Book8看板 Dragon Sword Saga8 〜Ⅱ.-3〜
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~ 第8巻『古代の魔法』 ~

剣月青ライン  Ⅱ.『さかさまの森』 妖精青アイコン3 ~ 甦る古代魔法 ~  剣月青ライン

「さ、これでできたわ」  女は、薬瓶に蓋(ふた)をすると、箱の中にしまった。  女のてのひらから、あたたかい光が、ミュミュの背中の、羽のあったところに当て られ、その後、痛み止めの薬を塗ってもらい、包帯が巻かれたところだった。 「ありがとう」 「いいえ、どういたしまして」 「おねえちゃん、魔道士だったの? 」 「そうでもあるわね。わけあって、今は、この程度の魔法しか使えないんだけど、 お役に立てて、良かったわ」  女のやさしい微笑みに、ミュミュは、しばらく見蕩(みと)れていた。  部屋の中は、美しい調度品が並び、大きな天蓋付きのベッドもあり、床は大理石 だった。  ミュミュのいるテーブルも、女の座っている椅子も、この地域では珍しい東洋の デザインであったが、いずれも、部屋にあるものは、すべて高級品だということは、 一目でわかる。  ダグトが、この女を大事にしていることは、ミュミュにすら見当がついた。 「羽がなくて大丈夫? 」  気遣う女に、ミュミュは大きく頷いた。 「しばらくは飛べないけど、また生えてくるから。そうすれば、前みたいに飛んだり、 空間を移動したりできるから」 「空間移動ですって? 」  女が目を丸くする。 「妖精って、そんなことも出来るの? 」 「うん、そうだよ」  ミュミュは、女の関心が自分に向いていることを、嬉しく思った。 「そう言えば、どこかで聞いたことがあったわ。妖精には、魔道士の結界は関係ない って」 「うん。でも、ダグトが『特殊な魔法』を使ったから、ミュミュ、あいつの結界から 出られなかったの」 「ふ~ん……」  女は、しばらく何かを考えていた。 (きれいな人だなぁ)  ミュミュは、東洋の女を初めて目にしていた。  色の白い西洋の人間には、華やかさが感じられ、色の濃い東洋の人間は、神秘的な 印象があった。  西洋出身であるマリスやクレアとは、人種の違いだけではない、どこかが違うよう に思える。彼女たちよりも、女は年齢が高く、落ち着いた態度と、大人の雰囲気が 感じられたせいだと思った。  それだけではない、女には、人を惹き付ける魅力があった。そこには、大人の女に 備わる色気も大きかった。  といって、町で見かける商売女の、これ見よがしに振りまく、品のない色気との 違いは、ミュミュにすらわかっていた。 (これが、ホントのオトナの女ってヤツなんだ)  ミュミュは、羽があったら、パタつかせたい気分で、うつむき加減の女を、胸を 高鳴らせながら、眺めていた。 「おねえちゃん」  ミュミュの呼びかけに、女は我に返った。 「おねえちゃんは、なんでダグトなんかのお嫁さんなの? 」  女は思わず、椅子から転げ落ちそうになった。 「じょっ、じょーだんでしょ? 誰が、あんなヤツと結婚なんて! 」  慌てている女を、ミュミュは、きょとんと見た。 「じゃあ、兄妹? 」 「違うわ。あんなヤツ、身内でもなんでもない、アカの他人よ」 「そうだよねぇ。ちょっと似てると思ったけど、おねえちゃんみたいないい人が、 そんなわけないよねぇ? 」 「似てるですって? 私とダグトが? ……まあ、東洋の人種を見慣れてない人から すれば、そう見えるのかも知れないわね。確かに、私と彼は、同じラータンの出身だ から」  ミュミュは、目をパチクリさせた。 「ラータンて……おねえちゃんも、ダグトも、ラータン・マオの出身なの? 」 「そうよ。ついでに、もっとイヤなことに、あいつとは、幼馴染みでもあるのよ」 「おさななじみ……? 」 「子供の時に、一緒に遊んだりしてた人のことよ。私は、親しくしていたつもりは、 なかったけどね」 「へー、……あっ、じゃあさあ、ミュミュがまだ妖精の国にいた時、仲良くしてた モモちゃんのことも、『おさななじみ』って言うのかなぁ? 」 「え? ええ、そうなんじゃないかしら? 」 「そっかー、モモちゃんとミュミュは、『おさななじみ』って言うのかぁ! 今度、 モモちゃんに会ったら、教えてあげよーっと」  ミュミュは、すっかり話が反れてしまったことには、気が付かず、楽しそうに笑っ ていた。  女は、そんなミュミュをかわいく思ったのか、微笑ましく見つめていた。 「ねえ、ミュミュちゃん、羽が治ってからでいいんだけど、……一緒に、ここから 脱出しない? 」  ミュミュは、パチパチッとまばたきをした。 「ここから……? 」 「そうよ」  女は、真剣な表情になっていた。 「私は、旅の途中で、偶然ダグトに会い、不覚にも捕まってしまったの。彼ほどでは ないにしろ、私も多少の魔法は使えるんだけど、魔力を増強するネックレスも奪われ、 大事な剣も取られてしまったの。今思えば、ミュミュちゃんの言ってた、特殊な魔法 のせいかも知れないんだけどね」  ミュミュは、口をあんぐりと開けて、女の顔を見つめていた。 「何度も脱出を試みてるんだけど、彼の張った結界で、すぐにバレてしまうの。結界 を張っていない時は、モンスターに見張らせているから、どうしても、対魔物用の剣 は必要だし……」  女はミュミュを見つめ直した。 「だから、ミュミュちゃん。羽が治ったら、ここを出ましょう。それまでは、ダグト が、あなたに、これ以上ひどい仕打ちが出来ないように、私が守ってあげるから」  ミュミュはモンスターがいると知ったこともあり、少し怖じ気付き、びくびくしな がら、女を見上げた。 「で、でも、ミュミュ、ダグトの特殊な結界から、出られなかったよ。だから、羽が 生えても、ここからは、出られないかもよ」 「多分、ここには、その特殊な結界は、張られていないわ。この館全体を囲むほど、 広範囲には張れないんだと思う。だから、ダグトは、空間を渡って逃げ出さないよう に、あなたの羽をむしったんだわ。特殊な結界であれば、あなたに羽があっても、 抜け出せないはずだから、わざわざむしる必要はないもの」  なるほど、とミュミュは納得した。  先ほどから話していて、どうも、この女は、誰かと感じが似ている気がする、と ミュミュは感じずにはいられなかった。それは、ミュミュが行動を共にしていた仲間 たちと同じ、戦士の匂いがする、ということかも知れないと思った。 「おねえちゃんは、もしかしたら戦士? 」  女は微笑んだ。 「今は、こんな格好はしてるけどね、本当は、戦士なのよ」 「へえーっ! 魔法も使える女の戦士さん? 」  ミュミュは、薬箱の上に飛び乗って、まじまじと、女の顔を見つめた。  女がおかしそうに笑った。 「あら、どうしたの? 確かに、女の戦士は珍しいかも知れないけど」 「ううん、そうじゃないの。ミュミュ、おねえちゃんが、誰に似てるか、今わかった の」 「私に似てる人? 東洋の人ってこと? 」  ミュミュは、首を横に振る。 「ううん。西洋の人だけど、顔が似てるっていうより、なんていうのかな、見た目 かわいいけど、強いってとこが、かな。ミュミュが一緒に旅をしている人の中にも、 西洋の人だけど、強い女の子の戦士がいるの。『ぶゆうじゅつ』っていう東洋の武術 を使って、大きな悪い男の人とかを、ぶん投げちゃうんだー」 「『武遊浮術』……ですって? 」  女が驚いた顔になった。 「その子って、……もしかして、ベアトリクスの出身じゃ……? 」  ミュミュが、こくこくと頷いた。 「そうだよ、よく知ってるねぇ」  女は、ミュミュの小さな顔を改めて見つめ、黒曜石のような瞳をきらめかせた。 「私は、ラータンを出た後、長年ベアトリクスに住んでいたの。そこで、ある将軍家 に縁あって、息子さんたちに剣を教えていたわ。その将軍家唯一の女の子に、東洋の 女傑族の間で生まれた武術『武遊浮術』を教えたことがあるの」  不思議そうな顔で、女を見つめるミュミュは、薬箱の上で、おとなしく女の話に 耳を傾けていた。 「その女の子の名前は、マリス。後に、ベアトリクス第一王女だということが発覚 した、マリス王女だったのよ」  薬箱の上で、ミュミュは、飛び上がった。 「マリス! やっぱり、ミュミュが一緒に旅をしてる、あのマリスなんだね!? 」 「『ベアトリクス出身で、武遊浮術が使えるマリス』と言ったら、その子しかいない んじゃないかしら? 背の高い、ハンサムな魔道士の男の人を連れてなかった? 」  ミュミュは女の言葉に興奮し、跳ねながら言った。 「ヴァルのおにいちゃん! そうだよ、マリスは、ヴァルのおにいちゃんと一緒に旅 をしてて、ミュミュとケインが最初に会って、次にマリス達とカイル、クレアに出会 ったんだよ! その次に、ジュニアが来たの! ジュニアは、自分は、魔界の王子だ って言ってたけど、全然強くないの。それでね、マリスのどれいになっちゃったの」 「……あ、ああ、そ、そうなの……? 」 「みんな、今頃どうしてるんだろう。……うっ、ううっ……」  ミュミュは、ぺたんと脚を投げ出して座り込むと、ホームシックにかかってしまっ た子供のように、突然しくしくと泣き出した。  またまた脱線してしまったミュミュの話には、女はいくらか困惑させられたが、 ミュミュの小さな頭を、そうっと撫でた。 「うっ、うっ、うわ~ん! おねえちゃ~ん! 」  ミュミュが、わんわん泣きながら、女の手につかまった。  女は、ミュミュを大事そうに、胸に抱え込んだ。 「あなたのことは、私がなんとかしてあげる。ここを脱出できたら、マリスに会いに 行きましょう。ちょうど良かったわ。実は、私も、あの子に伝えようと思っていた ことがあるのよ」  ひっく、ひっくと、しゃくりあげながら、ミュミュは女の顔を見上げた。女は安心 させるような、あたたかい微笑みで、ミュミュを見つめる。おかげで、少し落ち着い たミュミュは、重要なことを思い出した。 「……そう言えばね、おにいちゃんがーーヴァルのおにいちゃんがね、ミュミュを 探しに来てるの。さっき、会ったの」  女の顔色が変わった。 「ヴァルドリューズが……? あなたを探しに、この近くに来ているの? 」 「うん。だけどね、ダグトの変な魔法は、おにいちゃんの魔法が効かないんだって。 おにいちゃんは、ダグトの魔法で、違う次元に飛ばされちゃったの」 「なんですって!? 」  女は、ショックを受け、しばらく口をきけないでいた。  ミュミュの啜り泣く声だけが、その場に響いた。 「ヴァルドリューズほどの人でも、ダグトの特殊魔法には、かなわなかったの……」  呟く女に、ミュミュは泣きながら、続いた。 「でもね、おにいちゃんは、絶対に助けに来てくれるの。ミュミュはいい子だし、 旅のみんなの役に立ってるから。特に、ケインの役に立ってるんだって、そう言って くれたよ」 「そ、そうなの? とにかく、ヴァルドリューズは、あなたを助けに、ここを目指し ているというのね? 」 「うん」  女は、ミュミュをやさしく撫でながら、窓の外を見た。  ワニのような大きな妖魔が、チロチロと赤い舌を出したり、引っ込めたりしながら、 窓の周りをぺたぺたと這い回る。その奥には、暗い森があり、そこにも、妖魔の潜ん でいる様子が伺える。  だが、女の黒い瞳には、強い意志が浮かんでいた。  もうすぐ、ここを出てやるーーその瞳は、明らかに、そう宣言していた。 「いい? ミュミュちゃん、よく聞いて」  女は、てのひらの上で泣いているミュミュを、自分の顔の高さまで引き上げた。  ミュミュは、目を擦って、すすり泣きながらも、女の顔に注目した。 「ダグトは陰険なヤツだから、私たちが逃げやしないかと、しょっちゅう見張りに 来るけど、一度、魔道士の塔に行ってしまえば、夜までは戻らないわ。なんとか脱出 のチャンスが来るまで、二人で仲良く楽しんでいるように振る舞うの。いい? 」 「う、うん……。この部屋にいれば、モンスターは入ってこない? 」 「ええ、大丈夫よ」  ミュミュは微笑む女の顔をじっと見た。 「ミュミュ、おねえちゃんの言う通りにする」 「そう、いい子ね! 」  女は、ミュミュを再び胸に抱いた。  ミュミュも、女のふくよかな胸に抱きついた。  その時、バタンと、隣の部屋の扉が開き、ずかずかと入ってくる足音がする。  その不穏な響きに、ミュミュは、ぶるっと身体を震わせ、女に余計にしがみついた。  女も、キリッと、部屋の扉を見る。  扉が開き、部屋に現れたのは、予想通り、ダグト本人であった。  彼の冷たい目は、女に注がれた。  ミュミュはびくびくしながら、女の、胸にまで降りた黒い髪に隠れ、髪の間から、 顔だけを覗かせた。 「どうだ、俺からのプレゼントは。気に入ったか? 」  男の威圧感に、ミュミュは、ますます怯えた。 「ええ、とってもいい子で、すぐに友達になれたわ」  女は、にっこり笑った。ダグトも満足そうに笑い返す。  だが、女は、彼を睨みつけた。 「だけどね、あんたのやることは、相変わらず最低だわ。妖精の羽をむしるなんて、 人間のやること? 」  挑発的な女のセリフに、ミュミュは飛び上がるほど驚いた。  ダグトの機嫌を損ねるようなことを言って、大丈夫だろうか?   すぐさま、ミュミュは、ダグトを、震えながら見るが、彼の方は、それほど頭に きたようでもなかった。明らかに、彼女のそのような態度には、慣れていると見えた。 「珍しいペットが出来たおかげで、お前も退屈しないで済むだろう? 脱走などと 無駄なことはもう考えずに、お前は、ここで一生、俺と暮らすんだ」 「それは、どうかしらね」  女は、笑った。 「二週間もすれば、この子の羽は元通り復活するんですってね。そうすれば、空間を 渡って、ここを抜け出せるわ。魔道士の結界なんて関係なく、妖精は自由に行き来 出来るんですってね」  勝ち誇ったような女の顔に、ダグトは、ピクッと、こめかみを引きつらせた。  ミュミュは驚いて女を見上げた。  脱出の素振りは見せないつもりではなかったか? しかも、羽が復活するまでに 二週間というのも、女のウソだった。  ミュミュは一気に不安になり、どうしていいかわからずに、女とダグトをただ見比 べた。 「ふん、相変わらず、気の強い女だ。だがな、その妖精の羽が生える頃には、すべて が片付いているはずだ。そうなれば、そんなちっぽけなヤツなど、もう用はない。 いざという時の切り札でしかないのだからな」  じろりと酷薄な鋭い目で脅すダグトに怯えたミュミュは、首を縮こまらせた。 「すべてが片付けば、お前は、今度こそ諦めて、俺と暮らさざるを得なくなるだろう よ」 「……どういう意味よ? 」 「いずれ、わかるさ」  見下したように笑うと、ダグトは部屋を出て言った。  完全に気配が消え、足音もなくなってから、ミュミュは、女の髪から出て来て、 手の上に乗った。 「ねえ、おねえちゃん、どうして、逃げる作戦のことを、バラしちゃったの? 」  女は、ずるそうに笑って、片目をつぶった。 「これで、あいつは、ミュミュちゃんの羽が生えるまでの間、多少は安心して、気を 抜くでしょうね。だから、脱出するのは、あなたの羽が生える前よ」 「ええっ!? でっ、だも、ミュミュ、羽がないと飛べないし、空間を渡ることも出来 ないよ? 」 「大丈夫。私にいい考えがあるの」  人差し指を立てて、にっこり微笑む彼女を見て、ミュミュは、漠然と思った。  ああ、やはり、マリスの師匠だと、しかも、彼女以上に策士のような気がする、と。  思い出したように、女は言った。 「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私の名前は、コウ・ラン・ファ。 ラン・ファよ。よろしくね」  ミュミュは、微笑むラン・ファの美しい顔を、呆気に取られたように、見つめて いた。


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