Book8看板 Dragon Sword Saga8 〜Ⅴ.-2〜
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~ 第8巻『古代の魔法』 ~

剣月青ライン  Ⅴ.『過去』 妖精青アイコン2 ~ 過去 2~  剣月青ライン

「よお、フェイ・ロン」  背後からの声に、フェイ・ロンが振り返る。  声の主は、ティエ・ジエンであった。  二人は成人しており、魔道士の着る、定番のフード付きの黒いマント姿であった。  肩に付くか付かないほどの長い黒髪に、碧い瞳は変わらないフェイ・ロンと、短い 黒髪、黒く細い瞳のティエ・ジエンは、幼い頃の面影が、多少残ってはいた。 「お前、『ヴァルドリューズ』って名前をもらったんだってな。知識の豊富な魔道士 の名だっていうじゃねえか。格闘家の血筋で、腕も良かったお前にしてみれば、随分、 拍子抜けさせてくれるぜ。俺は『ダグト』だ。攻撃力のあった魔道士の名前なんだと よ」  フェイ・ロンは何も答えず、ちらっとティエ・ジエンを見ただけで、書類の整理を 続けた。 「今日からは、俺も、この『魔道士の塔』本部の一員だ。よろしく頼むぜ、ヴァルド リューズさんよ」  意地悪な口振りでそう言うと、ダグトは、ヴァルドリューズを一瞥して行った。  しばらく、魔道士の塔に勤める年月が続く。  そこでも、ダグトは、相変わらずヴァルドリューズに対する敵対心を指摘され、 注意を受けることが多く、それが、魔道士たちの間に知れ渡っていった。  当のヴァルドリューズ本人は、そのようなことは気にもせず、淡々と日々の仕事を こなしていた。  相手にされていないと知ると、余計にダグトは彼に突っかかっていき、それがまた 魔道士の上司たちに怒られる結果となるのだった。  二年ほど勤めた後、ヴァルドリューズはその能力を買われ、魔道士の塔上層部に 引き抜かれるという話を断り、故郷であるラータン・マオの宮廷魔道士となった。 「また俺と違う道へ行こうというのか!? お前にとって、俺などは、取るに足らん 人間だというのか……! 」  ダグトはヴァルドリューズの後を追うように、ラータン・マオの宮廷魔道士に志願 した。  ラータン・マオでは、古くからいる宮廷魔道士たちと、若い魔道士たちとの派閥が あった。  年老いた魔道士たちは、ほとんど学者のように、古い書物を解読したり、天空に 浮かぶ星々の観察をしたりなど、現実にはあまり役に立たないことを研究していた ので、実際に、宮廷に貢献していたのは、若い方のグループであったと言えた。  若いとはいうものの、その中の年長は五〇代であり、最年少は二〇代前半のヴァル ドリューズやダグトを含む、数人である。  『ラータンの宮廷魔道士』と言えば、こちらを指す場合が多かった。  ラータン・マオは、代々皇帝の治める国で、ベアトリクスの絶対王政よりも、 さらに独裁色の濃い国であった。  皇帝の命令は、どのような場合でも絶対である。例え、それが、法に触れることで あっても。  そのようなこともあり、ラータンでは、他国には公表せず、内密に行われる事柄が 多かった。  小さな国の侵略は勿論、皇帝の欲望通りに、欲しいものはどのような手段を使って でも手に入れ、皇帝の気に入らない人物は、すぐに死罪、または抹殺してきた。  この頃には、それまでのように権力を振り翳すことに、興味がなくなってきた皇帝 は、魔道に非常に関心を寄せるようになっていった。  彼自身、かなり年老いてもきていたので、自分の老い先を心配するようになったの だ。  そこで、古くからいる魔道士たちには、不老長寿の妙薬を作る、または、そのよう な魔法を編み出すことを、宮廷魔道士たちには、この世で最強の魔神を召喚すること を、それぞれ命令した。  その二つさえ手に入れば、怖いものはない。不老不死の上、魔神の力を操れれば、 東洋を統一することはおろか、世界を征服することさえ可能だ。  そうなれば、広大な砂漠を挟んで隣国の大国ベアトリクスでさえ、敵(かな)うまい。  皇帝の欲望は、果てしなく広がっていったのだった。  新人の宮廷魔道士であるヴァルドリューズは、若くして優秀であったため、すぐに 皇帝に気に入られた。  男ながらに、その稀な美しさも、すぐに人目を惹いた。  ある時、宮廷魔道士たちを並べ、皇帝が言った。 「どうだ、ヴァルドリューズ。お前ならば、黒い魔神『グルーヌ・ルー』の召喚は 容易いであろう? 」  お付きの美しい女たちが、皇帝の周りで、大きな羽根扇子で、優雅に仰いでいる。  その女たちのうちにも、ヴァルドリューズを、うっとりとした目で、見つめるもの も少なくない。 「お言葉ながら、陛下」  ヴァルドリューズが進み出て、跪く。 「『グルーヌ・ルー』の召喚は、魔道士の法則で禁じられております。召喚して操る ことなどは、容易ではありません。魔神が暴走すれば、このラータンなどは、一遍に 滅びてしまうことでしょう。国ひとつで済めば、まだ良い方です。ですから、 『グルーヌ・ルー』を召喚するなどという危険なお考えは、できれば忘れて頂き、 最強の国を目指すならば、軍隊の育成に力を入れた方が確実だと思われます」 「ほほう、余の案には、賛成しかねると言うのか? 」  皇帝の目が光るのを、その場にいた家臣たちが、ひやっとしたように頭をさらに 低くし、ヴァルドリューズに注目する。 「私なら、召喚してみせましょう」  静まり返る中で、そう進み出て跪いたのは、ダグトであった。 「この者は、魔神の召喚に自信がないから、このように申し立てているのです。私め に任せていただければ、どのような不可能な召喚魔法にも、取り組んでみせましょ う! 」 「ほう! そなたは、確か、召喚魔法を得意とするのであったな。これは、頼もしい 限りじゃ! 」  皇帝は、嬉々として、ダグトを見た。 「ダグト、グルーヌ・ルーの召喚など、簡単に引き受けてはならん。世界がどんな ことになるか、お前もわかっているだろう? 」  隣で、ヴァルドリューズが囁く。 「珍しく、俺に指図するじゃねえか。俺が、貴様より劣っていない証拠に、俺が先に 召喚してやるぜ」  ダグトが、にやっと笑ってから、皇帝に視線を戻す。 「皇帝陛下のご命令は、絶対であります。陛下のお望みとあらば、何でも叶えて差し 上げる努力をするのは、宮廷魔道士として、当たり前の勤め。魔神の召喚を、是非 成功させてご覧にいれましょう! 」  ダグトの言葉に、皇帝は、ますます機嫌を良くしていった。  ヴァルドリューズは仕方なく、魔神の召喚を研究することに同意した。 「ただし、魔神の召喚は、正規の魔道士にとっては禁呪に当たるもの。私は、魔道士 の塔から籍を抜いてから、研究致します」  ヴァルドリューズは、深く頭を下げた。 「けっ、格好つけやがって! 」  その横で、ダグトは、小さく悪態をついた。  幾人かの新人宮廷魔道士たちは、日々、魔神召喚を研究していたが、一向にその 成果は現れずにいた。  そのような中で、ある時、ヴァルドリューズが成功した話を耳にしたダグトが、 出勤日でなかったにもかかわらず、宮廷に駆けつけた。 「ヴァルドリューズ、貴様、グルーヌ・ルーの召喚に成功したとは、本当か!? 」  呼吸を乱しながら現れたダグトに、ヴァルドリューズは、ゆっくりと振り向いた。 「全体を召喚するのは、極めて危険だったため、その知識のみを召喚するよう、 心がけていたのだ」 「それで……出来たってのか!? 」  ヴァルドリューズが頷く。  ダグトは、その場に、ぼう然と、立ち尽くした。 「……そんな……! あの魔神を召喚するなど、無に等しかった。召喚魔法を得意と する、この俺でさえ……! 俺では、駄目なのか? なぜ、ヤツに出来て、俺には、 出来んのだ! 」  ヴァルドリューズの背を、食い入るように、彼は見つめた。 「ここでも、フェイ・ロンには勝てなかった……。ヤツと俺では、そこまで差がある というのか……!? 」  それからは、気の抜けたように、おとなしくなってしまったダグトであったが、 数日後、彼を奮い立たせた出来事が起こる。  魔神の召喚は、どの宮廷魔道士たちも、驚くばかりであった。  皇帝は、大満足である。  だが、古くからいる魔道士たちは、決して、いい顔はしなかった。  ある時、彼らは、まとまって、皇帝に会いに行き、魔神がどれほど危険なものかを、 今さらながらに、皇帝に説明したのだった。 「そちたちに頼んでおいた、不老不死の妙薬は、どうしたのだ? 」 「陛下、今は、それどころでは、ありませぬ」 「そうです。あのヴァルドリューズという男、彼は危険です」  老魔道士たちは、口々に訴えた。  しまいには、ヴァルドリューズが魔神の力を利用して、皇帝の座を奪うつもりなの ではないか、とまで言い出す者もいたほどであった。  いざという時の決断は、それまで、この年寄りたちの言いなりになってきた皇帝は、 徐々に、ヴァルドリューズを危険人物と見なしていくようになり、とうとう、彼を 追放するため、宮廷魔道士たちと、兵士たちを、ヴァルドリューズにけしかけた。  それを率先していたのが、言わずと知れたダグトであった。 「フェイ・ロン、貴様さえいなければ、俺が一番なんだ! 貴様さえ、いなくなれば ……! 」  魔道士たち、兵士たちの攻撃をよけようともせず、受け止めていたヴァルドリュー ズは、薄れていく意識の中で、それまで起こった出来事が、走馬灯のように流れて いくのを覚えた。 『なんということだ……! なぜ、この子だけ違うのだ? 』  厳格な顔つきの、口髭を生やした父親が、顔をこわばらせている。  息子の目が碧いことや、整い過ぎた顔の造りが、明らかに、自分たちの血統では ないことから、父と母が言い争っているのを、幼い頃から、フェイ・ロンは、 しょっちゅう目にしていた。  母も、他の兄弟たちを見る目とは、明らかに違う、どこか怯えたような、異星人で も見るかのような、怯えた、憎悪も混じった目で、いつも彼を見ている。  彼は、家にいるのが、だんだん苦痛になり、家の道場ではなく、外へ通うように なった。  そのうち、彼の魔力が異様に高いとわかると、両親は、途端に、彼にやさしくなっ た。  魔道というのは、人々にとって、不思議な魅力のあるもので、それからの彼は、 神族たちからも神童と呼ばれるようになり、大事にされるようになった。  だが、それでも、フェイ・ロンの心は、親、親族達から遠のいていった。  彼らが自分を見てくれるのではなく、その異常な魔力に興味を示していたのが、 幼い自分にも感じられたからであった。  成長し、ようやく家を離れ、魔道士の塔に勤めるようになった彼は、たいした目標 があるわけでもなく、なんとなく空虚な生活を送っていたが、それに対して、疑問を 持つようでもなかった。  時々、ダグトが、つっかかってはくるが、それも気にはならなかった。  上司であるベーシル・ヘイドが、自分のいる上層部へ来ないかと誘いをかけてきた が、なぜか、ラータンの宮廷魔道士になることを選んだ。  もしかしたら、自分の居心地の悪かったラータンを、少しでも変えたいと、思った のかも知れなかったし、親たちの期待に応えなくてはとも、どこかで思っていたのか も知れなかった。  現に、魔道士の塔に勤めた彼は、父母よりも収入が良く、楽をさせてあげられた。  親戚たちも彼との血のつながりを自慢し、魔道士の塔の口利きで、良い仕事にも 就けた。  だが、彼自身は、媚びへつらう人間と、そうでない人間の区別が付くようになる 一方だった。  魔道士の塔から籍を抜き、禁呪である魔神の召喚に成功しても、自分には、いった い何が残るというのだろう。この空しさを埋められるほどのことではないように、 仲間の攻撃を浴びながら、彼は、漠然と感じていた。 「なんだ、その既に、死を覚悟したようなツラは! 」  ダグトは、ヴァルドリューズに対する攻撃に、一層パワーをそそいだ。 「お前は、幼い頃から、一緒に育った者に裏切られ、攻撃されているのだぞ。悔しく はないのか!? お前よりも劣る俺にやられていて、情けないとも思わないのか! 」  途切れかけた意識の中で、ダグトの声が聞こえていた。  死にかけたヴァルドリューズの美しくも血の気の引いた顔に、一層触発されたよう に、ダグトが、魔力を貯めた、巨大な魔法を放った瞬間、ヴァルドリューズの姿は、 そこから消えた。


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 窓の映像は消えた。  暗い闇夜が見えるだけである。  ミュミュは、いつの間にか、泣いていたことに気が付いた。  ラン・ファの結界に包まれ、ふわふわ浮いたまま、両手で目をこすり、涙を拭った。 「……ずっと辛かったのね。二人とも」  呟いたラン・ファを、ダグトもヴァルドリューズも見つめた。  ラン・ファの瞳は、潤んでいた。 「ティエ・ジエンのフェイ・ロンに対しての歪んだ思いは、その実力を認めた上の ことだったのね。尊敬さえも、感じられなくはなかったわ。私のことなんて、後から ついてきたんじゃないの? むしろ、フェイ・ロンに対するライバル心を煽(あお)る ために、こじつけているように、私には思えるわ」 「そんなことはない! 俺は、フェイ・ロンのことは、ただ憎んでいた! 」  ラン・ファは、憐れむような目を、ダグトに向けた。 「あなたは、ただ愛されたかっただけよ。誰かに認められ、愛され、自分がここに いることを、証明してみせたかったのよ」  地面に視線を落とし、孤独感をかみしめたような顔になったダグトは、キッと、 ヴァルドリューズを見据えた。 「俺は、いずれ、ラン・ファを手にしたかった。それさえも、叶わなかった。なのに、 貴様は……! 幼い頃から、武道や魔道の才能があり、皆に認められ、順風満帆に 歩んでいった貴様は、ついに、ラン・ファまで手に入れた。ラン・ファの過去を覗き、 次々と現れては消えていく男たちのことも、どれほど憎んだことか……! その最後 が、貴様であったとはな、フェイ・ロン……! 」  ミュミュが我に返り、ダグトとヴァルドリューズ、ラン・ファを見比べた。  思わず、ラン・ファとヴァルドリューズも、顔を見合わせる。  ラン・ファの頬が紅潮していくのに対し、ヴァルドリューズの方は、どこも変わら なかった。 「なぜ、貴様ばかりが、うまくいく? なぜ、貴様ばかりが、どこへ行っても、 受け入れられるのだ!? 」 「ちょっと待ってよ! 」  顔を赤らめたまま、ラン・ファが一歩踏み込み、ダグトを睨む。 「人のプライバシーに、勝手に立ち入らないでよ! そういうことに、魔法を使う ことは、禁じられているでしょう!? 」 「そうだよ、おじちゃん、ひどいよ! 」  ミュミュも一緒になって、ダグトを睨んだ。  ダグトは、じろっと、ミュミュを見た。 「貴様は、さっきから、俺のことをじじい扱いしているが、俺は、ヴァルドリューズ と同い年だ! わかったか! 」  ミュミュは「ひえーっ! 」と怯(ひる)みながらも、おそるおそる言ってみた。 「だ、だって、ヴァルのおにいちゃんの方が、若く見えるよ。きれいだし……」  ダグトは、ますます面白くなさそうな顔になっていった。 「容姿のことは、どうでもいい! とにかく、俺は、何もかもを手にしたフェイ・ ロンが、行く先々で、その才能を知らしめ、尊敬され、特別扱いされていくのを目の 当たりにするのは、もうたくさんだった。道場のお師匠も、お前には期待していた。 親に見放された俺とは違い、お前は、両親とも同じ屋根の下に住んでいた。魔道の 修行も順調らしいとの噂が、武道も魔道も伸び悩んでいた俺を、一層苦しめた。なぜ、 貴様ばかりがトントンと行き、この俺は、いつまでたっても燻(くすぶ)っているのか と……! 」  その時の悔しさを噛み締めている彼の目が、ヴァルドリューズに向けられる。 「それは、違うわ。さっき、あなたの見せた映像で、あなたが、フェイ・ロンの想い も取り込んだのを見て、わかったでしょう? 私は、確信したわ。才能のある人に だって、悩みはあるし、トントンと、何事もうまく行っているように見えても、実は そうでもない場合もある。ましてや、フェイ・ロンは、その並大抵でない能力を授か ってしまったために、大魔道士にも見込まれ、大きな宿命まで背負わされてしまった。 あなたや私では、抱え切れずに、押しつぶされてしまうほどのね」  ダグトが、ぎりぎりと奥歯を軋(きし)ませて、ラン・ファを見た。 「……またしても、この俺よりも、フェイ・ロンの方が、優(まさ)っているというの か? 」 「なにも、あなたはだめだとは言っていないわ。あなただって、実力はあるじゃない。 才能のあるなしじゃないの、持っている力を、どのように使うかで、その人の価値は 決まるのよ」 「俺のことは受け入れずに、ヤツのことは受け入れた。俺のことを、人間的にも、 ヤツより劣っていると思っているくせに! 」  ダグトは、だだっ子のように、ラン・ファに、自分の思いをぶつけていた。  だが、ラン・ファは、甘い顔はしなかった。 「そう思い込んでいるのは、あなた自身よ。私のことを、本当に愛しているわけでも ないくせに、都合良く、引き合いに出さないでくれる? あなたは、フェイ・ロンに 執着しているだけ。彼からは、もういい加減、頭を切り離したらどうなの?  ラータンの宮廷魔道士を辞めて、魔道士の塔本部に戻ったのなら、腹を決めて、 本来の魔道士としての勤めを果たすべきよ」  ダグトの顔が上気していく。 「うるさい、黙れ! もうたくさんだ! 」  ダグトが、いきなり、てのひらをラン・ファに向け、電光の魔法を発動させた。  ヴァルドリューズが、咄嗟にマントでラン・ファとミュミュを包む。  電光は、マントに吸収された。 「それが、お前の愛する者に対して、することか? 」 「うるせえ! 勝ち誇ってんじゃねえよ! 」  そう喚(わめ)くダグトに対し、ヴァルドリューズの目が光る。 「吟遊詩人、そこにいるのだろう」  唐突なヴァルドリューズのセリフに、後ろから、ひょいっと出て来た男が言った。 「よくわかったね」  ヴァルドリューズよりも、背の低い、華奢なその男は、コケティッシュに瞳を 輝かせている。 「ちっ! やはり、生きていやがったか! 」  ダグトが小さく舌打ちした。 「二人を安全なところへ連れて行け。俺は、ヤツを倒す! 」  ヴァルドリューズにしては、珍しく感情が高ぶった口調であった。 「やれやれ、それが、人にものを頼む態度かねぇ。でも、まあ、いいよ」  吟遊詩人は肩を竦めると、ヴァルドリューズのマントの中から、ラン・ファの手を 取って連れ出し、ミュミュをてのひらの上に乗せた。 「フェイ・ロン! 」  ヴァルドリューズは、じっと、ラン・ファの心配そうな顔を、見つめた。 「必ず戻る。ミュミュと待っていてくれ」  静かだが、強い意志の現れた瞳だった。  ラン・ファは頷いた。 「ミュミュ、ケインのところへ戻っていろ」 「うん! おにいちゃん、頑張って! あんなヤツに負けちゃダメだよ! 」  ミュミュに答えるように微笑んだヴァルドリューズは、もう一度ラン・ファを見る と、ダグトを振り返った。  ダグトとヴァルドリューズの戦闘が始まる緊迫した空気の中を、吟遊詩人はラン・ ファとミュミュを結界で守ると、ふいっと、その場から消えたのだった。


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「あなたは、何者なの? 」  魔力を増強する首飾りを着用すれば、空間を渡ることの出来る彼女にとっては、 見慣れた、目まぐるしく動く景色の中を移動する。  ラン・ファの質問には答えずに、吟遊詩人は、にっこり笑った。 「あなたが、噂に名高い、伝説の女戦士さんですね? お会いできて光栄だなぁ! 」 「光栄だなんて、そんな大それたもんじゃないわ」 「いえいえ、あなたのことは、既に伝説になりつつありますよ。元ベアトリクス特殊 部隊将軍、東洋出身の黒鷹の女戦士コウ・ラン・ファ子爵」  ラン・ファが、きりっとした表情になる。 「お世辞は、もういいわ。私たちを、どこへ連れて行こうっていうの? あなたは、 ヴァルドリューズの仲間なの? 」 「ああ、そうそう! その前に、お嬢ちゃんの羽を治さないとね」  吟遊詩人は、ラン・ファの結界を解かれたミュミュを、てのひらに乗せて、包帯を ほどき、背に、もう片方の手をかざした。  ミュミュの背からは、みるみるうちに、透明の羽が二つ生え、元通り、ミュミュの 身体ほどの大きさにまで、伸びていったのだった。 「わーい、治った、治ったー! 」  ミュミュは満足そうに、羽をぱたたたっと、勢いよく羽ばたかせてから、喜んで 飛び回った。  ラン・ファは、信じられない表情で、ミュミュと吟遊詩人を見ていた。 「おにいちゃん、ありがとう! 」 「どういたしまして」  吟遊詩人は、にこにこしながら、丁寧に、ミュミュに礼をしてみせた。 「さて、これで、安心して、あなたの質問に答えられる。どこへ行くのかに関しては、 さっきヴァルドリューズさんが行っていた、『ケインのところ』へ向かいます。 久しぶりに、師弟のご対面が出来ますよ」 「えっ? 」  詩人は、驚いているラン・ファに、微笑んだ。 「あなたのお弟子さんと、一緒にいる勇者のことです。そこで、あなたがダグトに 捕まる前に手に入れた情報を、彼らに届けてもらえませんか? 」 「ミュミュちゃんの話していたケインくんと、マリスは、今一緒にいるのね? 」 「ええ、そうです。彼も、伝説の勇者になりつつある人物かも知れませんよ」  ラン・ファの頭の中には、ある元気な少年の面影が浮かび上がった。 「ダン……彼の噂も耳にしたわ。伝説の勇者になるつつある人が、彼以外にも存在 していたなんて……」  呟いてから、吟遊詩人を改めて見直すと、ラン・ファは続けて言った。 「あなたが何のことを言っているのかはわからないけど、ダグトに捕まる前に、私が 手に入れた情報なんて、ベアトリクスのことしかないわよ。それが、あなたの言う 伝説の勇者ケインくんとやらに、何の関係があるというのかしら? 」 「そんなに難しく考えなくても、いいんですよ。ベアトリクスの情報は、彼らの今 いるところからは遠いものですから、なかなか聞こえてこないので、貴重なんです。 だから、あなたのお弟子さんにだけではなく、一緒に旅をしている皆さんにも、 教えて差し上げた方がいいんじゃないかなぁって、思っただけです」  ラン・ファが、吟遊詩人を、油断のない目で見つめた。 「あなた、いったい何者なの? 魔道士とは思えないわね。そもそも、妖精の羽を 治す呪文なんて、聞いたこともないわ。マリスとは仲間なの? 信用出来るんで しょうね? 」  詩人は、何とも言えない表情で、彼女に返した。 「仲間とまで言い切れるかどうか……。あなたのお弟子さんは、いずれ、ベアトリ クスに行かなくてはならなくなるでしょう。だから、ベアトリクスの情報は、 なるべく彼女に伝えておかなくてはなりません。彼女の仲間たちも、一緒に向かうの ですから。人伝に流れてきたものではなく、実際、目にして来た人の、確かな情報を、 知らせてあげて欲しいんです。彼女が、ベアトリクスに向かう時期の判断を見誤って しまえば、すべてが水の泡になり、全員が危険な目に合う恐れもあるのです。 とりあえず、僕のことは、吟遊詩人とでも呼んでください。あなたのお弟子さんーー マリスさんを守っている勇者ケインを、さらに見守っている者、とだけ言っておきま しょう」 「マリス……」  ラン・ファが吟遊詩人から視線を反らし、しばらく物思いにふけっていた。  ミュミュは、二人が話している間も、じっと、吟遊詩人の顔を眺めていた。  二人の会話が途切れたところで、ミュミュが、ぱたたたっと、治ったばかりの羽を 鳴らせ、切り出した。 「ねえねえ、吟遊詩人のおにいちゃん、前に、どこかで会わなかった? 」 「えっ? 」  吟遊詩人が、ドキッとした顔でミュミュを振り返り、慌てて、ミュミュから目を 背けた。 「さ、さあ……。僕、女の子の顔って、なかなか覚えないからねぇ」 「ふーん……」  ミュミュは、しばらく首を傾げていたが、そのうち、気にしなくなった。 「さあ、もうすぐ着きますよ、皆のところへ」  二人を連れた吟遊詩人は、空間を渡るスピードを、上げていった。


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