Book9看板 Dragon Sword Saga9 〜Ⅴ.-1〜
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~ 第9巻『時の歯車』 ~

剣月紫ライン  Ⅴ.『師弟と妖精との再会』 妖精紫アイコン1 ~ 消えた記憶 ~  剣月紫ライン

 巨大なふたつ山を背にした町タイスランでは、長閑(のどか)な景色が、広がり、 夜が明けると、澄んだ空気が、町全体を包み込んだ。  元傭兵であるハッカイの居酒屋では、昼から始まる商売に向けて、準備を始めて いた。  厨房には、大柄な中年男のハッカイと、まだ二〇歳前の若い青年がいた。  栗色の髪に、青い瞳。  一見細身だが、しなやかな筋肉がほどよくついていることから、鍛えられている 現役の傭兵であるとわかる。  昔のよしみで、旅の仲間と共に、ハッカイの店の二階に、しばらく泊まっていた。 その礼に、厨房の水回りや床の掃除をしていたのだった。 「いつも悪いな、ケイン。粗野な男ばっかで、女手がフィエラしかいないもんだから、 細かいところはなかなか追っ付かなくてな。お前が手伝ってくれて、助かるよ! 」  調理道具の手入れをしながら、人の好(い)い笑顔で、ケインに話しかけた。  ケインも、笑った。 「こっちこそ、ハッカイには世話になってるから。ただで泊めてもらってる分、 せめて、このくらいはしないと」  ハッカイが、窓の外に目をやる。彼の妻である、やはり大柄なフィエラが、洗濯 した衣類を干しているところであった。  その隣には、長い黒髪をひとつに束ねた美しい少女が、手伝い、衣類を物干に かけている。  ハッカイは、ケインに視線を戻した。 「クレアちゃんも、よく働くよなぁ。フィエラも、いつも助かるって言ってるぜ」 「彼女は義理堅いからな」  ケインも微笑ましい瞳で、窓の外を眺める。 「お前たち二人はよく働くけど、あとの二人は、あんまり見かけねえなぁ」 「ごめんな。あの二人も、感謝はしてるんだけど、こういうことで現すのは、苦手 みたいでさ」 「いやいや、客人を窮屈(きゅうくつ)に感じさせたくはないからな、構わないんだ」  肩をすくめるケインに、ハッカイが笑った。  店の裏庭では、洗濯物を干しているフィエラが、クレアと話していた。 「ほんに、いつも助かるよぉ」 「いいえ、お世話になっているんですもの、このくらいは当然です」  フィエラの人好きのする丸い顔に、クレアも微笑んで返した。 「ここに来たばかりのあんたは、な~んか暗い顔しててさ、部屋にも閉じこもりっ きりだったし、大丈夫かねぇって思ったんだけど、ドラゴンの谷から戻ってきた時 には、まったく別人のように元気になってさ、あたしゃ、安心したよぉ! いやあ、 うちの人から、あの谷が『癒しの谷』だなんて別名があるらしいって、聞かされた 時は、あたしも半信半疑だったんだけどね、こうして、あんたを見ていると、本当 だったんだなぁって、思えてきたよ」  そう言うフィエラに、クレアは恥ずかしそうに、笑った。 「私、すっかり自信をなくしてしまってたんです。魔法の修行中で、もともと思う ように魔法が使えてなかったのが、まったく出来なくなってしまって、いったい何の 為に旅をしてきたのかって、気持ちばかりが焦ってしまって……。皆が、私のことを 心配してくれているのに、素直に受け入れられずに、勝手にひとりで落ち込んでいた んです。あのドラゴンの谷では、魔法が復活しただけではなく、少しだけ自信がつき ました。私だって、やれば出来るんだっていう自信が」  クレアは、洗濯物を手に取ったまま、谷の方向を見つめた。 (……ヴァルドリューズさん、私、上級魔族を相手に、なんとか頑張りました)  魔族の総攻撃が始まろうと言う時、真っ暗な魔空間に、クレアの張った巨大な クリスタルの盾の結界が現れた。  そして、強力な白魔法で、マリスと共に、次々と敵を倒して行った。  その時の感動を思い出す度に、胸がじんとした。  彼女は、師である東洋の魔道士の顔を思い浮かべた。 (ヴァルドリューズさんにも、見ていただきたかった。あなたは、何て言ってくれた かしら? いいえ、ヴァルドリューズさんがいれば、私は、きっと頼ってしまう。 魔法は、今でも使えないままだったかも知れないわ。お戻りになられたら、また 一緒に旅を続けられる。私の上達をご覧になったら、なんて声をかけてくれるの かしら? ) 『よく頑張ったな、クレア』  そう言って、彼女の肩に手をかけ、微かに微笑む彼を想像すると、鼓動は高鳴って いき、頬が染まっていくのを、クレアは感じていた。 「お前さん、誰か、好きな人でもいるのかい? 」  腰を屈めて、濡れた衣類を桶から取り出したフィエラが、笑顔で、クレアを見て いる。 「えっ!! い、いやだわ、フィエラさんたら、そんな……! 」  クレアは、余計に頬を染め、照れ隠しのように笑いながら、手にしていた洗濯物を、 無意識のうちに、ぎゅーっと絞っていた。


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 居酒屋からは離れた森では、カイルがひとり目を閉じ、座っていた。  すらっと、剣を鞘から抜く。  木々の隙間から差し込む光に照らされた刃は、美しく七色の輝きを放つ。  カイルは立ち上がり、素振りを始めた。  誰もいない森の中で、ひとり黙々と。  普段は、お喋りで、軽薄そうな印象の彼からは、想像もつかない。  素振りが一通り終わると、敵がいると想定した剣の稽古に変わった。  軽やかな身のこなしと、我流の剣術が、彼の持ち味である。  どのくらいの時間か、休むことなく続く。  切れ長のクールな青い瞳も、隙がない。  すらりとした、ケインよりもさらに細くしなやかな筋肉にも、しっとりと、汗が にじみ出て来た。  ドラゴンの谷でのことは、彼の中でも、それなりの影響を及ぼしていたと見えた。  町の図書館に、マリスはひとりで来ていた。  魔道書から世界地図、土地に伝わる民話、神話などを見ていた。  ドラゴンの谷から、このタイスランの町に戻ってきてからというもの、彼女は、 毎日のように、図書館に通い詰めていた。  それは、以前、野盗にケンカをしかけて楽しんでいた彼女を、知っている者から すれば、人が変わったように見えたであろうが、もとより、ヴァルドリューズと二人 で旅を続けていた彼女にとっては、情報収集のための、特別不思議ではない行動で あった。 (……ふ~ん、こんな町もあったのね)  ヴァルドリューズと旅をしていくうちに作り上げた、簡単な独自の世界地図に、 マリスは、新たな国や、町の名前を書き込んでいった。  魔道書は、魔法の使えない彼女にとっては、一見、無意味であるかのように思われ るが、魔道士の敵もいる彼女には、魔法を知っておく必要があった。  民話や神話の本では、これから目指す妖精の国への手掛かりを調べるためもあった のだが、どれも物語めいたもので、実際には参考になりそうもない。  マリスは本を閉じると、溜め息をついた。  あまりにも、熱中していたことに、自分でも気が付く。 「ここにいたのか」  後ろから肩をたたかれ、マリスが振り向くと、そこにいたのは、ケインであった。 「ケッ、ケイン!? なんで、ここに? 」  驚くマリスに、ケインは、一瞬、不可解な顔をしてから、言った。 「ハッカイんとこのリーシャの子守りでさ。図書館に行きたいって言うから、連れて きたんだ」  マリスが視線を落とすと、ケインの足にしがみついている、ぽっちゃりした女の子 が、じーっとマリスを見上げていた。 「それにしても、どうしたんだよ、そんなに驚いて。よっぽど集中してたんだなぁ」 「べ、別に……」  ケインがマリスの肩越しから、テーブルに並んだ本や地図に目を留める。 「そっか、地図も作ってたのか。いつもいないのは、カイルとでも遊んでるのかと 思ってた。悪かったな」  ケインがマリスに、申し訳なさそうに言った。 「最近、カイルは、ひとりでよく森に行ってるみたい。何をしてるのかは知らない けど。女の子と遊んでいるわけではないみたいよ」  マリスが言い終わると、ケインは、窓の外を見た。町の噴水広場が見下ろせるが、 カイルの姿などは見つからない。 「なんか、マリスと話すの、久しぶりだな」 「そうかしら? 」  マリスは、何気ない調子で、テーブルの上の本をペラペラとめくるが、読んでいる 様子はない。 「そうだよ。ドラゴンの谷から帰ってきてから、俺とクレアは、ハッカイのとこで 手伝いして、メシもご馳走になってるけど、お前とカイルは、ほとんどいないじゃ ないか」  マリスは、あえてそうしていた。  なんとなく、ケインをさけていたのだ。  ケインは、マリスの顔を覗き込んだ。  不意をつかれた気がして、マリスは、どぎまぎしたように、彼から目を反らして しまった。 「なあ、後で、俺と、カイルとも一緒に、ハッカイたちを手伝うんだぞ。一回でも いいから。それから……」  ケインは、マリスの肩をつかんで、正面を向かせた。 「今日は、皆と一緒に、晩飯も食べるんだぞ。わかったか? 」  マリスの頬が、うっすらと赤くなるが、ケインはそれには気が付いていなかった。 「本、片付けるの手伝うから、今日はもう帰ろう」  と言いながら、ケインが、テーブルの上の本に、手を伸ばした時だった。  ベリベリベリ!   ハッとして、二人が足元を見ると、いつの間にか、テーブルの魔道書を手に入れた リーシャが、本を破いて、遊んでいた。 「ひゃーっ! リーシャ、な、なんてことを……! 」  ケインが血相を抱えて、リーシャを抱き上げたが、運悪く通りかかった図書館員に 見つかってしまった。 「すいません、すいません! ちょっと目を離した隙に……! 」  リーシャを後ろに隠して、ケインが、ペコペコと頭を下げた。  係員は、ぶすっとした顔で言った。 「困るんですよねぇ、魔道書は特に、魔道士協会から取り寄せなければならないから、 高いんですよ」 「ええっ!? そうでしたかっ! すっ、すみません! 弁償しますから! 」  ケインは、しばらくネチネチと小言を言われ、ひたすら謝っていたが、結局、弁償 はせずに済むと、リーシャを小脇に抱えて、他の本を、マリスと急いで片付けた。 「早く帰ろう」  リーシャを抱えていない方の手で、マリスの手を掴むと、ケインは足早に、図書館 を出て行った。  マリスは、急に、おかしな気分になり、くすくす笑っていた。 「ドラゴンを先導したドラゴン・マスターも、子供にはかなわない、か……」 「ああ? 何か言ったか? 」 「いいえ、別に」


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 図書館から帰ると、ちょうど戻ってきたカイルも捕まえて、ケインが、ハッカイの 店の掃除をしようと提案した。  カイルは渋々、外で、ケインと一緒に薪割りをすることになり、マリスは店の方へ 行った。 「やあ、珍しいな。今日は、マリスちゃんが手伝ってくれるのかい? 」  ハッカイが厨房の掃除をしながら、顔をほころばせた。 「ええ。あたし、掃除やります」 「ありがとう。そうだねえ、ここは、ほとんどやってしまったから、客席の方を やってくれると助かるよ」  柄の長いホウキとモップを持たされると、マリスは客が集まる店内へと向かった。  カウンターや丸い大きなテーブルの上に、椅子が逆さにして積み上げられている。  マリスは、さっそく、慣れない手付きで、床を掃き始めた。  しばらくしてから、薪割りが終わったケインとカイルが、店に入るなり、唖然と した。  床中が、びしょびしょの水浸しだったのだ。  マリスが、モップで水拭きをしている最中であったが、モップの先が、床を打ち 付けてある釘に引っかかってしまい、それを取ろうとして、無理矢理いろいろな方向 から引っ張っている。  引っかかりは取れた。  が、その反動で、モップの柄が手から離れ、そのまま窓ガラスを突き破った。 「目を離すと、何やらかしてるか、わかんないな……」  思わず呟かずにはいられなかったケインは、頭がクラクラしてきた。 「お前なぁ、掃除してるんだろ? 破壊してどうするんだよ」  カイルが、呆れて言った。 「わっ、わかってるわよっ」  マリスが慌てて、飛び散ったガラスを片付けようとすると、音に気付いたハッカイ が、厨房から飛び出して来た。  マリスは、ひらすら謝った。 「まあ、いいって、いいって。今日は、たまたまガラス屋が来ることになってるから」  と言ったハッカイの顔は、いくらか引きつっていた。 「マリスは、やっぱり王子様と結婚した方がいいんじゃないの? そうしたら、掃除 とかは召使いがやってくれるんだから、出来なくても問題ないし」  と苦笑いしたケインを睨んでいるうちに、マリスの瞳には、じわじわと涙が溜まっ ていき、こともあろうか、しくしくと泣き出してしまった。 「えっ、何泣いてんだよ。なにも泣くことないだろ? 」  わけがわからず、動揺したケインは、マリスをまじまじと見た。 「ケインのバカッ! 」  マリスは泣きながら、宿泊している二階の部屋へ、駆け上がっていった。 「なっ、なんだよ、なんで、俺が八つ当たりされなきゃならないんだよ」  腑に落ちない様子のケインを見たカイルが、探るような目になって、言った。 「おい、本気で言ってんのか? 王子と結婚した方がいいなんて。お前、マリスの こと、好きなんじゃなかったのかよ? 」 「えっ、俺が? 」  ケインは不可解な表情で、カイルを見た。 「そりゃあ、かわいいし、きれいでカッコいいとは思うけど、マリスは仲間だろ?  王女の称号は放棄(ほうき)しても、いずれベアトリクスには戻らないとならない人間 だって、ヴァルからも聞いてるし」  カイルは、眉間にシワを寄せた。 「今さら、俺に隠すことないんだぜ。ドラゴンの谷で、瀕死(ひんし)のスグリさんに、 マリスがチューして生命力をそそいだって知ったら、お前、すっごく動揺してたじゃ ねえか。『俺にはしてくれなかったのに、人間よりドラゴンが好きなのか? 』って。 恋愛の達人である俺から見れば、お前、ヤキモチ妬いてたぜ、絶対! 」  ケインは、しばらく考え込んでから、顔を上げた。 「……そんなこと、言ったっけ? 」 「はあ? 忘れてんのかよ。これまでだって、散々マリスを助けてただろ? いつも 彼女の側にいるうちに、愛が芽生えたんじゃないのか? いや、今思うと、結構、 初めの頃から、マリスにホレてたんじゃねぇの? 」 「そんな覚えはないよ。俺は、ただ彼女に協力しているだけで、友達で、仲間だ。 それに、マリスは、王子にまだ未練があるんだぜ。普通に考えたら、横恋慕なんか 出来ないだろ」  カイルは、じっくり観察するようにケインを見るが、ケインが嘘をついたり、照れ 隠しでそう言っているようには、見えなかった。 「とにかく、ケインが泣かせたんだから、なぐさめるとか、謝るとかしてこいよ」 「は? お前がクレア泣かせた時は、俺が代わりになぐさめに行ったんだぜ」 「……そういうことは、ハッキリ覚えてるんだな? ってことは、これまでの記憶が ないわけじゃないんだな? 」 「ちゃんと覚えてるって」 「と・に・か・く、お前が行け! 」  カイルに強く言われたケインは、なんだかよくわからないまま、階段を上っていっ た。 「マリス」  コンコンと、マリスとクレアの泊まっている部屋の扉を叩く。  マリスが、そうっと、ドア開けると、ケインは、マリスの目が赤いことに気付いた。  ケインは、真面目な顔になって、言った。 「さっきはごめん。悪気はなかったんだけど、傷付けたんなら、謝るから」  マリスは、うつむき加減で、ケインと視線を合わせない。 「さっきカイルと喋って、考えたんだけど、なんか俺、ところどころ記憶があいまい みたいで。っていうのも、事実は覚えてるのに、一部……特に、俺がどう思っていた か、感情的なところが抜け落ちてるような……? もしかしたら、大事なことも忘れ てるのかも知れない。そもそも、俺、きみを、どう守ってきたかも、よく覚えてない んだ。皆と戦って来たことは覚えてるのに」  マリスが顔を上げる。 「じゃあ、デモン・ソルジャーの毒で、あたしが倒れた時に、洞窟で応急処置して くれたことも? エルマの洞窟で、ヴァルの宿敵ダグトの結界から突き落とされた時 に、ドラゴン・マスターの力で助けてくれた時も? もっと前に、ベアトリクス魔道 士団のザビアンたちと対面した後、結界の中で、いろいろ過去の話をしたことも、 覚えてないの? 」 「そんなことがあったのは覚えてる。だけど、きみとの話の内容や、きみを助ける ために応急処置をしただとか、やり取りしたことは、……あんまり覚えてないんだ」 「あたしとのことだけ、忘れちゃったの? 」 「う~ん、なんでだろうな……。宮廷魔道士のザビアンに、マリスが王女の称号を 捨てる署名をしたとか、そういうことは、はっきり覚えてるんだけど。その後、 小さいヤミ魔道士と戦ったのも覚えてるし、それなのに、なんで、こんなに断片的に 忘れてるんだ? そのうち、思い出せればいいんだけど」 「ドラゴンの谷から、魔族リリドを追っていったあの異世界で、落ちて来た石の威力 なのかしら? この世界の普通の石と違うから……? 」 「そうなのかな? 」  それから、たあいもない話を二、三やり取りして、ケインは去って行った。  マリスは、確認出来た。  彼の目には、彼女への愛情は、感じられなかった、と。  ドラゴンの谷から、魔族リリドを追って、異世界に行った。  そこで、石が当たる前に、ケインが、彼女への愛を打ち明けた時とは、まるで別人 のように思えたのだった。


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