Book9看板 Dragon Sword Saga9 〜Ⅵ.-1〜
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~ 第9巻『時の歯車』 ~

剣月紫ライン  Ⅵ.『魔道士の登録』 妖精紫アイコン1 ~ 朝稽古 ~  剣月紫ライン

 朝早く、風を切る音が鳴る。  居酒屋の裏庭では、いつものように、ケインが素振りの練習をしていた。  剣が空気を裂く音は、彼が聞き慣れたものよりも、ずっと軽かった。  ケインは、手にしている剣を、じっと見つめる。 「今までバスター・ブレードで素振りをしていたせいか、マスター・ソードだと、 あの重量感がないなぁ」  父親から譲り受けた巨人族の剣は、段平よりもさらに大きく、重い。  バスター・ブレードを手に旅に出てからの二年間、朝稽古(あさげいこ)に素振りを してきた彼にとっては、物足りなさを感じていた。 「ふふっ、今日もやってる、やってる」  庭の木の上からは、薄い衣をはおった少年が、気配を隠し、眺めていた。  彼は、ケインと出会ってから、彼の朝稽古を、悟られずして、見守ってきていた。  彼には、ケインの心情がわかっていた。励ましの言葉をかけたく思っていても、 どうも、彼を前にすると、からかいたくなってしまう。 (きみは、バスター・ブレードに慣れてしまっていたから、今は、そのマスター・ ソードが物足りなく思えるかも知れないけれど、いずれは、それを使いこなせなけれ ばならない時が来るんだよ)  そう告げようと、彼が、木から下りようとした時だった。 「朝早くから、熱心ね」  穏やかな女の声に、ケインが振り向く。 「ラン・ファさん」  木の上の少年は留まった。  ラン・ファは、シンプルなドレスを着ていた。  このタイスランの街に着いてから、購入したものだった。  彼女の神秘的な黒い瞳が、ケインに微笑む。 「しばらく剣を振っていなかったから、私もお相手願おうかしら」  ドレスの後ろからのぞく彼女の右手には、刀身に近い柄に赤い宝石のついた剣が、 握られていた。  昨日出会ったばかりだが、ドレス姿しか見ておらず、これまでに見て来た女戦士 たちとは違う、やさしげな雰囲気のせいか、彼からすると、ラン・ファが戦士とは 結びつかなかったが、マリスの武道の師匠であるというからには、侮(あなど)るわけ にはいかない。  素振りに満足感が得られなかった彼には、相手にとって不足はなかった。 「よろしくお願いします」  ケインが、頭を下げる。  ぐだぐだと言い訳をせず、素直にそのような態度に出た彼に、ラン・ファは好感を 持ったようだった。  大抵の戦士は、女など相手にしないものであるが、彼がそうすることで、彼女の 実力を認め、敬意までもが表れていた。  妖精に認められた伝説の戦士の要素を持ちながら、自分の力を過信せず、謙虚に、 ラン・ファの申し出を受けたと、彼女には伝わった。 「お手並み拝見するわ」  にこやかに剣を構えたラン・ファだが、その目の奥が、きらりと光ったと同時に、 剣を繰り出した。  ケインに焦った様子はなく、マスター・ソードで受け止める。  金属のぶつかり合う音が、空気を震わせる。 「ふ〜ん、なるほど。ホントに、油断はしていなかったみたいね」 「そりゃあ、マリスのお師匠様が、お相手であるからには」  ラン・ファは、満足そうに、ケインを見つめていた。  ケインの方は、相手がマリスの師であることで、なにか突拍子もない攻撃をして くるに違いないと、五感を研ぎ澄ませていた。  マリスと特訓する時は素手であるが、今回は、真剣を使用しているため、緊張感も 違う。  ケインは視線をラン・ファから離さず、剣を押し返した。  すぐに、ラン・ファが剣を切り返し、左側を狙う。  それを読んだケインは、冷静に受け止めた。  繰り返されるラン・ファの攻撃に、ケインは、自分が試されているとわかった。  それならばと、攻撃に転じる。  ラン・ファは長身で、ドレスを着てはいても、それを感じさせないほど身軽で あった。  その上、ドレスは、彼女の思い通りに、ひらひらと舞い、彼の視界を遮(さえぎ)る。 (もしかして、それを計算して、ドレスの生地や丈を選んだ……!? )  厄介なドレスであった。  その動きに惑わされないよう、ケインは、より精神を集中させた。  そして、次にケインが、マスター・ソードを突き出した時、ラン・ファの身体が、 ふわっと、宙に浮いたのだった。 「……!? 」  ケインは、目を疑った。  ラン・ファは、浮かんだまま、空中から、艶(なまめ)かしい微笑みをこぼす。 「びっくりした? 私は、ちょっとした魔法も使えるのよ」  空中からくるりと身を翻(ひるがえ)すと、ラン・ファの剣を持っていない方の てのひらから、冷気が吹き出した。  ケインは、すぐに気持ちを切り替え、マスター・ソードを横に構えた。  冷気は、剣に吸収された。 「魔法を吸収した!? 」  目を疑いたくなったのは、今度は、ラン・ファの方であった。  空中から、彼女が魔法を放つたびに、ケインの剣が、魔法を吸収する。  ラン・ファは、地上に降りた。それからは、魔法は使わず、再び剣のみの戦いと なった。  鋭い金属音がしばらく聞こえていたが、やがて、止んだ。 「なかなかの腕前のようね。驚いたわ」  うっすらと汗ばんだ額を拭って、ラン・ファは、にっこりと微笑み、剣をしまった。 「ありがとうございました」  ケインも頭を下げると、剣を鞘に納めた。 「剣の腕も良かったけれど、あなたの体術は、どこか私やマリスの『武遊浮術 (ぶゆうじゅつ)』と似ていたような……? 」 「実は、俺も、かじったことがあるんです、『武遊浮術』を」  ラン・ファは驚いて、ケインを見つめた。 「どこで、それを身につけたの? 」 「昔、東洋の雑技団にいた女の子に、ちょっとだけ、教えてもらったんです。何度 挑んでも、その子には勝てなかったもんだから、とうとう頭を下げて」  ケインは、笑った。 「その子、よく教えてくれたわね。これは、女性にしか伝授してはならないと定め られているのよ」 「そんな掟(おきて)があったことは、マリスからも聞きましたが、俺が教わったのは、 本当に基本的なことだけで」  ラン・ファには、なんとなくわかった。  彼ならば、技を悪用したり、ひけらかしたりはしない。そう確信して、その少女は 教えたのだろうと。  ケインには、何の邪心もなく、真っ直ぐに育って来た、誠実な人間であると、見る 人に思わせるところがあった。 「ところで、あなたの剣は、魔法剣なの? 」  ラン・ファは、積み重なった丸太の上に、腰かけて尋ねた。 「これ、マスター・ソードって言うんです。正式には、ドラゴン・マスター・ソード、 と」 「ドラゴン・マスター・ソードーードラゴン・マスターの使う剣ね……! 」  ラン・ファが、目を見開いた。  伝説の剣は、どれも入手は困難である。中でも、マスター・ソードは謎に包まれて いた。 「私の祖国にも、かつて、ドラゴン・マスターと呼ばれる人たちがいたと聞くわ。 昔の話だから、もう伝説になっちゃったけど。……そうなの、あなたが、ドラゴンと 心を通わせ、その力を操ることのできる、ドラゴン・マスター……! 」  ケインは、困ったように笑った。 「でも、それには、魔石を集めないと、完璧にはドラゴンの力を使うことが出来ない んですよ。二年前に、魔石を失って、今はまだ一つしか手に入れてないんです。 だから、そんなにたいしたことは、出来ませんよ」  ラン・ファは、表情を変えずに、ケインを見たままだった。 「それでも、その剣を手に入れられたというだけでも、あなたには、普通の人には ない力を秘めている、ということよ」  ケインは、ますます苦笑した。 「いや、でも、他の伝説の剣は、手に入れるのは大変ですが、マスター・ソードに 限っては、剣を作ったマスターって神の、単なる気まぐれかも知れませんから」 「神? 」 「はい。といっても、神殿で崇(あが)めるような神とは、また違う役割のようなんで すが。だから、俺が、この剣を手に入れられたのは、たまたまかも。その後の、 『ドラゴンを卵から育てる課題』の方が重要で」  ラン・ファは、目の前の、普通の傭兵であり、年齢よりも幼く見えてしまう童顔の ケインを、まじまじと見つめていた。 「ラン・ファさんの剣も、魔法がかかっていましたね。でも、普通、魔法能力のある 剣同士がぶつかると、緑色の火花が出るはずなんですが、なぜ赤かったんです? 」  ケインが思い出したように言った。 「やっぱり、わかっていたのね」  ラン・ファは、もう一度、剣を抜いてみせた。 「この柄にある石はね、『竜眼(ドラゴン・アイ)』と言って、魔力を放つ紅玉 (ルビー)なの。それが、魔力の強いものに接触した時、赤い火花を放つのよ。 この剣は、『ドラゴン・スレイヤー』と名付けられていて、東洋の腕利きの鍛冶屋が 作ったものなの。名前の通り、ドラゴンをも切り裂くほどの威力があると言われて いるわ。ドラゴンとお友達のあなたにとっては、あまり聞こえの良い名前じゃないわ ね」  ケインは、ラン・ファから剣を預かると、瞳を輝かせて、剣に見入っていた。  彼にも、異色な印象を受ける剣であった。  刀身に近い柄の部分に、はめ込まれたドラゴン・アイを眼として、柄全体が、 ドラゴンを象(かたど)っているようにも見える。  紅玉も、カットされる前の、原石を磨いた程度の、丸い形をしている。  厳かな雰囲気から、骨董品のようにも見えた。  ケインの、剣を見つめるその様子を、微笑ましそうに、ラン・ファは見ていた。


食堂看板

 食堂では、ラン・ファと一行が、朝食を摂っていた。  ヴァルドリューズの戻る様子は、まだなかった。  ミュミュは、ラン・ファから、食べ物を分けてもらっている。  いつものように、テーブルの上に、脚を投げ出してペタンと座り、パンを身体中で 抱え込んで、頬張っている。  ラン・ファが、食べやすいようちぎってあげようとしても、大きいままがいいと 言って聞かずに、かじりついているのだった。  たあいもない会話の最中、ふと、ラン・ファがクレアを見た。 「そういえば、クレアちゃんは、ヴァルドリューズに魔法を習っているそうだけど、 よく魔道士の塔の許可をもらえたわね。彼、あそこでは、お尋ね者なのに」 「えっ? 魔道士の塔の許可? 」  皆の手は止まった。  ミュミュだけは、ケインの皿から、スープをちょっとだけすすり、またパンに かじりついていたが。 「あの、魔道士の塔の許可って……? 」  クレアが、おそるおそるラン・ファを見上げた。 「もらってないの? 」  ラン・ファが目を丸くした。 「魔道を習う者は、『この人に、これから魔法を習うことにします』という宣言を、 魔道士の塔ですることになっているのよ。そうやって、魔道士見習いの登録をして おけば、魔道士検定試験を受ける前でも、ヤミ魔道士に間違われることはないの」 「ま、魔道士検定? 」  初めて聞くようなクレアと、皆の反応に、ラン・ファは悟った。 「……ヴァルドリューズったら、話していなかったみたいね」  ケインが、皆を見回した。 「そういえば、俺も思ったことがあった。魔道士の塔では、ヤミ魔道士と、魔道士と 認められる前の見習いとの区別を、どうやって付けてるんだろうって。ヤミ魔道士の 方も、『今は魔法修行中の身です』って、言い逃れもしていないみたいだったし」 「そうだよな。だから、黒い騎士団の、あのマリリンてお子様も、魔道士の塔から 見れば、ヤミ魔道士だったんだろう」  カイルも納得した顔で言った。  マリスが心配そうに、クレアを見る。 「だからといって、今、クレアが、魔道士の塔に登録に行っても、その師匠がヴァル じゃあ、許可なんてもらえるどころか、ヴァルの居場所をしつこく聞かれたり、 クレアまでヤミ魔道士扱いされたり、下手したら、彼を誘(おび)き出そうと、人質に されたり……なんてことも……? 」 「そ、そんな! 」  クレアは青ざめ、一行にも、深刻なムードが広がった。  少し考えてから、ラン・ファが口を開いた。 「もし良かったら、私が後見人ということで、魔道士の塔に登録してみる? 」  クレアは困惑したまま、ラン・ファを見つめた。 「私は、魔道士ではないけれど、魔法も使うから、魔道士の塔に登録してあるの。 初歩的なことだけを、私から教わっていることにすれば、大丈夫なはずよ。もちろん、 ヴァルドリューズの名前は伏せてね」  クレアよりも、マリスの顔が、みるみる明るくなっていった。 「そうよ! 他に、魔道士の登録している人なんて、身近にはいないもの。ラン・ ファに後見人になってもらうのが、手っ取り早いわ! クレア、ラン・ファと一緒に、 魔道士の塔に行ってきたら? 」  複雑な胸中のクレアは、さらに不安そうな顔になった。 「だけど、魔道士の塔の本部にまで行っていたら、何日かかってしまうか……。ほら、 ケインだって、ヴァルドリューズさんがお戻り次第、妖精の国へ行かなくちゃいけ ないんだし……」  クレアが、ケインに同意を求めるような視線を送る。 「登録は、本部じゃなくても大丈夫よ。この近くに支部があれば」 「それなら、そんなに時間はかからないわよ。クレア、これは、チャンスだわ。 ヴァルの帰ってくる前に、ささっと登録して来ちゃえば? 」  ラン・ファに続いてマリスが、喜ばしい顔になって、クレアに言った。  クレアは、ラン・ファの厚意を有り難くも思う反面、複雑な想いであった。 「女性二人じゃ、いくら近所でも心配だぜ。この俺が、用心棒として、ついていって やろう! 」  カイルが魔法剣を持ち上げ、得意そうな顔になった。  それを見たクレアは、少しホッとした。カイルが一緒であれば、彼のお喋りで、 なんとか間を持たせられそうだと思ったのだ。 「いいや。ラン・ファさんは、かなり強いぜ。お前が、心配するまでもないだろう」  カイルの魂胆を見破ったケインが、さりげなく引き留めた。  余計なことを、とカイルが睨む。  慌てて、クレアが、マリスを見た。 「マリスも一緒に行かない? 」 「あたし? う〜ん、あたしこそ、魔道士の塔に、顔出さない方がいいんじゃない かしら? ほら、ヴァルと一緒に旅してるの知られてるから」 「それもそうだよな。やっぱり、クレアとラン・ファさんが、二人で行くのがいいよ」  ケインもマリスに続いて、クレアに言った。  とうとう、クレアは、あきらめた。 「では、ラン・ファさん。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」 「いいえ、こちらこそ、よろしくね」  頭を下げたクレアに、ラン・ファは、にっこり微笑んだ。 「ミュミュも行くー! ミュミュも行くー! 」  テーブルの上に、パンのカスを散らかしたミュミュが、立ち上がって騒いだ。 「こらこら、ミュミュが魔道士の塔なんかに行ったら、珍しがられて、標本にされ ちゃうかも知れないんだぞ。おとなしく、俺たちと一緒に留守番してろよ」  ラン・ファに飛びつこうとするミュミュを、後ろから、ケインが衣に指を引っかけ て止める。  前に進めないミュミュが、余計に、手足をバタバタさせるが、ラン・ファにも やさしく説得され、魔道士の塔に必ずある、魔道士協会の販売する土産を買ってくる ということで、やっと言うことを聞いたのだった。  現在地から、最も近い魔道士の塔支部は、ウマで往復一週間はかかる。  ラン・ファは、ハッカイやケインの傭兵仲間であった元女傭兵ミリーの、昔の甲冑 をもらうことになった。 「どうせ、私はもう着ないし、ところどころ錆(さ)びてもいるから、用が済んだら、 捨ててくれて構わないわ」  ミリーは、今では、一児の母親である。少しぽっちゃりしている彼女も、当時は スマートで、背丈もラン・ファに多少近かったので、甲冑は、ラン・ファには ちょうど良かった。 「女性ものの甲冑は、手に入りにくいので、助かります」  ラン・ファは、ミリーに、丁寧に頭を下げた。  鉄色の甲冑に身を包んだラン・ファは、ケインとハッカイにとっては、ミリーの 傭兵時代を彷彿(ほうふつ)とさせ、二人は、懐かしそうに、眼を細めていた。  ミリー自身も、眩しそうに、ラン・ファを見ていた。  後は、ウマを購入するのみという時、ケインが、何かを思い付いた。 「おーい、吟遊詩人ー! 」  あたり構わず適当に叫ぶと、彼の目の前に、ひゅっと人が現れ、驚いたハッカイと ミリーが、後ずさった。 「やあ、きみの方から、僕を呼んでくれるなんて、まったく、どういった風の吹き 回しだい? 」  薄い衣を着た美少年は、嬉しそうに頬を染めて、にこにことケインを見上げた。 「実は、お前に頼みたいことがあって」  吟遊詩人は、興味深そうに目を輝かせ、ケインの言葉を待つ。 「ラン・ファさんとクレアを、ここから、一番近い魔道士の塔へ、連れていって もらいたんだ」  詩人の表情からは、みるみる光が引いていった。 「なんだい、そんなことか……」 「支部までは、一番近くても、ウマで往復一週間もかかるんだぜ。それを待っていた んじゃ、妖精の国へ出発するのも遅くなるし、道中何が起こるかもわからない。もう すぐヴァルが帰ってくるだろうけど、彼が空間移動で魔道士の塔へ連れていくわけに はいかないし、ミュミュは、ひとりずつしか運べない。なるべく早く、妖精の国へ 出発するには、お前に、連れていってもらうしか考えられないんだ」 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 」  吟遊詩人は慌てた。 「僕は、きみの面倒は見るけどさ、きみの仲間のことまで構ういわれはないよ」  ケインが、不思議そうな顔になった。 「そうかぁ? ドラゴンの谷では、クレアの傷を治してくれたし、ヴァルのライバル、 ダグトに捕まっていたミュミュとラン・ファさんを、ここまで運んでくれたり、 ヴァルのことも助けてくれたりしたんだろ? 」 「それは、全部、きみのために、つながることだったからだよ。僕としては、きみの 仲間全員を守る義務はないんだ。だから、きみの仲間の都合にまで、いちいち付き 合うわけにはいかないんだよ」 「そうか。じゃあ、しょうがないな。それじゃ、妖精の国は、後回しにするかな」  詩人は、そう言うケインに、一層慌てた。 「どうして、そうなるんだよ!? このことと、妖精の国とは、関係ないじゃないか」 「だって、妖精の国への、唯一のカギだったミュミュが、場所がわからないんじゃ、 行きようがないよ。あとは、妖精たちの憧れの人間『ユリウス』ってのを、探すしか ないけど、いつになることか。  そこに魔石があるとわかっているんだったら、行ける時に行けばいいことだろう。 だったら、もうひとつの魔石の場所を探しながら、次元の穴をふさぐ旅を続けても いいわけだ。  ラン・ファさんとクレアには、この街までわざわざ戻ってきてもらわなくても、 どこか途中で落ち合えばいいし、ヴァルは放っておいても、マリスの魔力を見つけ 出して、俺たちを追って来られるだろう。早いうちに、クレアには登録を済ませて もらった方がいいんだから、この手しかないだろう? 」 「ちょっと、待ってくれ。……妖精が、自分の祖国がわからない……だって? 」  目を丸くした吟遊詩人は、ケインの肩から、顔をのぞかせているミュミュに、目を 留めた。 「ねえ、きみ、本当に、自分の生まれ故郷がわからないの? 」  ミュミュは、パチパチッと、まばたきをした。 「だから、ミュミュは、ユリウス探してたんだよー。ユリウスに頼んで、連れて 行ってもらおうと思って」 「……ウソだろ? 妖精が、自分の国の帰り方を知らないなんて……」  吟遊詩人はぼう然と、ミュミュを見るが、ミュミュは飛び立つと、さっとカイルの 髪の中に、隠れてしまった。 「そういうあなたは、知ってるんでしょ? 」  マリスが言った。  詩人は、無言だったので、マリスが問い詰める。 「ケインが魔石を集めるのに、協力しているんだったら、最初っから、あなたが妖精 の国へ、連れて行けばいいじゃない。なんで、わざわざ、ややこしいことさせようと するのよ? 」  吟遊詩人は、肩を落として、顔だけ、マリスに振り返った。 「そう何でもかんでも僕をあてにしてもらっちゃ、ダメなんだよ。ドラゴン・マスタ ー・ソード継承者の修行にならないじゃないか。時間がないから、僕がいろいろ協力 することになっちゃったけどさ、本来は、全部自分でやってもらわないとならない ことなんだからね。僕が手伝っていいのは、差しさわりのない部分だけなんだよ」  ケインが、再度、口を開いた。 「だったら、言った通り、妖精の国は後回しだ。次元の穴をふさぐのも、急がないと、 被害に合う町や村が一層増えることになる。やっぱり、次元の穴を防ぐついでに、 魔石と、『ユリウス』を探す。そうしよう! 」  詩人は、溜め息をついた。  それから、ケインを見た。 「……わかったよ。ラン・ファさんとクレアさんを、魔道士の塔まで連れていくよ。 きみには、他の魔石よりも先に、どうしても、妖精の国へ行ってもらわなくては ならないんだ。そこまでの道のりも、出来る範囲で、僕が案内するよ」 「サンキュー! 恩に着るぜ! 」  ケインが笑顔で、詩人の肩を叩いた。  詩人は恨めしそうに、横目で、彼を見る。  そうして、仏頂面で、ラン・ファとクレアを近くに寄らせると、三人の姿は消えた。  さっそく、魔道士の塔へと、空間を移動して向かったのだと、皆は解釈した。  マリスには、ケインが「妖精の国を後回しにする」と言ったのは、ハッタリだと わかっていた。  黒魔法しか使えないマスター・ソードに、残りの魔石をそろえ、最も完全版マスタ ー・ソードにしたいと思っているのは、ケイン自身にほかならなかったのだから。  同時に、クレアの登録も、今後の旅においても、必要不可欠であった。 「ケインて、案外、したたかなのね」  マリスが、くすっと笑って、ケインを見た。 「ま、使えるものは使わないとな」  ケインは、マリスを向き、肩をすくめて笑ってみせた。


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