Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅲ.-2〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~


剣月青ライン  Ⅲ.『癒しの谷』 妖精青アイコン2 ~ 癒しの谷に棲むもの ~  剣月青ライン 癒しの谷

「……いけない。いつの間にか、眠ってたわ」  マリスは目を擦った。  クレアのいる泉から、少し離れた草むらの上に、ケインのバスター・ブレードを 抱え込み、座っていた。  危害を加えるような生き物の気配はない。  ホッとしたマリスは、伸びをしてから振り向いた。 「あ、クレア」  既に、町娘の衣服を身に着けた彼女が、マリスに向かい、歩いてきていた。 「どう? 傷が、良くなってきた感じはある? 」  期待を込めた目で、マリスが尋ねた。 「ええ。怪我は、もう完治したわ」 「本当!? 」 「おなかに残ってたどうしても消えなかった傷も、きれいに治ったの」 「良かった! そんなに早く治るものだったなんて! 『癒しの谷』っていうのは、 本当だったのね! 」  マリスはクレアの両手を取ると、嬉しそうに飛び跳ねた。  クレアも嬉しそうに、マリスを見つめる。 「実はね、吟遊詩人さんが現れたの」 「えっ? あいつが? ……まさか、のぞきに……!? 」  クレアが吹き出した。 「違うの。彼が治してくれたのよ。そして、励ましてくれたわ。それでね……」  クレアはためらったが、マリスを親友と思っていたので、言ってみることにした。 「『女神ルナ・ティアが私の近くに来た』とか……。わけのわからないことを言って いたんだけど……」 「ルナ・ティア……! 」  マリスの身体が、ぶるっと震え、思わず、クレアから、手を放してしまった。 「どうしたの? ……マリス? 」 「わ、わかんない……」  マリスは両手で自分の身体を抱え込む。 「ルナ・ティアって聞いて、……なんか、悪寒みたいなのが走って……」 「悪寒? ルナ・ティアは、良い神じゃないの」 「そ、そうなんだけど……」 (……もしかしたら、ルナ・ティアは、サンダガーと何か関係があるのかしら?  吟遊詩人さんも、マリスからというよりは、サンダガーから目を離すなって、言って いたわ。……やっぱり、サンダガーは、うさん臭い、邪な神なのかも知れない……)  そう考えたクレアだったが、それを守護神に持つマリスを気遣い、何も言わないで おいた。 「それより、ケインとカイルは、どこへ行ったの? 」 「あ、ああ、こっちよ」  震えの収まってきたマリスと、クレアが、樹々の合間を通っていくと、人間界では 見掛けない、さまざまな色や形の花が咲いているところへ出た。  その中の、木に寄りかかって座っていたケインは、二人が近付いても、動かなかっ た。  彼は、眠っていたのだった。 「ケインたら、なにを、こんなところで寝ているのよ。起きて。クレアが復活したの よ! 」  マリスが揺さぶる。  ケインは、片目ずつ眩しそうに開くと、欠伸(あくび)をしながら言った。 「あれ? 俺、眠っちゃってたのか」 「珍しいわね。ケインが、人の気配がしても起きないほど、眠りこけてたなんて」  よっぽど疲れていたのだろう、と三人とも思ったので、気にも留めなかった。 「クレア、傷はどうだ? 」  起き上がりながら、ケインがクレアを、心配そうに見つめた。  洗い上がった長い髪は、乾いてきていたが、完全に乾くまでは、いつものようには 結んでいない。  黒髪を下ろしたままのクレアを見るのは、一行にとっては珍しいことだ。  普段よりも少し幼く、可愛らしい印象を、ケインもマリスも受けた。 「おかげさまで、完治したわ」 「そんなに効果覿面(てきめん)だったのか! 良かったなぁ! 」 「吟遊詩人さんが治してくれて、ずっと残ってた傷跡も、すっかりなくなったの」 「あいつが現れたのか!? 」 「ええ。彼が使うのは魔法じゃなくて、『自然の力』なんですって」 「『自然の力』だって? 」  ケインは不思議そうな顔になった。 「あいつ、マスターの遣いだって言ってたから、神に近い存在なのかも知れないと 思ったけど、『自然の力』を使うのか? 『自然の力』は、ミュミュが使う妖精の 能力なんだけど、あいつが妖精とは思いにくいな……。なんだか、もっと神寄りの 存在な気がする……」  マリスは興味深く瞳を輝かせ、ケインの話に頷いた。 「ミュミュの使う力って、『自然の力』だったのね。あの吟遊詩人の、ちょっと 生意気なところは、確かに、ただの妖精とは違うような……何でも見通している ような言い草も、自分は神と近い存在なんだって、言いたげに思えるし」 「だよなー。まあ、神に近いってことは、『自然の力』でも何でも使えるのかも 知れないな。……とにかく、クレアが治って良かった! それだけでも、ここに来た 甲斐があったよ! それで、魔法の方はどうだ? 」  ケインが顔をほころばせて、クレアを見た。  クレアは、ちょっと淋しそうな顔になり、うつむいた。 「さっき試してみたけど、まだ出来なくて……。吟遊詩人さんが言うには、必要な時 には、もう使えるそうなんだけど……」  ケインが微笑んだ。 「それなら、大丈夫だろう。焦らないでいいと思うよ」 「ええ、ありがとう」  クレアは、目の前のケインの笑顔を、じっと見上げた。  同い年であるが、彼の青く大きな瞳と顔立ちは、実年齢よりも、若く見えてしまう。  だが、彼女は、最初から感じていた。彼の強さを。  それが、剣の腕だけでなく、心の強さでもあるとも。  だからこそ、彼女の故郷であったさびれた村で、初めて出会った時も、村をおびや かす魔獣を倒してくれようという彼を、信じられたのだ。 (……そんなケインを、戦いで支える……? 信じられないわ。私の方が、いつも 守ってもらっていたし、私が、この旅の戦いで、最後まで、ケインと一緒に戦うかも 知れないなんて……) 「どうかしたか? 」  気遣うようなケインの顔に、クレアは慌てた。 「い、いいえ、なんでもないわ。それよりも、カイルは、どこへ行ったのかしら? 」  ケインが、ハッとした。 「そう言えば、さっきまで俺と一緒だったのに、カイルがいない! あいつ、なんか そわそわしてあやしかったから、絶対目を離さないつもりだったのに。案の定、 クレアが水浴びしてるのを覗きに行ったのかも! 」 「ええっ!? いやん! 」クレアが赤面して、頬を押さえる。 「いくらあいつでも、そんなのひどいわっ! 」マリスも、怒り心頭であった。 「こらー、カイル! どこ行ったー! 」 「カイルー! どこなのー? 出てきなさいよー! 」  ケインとマリスが、大声で呼びかけながら、滝の方へと早足で進んでいく。 (カイル……、もし、見てたら、……許さない! )  クレアは、怒りの炎を背負いながら、拳を握り締めた。  その頃、当のカイルはーー、 「いてててて……! なんだ? 俺、なんで、こんなとこで、寝てたんだ? 」  滝を見下ろせる木の枝から落ちかけ、魔法剣が枝に引っかかったおかげで落下は 凌(しの)げた、という体勢で、眠っていたのだった。 「なんで、俺、あんなところで、寝てたんだろーなー」  納得のいかない様子で、カイルは、いつまでもぶつぶつ言っていた。 (もしかしたら、あの吟遊詩人さんが、皆を眠らせたのかも……)  クレアだけは、そう思っていた。 「お前なあ、世話焼かすなよ。まったく、女子の水浴びを覗こうとは、相変わらず、 不届きなヤツだな」  呆れた顔で、ケインが言った。 「なにを言う! 俺は、空にも敵がいないかどうか、見張ってたんだよ」 「だったら、なんで、泉を見下ろす体勢になってたんだ? 」 「そりゃあ、……空が眩しかったからだよ」  カイルの言い訳に、ケインもクレアも呆れた顔になった。 「とにかく、マリスの水浴びが終わるまでは、絶対、後ろは見るなよ」  そう言ったケインの首を、素早くカイルが抱え込み、耳打ちした。 「バレなきゃいいんだよ。お前も、共犯ってことで、そこの草の間から、ちらっと 見るくらい……な? 」  カイルがウィンクする。  ケインの目が見開き、頬が赤くなった。 「バッ、バカッ! 誰が、そんなことするか! 」 「お前だって、ホントは見たいんだろー? 」 「さっき、マリスが『絶対覗くな! 』って念を押してただろ? バレたら、確実に、 ぶっ飛ばされるぞ? いや、殺されるぞ! 」 「『見たくない』とは言わないんだな。てことは、ほーら、見たいんだ? 」 「……お前、コドモか? 」  呆れ返っているクレアの咳払いが、二人のやり取りを中断した。 「お待たせー。気持ち良かったわよ。お次ぎは、男子の皆さん、どうぞ」  洗髪したばかりの、濡れた長い髪を絞りながら、皮の少年服姿のマリスが現れた。  谷に着いてからは、登山の時とは違い、気温が高いので、防寒着は、全員、既に 脱いでいる。  片膝を立てて岩に腰かけたマリスは、髪をまとめて横に持って行くと、濡れて余計 に波打った髪を、「絡まっちゃって、いやになっちゃう」と、クレアにこぼしながら、 指で梳(す)いていた。  明るい緑色の葉をつけた樹々の中で、鮮やかなオレンジに輝く髪をした、紫水晶の ような瞳のマリスと、黒く艶やかな髪と同じく黒曜石のような瞳のクレア。  さらに、葉の間からこぼれる日の光は、砕いた宝石を降りそそぐように、辺りを 煌(きら)めかせていた。  その様子は、さながら、一枚の絵画のようであった。  思わず、ケインは見蕩れていた。 「あ~あ、野郎と一緒に水浴びか。仕方ねえな。おい、ケイン、何ボーッとしてん だ? 行くぞ」 「え? あ、ああ。なあ、カイル、ここから見ると、なんだか、すごく綺麗だと思わ ないか? 」  ケインは、ぼうっとした口調で、少女二人から目を反らせずにいた。 「今、ここで目にしているのって、とても現実とは思えない、夢みたいな景色だと 思わないか? 木や葉とかも、俺たちの世界のものとは、色や形が違うし、木漏れ日 がクリスタルの光みたいで、夢みたいな、幻想的な感じで。その中にいるあの二人 まで、妖精とか、若い女神とかに、見えるよな」  溜め息をついているケインの横で、カイルは眉間に皺を寄せた。 「そおかぁ? 俺が思うに、この世で一番美しいものは、一糸まとわぬ女体しか有り 得ないけどな」  すぐさま、ケインが顔をしかめて、カイルを見た。 「……まあ、確かに、それもあるだろうけどさ、そんなストレートな言い方しなくて も……」 「そんなことよりも、俺たちも、早く泳ぎにいこうぜ! 」  泉に向かって駆け出したカイルの後を、ケインは、ゆっくりと追った。


キラキラ

 滝に打たれたり、泳いだりして、カイルとケインが楽しんだ後は、ドラゴンおよび 魔石の探索であった。 「今のところ、トリみたいな声しか聞こえないし、他の生物がいるような気配もない わ。どうやって探す? 」  マリスが、ケインを見る。 「とにかく、ここからもう少し離れてみた方がいいと思う。翼のあるドラゴンでも、 地面に着地くらいはするだろうから、足跡を探してみるとか、木々がしなってるとこ ろとか、木の実や生物を食べた後なんかを探すのが早いと思う。もちろん、俺は、 彼らの気配がしないかどうかも、探るつもりだ」 「そっか。じゃあ、俺は勝手に遊んでるから、ドラゴンだか魔石だかが見つかったら、 呼んでくれ」  カイルは、あっさりとそう言うと、どっかり腰を下ろし、荷物を開けて、ごそごそ やり出した。 「ねえ、カイル、そんなこと言わないで、ケインに協力して、一緒に魔石を探しま しょうよ。せっかく、ここまで来たんじゃないの」  クレアが、少し困ったように、カイルを見下ろした。  彼は、けろっとして、彼女を見上げた。 「俺の目的は、クレアを、この谷に連れてきて治療することだったんだもん。最初っ から、それしか頭になかったぜ」  クレアの瞳が見開かれ、カイルを見つめた。 (おおっ!? )  ケインとマリスは、なにも気付かないよう装い、ある期待を込めた目で、見つめ 合う二人を、観察した。 「まあ! なんて友達甲斐のない! あなたって、いつもそうよね! 」  二人の予測と違い、クレアは手を腰に当てると、ぷりぷりと怒り出した。  見慣れたその光景に、ケインもマリスも、がっかりしたような溜め息をついた。 「ケイン、魔石の特徴を教えてくれない? 」  クレアが向き直った。 「わかった。残っている魔石は、二つ。ひとつは、白の魔石『パール・メテオ』と いって、真珠の塊みたいな、丸みのある、乳白色の結晶なんだ。もうひとつが、光の 結晶『ブライト・クリスタル』。無色透明のクリスタルと、見た目はよく似てる。 大きさは、二つとも、拳三つ分くらいはあったよ」 「なに!? 魔石って、宝石だったのか!? 」  カイルの青い瞳が、それこそ宝石のように輝き出す。 「なあなあ、ケイン、その魔石に封じられた力を解放すれば、もう用はないんだろ?  だったら、それ、俺にくれないか? 」  ケインは、はしゃいでいるカイルを見た。 「魔石の封印を解けば、魔石自体なくなるけど……? 」  カイルは、舌打ちをした。 (そんなデカい宝石なら、高く売れると思ったのに……! )  彼の心の声は、ケイン、クレア、マリスには、彼が実際声にしたかのように伝わり、 皆、しょうもなさそうな顔になった。 「さあ、それじゃ、二手に別れて、魔石を探しましょう! しばらくしたら、この 癒しの谷に集合するとして」  クレアが、なんとか気を取り直し、笑顔で言った。 「クレアは、あたしと一緒に来る? 」 「そうね。マリスと一緒なら、私も心強いわ」  クレアが、マリスに、安心して微笑んだ。  それを見たカイルは、 「俺も、マリスと一緒の方が、安心だぜ」  と、マリスの横に並んだ。 「……じゃあ、三〇分くらいしたら、ここに集合な」  ケインの呆れた声で、捜索開始となった。 「おーい、魔石やーい! 」  うっそうと生い茂る密林の中で、カイルが声を張り上げる。  そんなことで魔石が答えるわけはないとわかってはいても、黙々と、物事に取り 組むのは、彼の性に合わないのだった。  マリスもクレアも、いちいち口を出す気はない。 「なあ、俺、ハラ減ったよ~。なんか食おうぜ」  カイルは、草の根をかき分けて、どっかり腰を下ろした。 「まあ、なによ。もう疲れたの? 」  クレアが横目で睨む。 「いいわよ、まだ時間あるし、のんびり探しましょう。見つかったところで、ここは 異次元なんだし、吟遊詩人がいなくちゃ帰れないんだしね」 「さすが、マリスは話がわかるぜ」  近くの岩に腰かけたマリスに、カイルが、ヘラヘラ笑いかける。  クレアも、仕方のなさそうに、マリスの隣に、腰を下ろした。  さっそく、カイルは、出掛けにもらった食料を広げ、食べ始める。 「ケインだけひとりなんて、やっぱり可哀想だったかしら? 仲間外れにしたわけ じゃないんだけど……」  と、クレアが、二人を見回した。 「うん……。彼のことだから、そうは思ってないだろうけど、確かに、ひとりだと、 つまんないかも」  口をもぐもぐさせながら、マリスが答える。 「でも、ま、あいつなら、ドラゴン・マスターとやららしいから、ドラゴンの気配が わかるみたいだし、万が一、敵がいても、マスター・ソードの黒魔法があるから、 ひとりでも大丈夫だろ。もしかしたら、俺たちみたいな、余計なのがいるせいで、 ドラゴンが出て来ないのかも知れないんだしさ」  適当な口調で言ったカイルは、焼いた肉の詰まったパンにかぶりつく。 「それで、カイル、私たちと一緒に……? 」  クレアが驚いて、彼を見た。 「カイルって、意外と気が利くわよね! 」と、マリスも感心して微笑んだ。 「ま、これでも、この旅に加わるまでには、結構、冒険してるんでね。要領を得てん のさ」  カイルは二人にウィンクしてみせた。  そのすぐ後で、寝っ転がって、干し果物をしゃぶった。


草line草line

 一方、ケインは、彼らとは離れた、やはり密林の中にいた。 (さっきの谷のところと違って、まるでジャングルだな)  一八〇セナ以上ある彼の丈以上に伸びている草をかき分け、奥へと進んで行く。  魔石は、生物が持っている可能性が高いと思っていた彼は、生物の気配に、気を 配った。  いくらも歩かないうちに、なにか、トリのような鳴き声を、微かに、彼の耳が捕え る。 「……! 」  ケインの表情が、さっと引き締まると、鳴き声を頼りに、足早に進み出した。 「ピギャーッ! 」  叫ぶような声だ。  ケインには、その声は、怯えているように思えた。  ぼうぼうと生えている草が、人間界とは違う青みがかった色をした地帯に入り込み、 かき分けた時、彼の視界に入ったものは、黒いトカゲのような、ヒトよりも大きい 爬虫類を思わせる背であった。  黒光りする濡れた皮膚には、背に沿って突起が尾の先まで生えている。  それだけならば、ただの大トカゲであるが、それは、動物にはあるまじきものを、 漂わせていた。  そのものの周りには、黒い瘴気がたちこめ、小さなコウモリのような翼を生やした 小人のようなものまで、いくつも飛び交う。  先の、平和的な癒しの谷とは打って変わった、魔の生き物の存在であった。 「ピギャーッ! 」  怯えるトリのような声は、黒い物の正面からしていた。  ケインは、草の中から飛び出すと、マスター・ソードを大トカゲに構えた。  気配を察して、ゆっくりと、トカゲが振り向く。  その黄色い目がケインを見て見開かれると、コウモリのような小人たちーーインプ も、一斉に、ケインを向いた。 「下等魔族どもだな? 」  ケインが油断のない目で、見つめた。  黒い大トカゲとインプは、ケインを威嚇するように、今にも食いつきたそうに、 牙を剥き出す。 (平和だと思ったこんなところにも、魔族がいたなんて……! )  彼が、そう思った時だった。  シャーッ!   いきなり、トカゲの口から、鞭のような、しなやかな青い色の舌が飛び出し、 剣に絡み付いた。  舌が戻っていくと同時に、剣を持ったままケインの身体も宙に浮き、トカゲは、 大きく口を開いた。  あとは、舌が獲物を運んで来るのを待つばかりだった。  ガツッ!   縦に構えられたマスター・ソードが、トカゲの口の前にはだかった。  ケインの片方の手のひらが、剣先を、トカゲのむき出した前歯に押さえつけ、口内 に飲まれるのを防いでいた。  間髪入れずに、ケインが剣をひねり、弧を描く。  トカゲの舌は切断され、濃い緑色の血が吹き出した。  そのまま、剣は、トカゲを脳天から、かち割った。  僅か、数秒の出来事だ。  奇妙な叫び声とともに、黒い肉塊が、ぼたっと地面に崩れると、宙に舞っていた 数十匹のインプがざわめき、一旦、退いたように見せかけると、一斉に、ケイン 目がけて、小さな槍を向け、襲いかかる。  彼が剣を一振りした風圧で、半数ほどのインプが巻き上げられる。残りのインプは、 彼の剣によって、次々と倒されていく。  すべての魔族の残骸は、彼の足元に落ちていた。  剣をしまい、油断のない鋭い視線で辺りを伺い、他に魔族がいないのを確かめると、 ケインは、襲われて鳴いていたトリに、初めて目を向けた。  思ったよりも大きな、オレンジ色をしたトリであった。  頭の位置は、ケインの背の二倍ほど上にあり、横は、でっぷりとしている。 「もう大丈夫だよ。それにしても、随分デカいトリだなー」 「グルルル、ピー! 」  トリは、先の切羽詰まった怯えた声ではなく、どこか親しみを覚えているような声 を発し、丸い愛らしい目でケインを見つめている。 「なんのトリだろう……? 見たところ、魔石も持っていないみたいだし。……なあ、 このくらいの石を知らないか? 丸くて白い石か、透明の尖った石なんだけど」  言葉が通じるとはとても思えなかったが、ケインは、以前、マスター・ソードを 手に入れる試練で、魔石を持っていた種族に交渉した時のことを思い出し、相手を 刺激させないよう、友好的な態度で、身振り手振りで、トリに尋ねてみた。  トリは首を傾げて、彼を見つめるばかりである。 「デカいけど、どうもまだ子供のようだな。もしかしたら、お母さんドリが探してる かも知れない。お前の巣はどこだ? 早く帰らないと、お母さんが心配するぞ」  言ってみるが、やはり、トリには通じない。 「ごめん、今、俺、急いでるんだ。マスター・ソードの魔石と、ドラゴンを探してる んだ。悪いけど、もう行くから、お前も気を付けて、巣に帰れよ」  そう言って、ケインは手を振り、トリに背を向け、歩き出した。  トリは、ずっとケインの後ろ姿を見送っていた。  一人きりになったケインは、立ち止まると、目を閉じた。  辺りは密林が続いている。  さわっと風がなびき、彼の髪や頬を撫でていった。 (ドラゴンよ、どこにいる? 応えてくれ)  ケインは、思念を送るが、何も反応はない。 (おかしいな。ホントに、ドラゴンはいないのか? あの竜のゲートでは、ドラゴン の意思みたいなのが感じられたのに……。もっと奥なのか? )  しかし、まったく見通しの利かないその奥に進めば、戻るのが困難に思える。 (もうすぐ三〇分が経つ頃だ。こんなところにも魔族がいたんだから、マリスたちの 方にも出て来るかも知れない)  一旦引き返すことにしたケインは、もう一度だけ、念を送る。 (ドラゴンよ、お願いだ、応えてくれ。俺は、きみたちに会いに来たんだ……! )  今度は、いくらも経たないうちに、何かが現れた気配がした。  背の高い草が、みしみしと踏み付けられ、折られていく。  ケインは、期待を込めて、振り返った。  彼の後ろに現れたのは、先程のオレンジ色のトリであった。  ケインは、緊張の解けた表情になった。 「……なんだ、お前か。まだ巣に帰ってなかったのか? それとも、迷子になっちゃ ったのか? 」  トリは、グルルルと喉を鳴らし、じっとケインを見下ろした。  全体がオレンジ色をした、奇妙なトリである。  羽毛のようなものは一切生えておらず、どちらかというと、爬虫類の皮膚に近い。  よく見ると、長く突き出た口は、くちばしではない。やはり、爬虫類を思わせる 大きな口である。  どこか愛嬌の感じられる丸い大きな目は、焦げ茶色をしていて、人間界のトリの ものに、よく似ている。  丸々とした胴体だと思っていた両側には、翼を折り畳んでいて、後ろには、地面に 下ろした太い尾があった。  二本の足の先は、三本に別れ、長く鋭い爪もある。  ケインの瞳が、見開かれていった。 「……ま、まさか、お前が……ドラゴン!? 」


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