Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅵ.-1〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~

剣月紫ライン Ⅳ.『魔空間』 妖精緑アイコン1 ~ 魔空間のダーク・ドラゴン ~ 剣月紫ライン

黒羽ライン
魔空間
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 その暗闇は、どこまで行っても、接触することはない。  と思えば、奇妙な圧迫感も、感じられなくはない。  何かが下方で蠢(うごめ)いているような気配もあれば、生あるもの存在を感じさせ なくもある。  左手に握っている剣だけが、彼にとって、唯一確かなものだった。 『ようこそ、魔空間へ』  しゃがれた女の声に、ケインが振り返る。  青白い、人の形をした顔だけが、遠くに、近くに、ぼうっと浮かんでは消え、 まったく別の位置に、同じようにして現れては、消えていく。 「ここが、魔空間か」  ケインは、ぐっと、剣の柄を握った。  足元が、はっきりとせず、やはり、なにかの生物が動いている感触だ。  それが、人間界に存在する、無害なムシであるわけがないことは、わかっている。  その正体は、知らない方が良いものかも知れなかった。 『ここは、私の住処。お前のすぐ後ろには、私の子供たちが、眠っているのだ』  浮かんでは消える、上級魔族リリドの顔が、不気味に微笑んだ。  振り返らなくとも、ケインの背後には、なんとも言えない不気味な気配が感じられ る。  ごそごそ、かさかさと、ヘビが重なり合い、這っているような音も、人間界でいう 無数の足を持った節足動物が立てるような音も、聞こえている。  それでも、正面に見え隠れするリリドから、目を離す訳にはいかない。  彼は、感覚を研ぎ澄ませ、注意深く、リリドや、魔空間の中を伺っていた。  ぽつぽつと浮かんでは消える青白い影は、薄笑いを浮かべ、彼の目の前で、突然、 増えた。  数人もの姿がそこに、ぼうっと浮かび、笑い声をもらしている。  気配のない、ぼやっと浮かぶ影に対し、彼の目が鋭く細められる。 『ヒヒヒヒヒ……』  不気味な笑い声は、黒い空間にこだました。  そのせいで、更に気配を読み取りにくくなった彼に、何かが襲いかかった。  大きく横に飛び退く。  ケインの頬には、スパッと切り傷が出来た。  どこから飛んできたものか、何なのかは、まったく見当がつかない。  僅かに起こった風圧で危険を察知し、よけたのが幸いであった。 (いったい、なんだったんだ? 何か、巨大なものが襲ってきたように思えたが、 頬を掠ったのは、たいしたものじゃなかった)  それは、形状も材質も、見当がつかない。  ひたすら、剣を構え、攻撃の気配を探る。  だが、どのように、前に構えていたマスター・ソードをくぐり抜けたのか、彼の 腹部に、強い衝撃が走った。  そのまま、身体が後ろへ追いやられると同時に、リリドの子供たちというものに、 包み込まれる。 「なっ、なんだ、こいつら……! 」  キーキー甲高い声を立て、丸いぶよぶよとしたものが、ケインの身体を襲う。  ぬるぬるとした無数の短い足が、彼の身体を這い回った。  マスター・ソードが火を噴く。  丸いぶよぶよのものは、「キーッ、キーッ! 」と悲鳴のような声を上げ、苦し そうにのたうち回るものもいれば、一旦は引き上げるものの、再びまとわりつくもの もいた。  剣は、風を起こし、小さな丸いもの達を舞い上げると、風が炎に切り替わった。  今度は、さすがに警戒したように、ぶよぶよのものは、彼に近付こうとはせず、 様子を伺った。 『厄介な剣じゃ。私の愛人だけでは空き足らず、子供たちをも、焼き殺すつもりか』  ぽつん、ぽつんと浮かんでいる数人のリリドが、何の情感もこもっていない声を 響かせる。 「下手な小細工はよせ! 俺を、ドラゴンたちの見せしめにするとか言っていたが、 こんな子供だましはやめて、さっさとかかってきたらどうなんだ! 」  このような気味の悪い感触に耐えるくらいなら、痛みを感じてでも攻撃された方が ましだと、彼は思った。そして、それを必ず受けて返してやる、と。 『よかろう。それほどまでに、死に急ぎたいのなら、望みを叶えてやろう! 』  リリドがそう言い放つと同時に、周りで聞こえていた笑い声が、ピタッと止んだ。 (来る……! )  ケインが技を発動する前に、それは、やってきた。  彼の身体は、またしても、大きく弾き飛ばされていた。  何がぶつかってきたのかは、わからない。とてつもなく重い物であるとしか、感じ られなかった。  立て続けに、今度は、無数の鞭のようなものがしなり、向かってくる。  剣の火炎をくぐり抜けてきた鞭は、追い払おうにも、まったく気配がなく、切り傷 ばかりが深くなり、出血が増えていく。  さらに、弾力のある変形自在のものが、彼の身体を、瞬時に縛り上げた。  それ自体が生き物のように、まるで動物の舌のように、ざらざらとした感触だ。 「……くっ! 」  抜け出ようにも、身動きがほとんど出来ない。 『ほほほほ。さて、どうしてやろうか』  リリドの声だけが響く。  ざらざらの生き物は、彼の身体を締め付けながら、突起を出したり、引っ込めたり している。  頭から足の先まで、全身をあっという間に覆っていく。  まるで、軟体動物に身体中を舐め回されているような気分だ。  辺りが暗く、その物体が見えないことは、救いでもあったのかも知れないと、彼は 漠然と思った。 『ふふん、なるほど。よく鍛え上げられている人間のようだ。臓物(ぞうもつ)の方は、 どうか。活きがいいようならば……! 』  舌舐めずりをするリリドの声に、ケインは全身が総毛立った。  軟体動物とリリドの子供たちに覆われたケインは、完全に外から見えなくなり、 声もかき消されてしまった。


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 マリスがベビードラゴンとともに発った後、ゴールド・ドラゴンたちはどうする こともできずに、ただ同じ場所で、佇んでいた。  幸い、一命を取り留めたスグリは、ドラゴンたちの治療の光線により、回復傾向に ある。かすかな寝息を立てて、眠っていた。 「ケイン……、マリス……」  クレアは両手を胸の前で組み、マリスの消えた空を、心配そうに見上げていた。  その近くで、魔法剣を抱いて座り込んでいるカイルも、じっと、同じ方を見つめて いる。  二人とも、口には出さなかったが、得体の知れない、魔空間などに行ってしまった 彼らのことが、ずっと心配でならなかった。  きらっと、何かが光った。  カイルが立ち上がり、クレアの隣に並ぶ。  光るものが落ちて行き、地面に刺さった。 「あれは……! 」  カイルの顔色が、さっと変わり、駆け出した。  クレアも妙な胸騒ぎを隠せず、彼の後に続く。 「これは、……ケインのマスター・ソードだ……! 」  地面に刺さった血だらけの剣に、カイルとクレアの目は釘付けになった。  スグリの青い血の他に、人間の血液と見られる赤いものまでが、大量に付いていた。 「まさか、ケインに何か……。マリスのヤツ、間に合わなかったのか……!? 」  カイルの鼓動が早く脈打つ。顔からは、血の気が引いていった。  クレアも慎重にマスター・ソードを見つめていたが、おそるおそる近付いていき、 地面から引き抜いた。  血まみれになった剣を見つめる。 「ケインに何かあったんだわ。私、行かなくちゃ。この剣を届けなくちゃ……!  お願い、カイル、私を、……魔空間に、連れて行って……! ケインとマリスを助け ないと! 」 「魔空間に……? 無理だ! 今、俺たちなんかが行ったって、ケインも敵(かな)わ なくて、マリスももしかしたら……そんな奴らに、どうやって立ち向かえば、いいん だよ……」 「……それでも、行かなくちゃ……! 」  両手を組み合わせるクレアに、カイルは、すぐには、応えることが出来なかった。  ドラゴンたちは、悲しい雄叫びを上げていた。


黄金クロス

(どこなの、ケイン? ああ、嫌な予感が、どんどん強くなっていくわ! )  ベビードラゴンと共に、魔空間に侵入できたマリスの鼓動が、早くなる。 (集中しなくちゃ。魔の気配の、最も高いところは……)  目を閉じ、精神を集中させる。  彼女の念じた方向へ、ベビードラゴンも速度を増し、向かう。 「グピーッ! 」  ベビーの悲鳴のような声色に、マリスが油断のならない目を周囲に向ける。 「来たわね」  紫水晶の瞳が細められる。  どう見ても、辺りは、ただの暗闇だが、普通の人間には感じることの出来ない、 恐ろしい魔の存在が、そこにあった。  そして、獣神の籠(かご)を受けた彼女の、金色に輝くオーラに近付くと、僅かに、 そのものの輪郭が見えた。  マリスがベビーの上で立ち上がり、バスター・ブレードを振り回した。 『グギャッ! 』  パチンと弾けるような気配と、固いものが真っ二つに割れたような感覚ーー魔物を 切り裂く時と似た感触を、マリスの手が感じた。 「リリドと一緒に逃げた、あの魔族たちね。足止めするつもりね! 」  マリスは、ベビードラゴンをあおり、スピードを落とさずに、次々と襲いかかる 魔族を、斬り捨てていった。


ダーク・ドラゴン

『……まさか、こんなことが……! 』  かすかに震えた声は、リリドのものだった。  忌々しそうに、リリドは、目の前の、巨大な黒竜を、見上げた。  西洋竜の形をした、かぎ爪のついた、巨大なコウモリのような翼を広げ、威嚇する、 その黒い竜を、彼女は知っていた。  魔界に棲む最強のドラゴンーーダーク・ドラゴンである。  リリドや人間の五倍ほどの大きさをしたドラゴンは、倒れているケインと、リリド との間を遮っていた。  ダーク・ドラゴンは、ケインが意識を失っても、魔空間で暴れることなく、彼の 意志に従っているように見えた。 『なるほど、剣がなくとも、あやつの意志に従うダーク・ドラゴンが、実態となって 現れ、あやつを護ろうというのだな。ダーク・ドラゴンであれば、この場は好都合。 我らに有利なはずのこの魔空間は、奴にとっても不幸中の幸いとなったか! 』  魔女は翼を広げ、浮かび上がり、片手を無数の鞭に変化させ、ダーク・ドラゴンを 搦め捕る。  それを喰わえ、牙で引きちぎった黒竜は、黒い稲光を翼の爪から発した。  リリドは空中で、躱(かわ)し続ける。  黒竜は雄叫びを上げると、口を広げ、黒い炎を、広範囲に噴き出させた。 「見つけたわ! 」  少女の声にリリドが振り向くと、ベビードラゴンに乗ったマリスが、現れた。 「これは、……ダーク・ドラゴン!? 」  マリスは、目を見張って、リリドと黒竜とを見比べた。 「あの女魔族が呼び出した? ……いいえ、あれは……」  リリドと黒竜の攻撃の余波を飛び越え、マリスは、俯せに倒れているケインを 見つけた。 「ケイン! 」  ベビードラゴンはスピードを上げ、ダーク・ドラゴンの湧きから、ケインのもとへ と辿り着いた。 『ほう、よくぞ、ここまで来られたものだ。私の部下たちを倒すとは……お前は、 いったい……』  黒竜と飛び交いながら、リリドは、マリスの金色のオーラを見て、理解した。 『そうか、お前は、「何か」に護られた者なのだな? 』  ベビードラゴンが着地すると、同時に飛び降りたマリスが、ケインに駆け寄った。  ダーク・ドラゴンが攻撃するのがリリドと、足元の魔物たちだけであったことから、 マリスには、この状況がなんとなくわかった。 (あれは、ケインのマスター・ソードに棲むダーク・ドラゴンなんだわ。だから、 あたしやベビーを襲わないのね)  ダーク・ドラゴンは、ケイン、マリス、ベビードラゴンの盾になるよう着地し、 リリドの攻撃を防ぎながら、攻撃していた。  急いで、マリスがケインを抱え起こす。 「……息をしてない!? 」  マリスがケインの胸に耳を当てるが、心臓の音も弱っていた。  ベビードラゴンも、心配そうに、普段よりも弱い声で「ピー」と、ケインに呼び かけた。  その時、ケインの身体の下で蠢くものに、マリスは気付いた。  直ちに、バスター・ブレードを振るう。 『ぎゃあああああ! 』  途端に、リリドが絶叫し、口から魔物のどす黒い血を流した。  ケインが感じ取っていたように、それは、リリドの舌であった。  バスター・ブレードによって損傷したそれは、煙を出し、火傷を負ったような状態 になった。  すかさず、ダーク・ドラゴンが、翼で起こした、雷混じりの竜巻で、リリドを 襲った。  リリドは、絶叫とともに、巻き上げられていく。  同時に、ケインが、ごほっごほっと咳き込み、目を覚ました。 「……光? いや、……マ……リス……か? 」 「良かった、ケイン……! 間に合ったのね! 」  片方の目だけを開いたケインを、マリスは、夢中で抱きしめた。  「いてて」と、ケインが顔を歪める。 「良かった、生きてて……! 本当に良かったわ! 」  マリスの横では、ベビードラゴンが、口から回復光線を吐き始めた。  彼の意識は、次第に、はっきりとしていった。 「……そうか、俺は、リリドの舌に内蔵をまさぐられ、心臓に巻き付けれていたのか ……。血も、随分吸われた」  途切れ途切れに、ケインが呟いた。 「なんてことを……! 待ってて、今、あたしの生命エネルギーも分けるから」  マリスの顔が近付くが、ケインが、顔を背けた。 「いや、いい。俺は、大丈夫だから。……瀕死の状態って、わけでもないし」 「何言ってるの、心臓掴まれてたんだから、大丈夫なわけないでしょう! 」 「ベビー、もういいから、早く、戻るんだ。そして、俺の剣を……マスター・ソード を、持ってきてくれ。……治療の続きは、それからでいい」  マリスの目に、涙がたまっていく。 「そんなの待ってたら、ケインが死んじゃう! ベビー、あたしと一緒に、ケインの 治療をしてあげて! 」 「そんな時間はない。バスター・ブレードで切り裂いた空間は、すぐに閉じてしまう。 ベビー、俺なら大丈夫だから、行ってくれ! 」 「そんな……! 」  今にも泣きそうになっているマリスを見上げて、ケインは、苦しそうに、声を絞り 出した。 「いいか、今、マリスの生命力を減らしたら、危険だ……! あいつは、人が弱った ところを、襲うのを楽しみにしているんだ。俺だけじゃなく、……きみまで、狙われ るぞ! 」  どくん、とマリスの心臓が、大きく鳴った。  マリスの手が、震える。 「……構わないわ。あなたを助けるためなら……」 「いや、だめだ。俺なら、マリスの顔を見ただけで……マリスに会えただけで、元気 付けられた。だから、もう大丈夫だってば。……まあ、ヤセ我慢もあるけどな」  笑っている場合ではなかったが、思わず、マリスは小さく吹き出していた。  ケインも笑うが、すぐに咳き込み、身体のあちこちが痛むように、小さく唸った。 「……冗談抜きで、マリスには、ベストな状態でいて欲しいんだ。なぜなら、…… ダーク・ドラゴンは、もうすぐ、……消える」 「えっ!? 」 「魔空間では、実態として現れるっていうのがわかったけど、完全版じゃないマスタ ー・ソードでは、俺の手から剣が離れて、時間が経つと、そこに見えているダーク・ ドラゴンは消えてしまうんだ」  ハッとして、マリスがダーク・ドラゴンに目を向けると、徐々に、透明化している のがわかる。 「……だから、今は、マリスだけが頼りなんだ」 「ええ、任せて。後は、あたしが戦うから」 「そうじゃないんだ。面倒だろうけど、俺にも、魔族の気配を読む方法を、教えて 欲しいんだ。そういう意味だ」 「何言ってるの? あなた、リリドにたくさん血を吸われて、貧血状態なのよ?  ベビーの治療も途中で、まだ身体中、傷だらけなんだから、動くのは無理よ」  とは言うものの、そのまま、彼を置いて、彼女だけが戦いに挑んでも、リリドには、 ボルボのように、無数の鞭のように足を変化させることも可能だとなると、またして も、彼が襲われる恐れもあった。  そうなれば、今度こそ、彼は助からないだろう、とマリスは考えた。 「……仕方がないわ。あたしに、つかまって」 「恩に着るぜ」  マリスは肩を貸すと、ケインを抱え起こし、立ち上がった。


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