ヴァルドリューズが口を開いた。 「相変わらずだな、マリス」 「そっちこそ、随分なところは、相変わらずね。人の顔見て、いきなり笑うなんてさ」  気分を害したと言わんばかりに、マリスは、ちょっと膨れて、腕を組んだ。  それをも、ヴァルドリューズは微笑みながら、見つめていた。  一行には、感動の再会には、とても見えなかったが、その様子からは、ヴァルド リューズの微笑みが、以前のものとは違うことに気が付いた。  それが、本心からのように見えるほど、彼のしてきた戦いが、重く、大きかった もののように、皆は感じ取ったのだった。 「おにいちゃーん!」  ミュミュが、ぱたぱたと飛んでいくと、ヴァルドリューズに飛びついた。 「わーい! ヴァルのおにいちゃんだー! ホンモノだー!」  ミュミュが嬉しそうに、ヴァルドリューズをぺたぺた触っている間に、ケインも カイルも駆けつけ、クレアとラン・ファも追いついた。 「ヴァル、大丈夫だったか?」  ケインが、久しぶりに会うヴァルドリューズに、眩しそうな目を向ける。  戻って来たことを嬉しく思っているのは、その表情全体に現れていた。  彼を見るヴァルドリューズの瞳が、一層和んだ。  彼から見たケインは、どこか成長したようでもあった。  互いに意識していた以上に、信頼を寄せていたと、気が付いた瞬間でもあった。  皆の顔を一通り見てから、ヴァルドリューズが言った。 「皆、待たせたな。私の方のことは、何とか片付いたので、安心して欲しい」  ほっと安堵の空気が流れる。 「やっぱなー! お前が、負けるわけねえって、俺は、最初から信じてたぜ!」  カイルが片目をつぶって、ヴァルドリューズを肘でつついた。 「そうだわ、ヴァル、あなたがいない間、クレアが、すごく頑張ったのよ」  マリスがクレアの腕を引っ張り、連れ出した。 「えっ、わ、私っ、そんな……!」  クレアは頬を染めてうつむき、ヴァルドリューズの前に立たされる。  ヴァルドリューズがクレアを見つめるが、クレアの方は、顔を上げることが出来 ないでいた。 「魔力が、かなり上がっている。私のいなかった僅かな時間に、相当、能力(ちから) を付けたようだな」 「ホントだ! あっ、月の女神ルナ・ティアが見えるよ!」  ミュミュが、目を丸くした。  ヴァルドリューズは、クレアの肩に手を乗せた。  ハッとして、クレアが顔を上げると、ヴァルドリューズは、やさしく微笑んでいた。 「……私、……私、……やっぱり、皆の足を引っ張ってしまって……。だけど、皆に 助けられて……」  クレアは瞳を潤ませると、言葉に詰まってしまった。 「あー、もう、ごちゃごちゃ言わなくていいから、ほらっ」  マリスが、クレアの背を押した。  よろめいたクレアが、ヴァルドリューズの胸に、飛び込む形になった。 「クレア、よく頑張ったな」  ヴァルドリューズが、クレアの両肩に、軽く手を添えた。 「ヴァルドリューズさん……!」  混乱しかけていたクレアであったが、言葉にならないこれまでの思いが、あふれ 出したように、その黒い瞳からは、涙がぽろぽろとこぼれていた。  一時期スランプに陥ったクレアが、魔族との戦いで活躍したのを、マリスも、 ケインもカイルも思い出し、感動が甦っていた。


看板

 その夜。白い騎士団一行の再会を祝して、ハッカイの居酒屋では、宴会が開かれて いた。  翌朝、早々に旅立つ一行と、ハッカイ家族と従業員たちとの晩餐会でもあるの だった。  ヴァルドリューズとクレアは、魔道士が唯一飲むのを許されたアルコールである カシス酒を、他の者は、一般的に飲まれる木の実酒を飲んでいた。魔法を使うが、 ラン・ファは、木の実酒の方を飲んでいた。  そこでは、ミュミュとラン・ファ、ヴァルドリューズのいない間に経験して来た 出来事を、カイルが中心に語っていて、いつものように、誇大な表現で、事実と違う 箇所は、クレアに指摘されていた。  ミュミュは、用意されたミルクだけでは、つまらなかったのか、木の実酒やカシス 酒を味見し、カイルの食べている干し肉のつまみに興味を示し、話に夢中になって いるカイルの横から、肉の端をかじってみたり、ケインの食べている、果物を薄く 切って乾燥させたものを、両手にかかえるほど取ってきて、一枚一枚食べ、飽きると、 それにはもう見向きもせずに、マリスの食べている骨付き肉を物欲し気に見ていたが、 もらえそうもないとわかると、ラン・ファのところへ向かっていった。  ラン・ファの食べていた野菜の酢漬けを、一切れずつもらうと、野菜の芯が気に 入ったのか、芯だけを食べて、葉は残した。  ミュミュの居場所は、最終的に、ラン・ファのところに、落ち着いた。  いつもは、隅で、ただ黙っているだけのヴァルドリューズであったが、意外にも、 カイルを始め、初対面のハッカイたちも、ロボットを倒して町を救ってくれたことや、 物珍しさもあったのか、彼を放そうとしないのだった。  ヴァルドリューズとしても、このように引っ張りだこに合った経験などは、 なかったことだろう。 「あたし、あのカタブツ魔道士が、ここまで、皆に受け入れられるなんて、思いも しなかったわ」  マリスが、くすくす笑いながら、ラン・ファにささやいた。 「そうね」  ラン・ファも笑った。  従業員の帰った後は、一行だけの宴会が続いていた。  ハッカイが、新しいつまみや、酒を、用意している。  大テーブルでは、カイルとクレア、マリス、ケインが、その近くのテーブルには、 ラン・ファとヴァルドリューズが腰かけた。  カイルの話に、クレアが笑っている。ケインもマリスも、ツッコミながら笑う。  ミュミュが、ぱたぱたと、まだろくに話もしていないヴァルドリューズたちの方へ と、ゆっくりと飛んで来た。 「おにいちゃん、ラン・ファおねえちゃん、ミュミュね、こっちに戻ってから、 ずっとおかしいと思ってたんだけどね、ケインが、なんか違うよ。妖精の魔法が かけられてるよ」  ヴァルドリューズとラン・ファは、ミュミュを見た。 「ミュミュちゃん、妖精の魔法って、どいういうことなの?」 「多分、人間には見えないと思うけど、ケインの周りに、妖精の魔法と似たような キラキラが、時々だけど見えるんだよ」  ヴァルドリューズが、立ち上がった。 「ケイン、少し、診せてくれないか」 「えっ?」  わけのわかっていない顔でケインは、テーブルを離れた。  部屋の隅で、インカの香をたくと、ヴァルドリューズは、その近くに、ケインを 座らせる。  呪文を唱えるうちに、ケインは目を瞑り、座ったまま、催眠状態となった。  ヴァルドリューズはてのひらをかざし、念入りにケインを『診る』。  その様子を、ラン・ファとミュミュが見守っている。  ミュミュは、二人にしか聞こえないように、小さな声で言った。 「やっぱり、ヘンだよ。だって、ケインは、マリスを見る度に、ドキドキしてたんだ よ。マリスのことばかり気にしてたし。それで、余計にミュミュのこと忘れがちに なっちゃってさ、ミュミュ、つまんなくなってさ。  でも、さっき、ミュミュが戻ってからは、ケインがマリスと話してても普通で。 ミュミュの知らない間に、マリスにフラレてたとしても、そんなにすぐにドキドキが なくなるかなぁ? ああ、さすがに、さっき、ミサイルが当たった時は、マリスの こと、すごく心配してたけどね」  ラン・ファが、ヴァルドリューズを見る。 「マリスも、似たようなことを言っていたわ。ケインくんは、マリスとの会話だとか、 やり取りしたことを断片的に忘れているみたい。聞いていると、……どうも、彼女へ の想いを封印されてるように思えたのだけど、そんなことって、魔法で可能なの かしら? 私は、聞いたことないわ」  人間の使う魔法では、人の気持ちを変えるとすれば、催眠術である。だが、それ ならば、ヴァルドリューズにも見破ることが出来るが、彼が『診た』ところ、黒魔法 を使った痕跡はなかった。  ヴァルドリューズが香の火を消すと、しばらくして、ケインは、目を覚ました。 「黒魔法であれば、私に解けないことはないのだが……黒魔法を使った形跡はない」 「だとすれば、ミュミュちゃんの言うように、妖精の力?」  ラン・ファが尋ねる。 「ああ。そして、どこか、神の力にも似ているように感じる」  古代の神々の門番と接した彼には、そのように思えたようだった。 「その妖精だか神だかが、何で俺に? 何のためにだ?」  ケインは、首を傾げた。 「黒魔法でない、このような特殊な術を解くには、その術をかけた本人でないと 難しいだろう。ケイン、私たちのいない間に、接触した妖精か、もしくは、……神は、 いなかったか?」 「そんなのいなかったよ。ドラゴンに会った時に、竜神のゲートをくぐったけど、 皆もだし、別に普通だったと思う」  思い出しながら、ケインは語り続けた。 「ああ、それと、あの吟遊詩人くらいかなぁ、得体の知れないヤツは。あいつが、 癒しの谷に案内したんだ。それからは、ずっと現れなくて。そういえば、マリスの話 だと、俺の頭に石が落ちてきた時に、吟遊詩人がいたらしいんだけど、俺のことを 助けもせずに、すぐに消えたって。ヴァルの方にも現れたんなら、あいつ、ただ俺 たちの様子を見に来ただけだったのかも。あいつが何かしたとは思えないし」  ラン・ファとヴァルドリューズは、顔を見合わせた。


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 ハッカイの居酒屋二階では、ベッドが足りないため、ヴァルドリューズは、魔除け のインカの香を、マリスに預けてから、宿へ向かう。  ヴァルドリューズが、途中、ラン・ファの泊まる宿まで送る。  その道中に、ラン・ファが切り出した。 「ますますアヤシイわね、あの吟遊詩人くん」  当の吟遊詩人は、ラン・ファとミュミュを送り届けると、ロボットの大爆発後から、 姿を消している。 「彼は、ケインの持つ、『ドラゴン・マスターが持つ剣』を作った、マスター・ ジャスティニアスの使いだ」 「ということは、普通の人間ではないのよね。とは、私も気付いたけれど」 「神の血を引くと言っていた。彼の髪で作られたアミュレットは、古代の魔法から 私を護っていた」  ヴァルドリューズは、腕に巻かれた、ライト・ブラウンの髪で編まれた アミュレットを見せた。 「それが、なぜ、ケインくんの記憶を封じるようなことを? マリスをベアトリクス に送り届ける使命を実行してもらうには、邪魔な感情だから、ということかしら?  でも、彼は、ケインくんを導く役であって、ベアトリクスの問題とは関係ないで しょう? それとも、ベアトリクスの問題は、世界を揺るがすほどのことになる、 とでも?」 「蒼い大魔道士が、ベアトリクスを狙っている。彼がベアトリクスを手にすれば、 いずれは、そうなるかも知れないが……」 「蒼い大魔道士が狙っていることは、私も、ゴールダヌスから聞いたことがあるわ。 それでも、魔族が人間界を支配するほどのことではないと思うわ。なのに、なぜ……」  それ以上考えても、答えは出ないと、二人は悟り、しばらく無言で、歩き続けた。 「とにかく、無事で良かったわ、フェイ・ロン」  ラン・ファが、さらりと言った。  東洋語だった。  フェイ・ロンとは、魔道士名ヴァルドリューズの本名であった。 「でも、……大変だったでしょう?」 「ああ」  同じく、東洋語で答える。  ヴァルドリューズが、そう認めることは珍しい。 「一年前に出会ったあなたよりも、表情が豊かになったわ。もちろん、人から見れば、 まだまだ冷静に映るでしょうけれど。それだけ、あなたのしてきた経験は、あなたに 影響を与えた、ということね」  ダグトから返された首飾りを、ヴァルドリューズは、ラン・ファに返した。  ラン・ファは、それですべてを悟った。 「あなたとの戦いを、こんなものに頼るなんて……」 「ダグトは孤独だった。深く関わりのあった人間は、私たちのみ。奴は、古代魔法を 使った罰を受けた。せめて、奴のことは、忘れないでいてやりたいと思う」  ヴァルドリューズが、ラン・ファを見下ろす。 「あなたが、無事で良かった。ダグトは、非情にも、ミュミュの羽を奪った。あなた も、傷付けられたのではないかと、心配していた」  ラン・ファが立ち止まり、ヴァルドリューズを見上げた。  抑えていた思いが、解き放たれたように、彼女の顔は、女戦士のそれから、彼女 自身へと変わっていった。 「あいつは、私を汚そうとした。耐えられなかった! それで、ミュミュちゃんと、 脱出に踏み切ったの。以前の私なら、耐えられたわ。むしろ、『武浮遊術』の愛技で、 あいつを騙し、言うことをきかせるくらい出来たはず。なのに……」  ラン・ファの瞳が、潤んでいく。 「使いたくなかったの。ダグトでなくても、誰であろうと。一年前、あなたと別れて から、ずっと……!」  ヴァルドリューズがラン・ファを抱えると、ラン・ファは彼の胸にすがった。 「ラン・ファ、すまない。私が、もっと早くダグトの元へ駆けつけられれば、…… いや、一年前に、あなたと離れなければ、あなたに、そんな思いをさせずに済んだの かも知れない」 「いいえ、フェイ・ロン、あなたのせいじゃないわ。私の中の問題なの。あなたを 愛していたのは、もう過去のことだって……結局は、割り切れてなかったのよ」  ヴァルドリューズは、ラン・ファを見つめた。 「私は、忘れたつもりだった。だが、あなたを見ると……言葉を交わしてしまうと、 甦る。やはり、あなたは、今でも……大事な人に変わりはない」  ラン・ファが顔を上げ、二人の視線が、絡み合った。 「一年前、私たちは、戦いのために、別れることを選択した。今でも、それが正しい と思っているわ。冷静で最強の魔道士と、無敵の女戦士でいるためには、そうする しかないと。だけど……!」  せつない表情のラン・ファから、思わず口をついて、抑えていた言葉が出ていた。 「今は……、今だけは、忘れたいの……」  ヴァルドリューズが、なんとも言えない表情を浮かべ、強く、彼女を抱きしめた。  ラン・ファの手は、ヴァルドリューズの背を、愛おしい仕草で包み込んだ。  そうしていると、互いが無事であったことを、実感することが出来た。  改めて二人は、自分たちが安堵したことに、気が付いたのだった。 「あなたを愛したことを、後悔しているんじゃないの。むしろ、愛したからこそ、今、 こうして、あなたの無事が、こんなにも嬉しいのだとわかるの。あなたにも、周りに も、感謝さえしているわ。そして、それが、私のやすらぎとなっていることも」 「私も同じ思いだ」  黒いウェーブの髪をからめたヴァルドリューズの手は、彼女の背を上り、頭を、 彼の胸に、やさしく押し付けた。 「あなたとのことは、後悔はしていない」 「フェイ・ロン……!」  ラン・ファの声は、感動に打ち震え、小さく掠れていた。  無言のまま、短い時は過ぎた。 「ありがとう。もう大丈夫だわ。これで、明日からは、女戦士と上級魔道士に戻れる。 あなたは、本来の使命通り、マリスの側にいて。彼女を守って」  ラン・ファの表情は、ひとりの女から、女戦士へと、戻りつつあった。  魔道士ヴァルドリューズは、無言のまま、彼女から、手を放していった。


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