Book9看板 Dragon Sword Saga9 〜Ⅴ.-2〜
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~ 第9巻『時の歯車』 ~

剣月紫ライン  Ⅴ.『師弟と妖精との再会』 妖精紫アイコン2 ~ 師弟と妖精との再会 ~  剣月紫ライン

 静まり返っている、ある林の中では、いきなり風が、くるくると巻き起こった。  風がやむと同時に、人が現れる。  華奢(きゃしゃ)な中背の少年と、背の高い、黒い髪の、東洋系女性だった。  彼女の浅黒い肩の上には、小さな妖精が留まっていた。 「……ここは……? 」  尋ねた女に、中性的な美少年は、微笑んだ。 「この町の、ハッカイさんという方が、経営している居酒屋に、あなたのお弟子さん が、宿泊していますよ」 「わざわざご親切に、どうも」  女は、感謝しているというよりも、うさん臭く思っているのが明らかな口調だった。  妖精は、じっと、少年を見ている。  いくらか、それからは顔を反らすようにして、少年は、女に告げた。 「それでは、僕は、これで」  女は、ちらりと彼を見る。 「あなたのお守りしている伝説の勇者になろうという人物、その人を、妖精の国へ 導くのだったら、あなたが直接連れていってあげたらいいじゃないの。あなたには、 それも可能なんじゃなくて? 」  彼は、苦笑した。 「出来なくはありませんよ」 「でも、しないのね? 」  じっと、女が彼を見つめるが、彼は、それ以上、語らなかった。  その時には、妖精の注意は、他の珍しいトリなどに、向いていた。  その隙にと言わんばかりに、少年は、そそくさと、空中に姿を消したのだった。  女と、彼女の髪の中に隠れた妖精とが、林を抜け、ハッカイの居酒屋に、たどり 着いた。  ちょうどそこへ、買い物帰りである、マリスの手を引っ張っりながら走っている 幼い女の子と、その後に、食材を持ち歩くケインとに、出くわした。 「ケインーッ! 」  妖精が、飛び出した。  驚いて振り返ったケインと、マリスの目には、妖精と東洋風の女が、飛び込んで きたのだった。 「ミュミュ! 」 「……ラン・ファ!? ラン・ファなの!? 」  ケインが、頬にくっついたミュミュを、てのひらで抱えたのと、マリスがラン・ ファに抱きついたのは、同時だった。 「ミュミュ、良かった、無事で! ずっと心配してた! 怖かったか? 」  ケインは、ミュミュをてのひらに乗せて、改めて見る。  ピンク色の髪に、薄い衣、透明の羽をはばたかせている、見慣れた妖精そのままだ。  ミュミュは、わあっと泣き出して、ケインの胸に飛びついた。  ケインも、瞳を潤ませ、愛おしそうに見つめながら、ミュミュの頭をなでた。 「ヴァルは、どうしたんだ? 」 「まだダグトのおじちゃんと戦ってる。ラン・ファおねえちゃんが、ミュミュを助け てくれて、ヴァルのお兄ちゃんは、ミュミュと、ラン・ファお姉ちゃんを、助けて くれたんだよ」 「そうなの! ヴァルとは会えたのね! 」  マリスがそう言い、ケインと視線を合わせると、ホッとした笑顔になった。  裏庭が騒がしく、見に来たハッカイとフィエラに、クレアとカイルも続いて出て 来た。  マリスを抱きしめる、長身の女は、人目を引いた。  浅黒い肌に、長いウェーブの髪、黒い瞳をした東洋人だ。  東洋的な模様を折り込んだ布を巻き付けた着こなしは、非常に神秘的で、彼女を 美しく、艶(なまめ)かしく見せていた。 「皆、紹介するわね。あたしの『武浮遊術(ぶゆうじゅつ)』の師匠で、姉代わりでも ある、ラン・ファよ」  ラン・ファの隣に立ち、マリスが、嬉しそうに言うと、ラン・ファが、皆を見回し て、会釈(えしゃく)をした。 「東洋とベアトリクス出身の、コウ・ラン・ファです。マリスがいつもお世話に なっています」  美しい声と、なめらかな西洋語に、見ていた者の中からは、ほうっと溜め息も聞こ えた。 「一年ぶりくらいかしら? どうして、ラン・ファとミュミュが一緒にいるのか、 詳しく説明して」 「ミュミュがね、ダグトのおじちゃんに捕まった時、お姉ちゃんが先に捕まってたの。 ダグトはね、古代魔法とかいう、黒でもない、白でもない魔法を使ったから、お姉 ちゃんも逃げられなかったみたい。ヴァルのお兄ちゃんも、最初、魔法が通じなくて、 大変だったの」  と、マリスの質問には、ミュミュが答えていた。 「人質生活して、お姉ちゃんと仲良くなったんだ。お姉ちゃんは、ミュミュに、 とってもやさしくしてくれて、ダグトがいじわるすると叱ってくれたし、ミュミュに 食べ物分けてくれたりしたんだよ。いっつも、お姉ちゃんと一緒にいたから、ミュ ミュ、さびしくなかったよ」  ケインの手の上に乗ったミュミュが、皆の注目が嬉しくて、喋り続けていたのだった。 「ミュミュを助けてくれて、ありがとうございました! 怖がりのミュミュが、人質 生活を楽しく送れたなら、何よりです。助かりました! 」  ケインが、まるで保護者のように安堵し、感謝した様子で、ラン・ファに頭を下げ た。 「ラン・ファおねえちゃん、これが、ケインだよ」  ラン・ファは、ケインに微笑んだ。 「ミュミュちゃんから、話は聞いていたわ。あなたが、ケインくんね」 「はい。よろしくお願いします」 「それでね、あっちがカイルだよー」  ミュミュは、ケインのてのひらの上に立ち、カイルを指さした。 「そう、カイルくんね。ミュミュちゃんから、いろいろお話聞いてるわ。よろしくね」  にっこり微笑んだラン・ファを前に、カイルは、口をポカ~ンと開けたままであっ た。 「ん? どうしたんだ、こいつ? 」  ケインが、動かないカイルを不審に思い、揺さぶろうと近付くと、 「けっ、……結婚してくださいっ! 」  カイルがラン・ファの手を握った。ケインが転びかけた。 「アホかーい! 」  マリスが、カイルの頭をぽかっと殴った。  ラン・ファは困ったように笑っている。  そのやり取りを見ていたクレアだけは、内心複雑であった。  以前、マリスの想像だとは言っていたが、それが、もし本当だとすると、ヴァルド リューズとラン・ファは、一時期、恋人同士であったかも知れないのだった。 (まさか、こんなに綺麗な人だったなんて……! )  クレアは戸惑い、助けを求めるようにマリスを見るが、マリスは、すっかり、 ラン・ファとの再会を喜んでいる。 「それで、こっちがクレア」  ミュミュの声に、我に返ったクレアは、改めて、美しい東洋人の顔を見上げた。 「あなたのことも、ミュミュちゃんから聞いているわ。元巫女さんで、今はヴァルド リューズに魔法を習っているんですってね」  クレアは、ラン・ファから、目を反らすことは出来ず、何も言えずに、ただみつめ ているしか出来ないでいた。彼女の心の中は、完全に、困惑していた。 「マリスは、女の子の友達が、あんまりいなかったの。だから、これからも、仲良く してあげてね」  親し気な微笑みで、ラン・ファが言った。 「そ、そんな、こちらこそ、マリスには、いつも助けられていて……そ、そのぅ、 ……よろしくお願いします! 」  慌てて、クレアが、ぺこりと頭を下げた。 (ああ、だめだわ。この人には、きっとかなわない。いくら、あのクールなヴァルド リューズさんだって、こんな人を目の前にしたら……やっぱり、そうよ。マリスの勘 は、当たっていたんだわ。二人は、きっと恋人同士だったに違いないんだわ! それ じゃあ、ヴァルドリューズさんが無事帰ってらしても、私なんか……)  彼の帰りを待ち遠しく思っていたクレアであったが、一気に気分は、消沈していっ た。


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 居酒屋を早めに閉めたハッカイは、従業員たちを早めに帰らせた。  灯りを落とした店の中の、ひとつのテーブルを、一行は、取り囲んでいた。 「まずは、ヴァルドリューズとダグトのことを、話さなくちゃね」  ラン・ファがテーブルの上で、手を組むと、ミュミュが、とっとっとっと来て、 その上に、ちょこんと乗った。 「ダグトと、私と、ヴァルドリューズは、実は、幼馴染みだったの」 「えっ、そうだったの!? 」  マリスが驚いた。  ケインもカイルも驚くが、クレアはそれ以上に衝撃を受け、下を向いた。 「ダグトが言うには、幼い頃から、ヴァルドリューズのことを気に食わなくて、それ が発端で、今回のような戦いにまで及んで、ミュミュちゃんまで巻き込んでしまった わけなんだけど、決着は、もうすぐ着くことでしょう。多分、……安心していいわ」 「多分て、どういうことよ? 」  マリスが、慎重な面持ちで、尋ねた。 「ちょっと厄介なこともあって……。さっきのミュミュちゃんの話を、詳しく話すと、 ダグトは、『魔道士の塔』が内密にしていた研究材料を、持ち出してしまったの。 現在、使われている白・黒魔法とは原理の異なった、古代魔法を。詳しくは、ヴァル ドリューズが帰ってきてから、聞いた方がいいでしょうね」 「ヴァルに聞くったってなあ。あいつ、あんまり喋らないからなぁ、ちゃんと俺たち に説明してくれるかどうか……。それよか僕は、あなたの話が、もっと聞きたいな」  カイルが少し顔を傾けて、頬杖を付き、口の端を上げて、ラン・ファを見つめた。  それは、隣のラン・ファから見て、彼がもっとも美しく移る角度であり、幾度と なく、女たちに自分を売り込むことに成功してきた微笑みであった。  こんな時に口説いてるんじゃない、とケインが言おうとする前に、 「まあ! いくら、ヴァルドリューズさんがもの静かだからって、必要なことは、 いつも教えて下さったじゃないの」  と、クレアが咎(とが)めたが、カイルは、ヘラヘラ笑っているだけだった。  ケインは、何も言わずにおいた。 「ミュミュね、大変だったの。ダグトのおじちゃん、ミュミュが空間移動できない ようにって、羽を取っちゃったんだよ! ミュミュ、とっても痛くて、泣いちゃった の」 「ええっ!? 」  驚いた皆は、ミュミュに注目した。 「ミュミュ、羽取られちゃったのか!? 」  ミュミュは、注目されて嬉しそうにしながら、そう訊(き)いたケインに、大きく 頷いてみせた。 「あの野郎! マリスのことは、結界から突き落とすし、ミュミュの羽はむしるし、 まったく、どこまで非道なんだ! とても、人間とは思えない! 」  ケインのセリフには、ラン・ファの隣にいるマリスも、「まったく同感だわ。 ヴァルも、とんでもないヤツに目をつけられたもんだわ」と、大きく頷いた。 「それにしても、ミュミュ、大丈夫なのか? もう羽は生えてるよな。妖精って、 そんなに早く羽が生え変わるものなのか? 」  ケインが心配そうに、ミュミュを手に乗せ、見つめる。  ミュミュは、にこにこ笑った。 「吟遊詩人のお兄ちゃんが、治してくれたよ」 「なんだって? 」  ケインだけではなく、マリスもカイルも、怪訝そうな顔になった。 「あいつ、『そっち』にも現れたのか? なんだよ、俺たちのことは、ドラゴンの谷 に放ったらかしておいてさー」  カイルが、口を尖らせた。 「さっき、ここまで、ミュミュとラン・ファおねえちゃんを、運んで来てくれたんだ よ」  一行は、不可解な表情を浮かべた。 「彼は、ケインくんを、妖精の国に向かわせたいみたいだったわ。ヴァルドリューズ に頼まれて、ダグトとの戦いに巻き込まないよう、私とミュミュちゃんを、安全な ところへ移すこともあって、ここまで送ってくれたの」  ラン・ファが、言った。 「吟遊詩人のヤツ、ヴァルが戻ってくるまで、暇つぶしでもして待っていろって、 言ってたからな。ヴァルが帰ってきたら、マスター・ソードの魔石目指して、さっ そく妖精の国へ向かおう。ミュミュは、自分の故郷なんだから、道も知ってるんだ ろ? 」 「う……うん……」  ミュミュは、ケインに、曖昧に返事をした。 「なんだあ、ミュミュ? 自信なさそうだけど、自分の家、忘れちゃったのか? 」  カイルが、からかった。 「違うよっ! そんなことないよっ! だけど……」 「あれえ? あやしいなぁ! 」  むきになるミュミュを、ますますカイルがからかう。  ミュミュが、テーブルに立ち、つんのめった。 「だから、ミュミュ、ユリウス探してって、言ったんだもんっ! 」  皆は、首を傾げて、ミュミュを見下ろした。 「前に、ミュミュ、そんなこと言ってたよな。誰か、探してくれって。もしかして、 そいつか? 」  ミュミュは、ケインの方を向いて、何度も大きく頷いた。 「はっはっはっ! お前、実は、迷子だったのかよ? そんな人間なんかに、道聞か ないと、自分のうちにすら、帰れないのか? 」  ゲラゲラ笑い飛ばしていたカイルが、ふと真顔になった。 「ちょっと待て。それって……! 」 「……そう。お手上げだな」  ケインが、肩をすくめた。  その場は、しーんと静まり返った。 「そのユリウスさんて、人間なのに、どうして妖精の国を知っているの? 」  クレアの質問に、ミュミュは、しばらく首を傾げていた。 「よくわかんないけど……、ユリウスは、妖精のお願い事を叶えてくれる、妖精たち の憧れの人間なんだよ」 「妖精の憧れの人間? 」  マリスが奇妙な表情で、首をひねった。 「ああ、ミュミュがその話をした時、マリスは、いなかったもんな。ミュミュは、 前から、そのユリウスって人間を探してたんだよ」  ケインが説明する。 「人間からすると、妖精の方が、願い事を叶えてくれるように思えるけど。妖精の 願い事を叶えられるということは、魔道士か何かなのかしら? 」  テーブルの上のミュミュは、クレアの疑問に応えるように、ふたつの羽をぱたぱた とさせた。 「最初はね、ミュミュ、ヴァルのお兄ちゃんが、ユリウスなのかと思ったんだけど、 違ったって、すぐにわかって……。ケインといると、ユリウスに会えるような気が したんだよ」 「そのユリウスの特徴って、前に聞いた時は、わからないって言ってたけど、まだ わからないのか? 」 「……うん」  ケインに、ミュミュは、小さく頷いた。  一同は、怒ることもなく、深い溜め息をついた。どうせ、そんなことだろうと、 誰もが予想はついていたのだ。 「で、でもっ、会えば、絶対にわかると思うよ! 」  必死に言い訳するミュミュに、ケインは「わかった、わかった」と言った。  一行は、思った。手掛かりは、ないに等しいと。 「……ま、ヴァルが戻ってきて、彼も何も手掛かりをつかんでいないようだったら、 なんとかして、あの吟遊詩人を呼び出してみましょう。彼は、ケインを『そこ』に 行かせたがってるんだから、場所くらい心当たりがあるかも知れない。その方が、 ユリウス探すよりは早く、妖精の国を見つけられるかも知れないわ」  マリスが、提案した。 「ミュミュも、別に、ユリウスは、後でもいいよ。その間に、他のお願い事を考えて おくから」  ミュミュの方は、気楽なものであった。 「ところで、ラン・ファ、ごめん。話の続きを、お願い」  マリスが言うと、ラン・ファは、再び口を開いた。 「ダグトとの決着は、ヴァルドリューズが戻ってくれば、わかることだから。次に、 私がお話ししたいのは、ベアトリクスのことなの」  皆は、また顔を引き締めて、ラン・ファに注目した。  自分には、もう注意は向かないであろうと悟ったミュミュは、ラン・ファの手の 内側に回り、ひとりで勝手に遊び始めた。 「私は、ダグトに捕まる前に、ベアトリクスの様子を見に行っていたの。マリスの 住んでいた伯爵家の人々とは、親しかったからね。久しぶりに、会いに行ってみよう と思ったのよ。  そうしたら、ベアトリクスの国境での関門が、とても厳しくなっていて……。 それも、どうも、マリスや伯爵家とかかわりのあった者を、チェックしているよう だったの」  ラン・ファは、マリスを気遣うように見つめていた。  マリスも皆も、黙って、話に耳を傾けていた。 「それでも、最近は、それも和らいできたようだったけど、念のため、男装して、 身分証明も偽って、入国してみたわ。ミラー伯爵家の監視は、特別厳しかったけど、 なんとか、その目をかいくぐって、伯爵にお会いすることが出来て、あの国の現状を 知ることになったの」  ミュミュはすることがなくなったのか、ラン・ファの手の中で、大きなあくびをし、 眠る体勢になっていった。 「伯爵は、マリスが失踪した後、すぐに牢へ入れられたそうよ。もちろん、他の罪人 とは全然待遇は違っていたし、拷問にかけられるようなこともなくて、単なる見せ しめのためだけだったみたい。ご家族の方たちも、マリスの行方について、相当し つこく聞かれたようよ。  数ヶ月後には、セルフィス王子のはからいで、伯爵は牢を出ることが出来たけど、 女王陛下が、元流星軍の子たちや、士官学校時代の子たち、ミラー家と交流のあった すべての人々を尋問し、気に入らない者は投獄しているのが、まだ続いているそうな の」 「狂ってる……! 」  マリスが、低く言った。 「あたしが、あの国を出たことと、ルイスお父様たちは関係ないのに。流星軍や学校 の子たちなんて、もっと関係ないわ。あの女王、相当血迷ってたのね」  マリスの口調は、冷静であったが、そうであればあるほど、皆には、彼女が本当に 怒りを感じているのが、伝わっていた。 「セルフィス様が、あなたとの婚約を、破棄したことは知ってる? 」  ラン・ファが尋ねると、マリスは、静かに頷いた。 「もちろん、噂でしか聞いてないけど」 「伯爵によると、それはね、伯爵を牢から出すために、あえて、そうなさったらしい のよ。だから、伯爵が言うには、セルフィス様は、あなたのことを、今でも心配して いることだろうって」 「それは、わかっているわ。旅の途中で、ベアトリクスの辺境に迷い込んでしまった 時、偶然、彼の側付き魔道士に会ったの。その彼から、はっきりと聞いたわ。セル フィスは、まだあたしのことを、待っていてくれてるって」 「それなら、いいわ。王子殿下のことを、誤解しないで、もらいたかったものだから」  ラン・ファは、ほっとした顔になり、話を続けた。  エリザベスが即位した経過だった。記憶喪失のベアトリクス国王が行方不明である こと、国王付き魔道士バルカスの焼死、その時、王家に伝わる聖杯も紛失したが、 戴冠式は行われた。  女王は外交にも積極的であり、遠くの国とも交流を盛んにしている、ということ だった。  その間中、マリスは、信じられない顔で、ラン・ファを見ていた。 「あのバルカスが、死ぬなんて……! 王も行方不明……! 」  マリスは愕然とし、それだけ言うのが、やっとであった。 「バルカスは、セルフィスの側付き魔道士ギルシュの上司だった。あたしが、 しょっちゅう城から脱け出そうとしても、必ず、バルカスに捕まって。かなり凄腕の、 優秀な魔道士だった。それが、焼死なんて、……するはずないわ! 」 「ええ、私も、そう思ったわ。バルカスさんのことは私も知っているけれど、ただの 火事で焼死なんて、するはずはないって。陰謀があった……と考えてもいいのかも 知れない」 「……! 」  言葉を発することが出来ないでいたマリスを、側にいたクレアが、抱きしめた。  マリスは、クレアに身を預けるように、寄りかかった。 「それからね、これは、ごく最近のことなんだけど、マリス、あなた、ベアトリクス の宮廷魔道士に、王女の身分を辞退する内容の文書を渡したの? 」  そのラン・ファの質問に、驚いたクレアが、マリスを見つめた。  身分を辞退した話は知っていたが、伯爵令嬢だと聞いていた彼女の本当の身分を、 知らなかったからだった。 「黙ってて、ごめん、クレア。後で、詳しく話すから」  マリスが、クレアを見てから、諦めたように、ラン・ファを見た。 「以前、宮廷魔道士のザビアンと接して、それで、もう面倒臭かったから、身分を 放棄するって言ったのよ。だって、あたしには身分なんて、ホントにいらなかったん だもの」 「じゃあ、その証書は本物だったのね。もしかしたら、女王側の細工じゃないかと も思ったんだけど、セルフィス様も立ち会っていたと言うし。それが公にされ、 あなたは、あの国での身分を失ったと、国民にも告知されたのよ。なぜ、そんなこと をしたの? セルフィス様があなたを待っていることは、知っていたんでしょう? 」  ラン・ファは、マリスを責めるようではなく、単に理由を聞いていた。  皆が、しんとする中、マリスは静かに言った。 「本当に、あたしには、もうあの国のことは関係ないの。セルフィスがいくら待って いてくれても、あたしは、あの国に帰る気はないの。だって、それどころじゃないで しょう? 世界では、魔物が増えていて、封印されている魔王の復活が近付いて るって言われてる時に、身分がどーのこーのなんて、何の価値があるというの?   旅をしている方が、貴族でいるよりも自分に合ってるってわかったし。だから、 もう帰らない。記憶喪失になってしまった国王のことも、気にはなるけど、あの ふてぶてしい男が簡単にやられるとも思えないし。  女王に対しては、許せないことは多いけど復讐する気はないわ。今は世界の方が 大事。万が一、世界が平和になっても、帰らないわ。セルフィスにも会わない、 そう決めたの」 「なんでだよ」  遮(さえぎ)ったケインの声に、マリスは振り返った。 「なんで、そんなに意地張るんだよ。全部片付いたら、俺がベアトリクスまで送るっ て、言ってるじゃないか。記憶喪失で行方不明の国王が、マリスの実の父親なんだ ろ? 俺も探すの手伝うから。  それに、セルフィス王子は、マリスのことを待っててくれてるんだろう? せめて、 一目くらい会ってから、その後、どうするか決めればいいじゃないか」  マリスは、キッと、睨むように、ケインを見た。 「何の手掛かりもないのに、今、国王を探すのは無謀だわ。それと、セルフィスに 会ったって、あたしの気持ちは変わらないわ。だったら、会う必要もないでしょ? 」 「そんなの、一方的すぎるよ。王子の気持ちは、どうなるんだよ? 」 「そんなこと、ケインには、関係ないでしょう! 」  そう言ったマリスの瞳は、怒りをあらわしたようでもあったが、うっすらと潤んで いた。  その様子に、カイルもクレアも驚いて、マリスとケインを交互に見た。 「……確かに、関係ないよ。悪かったな、首突っ込んで」  ケインが幾分不機嫌そうに言うと、彼女から顔を背けた。  マリスの方も、もうケインを見ようとしなかった。  カイルとクレアは、密かに、目を見合わせた。  ラン・ファは、静かに、マリスとケインを見てから、続けた。 「ベアトリクスとは別のことだけど、他にも噂を聞いたのよ」  そのラン・ファの思い出したような口調に、マリスが我に返った。 「ベアトリクス以外のところで耳にしたことなんだけど、どこかからか降って湧いた ように現れた青年が、傭兵団を作ったのだとか。それが、規模はまだ小さいんだけど、 かなり腕のいい連中らしいわ。傭兵団にありがちのゴロツキ集団とは違っていて、 落とした町でも略奪なんかは決してしない、信念を持った人達みたい。特に、 リーダーの男は、かなりの実力者で、剣の腕が立つと言われているわ」  ぴくっと、マリスの目付きが変わった。 「へー」  カイルが、あまり興味もなさそうな相槌を打った。  ケインは、黙ったままだ。 「その傭兵団の名前は、『真ハヤブサ団』。リーダーの青年は、『黒いハヤブサ』の 異名を持つそうよ」 「『真ハヤブサ団』ですって!? 」  マリスが、テーブルに、思わず身を乗り出し、ラン・ファを見つめた。 「ラン・ファ、それは、……その傭兵団のリーダーっていうのは、もしかして、…… ダンのことなの? 」  ラン・ファが穏やかに微笑む。 「多分。私も、そうだと思ったわ」  マリスの表情が明るくなっていく。 「そんな傭兵団を作れるのは、ダンしかいないわ! ああ、ハヤブサ団を作っていた 頃と、何も変わっていない。ダンは、ちゃんと自分の夢に向かって、自分の手で実現 しようとして、本当に自分の軍隊を作っていたのね! 幼い頃、あたしに、その夢を 語ってくれた、あの時のままなんだわ! 」  暗い灯りの中でも、マリスのアメジストの瞳は、きらきらと輝いていった。  カイルとクレアは、なんのことかわからないような顔で、そんなマリスを見ていた が、ケインは何の反応も示さなかった。  ラン・ファの話が終わったところで、マリスは、改めて、クレアの方を向いた。 「王女だって、黙ってて、ごめんなさい。ただの貴族ならともかく、あんな大国の 王女だなんて言ったら、皆があたしに気を遣っちゃうと思ったから。特別扱いなんて、 してもらいたくなかったの」 「カイルは、知ってたの? 」  話が出た時に、カイルが別段驚かなかったのも、クレアには不思議だったのだ。 「ああ、……なんとなくな。単なる伯爵令嬢が、王子様と婚約ってのも、ベアトリ クスみたいな大国では異例だと思ったし、王女が失踪してるって知った時に、もしか したら……と思ったんだ。  女王サマほどのお方が、たかが伯爵令嬢をぶっ潰そうとするのも、違和感があった。 王女なら、王位継承権があるだろ? だから、やっきになって、潰そうとしてるん じゃないかって。そう考えたら、すべてつじつまが合うからさ」  カイルは、咳払いをして、マリスとクレアを見た。 「でも、マリスが自分から話すまでは、言いたくないのか、事情があって話せないか だろうと思ったから、言わないでいた」 「カイル……、ありがとう」  マリスは、小さく、彼に笑った。 「ケインも知ってたんでしょう? 」  訊いたクレアに、ケインが頷いた。 「じゃあ、知らなかったのは、私だけじゃないの。ひどいわ。友達なら、本当のこと を話して欲しかったわ。しかも、偶然、知ってしまうのではなく、ちゃんと、あなた から打ち明けて欲しかったわ」  クレアが、少し拗(す)ねたので、マリスが慌てた。 「こんな形で、知らせることになっちゃって、ごめん! でも、あたし、クレアが 知らないでくれてたのが、ありがたかったの。出生の秘密を隠されて、ずっと、 ルイス・ミラー伯爵家に預けられてたけど、やっぱり、それも貴族ではあったから、 そういうものを取っ払った関係に憧れてて。  それと、ラン・ファも言ってたように、女の子の友達あんまりいなかったから、 クレアが対等に、友達として接してくれたのが嬉しくて。いつかは言おうと思ってた んだけど、なんだか言いそびれちゃって……だから、……本当に、ごめんね! 」  クレアは、必死に謝るマリスを見て、やっと微笑んだ。 「確かに、私の性格だと、マリスが王女だなんて知ってたら、ずっと敬語で、敬った 態度でいようとしたかも知れないわ。マリスが、そういうのが嫌なら、これからも、 今まで通り、対等に話してもいいのかしら」  マリスの顔が明るくなった。 「是非、そうして、クレア! 」  マリスは、クレアの首に抱きついた。  クレアは、母のような微笑みで、マリスを抱きしめた。  ラン・ファも、それを、微笑ましく見つめていた。


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