Book8看板 Dragon Sword Saga8 〜Ⅳ.-1〜
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~ 第8巻『古代の魔法』 ~

剣月青ライン  Ⅳ.『勇気をもって』 妖精青アイコン1 ~ 賭け ~  剣月青ライン

 夜も更け、ひっそりと静まり返った森のはずれに、古びた廃墟がある。  その外観からは、とても人が住んでいるようには見えなかったが、一部屋だけ、 窓から灯りがこぼれている。  その薄灯りの中では、東方の女戦士と、羽のない妖精とが、ひたすら宝石を削って 粉にしていたのだった。 「おねえちゃん、おねえちゃんは、捕まる前は、どうしてたの? 」  ミュミュがテーブルの上に、ぺたんと座り、彼女の身体からすれば大きめの宝石を、 石で削りながら尋ねた。  ラン・ファは手を休めずに答える。 「しばらくは、小さなある街で暮らしていたんだけど、マリスがベアトリクスを出た ことを知って、ちょっと気になったものだから、ベアトリクスの、マリスを育てた 伯爵のところへ、顔を出してみたの。それで、今のあの国の現状がわかったわ」 「それが、マリスに伝えなくちゃいけないことなの? 」 「それもあるけど、他のこともね」 「ふうん」 「それで、マリスを探していた最中に、ダグトに捕まったの。さっきみたいに『俺と 一緒に暮らせ』とか言って、強引に。そんな口説き方があるかってのよ、ねえ? 」  ミュミュが、こくこくと頷く。  ラン・ファが溜め息をついて、窓の外を見る。相も変わらず薄暗く、不気味な森が 見えるだけだ。 「あいつは、心が病んでいるわ。昔から、ひねたヤツだったけど、あそこまでじゃな かった。きっと、黒魔法を極めていくうちに、一層、魔の世界に近付いて、あんな風 になってしまったに違いないわ」  『魔の世界に近付く』とは、この世界の人間たちの間では、よく使われる言い回し であった。  神秘的な魔道の世界に精通するという意味合いもあるが、心が少しずつ蝕(むしば) まれていき、邪(よこしま)な考えを持つようになることも指す。  ミュミュは、ラン・ファの瞳が、悲しそうな色合いに染まっていくのを見て、 自分も、悲しくなってきたように感じた。 「黒魔法をやっていても、ヴァルのおにいちゃんや、クレアは、あのおじちゃん みたいにヒネクレてないよ」  ラン・ファはミュミュを改めて見た。 「クレアちゃんて、前は巫女さんで、ヴァルドリューズに黒魔法を習ってる子だった かしら? 」 「うん、そう」  ミュミュが、とりとめもなく、自分が一緒に旅をして来た人間たちの話を、ラン・ ファに聞かせていたので、会ったことのない仲間たちのことまで、ラン・ファには 伝わっていた。 「黒魔法っていうのはね、巫女さんや、神官の使う白魔法と違って、神聖なものでは ないの。空間の中を移動したり、モンスターと戦ったり、いろいろと便利な物が多い 分、危険を伴ってもいるの。極めれば極めるほど、この世の魔の部分ーーつまり、 『不思議な力』に魅入られて、深く入り込んでしまう人もいるのよ。魔法を使わない 人に比べて、何でもできてしまうものだから、正しい心を持っている人は、それを 何かに役立てようと思ったり、限度を越えると被害が出ることがわかっているから、 使う時は気を付けるでしょうけど、心が充分に育っていない人だと、何でもできるの をいいことに、弱いものイジメをしたり、力を振り翳したりすることで、自分が偉く なったような気になってしまうの。だから、ヴァルドリューズやクレアちゃんのよう に、黒魔法を勉強していても、それをいいことに使っている人は、心が強い人なの。 知らない間に、悪い世界にひきずりこまれたりすることのない、強い人たちなのよ」  ミュミュは、ラン・ファの話に聞き入り、感心したように、その大きな瞳を丸く した。 「ケインと二人で旅をしていた時、ミュミュがね、野盗のことを『なんで同じ人間 同士なのに、あの人たちは、何もしてない人たちに乱暴するの? 』って聞いたこと があるの。そしたら、ケインが、『あいつらは、実は弱いヤツなんだ』って言うから、 『でも、他の人間たちは、野盗を恐れているよ。野盗にはかなわないからじゃない の? 』ってミュミュが言ったら、ケインが『力では、そう見えるかも知れないけど、 強いフリして、本当は、自分たちが、強いものに襲われるのが怖いんだ。だから、 自分から襲う側になってるだけなんだよ』って」  ミュミュは、ラン・ファが、ちゃんと話に聞き入っているとわかると、得意気に 続けた。 「『どうして、わざわざ暴力をふるうの? だれもやらなければ、自分たちだって、 おそわれることないのに』って、またミュミュが聞くと、『結局は、ああやって、 力を振り翳して、みんなに恐怖を与えると、自分が強くなった気がするんだろう。 そうやって、どんどん勘違いしていくんだ。どれだけ人を殺したかを自慢にして、 自分たちが、この世で一番強い気になってるんだよ』って。だから、ミュミュ、その 時、思ったんだ。ケインが悪者を退治してるのは、強い力を悪い事に使ってるもの たちが許せないんだって。ラン・ファおねえちゃんの話を聞いても、そう思ったよ。 弱い心を持った人は、魔法でも、武道でも、勉強すると、悪い事に使っちゃうんだね。 自分さえ強ければいいと思うからなんだよね? 」 「まあ、ミュミュちゃん、なんていい子なの! 」  ラン・ファはミュミュを撫でて、微笑んだ。 「そうよ、そういうことなの。強い心を持っていれば、魔道でも武道でも、決して 悪い事には使わないはずなの。悪いヤツっていうのは、みんな弱いヤツってことなの。 自分のことしか考えられないから、平気で悪い事ができるのよ。そういった悪いヤツ の思い通りには、させちゃだめなの。例え、こっちの方が力は弱くても、奴らの言い なりになってはいけないわ。立ち向かわなければならないのよ」  ミュミュは、大きく頷いた。 「ミュミュ、おねえちゃんの言ってること、ちゃんとわかるよ。だって、クレアは 最初、あんまり魔法ができなくて、戦えなかったけど、カイルが『クレアは、かわい いんだから、無理に魔法なんか覚えなくたって、好きな男と結婚して幸せになれば いいんだ』って、よく言ってたけど、クレアは、頑張って、魔法を練習して、今では、 マリスと一緒に、野盗をやっつけられるようになったんだよ。クレアも、悪い人は、 どうしても許せないって、言ってたよ」 「そのクレアちゃんて子は、きっと随分頑張ったんでしょうね。巫女さんだった人が、 よく野盗をやっつけるまでになったものだわ。あのヴァルドリューズが、よくそこ まで仕込んだものだわね。マリスを鍛えているところを思い出すと、かなり厳しかっ たけれどね」 「ヴァルのおにいちゃんは、やさしいよ。戦闘が終わった後も、クレアには『よく 頑張ったな』って、声かけてあげてたし、マリスが、クレアの精神の中で、ひとりで 戦った時も、『思ったよりも時間がかかったので、心配したぞ』って、言ってあげて たもん」 「……そう」  ラン・ファの中で、一筋の風が吹き抜けていった。  どうやら、ヴァルドリューズは、彼女が一年前に会った時とは、変化しているよう だった。  その頃は、冷たい印象が強かったが、人に対し、そのような言葉をかけられるよう にもなっていたというのは、とても好ましいことだと思っているにもかかわらず、 どこか淋しいような気もしている。  一時的にとはいえ、マリスたちと一緒に旅をしたとしても、自分の居場所なんて、 ないのではないか、と漠然とした思いが、浮かんで来ていた。 (……まだ忘れてなかった……)  ラン・ファの脳裏には、無表情で無愛想な魔道士の顔が、浮かんで、消えていった。 (おねえちゃん、どうしたんだろう……? なんだか、さみしそうに見える。それに、 この感じは、なに? )  ミュミュは、ラン・ファから伝わってくる、なんとも言えない感情を、感じ取って いたかも知れなかった。  だが、それが、いったい何であるのかは、わからなかった。 「さ、これで、全部の宝石を削れたわ」  ラン・ファは、憂えた表情から一変して、いつもの笑顔になっていた。  これまで、ダグトの目を盗んで、密かに削って来た分も、小袋から出し、テーブル の上で混ぜると、ある短い呪文を唱えた。  宝石の粉や粒子は、七色に光り出した。  その粉をすくい、宝石を削っていたナイフに振りかける。  ナイフも七色に光った。 「ミュミュちゃんにも、かけてあげる。どのくらいの効果があるかはわからないけど、 魔除けにはなるから」  ミュミュが、目をしっかりとつぶると、ラン・ファは、ミュミュの頭から、さら さらと、七色の粉をふりかけた。  ミュミュは、全身に、キラキラとしたパウダーをつけているように、光っていた。  そして、ラン・ファ自身も、宝石の粉を浴びた。 「それじゃあ、作戦よ」  ラン・ファの瞳が、きりりと引き締まる。 「さっき、ダグトは、どこかへ出かけたみたいだったわ。執事を怒鳴りつけていたと 思ったら、急に気配が消えたの。こんな時間に、魔道士の塔に行くわけはないから、 またヴァルドリューズを探しに行ったのかも知れないわ。となると、チャンスは今よ」  ミュミュが真剣な顔で頷くのを確かめて、ラン・ファが続ける。 「まずは、執事と給仕ね。ダグトに連絡を取られないように。彼らは魔法を使える わけではないから、今の私でも、なんとかなると思うわ。その後で、ミュミュちゃん の力を借りたいんだけど……」  ミュミュがラン・ファに、こくんと頷いてみせる。 「調理室から一番近いのは『冠の部屋』ーー私の青い首飾りのある部屋よ。ミュミュ ちゃんなら、魔道士の結界は関係ないから、私が執事達から部屋のカギを奪ったら、 それで部屋に入って、首飾りを取ってきて欲しいの。やってくれるかしら? 」 「ミュミュ、ちょっとこわいけど、ここを出るためだから、がんばる! 」 「私も部屋の外で待ってるし、ちゃんと援護はするから大丈夫よ」  ラン・ファは微笑んで、ミュミュの頭を撫でた。 「無事に首飾りを奪還できたら、『水瓶の部屋』よ。首飾りさえ手に入れば、空間 移動が出来るから、ドアに結界がかけられていようと、中へ入れるわ。そこにある 赤い宝石のついた剣も取り返せれば、この館から、脱出することは簡単だわ」  ミュミュは、ドキドキしてきた。 「いよいよなんだね」 「そうね」  顔を見合わせて頷くと、ミュミュはラン・ファの髪の中へ隠れ、ラン・ファが部屋 の扉を押し開けた。


青花ライン

 真っ暗な回廊を、一本の燭台を手に、ラン・ファが歩いて行く。 「ラン・ファ様、どうかなさいましたか? 」  部屋を出ると、すぐに執事が現れた。 「ちょっとダグトに用があって」  執事に、にっこりと笑顔を向ける。  痩せて年老いた執事は、表情もないままだった。 「ご主人様にですか? どのようなご用件で? 」 「んもう、ヤボなこと聞かないの。私と彼の仲なら、わかるでしょう? 」  ラン・ファが、悩ましい仕草で、髪をかき上げた。  ミュミュは、見つからないよう、さっとラン・ファの背へ移動する。 「それは、失礼致しましたが、あいにく、ご主人様は、お出かけになれてまして、 お部屋には、いらっしゃいません」 「ええっ? な〜んだ、そうだったの? がっかりだわ」  ラン・ファは非常に残念そうな素振りをしてから、気を取り直したように、自分 よりも、背の低い執事に、あやしく微笑みかけた。 「今夜は、彼に応えてあげてもいいかと思っていたのに……残念だわ! 」  その時、ラン・ファが、執事の腹に拳を食い込ませた。  執事は、呻き声を上げ、腹を押さえると、どさっと床に倒れた。 「まずは、ひとり」  固く握った拳を開くと、ラン・ファは、執事を引き摺っていく。  調理場にもあかりが灯っており、太った給仕の男が、ぐつぐつと何かを煮込んで いた。翌日の朝食のために、下ごしらえをしているところだ。 「ねえ、給仕さ〜ん」  執事を抱えたラン・ファが、調理室へ入っていく。 「執事さんが、急に倒れてしまって。過労かも知れないわ。なにか、お薬はないかし ら? 」  ラン・ファが、執事を床に寝かせると、給仕は無言で、棚の扉を開け、薬箱を探す。 「こんなに夜遅くまで、料理なさってるの? 大変ね」  ラン・ファの思い遣る声は、給仕のすぐ近くから聞こえた。 「ダグトは、あまり食べないから、ほとんど、私のためにしてくれているのよね?  ありがとう……! 」  後ろから、ラン・ファの腕が絡み付く。  ビクッとして、薬箱をあさる給仕の手が、思わず止まった。 「私が、こんな息も詰まるような館で、今まで生きてこられたのは、あなたの作る 美味しい料理のおかげよ。ダグトは、きっとあなたには、なんのねぎらいの言葉も かけていないことでしょう。私だって、いつもあなたには感謝しておきながら、 彼の目が怖くて、お礼をする機会がなかったのを、ずっと心苦しく思っていたの。 今は、ダグトも出かけているし、執事さんも、眠っているわ」  給仕の男の顔を包み込み、ラン・ファは自分の方へと振り向かせた。  男の小さな目には、ラン・ファの黒曜石のように美しい瞳が、潤んでいるのが映る。 「お願い。ダグトが戻ってこないうちに。執事さんが、目を覚まさないうちに……」  ラン・ファは、やさしく給仕の手を取り、引き寄せた。 「目を閉じて」  ラン・ファが伸び上がり、唇を近付ける。  給仕が一瞬、動かなくなった時、  がつっ!   執事の時と同じように、給仕も呻き声を上げ、床に崩れ落ちた。  ラン・ファは、突き出した脚を下ろすと、急いで、二人を背中合わせに座らせ、 室内のあった料理に使う紐で、少しゆとりを持たせて縛り上げた。 「ふう、こんなものかしらね」  パンパンと手を叩いていると、ミュミュがラン・ファの肩に登り、意識を失って いる執事と給仕を見下ろした。 「ひゃあー、あっという間だったね! おねえちゃん、すごーい! 」 「給仕さんには、多少の罪悪感は感じるけどね。確かに、気が滅入っていた時に、 おいしいものを作ってもらえるのは、ありがたかったから。本当は、こんな風に、 恩を仇(あだ)で返すようなことは、したくなかったんだけど。首飾りが取り戻せれば、 彼らの洗脳を解いてあげられるかも知れないわ。そして、私が魔道士の塔へ連れて 行き、事情を話せば、二度とダグトに捕まらないよう、保護してもらえるかも」  ミュミュは、まだ惚れ惚れしたように、彼女を見ていた。 「ところで、この人たちは、部屋の鍵らしいものは持っていなかったみたいだったわ。 疑り深くて、人を信用しないダグトのことだから、鍵は、自分で持っているのかも」 「じゃ、じゃあ、どうしたらいいの? 」 「鍵になりそうなものを、探してみるわ」  ぐつぐつ煮立っている鍋の火を消すと、ラン・ファは扉という扉を開けて、調理 道具を物色している。  腕のいい料理人だったため、調理道具は良いものが揃っていた。  手入れも行き届いており、包丁などもぴかぴかと光っている。  ラン・ファとミュミュは、その中で、ドアの鍵穴に入りそうな細い金属の棒を 見つけた。  その他の器具も、いくつか調達していく。  調理室を出ると、ラン・ファは、『冠の部屋』に向かい走り出すが、赤い石の ついた剣は見付からなかった。  念のため、鍵穴から中を覗くと、青い石の首飾りが、箱ごと見付からない。『水瓶 の部屋』も、同じだった。 「ダグトのやつ、場所を変えたんだわ」  ラン・ファが小さく舌打ちする。  ミュミュが、途端におろおろする。 「どうしよう、どうしよう! 」 「大丈夫。まだ諦めるのは早いわ」  ラン・ファは、肩の上のミュミュを、安心させるよう、軽く撫でた。 「ああいう疑り深いヤツってのは、他人を信用しないわ。だから、きっと、自分の 部屋に隠してるのよ」 「ええっ? ダグト本人の部屋に……? 」  ミュミュは、ぶるっと身体を震わせた。  ダグト本人の部屋というのは、知られずして奪還出来る可能性が、一番薄い。  用心深い彼のことなので、部屋全体に結界が張られているおそれもある。  それでも、ラン・ファは、今、脱出することを諦めなかった。  これ以上、ダグトといることは耐えられないこともあるが、彼女には、ある賭け、 それも、一か八かの賭けがあったのだった。 (焦って行き詰まっているダグトは、今夜中に、死にものぐるいでヴァルドリューズ を探し、痛めつけてから、殺してすっきりしたいと思っているはず。もし、ダグトが ヴァルドリューズと出会っていれば、多少の時間は稼げる。その間に脱出して、ミュ ミュちゃんが助かったことを知れば、ヴァルドリューズも安心して戦えるし、万が一、 ダグトが勘付いて、戻ってきたとしても、彼もダグトを追って、ここへ来られるはず。 それなら、ミュミュちゃんを連れ戻して、彼もマリスたちのところへ帰れるわ。古代 魔法の謎を明かさないかぎり、いくらヴァルドリューズでも、ダグトにはかなわない。 今は、無理にダグトと戦わなくても、ミュミュちゃんと彼が無事に仲間のところへ 戻れればいい。最悪、私が捕まったままでも……)  ラン・ファは無言のまま、足早に、ダグトの部屋へ向かう。  首飾りと剣を取り返すのに失敗すれば、ここからは、もう二度と出られないことは、 覚悟していた。  ダグトがどのような暴挙に出ることか。  おそらく無事では済まされないことは、わかっている。  そして、それは、ミュミュもだった。  どのような仕打ちを受けることか。 (危険だけど、賭けるしかない)  ラン・ファの額に、一筋の汗が流れた。 (ダグトが彼を見つけられずに、戻ってきたとすれば、全てが壊れる! なんとか、 二人が出会っていることを、願うしかない……! )


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