Book9看板 Dragon Sword Saga9 〜Ⅴ.-3〜
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~ 第9巻『時の歯車』 ~

剣月紫ライン  Ⅴ.『師弟と妖精との再会』 妖精紫アイコン3 ~ 打ち明け話 ~  剣月紫ライン

 ハッカイの居酒屋から近い、ラン・ファが泊まることになった宿に、マリスも一晩、 泊まることにした。 「ねえ、覚えてる? ラン・ファがミラー家に通って、お兄様たちの剣の先生してた のを」 「覚えてるわよ。最初に会った時は、マリスが五歳くらいだったわよね。私は、 ちょうど、今のあなたくらいの年で」 「もう一〇年も経つんだね! 」  ベッドの上に座っているマリスは、足をぷらんぷらんさせて笑っている。  一行の前では見せないような、子供っぽい仕草だった。  ラン・ファは姉のように、にこやかに、マリスを見ていた。 「ラン・ファは、あの頃と、全然変わらないね! いつまでも、若くて、きれい」 「あら、さすがに年取ったわよ~」 「でも、ますますきれい! 」 「ありがと」  昔話に花が咲き、二人は、尽きることのない話を楽しんでいた。 「『武浮遊術(ぶゆうじゅつ)』を教えてもらったのって、一〇歳くらいで、きっかけ は……そうだ! ドミニクス! あいつだったわ! 」 「ああ、確か、イガクリ頭で、ガタイのいい」 「そうそう! あいつに、いつもイジワルされてて、負けっぱなしが嫌だったのよ。 そうしたら、ラン・ファが『武浮遊術』を教えてくれて。それをきっかけに、ダンも、 あたしを認めてくれて、『ハヤブサ団』に入れてくれたの。ハヤブサ団では、士官 学校で習った兵法の復習がてら、野盗を練習台にしてたわ。それで、巫女見習いの マーガレットに、いつも怒られてて」  ラン・ファがくすくす笑う。  それを、マリスも、嬉しそうに見る。 「ラン・ファも、士官学校の授業に、時々来てくれたよね」 「ええ。マリスとダンが、士官学校を卒業して、流星軍に入った時も、初陣戦で一緒 になったわ」 「そうそう! ラン・ファの精鋭部隊『黒鷹団』が、付き添ってくれてて心強かった わ! 」  昔話に一区切りが付いた時、マリスが尋ねた。 「ねえ、ラン・ファは、この一年、あたしたちと離れてから、あのまま、あの街に いたの? 」 「時々、他の国にも行ってみたりしたわ。特に、ヒョン・カンってところが気に 入っていて。なかなか過ごしやすい南方の島で、頼りになる魔道士の友達もいるの。 ベアトリクスにいた時も、休暇をもらえると、たまに行っていたから」 「へえ、そうなの? 南方の国っていうと、……ライミアの方かしら? 」 「ええ、まさに、貿易国ライミアよ」  マリスは、一瞬、苦虫をかみつぶしたような顔になった。 「ああ、イヤな記憶がよみがえって来たわ。エリザベスがね、あたしとセルフィスの 婚約を解消して、ライミアに嫁げなんて、言い出したの。もちろん、それは、あたし を罠にはめるためだったんだけど、あたしの肖像画を向こうの王子に見せたとも。  ウソかも知れないけど、今の皆とアストーレ王国に行った時に、各国の王子が 集まって、その中に、ライミアの王子もいたから、もしかしたら、あたしの顔と 名前も知られてるかもと思って。  その他にも、グスタフって、ベアトリクスの辺境に棲みついてたヤミ魔道士がいる だろうと踏んでいたこともあって、男装したり、目立たないように単独行動取ったり して、ごまかしてたのよ」 「ヴァルドリューズから聞いたことがあるわ。ヤミ魔道士が、ゴールダヌスを……」 「そう、そのグスタフが、あたしとヴァルの目の前で、じいちゃんを襲って……!  ゴドーは大魔道士だから、そう簡単には死なないと思ったけど、あたしとヴァルに 自分の魔力を注いだせいで、パワーが弱まっていたから、助からなかったんじゃない かと……。だけど、もう、その仇(かたき)は取ったから」  ラン・ファは、わずかに瞳を潤ませるマリスを、見つめた。 「仇とは言え、人を討つのは、辛かったでしょう」 「あんなヤツ、人じゃないわ。魔物に魂を売り渡して、魔物化していたのよ。その点、 ヴァルがいてくれて、あいつに対して冷酷に対処してくれたから、助かったの。そう ね、でも、倒しても、確かに、後味はいいものじゃなかったわ。  ああ、その時、ケインも協力してくれてね。彼も、ヴァルがいない間に、デモン・ ソルジャーって、魔物化した強化人間を倒した時なんかは、グスタフやっつけた あたしたちよりも、もっと、ずっと辛かったと思うから……。ケインは、ヤミ魔道士 を倒す時も、一瞬、憐れみをかけていて、……やさしいから」  デモン・ソルジャーは、魔物の肉を食べた人間のうち、死なず、魔物化もせずに、 強化人間となった者であり、それを増やしている暗黒組織の存在を、マリスは、 ラン・ファに伝えた。  ラン・ファは、腕を組み、真面目な顔になった。 「それは、危険な組織ね」 「そうなの。よりによって、ヴァルがいない時に、やつらに遭遇しちゃって、クレア は大怪我しちゃうし、スランプになるし……。今は、怪我も治って、魔法は、すごい 技が使えるようになったのよ! それには、ドラゴンの谷で、魔族と戦ったことが 大きくて」  絶滅の危機にさらされたゴールド・ドラゴンたちと、上級魔族を相手に戦った話を、 マリスがしている間、ラン・ファは、驚いたり、感心したりしながら、熱心に聞いて いた。  これまでの冒険を、ひとしきり話し終えると、マリスは、足を振るのを止め、 うつむき加減になった。 「それでね、あの……、ちょうど、ラン・ファに相談してみたかったことがあるの」 「どんなこと? 」  ラン・ファの包み込むような、おおらかな笑顔に、マリスは、背中を押された気に なった。 「あのね、……男の子って、『好きだ』って言った後に、態度が変わることって、 あるの? 」  マリスは、少々緊張した面持ちで、ラン・ファの答えを待つ。 「そういう人も、いるかも知れないわね」 「でも、言ってくれた直後なのよ。頭に石が落ちてきて、記憶喪失になったのかと 思ったら、他のことは覚えてて、あたしとのことは、会話した内容すら、忘れてるの。 そんなことって、あるのかしら。……ああ、この世界の石じゃなくて、異世界の だからかも知れないんだけど」  マリスは、戸惑いを隠せないまま、続けた。 「そうなってから、あたしを見る彼の目には、どう見ても、好きだって感情は現れて いないの。記憶がなくなる前の彼と、その後の彼とでは、やさしいところは変わって ないんだけど、……今の彼が、単なる仲間としてしか、あたしを見ていないことが わかったわ。  思い起こせば、以前の彼は、もっと違う目をしてたわ。たまに、何か言いた気だっ たり、表情も、どこか、せつなそうな時もあったり……。いろいろ思い出してみると、 やっぱり、前の彼の方が、単なる仲間以上の、感情が現れていたように思えるの。  そんな彼のやさしさに、あたしも、甘えてしまっていたのは認めるわ。今、彼が、 変わってしまったように思えるのが、なんだか腑に落ちなくて」  小さく溜め息をついてから、マリスは、再び語り出した。 「あの誠実な彼が、なぜそこまで心変わりしてしまったのか、どうしても、信じられ ないの。そんな彼に、あたしが、いかに護られていたか、安心みたいなものすら感じ ていたのかも知れなかったことに気付いたら、今は、淋しいような、喪失感みたいな ものまであるの」 「マリスは、その彼のことを、どう思っているの? 単なる感謝? それとも……」  ラン・ファの口調は、やさしかった。 「あたしは……、旅をしてから出会った男の人の中でもーーまあ、任務に忠実な ヴァルのことは置いておいてーーその彼のことを、誠実で、信頼できる人だと思って いたの。  『好きでいてもいいか』って聞かれた時も、……いいって応えて。いつも側にいて、 守ってくれた彼なら、信じられるって思ったし、戦士としても、頼もしく思っていた から。  それに、ドラゴンの谷で魔族と戦っている時、彼を失いたくないって、強く思った わ。彼を、大事な人だと思っていたことに、自分でも気付いたの。だから、……告白 してくれた時は、……嬉しかったの」  マリスの頬は、ピンク色に染まっていく。 「初めて、セルフィス以外の人と、ちゃんと向き合いたいって、思えたの。自分でも 彼のことを、ただの頼れる人以上に、思っていたことに気が付いたし、『そばにいて。 あたしを守って』なんて、言っちゃって。そんなこと、誰にも言ったことなかったの に。それなのに、今となっては、それさえも、忘れられちゃったのよ。  いったい、なんだったのかしら? 彼がウソをついていたり、照れてごまかして いるとか、冗談だったとか、とても、そうは思えないの。心変わりにしては、あまり にも早過ぎると思うし、あたしへの気持ちなんて、最初からなかったみたいな、そこ だけ別人にでもなってしまったのかと思えるくらい、なんだか変なの」 「確かに、それは、男の人の心変わり、とは違う気がするわね」  マリスの話を、静かに、注意深く聞いていたラン・ファがそう言うと、マリスは、 ベッドの上で、身を乗り出した。 「やっぱり、そう? いったい、どうして、そんなことになったのかしら。異世界の 石のせい? 」  ラン・ファは、首を傾げて、黙って考えていた。 「それ以来ね、なんだか、彼のことが気になって……。本当は、あたしのことを、 どう思っているのか知りたくて、……でも、彼が近くにいると、落ち着かない気分に なってきて。こんな状態が続くなら、別に、はっきりさせなくてもいいかって思えた り。  ……セルフィスの時とは、違う感覚なの。セルフィスは、一〇歳くらいの時から 知り合ってるから、自然に惹かれていった気がするし、ここまで悩まないうちに、 国王が、あたしを陰謀から守るために婚約決めちゃったから。だから、セルフィスの ことは特殊なケースで。明らかに、今のあたしは、その彼を、意識し過ぎてる気が するんだけど」  ラン・ファのあたたかい視線に、マリスは、すがるような瞳を向けた。 「正直に言って、どうしていいか、わからないの。旅に出て、今の皆と会う前にも、 好きだと思った人はいたわ。恋人になってもいいとまで思った。でも、長くは続か なかったし、こんな気持ちにはならなかったわ」  一年前に再会した時、『獣神の召喚』の訓練中であったマリスは、思うように魔法 修行がはかどらないため、やけになっていたことから、傭兵らしき男と一緒にいるの を、何度か目撃したことのあるラン・ファには、その男のことを言っているとわかっ た。  男は町娘たちの憧れの的で、いつも違う娘と連れ立っていたことも、知っている。 「さびしい時の出会いは、長くは続かないわ」 「……やっぱり、そういうものなのね」  溜め息をつくマリスを見ながら、ラン・ファは、にこやかに言った。 「私には、マリスは、初恋と、新しく芽生えた恋心との狭間(はざま)で、悩んでいる ように見えるわ」 「えっ……」  マリスは、パチパチッと、まばたきをして、ラン・ファを見直した。 「新しく芽生えた……こ、恋心? 」  さーっと青ざめたような気もすれば、かあっと赤くなった気もしたマリスは、 すっかり動揺していた。 「あ、あたしが、ケインのことを? 」 「あら、やっぱり、ケインくんだったの? まあ、そんな気はしたけど」 「へっ? 」  マリスの顔は、完全に赤くなり、耳たぶまで色付いた。 「セルフィス様の時と、おんなじね」  微笑みながら、ラン・ファが、ウィンクした。 「おんなじなんかじゃ、ないわよ! そこまで、ケインのことなんか……! 」 「ほらほら、あの時と、おんなじよ。セルフィス様を守ってあげたいって言ってた時 と。だけど、今度は、守ってもらいたくなった? それだけ、ケインくんのことは、 頼りにしてるということよね」  赤い顔のまま、マリスは、何も言い返せないでいた。 「好きなら、相手が自分をどう思っていようかなんて、関係ないわ。自分から、 気持ちを打ち明けてもいいじゃない」  ラン・ファの言葉に、マリスは、信じられないという顔になった。  それは、マリスが、ヴァルドリューズへ恋心を抱くクレアに、言った内容とも同じ であったと思い出す。  しかし、実行に移すのが、どれほど困難なことだと気付いたのか、とんでもない、 と言いたげな表情だった。 「王女の身分を捨てたなら、あなたとケインくんを隔てるものは何もないわ。そう したくないのは、セルフィス様への未練があるからなの? 」  やさしく尋ねるラン・ファの言葉に、考え考え、マリスは応えた。 「セルフィスのことが、まったく気にならないとは、言わないわ。でも、あの人の ことは、まだ好きなのか、ただの心配なのか、または、罪悪感なのか……今は、よく わからなくなっているの。離れてるからなのかな?   といって、ケインに対しても、どう接していいか……。ラン・ファも聞いてたで しょう? あんな風に、『ベアトリクスに帰れ、セルフィス王子と、よりを戻せ』 みたいなことばかり言うのよ。  前の彼は、伝説の剣を失っても、あたしの方が大事だって言ってくれたし、あたし を、ベアトリクスまで送る自信がなくなってきた、とまで言ってくれたのに。もう、 よくわかんないわよ」  マリスの瞳が、潤んだように、光っていく。 「仲間もいることだし、ぎこちなくなっちゃうよりは、……やっぱり、これまで通り、 仲間として接していくのが、一番いいのかな。だったら、早いうちに、ケインの 言ってくれたことは、忘れた方がいいのかも……」  ラン・ファには、どうやら、理由のわからない彼の態度の急変が、マリスを、 新たな恋に臆病にさせていると思えた。 「近くにいると、想いを封印するのって、辛いわよ」  ラン・ファの静かな瞳は、その辛さを物語るかのようであり、実感のこもった 言い方をしていた。 「誰でも、傷付くのは嫌よね。あきらめられるなら、あきらめちゃった方が楽だと、 誰もが思うわね」 「あきらめる……」  呟きながら、マリスの瞳が揺れる。 「そう。でも、それは、そんなに簡単なことじゃないわ。彼が、今後、誰か他の人を 好きになっても、温かく見守り、応援してあげるということよ。マリスには、それが、 出来るの? 」 「ケインに、好きな人が出来ても……」  マリスは、複雑な表情になると、ベッドにコロンと倒れ込み、俯せになった。  ラン・ファが、穏やかな声で、語りかけた。 「想像してみて。落石前に、彼があなたに見せてきた、いろいろな表情や視線が、 自分ではない誰か他の女性にそそがれることを。これまでマリスを助けたように、 その女性を助ける場面も。……そして、同じセリフで告白することも」  少しして、マリスは、眉間にシワを寄せ、困った顔になった。 「……それは、なんか……イヤかも」  ラン・ファは微笑んだ。 「あなたはまだ若いんだから、周りを気にして、我慢することなんてないわよ」  マリスは、顔を上げた。  そして、恥ずかしそうに、小さく笑って、うつむいた。 「ケインがどう思ってくれているかは関係なく、……そばにいたいと思うなら、 いればいいのかな……」 「今は、それでもいいんじゃないかしら」  包み込むような微笑みのラン・ファに、マリスは、霧の晴れた顔になり、小さく うなずいたのだった。


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