Book8看板 Dragon Sword Saga8 〜Ⅵ.-3〜
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~ 第8巻『古代の魔法』 ~

剣月青ライン  Ⅵ.『領域の番人』 妖精青アイコン3 ~ 神々の領域 ~  剣月青ライン

 竜巻のような暴風の中であったが、ヴァルドリューズは、無事であった。  古代魔法であったがために、吟遊詩人のブレスレットが役に立っていると言えた。  ヴァルドリューズは、ダグトの姿を、懸命に探した。  地上から巻き上げられたものの他に、空間のうねりの中へでも入ってしまったと 思えるように、風の中は、いろいろな景色が、目まぐるしく変わっていった。  ヴァルドリューズは、片方の目だけを薄く開き、ダグトを追った。  黒マントが竜巻の中を、円を描くように進んでいく。  自由に動くことはままならなくとも、追いかける。  暴風の抵抗を受け、緩慢な動きにしかならなかったが、なんとか風の流れに乗った ヴァルドリューズは、やっとのことで、マントの裾を掴んだ。 「ダグト! 」  ヴァルドリューズが、マントに包まったダグトを引き寄せる。  ダグトの意識は、朦朧(もうろう)としていた。  先の方に、違ったうねりが見える。  そこは、明らかに、これまでいた世界とは、別の次元であると感じられた。  どこかもわからない時空の歪(ひず)みに迷い込んでしまえば、上級の魔道士ですら、 生還出来る保証はない。  ヴァルドリューズは、ダグトの肩をしっかり抱えると、竜巻からの脱出を試みた。  その直前であった。  何かが聞こえた。  どこか遠くから響く音に、気が付いたヴァルドリューズは、その場に留まり、 耳を澄ませた。 『……人間よ。……我らの眠りを、なぜそうも妨げる……』  低く、重々しい響きの声は、そのように、ヴァルドリューズには聞き取れた。  彼は、次の言葉を待つ。  吹き荒れる風の音だけが続くと、再び、同じ声が聞こえた。 『……我らの長き眠り。……未だ目覚める時ではない。……たかが人間如き…… 我らの力……操れるものか……! 愚かな……! 』  断片的に、声は語っていた。  語っているのは、ひとりだけでなく、数人が、代わる代わる言葉をつないでいる ようであり、風の中のあちこちから、聞こえてきていた。  ヴァルドリューズは、正面を見据えた。 「あなたたちは、どなたか? 『眠りを妨げた』とは、どのようなことか? 」  静かに、ヴァルドリューズが尋ねた。 『……おお、貴様は、ただの人間では、なかったか』  声が、ヴァルドリューズに反応した。 「いや、私は、普通の人間だ」 『それならば、なぜ、神の護符(アミュレット)を持っている? 』 「神のアミュレット……」  ヴァルドリューズは、ブレスレットをしている方の腕を掲げた。 「これのことか? 」 『おお……! い、いや、少し違うか? ……とにかく、神の血を引くお方のものに は、相違ない』 『それだけではない。この男の発する魔力も、普通の人間とは、微妙に異なるようだ。 自然界の力に似ている……』 『お前の魔力は、どこかが違う。……なぜだ? 』  ヴァルドリューズの瞳が、僅かに動揺を現す。 「私は、ただの人間の魔道士だ。代々人間たちの間に伝わる方法で、魔道を習得して きただけだ。自然界の力など、知らぬ」 『だが、お前の発しているものは、自然界のものに類似しているのだ。単なる偶然で あるかも知れぬが』 『そちらの人間とは、明らかに違う性質のものだ』  それは、まったく身に覚えのないこと、というわけでもなかった。  ヴァルドリューズは、幼い頃から、動物たちが寄ってきていたのは、もしかすると、 自分の発する魔力が、自然界のものに近かったせいだろうか、と考えた。 「私の魔力が、あなたがたの言うように、自然界の力に近いものであるとすれば、 あなたがたは、私を、どうするおつもりだ? 」  ヴァルドリューズが、油断のない目で、正面を見つめる。  風の波は、微かに、揺れた。 『眠りをいたずらに妨げた人間を、罰しようと、こうして出向いた我らであるが、 同時に、自然界の力を帯びた者にも出会った。お前は、約束できるか? おのれの 欲望に左右されずに、我らの力を守っていける、と』  ヴァルドリューズは、声に問い返した。 「それは、どのようなことなのか? 」 『古代魔法は、使ってはならぬもの。これは、古代の神々の領域を守るためのもの』 『古代の忌まわしき、限りなく魔物に近い神々』 『世を滅ぼし兼ねなかったため、封印された』 『現代の神々に排除された神々ーー彼らを、再び、世界に呼び起こしてはならぬ』 『間違ってこの魔法を使えば、神々の怒りに触れ、厳正な処罰が待っている。その前 に、我らの裁きを受けることとなろう……! 』 「古代の神々の領域を守ることが、現代の神々の領域を守ることーー即ち、現世界を 守ることでもある……ということか」  応えながら、ヴァルドリューズの瞳は、細められた。 「……古代の神々を守るものーーあいつら、俺の命令と関係なく、お前を……そう だったのか」  ダグトが、呟いた。  ヴァルドリューズは、ちらっと、脇に抱えた彼を見下ろした。  ダグトの呼び出した、あの白いゴーレムも、ホワイト・シャドウも、古代の神々の 領域を守る番人であった。  その領域を侵(おか)そうとするものを、容赦なく追い出すため、ダグトの命令とは 関係なく、ヴァルドリューズに向かって行ったのだろう、とダグト自身も、ヴァルド リューズも、理解したのだった。 『さて、人間よ』  それまでとは調子の違う、その厳かな呼びかけに、ヴァルドリューズが、顔を上げ た。 『自然界の力を秘めたお前になら、この使命を授けても良い。古代魔法を知り、 その秘密を守っていかれるものなら、人間界の世界各国に散らばる古代の石板を、 探し出せ。自然界のものと親しいお前であれば、彼らの支持とともに、探すことは 出来よう』 『欲望に目が眩んだ者どもに渡る前に、それらを守るのだ。誤って使われれば、 その人間が死に至るだけでなく、被害は、その周辺にまで及ぶであろう』 『石板をすべて解読すれば、古代魔法を詳しく知ることが出来る』 『我らは、あくまでも裁く者。神々が怒れば、それを鎮(しず)めることは出来ぬ』 『お前の生きる世界に、不幸を招きたくなくば、古代の魔法を守っていくがよい』  声が、それ以上聞こえなくなると、風が、強まった。  ヴァルドリューズが、マントで風をよける。  だが、風は、一層強まると、ダグトとヴァルドリューズを竜巻の外へと、追い やったのだった。


月夜

 そこは、もとどおり、ダグトの館の辺りであった。  屋敷は廃墟となり、暗く、モンスターの潜む、不気味な森が背後にあるのみだ。  ヴァルドリューズは、ゆっくり起き上がると、ダグトの姿を探した。  彼は、家の壁が崩れているすぐ側に、俯せになっていた。  ヴァルドリューズは、ダグトを仰向けに返し、抱きかかえた。  ダグトの顔は、憔悴(しょうすい)しきっていた。 「……ダグト……」  静かに、ヴァルドリューズが声をかけると、ダグトが、うっすらと瞼を開けた。 「……ヴァルドリューズか……。お前は、無事らしいな。どうやら、あいつら、 俺のことを裁くのは、忘れてなかったようだぜ……」  ダグトは、にやっと笑ってみせると、苦しそうに、激しく咳き込んだ。  妙に軽い身体であった。  服から覗いている手が皺深い。顔色も悪く、頬がこけてしまっていた。  はっとして、ヴァルドリューズが、ダグトのマントを広げ、全身を見渡した。  ダグトの身体は、異常な速さで、老化していたのだった。 「ダグト……!? 」  それが、人間の使う魔法とは違う原理のものであるとわかると、ヴァルドリューズ には、手の施しようがない。 「……どうやら、俺は、これで、終わりらしい。しかも、自分で撒いた種によって、 な……」  ダグトが苦笑した。  ヴァルドリューズの瞳が歪む。  黒かった髪が、白髪化していく。ダグトの顔の皺が増え、眼球が落窪(おちくぼ)ん でいく。  それを、見つめるヴァルドリューズの瞳は、ますます遣る瀬なく揺れる。  ダグトを抱くヴァルドリューズの腕に、力がこもった。  クックッと、苦しそうに笑ってから、ダグトが口を開いた。 「……俺は、間違っていた。今では、ラン・ファの言うことがわかる。彼女の言う 通り、お前にこだわらずに、俺のままで、俺の出来ることをすれば、よかったのかも 知れない」  荒く息をしてから、続ける。 「古代の奴らは、俺ではなく、お前を選んだ。お前には、他の人間にはない波動が あると……他の人間には、任せられない使命を授けると、そう言っていた。やはり、 お前は、俺たち凡人とは、違う人間なのだ。それは、どうあがいても、覆(くつがえ) せるものではなかったのだ……! 」  ごほっ、ごほっと、ダグトが咳き込む。 「もういい、ダグト、喋るな」  悲痛な表情のヴァルドリューズが、ダグトを強く抱える。 「……お前は、俺が憎くないのか? 宮廷魔道士たちに攻撃され、辛い目に合って いた時よりも、今の方が、よほど辛そうに見えるぜ。……貴様を超えてやり、貴様の 苦しむ顔を見たかったが、……まさか、今のお前のその顔が、最も苦し気だとは…… こんなことで、お前の苦しむ顔を見ることになろうとは、皮肉なものだ。……お前は、 ことあるごとに、お前につっかかっていった俺を、……お前の大事な奴らを傷付けた 俺を、憎んではいないのか? 」  ダグトのその問いには、ヴァルドリューズ自身も、自分が不思議でならなかった。  確かに、ダグトは、幼い頃から、自分にずっとつきまとい、うっとおしい存在で あった。  大事に思うミュミュやラン・ファ、マリスにも、ひどい仕打ちをした。その時は、 さすがに、彼を憎いと思った。  そうであったにもかかわらず、今は、ダグトを助けたいとすら思っている。  なぜかは、彼自身にも、わからなかった。  ただ、理不尽だという思いだけが、募っているのである。  ダグトの身体は、もはや、骨と皮ばかりであった。  生きながらにして、ミイラとなりつつある。  ぜえぜえ息を乱しながら、皺だらけの手で、ダグトが、自分の首元を探る。  その手は、青い石のネックレスを掴んだ。 「……これを、ラン・ファに……。ラン・ファには否定されたが、……俺は、まぎれ もなく、彼女を愛していたのだ」  ヴァルドリューズは頷いた。 「わかっている」  ぶるぶる震えながら、ネックレスを持ち上げるダグトの手を、ヴァルドリューズは、 しっかりと握った。 「……俺が死んでも、覚えていてくれるのは、お前とラン・ファだけ……だろう……」  ダグトの腕が、だらんと落ちた。  彼の生涯は、閉じられたのだった。  彼の身体は、茶色く、腐り始めていた。  だが、ヴァルドリューズは、彼から離れようとはしなかった。 「……遅かったか」  後ろから聞こえてきた声に、ヴァルドリューズが振り向く。  魔道士の塔上層部の、ベーシル・ヘイドであった。  銀髪の威厳ある初老の男は、ヴァルドリューズと並び、ダグトの変わり果てた姿を、 見下ろしていた。  その手には、四枚の石の板が、抱えられていた。 「ダグトが、時間を過ぎても出勤しないので、お前と接触したと思い、他の者には 気付かれないよう、様子を見に来たのだが……まさか、こんなことになっていようと は……」  ヴァルドリューズは、そうっと、ダグトの遺体を、地面に横たえたが、立ち上がろ うとはせず、俯いたままであった。 「ヘイド殿、魔道士の塔は、古代魔法のことを、どこまで掴んでいるのですか? 」  平淡な、いつもの口調のヴァルドリューズが、顔も上げずに、元上司に尋ねた。 「世界中の至るところに、古代魔法のことが記された石板が存在しているらしいこと は、わかっていたが、そのうち、この四つしか、まだ見つけられていない。ダグトは、 翻訳済みのこの四片を、盗み出したのだ」  それらの石板には、古代の神々を守る番人の召喚法が、彫られていた。  ヴァルドリューズが顔を上げた。 「ヘイド殿、古代魔法は、人間が使ってはならないものです。使ってしまえば、神々 の怒りに触れるのです」  深刻な様子で、彼の話は続けられた。 「今後、石板が発見されても、魔道士の塔では、その情報を、一切漏らさないと、 約束して頂けますか? これ以上、彼のような被害を出さないためにも」  強い意志を感じさせる瞳であった。  ベーシル・ヘイドは、真剣な面持ちで頷いた。 「古代魔法のことは、正直に言って、魔道士の塔の手に負えるものではないと、私も うすうす感じていた。このことは、お前に任せた方が良さそうだ。我々の見つけた 石板は、必要な時に、お前に託そう。今回のように、例え内部の者にすら、洩れる ことのないよう、今後は気を付けよう」  ヘイドは、手にしていた石板を、ヴァルドリューズに渡した。  それから、彼は、重々しい口調から、いつもの、ヴァルドリューズに対する穏やか な口調に戻った。 「それにしても、ヴァルドリューズ、お前にとって、ダグトとは、許し難い人物では なかったか? 」  その質問には、ヴァルドリューズの瞳が、揺れた。 「……わからないのです。確かに、彼は、長年、私につきまとい、私の大事な者たち にも、ひどい仕打ちをしていた。それを知った時は、本当に彼のことを憎んだつもり でいたのですが……古代魔法を使った彼が裁きを受け、このように死んでいくのを 見て、なんとかして助けられないものかと、考えていました。彼を憎く思ったはず なのに、……なぜ……」  このような死に方をしなければならなかったことに、憤りすら覚える。  そういった様子であった。  俯いた彼に、ヘイドが答えた。 「それは、『情』だ。戦いながら、ダグトのことがわかってくるうちに、幼い頃から 知っていたこともあり、お前の中では、情が生まれていたのだろう。以前のお前で あれば、そのようなことはなかったかも知れぬがな」 「情……」  ヴァルドリューズは、思い起こしていた。  ダグトのことは嫌いな人間であったが、彼の自分に対する思いを知り、ラン・ファ への思いを知り、自分よりも、ずっと人間らしい彼を、認める気になったのは確かだ。 「友にまではなれなかったとは思うが、……もし、私が、もう少し、人間というもの に興味を持っていれば、……彼のことを、もっと早く、……救うことが出来たかも 知れない。例え、戦うしか道はなかったのだとしても……」  無念そうに呟く彼を、ヘイドは、穏やかに見つめた。 「ダグトのことは残念であったが、それに気付いたのは、まだ遅くはない。後悔の ないよう生きるのだ、ヴァルドリューズよ」  ヴァルドリューズは俯いたまま、頷いた。


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 エピローグ 「約束通り、彼女たちは、きみの仲間のところへ、送り届けたよ」  ヴァルドリューズの前には、あの、男にしては艶かしい吟遊詩人が現れ、にっこり と笑って、そう言った。  それを、じっと見てから、ヴァルドリューズは言った。 「お前は、古代の神々とは少々違うようだな。だが、神の血を引く者ではあるらしい。 おまけに、未来も見えているようだ。ダグトが被害をもたらすとわかっていて、私を あの異次元の森で足止めさせたのだろう? 」  ひゅうっと、吟遊詩人は口笛を吹いてみせた。 「へー、鋭いねぇ。僕が『神の血を引く者』だからこそ、白いゴーレムたち『領域の 番人たち』は、僕に手出しは出来なかったんだ。あの程度の奴らだったから、僕の 髪のブレスレットだけでも効果はあったけど、もっと強力な奴らだったら、これだけ では、効き目はなかったかもね。もっとも、僕本人には、あいつら、手出しは出来 ないんだけど」  ヴァルドリューズの瞳が、細められる。 「お前は、何者だ」  詩人は、にっこり笑った。 「僕は、ケインを導き、護る役を仰せつかっているんだ。そのために必要なことなら、 なんだってするよ。本来、きみとは何の関係もないから、きみの戦いに協力するつも りはなかったんだけど、きみにしか、ケインに必要な、あの妖精を助けられなかった から、ちょっとだけ協力したんだ」  詩人は、自分の、ライト・ブラウンの巻き毛を、指に巻き付けながら、続けた。 「ケインの旅は、きみとあの王女さまに協力することらしいから、君たちのことも、 まぎらわしく助けて見えることもあるかもね。……そう、それとね、僕には、ほんの 少し先の未来なら、見当が付くんだよ。他の神々のように、ずっと先までを見通す ことは出来ないけど」  そう言って、吟遊詩人はウィンクした。 「他の神々……」  ヴァルドリューズは、しばらく吟遊詩人を見つめてから、背を向けた。 「おや? もう行くのかい? 」 「そうだ」 「僕が送ってあげようか? どうせ、僕もケインのところに戻るんだし」 「結構だ。自分で行く」  ヴァルドリューズは平淡な口振りで、きっぱりと断った。 「僕が一緒なら、そう無駄に魔力を使わずに済むのに」  詩人は苦笑いをすると、さっと、ヴァルドリューズに、てのひらを向けた。 「妖精を救ってくれたきみに、せめて、体力回復、魔力復活はサービスしてあげよう」  それが終わると、詩人は言った。 「ラン・ファさんとミュミュちゃんは、ヨルムの山のふもとタイスランの町、 ハッカイさんて人の経営する居酒屋にいるよ。最も、きみなら、わざわざこんな説明 をしなくても、あのベアトリクスのお嬢さんの発する、魔力の波動を見つけて、 行かれるんだったね」 「……」  無言でいたヴァルドリューズの姿が、ひゅんと消えた。  ただひとり残された吟遊詩人は、彼の消えたところを眺め、肩を竦めた。 「やれやれ、何の挨拶もなしか。随分、無愛想な人だね」  仕方のなさそうに笑う詩人の姿も、そこから、一瞬にして、消えたのだった。


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