Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅲ.-1〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~


剣月青ライン  Ⅲ.『癒しの谷』 妖精青アイコン2 ~ 傷を癒す泉 ~  剣月青ライン 癒しの谷

 四人は、辺りを見渡して、その美しさに、見蕩れていた。 「なあ、ここが、癒しの谷なんだな? 吟遊詩人」  うっとりとしながら、カイルが後ろを振り返るが、詩人の姿はない。 「おい、あいつ、どこ行ったんだ? 」  カイルの驚いた声に、皆も、我に返り、きょろきょろする。 「おかしいな。今まで隣にいたんだけど……」  ケインが目を凝らして、遠くも見てみるが、四人以外は誰もいない。 「ちょっとー、吟遊詩人の人、どこ行ったのよー! 」 「おーい、まだ洞穴ん中にいるのかよー? 早く来いよー! 」  マリスとカイルが方々に向かって叫ぶが、あの中性的な美少年の姿は、どこにも 見当たらない。 「また消えたか……」  溜め息まじりに、ケインが言った。 「あの洞穴は、近道だって言ってたもんな。……ってことは、やっぱり、ここが癒し の谷に間違いない! やったぜー! 」  カイルが小躍りする。 「……ねえ、おかしいと思わない? 」  マリスが顔を引き締める。  カイルが小躍りをやめ、皆、マリスに注目した。 「あの近道に辿り着いた時は、夕方だったわ。あれから大分歩いたんだから、今は、 夜のはずよ。なのに、ここは、こんなに明るいわ。どう見ても、真昼よ」 「言われてみりゃあ、……そうだよな……」  マリスの言葉に、カイルも、クレアも、心配そうな顔になった。 「それに、あの吟遊詩人、近道を通る前に、あたしたちに『自然の能力(ちから)』 とやらを使って、小さくなる術をかけたわ。あの場でそれを言うと、不気味がると 思ったから、黙っておいたけど」 「『自然の能力』……だって? 」  ケインが問い返す。 「ええ、確か、そう言ってたわ。だけど、この景色を見る限りでは、あたしたちの 大きさは、元に戻っているように思えるわ。いつの間にか、術を解いたのかしら? 」  静かなマリスの口調に、クレアもカイルも、不安気に、あたりを見回す。 「……どっちにしろ、この場所は、今まで、私たちのいた世界ーーつまり、……人間 界とは違う場所ということになるのかしら? 」 「あの吟遊詩人が消えちまったら、どうやって、もとの世界に帰るんだよ? 苦労し て、やっとここまで辿り着いたってのに、これじゃあ、癒しの水が手に入っても、 売れないじゃねえか」  カイルが嘆き始めると、その不安は、クレアにも伝染し、彼女もおろおろし始めた。  マリスは、二人から目を反らし、ケインを向いた。ケインは、ずっと黙って、何か を考えているようだった。 「あたしたちのいた世界とは違う次元に、今いるのだとしたら、……マスター・ソー ドの魔石のある確率も高いのかしらね、ケイン? 」  クレア、カイルも、ケインに注目した。  ケインは驚くでもなく、こくんと頷いた。 「俺も、そう思ってたんだ。ひとつ目の魔石は、ヴァルによると、ミュミュが見つけ てくれたんだ。次元の違う世界に散っている可能性が高いから、魔石は、魔道士でも 探し出すのが難しい。吟遊詩人も、ここが魔石に関係していると、はっきり言って いた。やっぱり、魔石は、ここにあるのかも」  ケインの拳は、ぎゅっと握られた。その瞳には、新たに、強い光が浮かぶ。 「そして、ドラゴンもね」  マリスが、横から付け加えた。 「いや、それは、どうかな? さっきから、俺も感覚を研ぎ澄まし、心の中から呼び かけてみてはいたんだけど、応えないんだ。だから、……いないのかも知れない。 竜神のゲートに触った時は、ドラゴンのイメージは感じられたんだけどなぁ」  少しがっかりしたように、ケインが言うが、マリスは、まだ諦めていない顔だ。 「もっと奥にいるのかも知れないじゃない? 魔石も、きっと、ドラゴンが持ってる のよ」 「ドラゴンが魔石を……! 」  ケインが、はっとした。 「……もし、もっと奥にドラゴンがいるなら、……魔石を持ってる可能性がある。 マスター・ソードの課題で、最初に魔石を手に入れた時は、北の国のサル族が、魔石 を宝物にしていた。二つ目の魔石は、小人族の長老が、コレクションとして持って いた。三つ目は、小動物の村にいた、岩を食べる動物ガンダルの腹の中にあった。 ……そうだ、魔石は皆、『誰かが持っていた』んだ……! 」  ケインが、目を白黒させている皆を見回してから、マリスを見た。  マリスが面白そうに言った。 「へえ、随分『面白い人たち』に、出会ってきたのねえ。それで、ミュミュが見つけ た時は、誰が持っていたの? 」 「ハヤブサ。キシールとかいう別次元の国の、オオハヤブサが持ってた……! 」  マリスの不敵な笑みが、確信へと変わっていく。 「ますますドラゴンが持ってる可能性が高いわ! さあ、みんなでドラゴンを探しま しょう! 」  マリスが拳を上げる。ケインも上げかけるが、首を傾げる。 「……だけど、ここは、夢の中に出て来た、魔石のあった場所と、ちょっと違うよう な……」  ずいっと、両手を腰に当てたマリスが、進み出る。 「なんでもいいから、ドラゴンを探しましょうよっ!」 「……きみは、魔石よりも、ドラゴンが目的なんじゃ? 」 「だって、見たいじゃない? 」 「あのー、……それだけ? 」  二人の間に、カイルが、すまなそうに、口を挟んだ。 「お取り込み中、悪いんだけどさ、……ドラゴンも魔石も、クレアの身体を治して からでも、遅くはないんじゃないか? 」  マリスもケインも、慌ててクレアを見た。  クレアは肩を竦めて、上目遣いで、二人を見ている。 「ごっ、ごめんね、クレア! 決して、あなたのこと、忘れてたわけじゃないのよ」 「そ、そうだよ! もちろん、クレアの身体を治してからの話だからさ! 」  二人は、必死に言い訳をした。


水面

(……なんて綺麗なところなのかしら……! )  クレアは、ひとりで、泉を見つめていた。  人間界よりも、いくらか濃い青い空は澄んでいて、温かい日差しが、樹々の間から こぼれている。  聞き慣れない、トリの囀(さえず)りが、聞こえる。  泉を囲む、突き上げるような岩々。人の手が加わったものではなくとも、いや、 人の手が加わっていないからこそ、美しいのだと、クレアには感じられた。 (癒しの谷……ここが……)  離れたところで、こちらに背を向けて見張るマリスの他には、誰もいない。  ケインもカイルも、他の場所で、時間を潰している。  人の気配などない、例え、誰もいないとわかってはいても、このような自然の中で 水浴びをするのは、彼女の性質から言って、大いに抵抗はあった。  だが、大怪我をして、魔法で治療済みであっても、傷は残り、体調もすぐれない。 その上の登山で、身体中の筋肉も、凝ってしまっていた。  このような透き通った水での水浴びは、ありがたかった。 (誰もいないんだし、マリスが見張っていてくれてるんだもの。大丈夫だわ)  ドキドキしながら、着ているものを、そろそろと脱いでいく。  衣服を折り畳み、側の岩の上に置いた。  そっと、足から漬かると、涼し気な水の音と、心地よい風が、そよそよとやさしく、 彼女の身体を、髪を、撫でるように、吹き抜けていった。  恥ずかしさに心臓は高鳴り、頬も上気していく。それでも、泉の心地よさには変え られず、少しずつ、滝にも近付いてみた。  あまり深くはなく、滝の間近にまで寄って行っても、彼女の腰のあたりにまでしか、 漬かることはなかった。  彼女の頭よりも少々高いくらいの滝の水に、手を差し延べてみる。  透明の水が、流れ落ちる。  クレアは頭から、すっぽりと、滝の中に入った。 (なんて、気持ちがいいのかしら……! )  滝の勢いは、痛くもなく、ちょうどよい。 (皆も水浴びしたいだろうな……。後で、勧めておこうかな)  そう考えながら、クレアが、滝から出た時だった。 「どう? 気持ちいいでしょ? 」  目の前には、消えたはずの、例の吟遊詩人が、ふわりと浮かんでいたのだった。 「きゃっ! 」  クレアは思わず、ばしゃんと、水の中にしゃがみこんだ。 「あ、あ、あなた、いなくなったんじゃ……!? 」  顔中真っ赤に染めて、クレアは、顔だけを水面に出して、詩人を見上げた。  ふわふわと浮かんでいる、中性的な美少年は、にこっと笑った。 「きみを治してあげるよ」 「……? 」  クレアは、わけがわかっていない目を、彼に向けた。 「ここが癒しの谷って言うのは、本当だよ。ただし、それは、僕がいればの話なんだ よ」  詩人は、微笑んで、人差し指を立てた。 「きみを、ここへ連れてきたかった。ケインのこともだけど、僕の用は、きみにも あったんだよ、クレア」  これまでの、茶目っ気とは少し違う、落ち着いた笑顔で、彼は続けた。 「さあ、立って。デモン・ソルジャーにやられた傷を見せてごらん」  彼の美しい顔立ちと、その姿は、どこか神がかっているように、彼女にも思えて いた。  普通の男性にそのようなことを言われて、素直に従う彼女ではなかったが、その 神聖な雰囲気が、彼を男性と意識させずに、彼女を立ち上がらせることができた。  クレアは長い黒髪で胸を隠し、その上から手で覆った。 「ふ〜ん、……随分、ひどくやられたんだねえ。魔道士に、治療の呪文もかけてもら ったんでしょう? 」 「ええ……」 「ここまでひどいと、人間では、神殿の祭司長クラスの白魔法じゃないと、難しい かもね」  吟遊詩人は、彼女の腹部の、紫色を帯びた数本の長い掻き傷を見つめた。  彼女の、白く美しい肌に、そこだけが皮膚を引きつらせ、痛々しい跡を残している。  詩人は、傷だけ観察すると、クレアの顔に、視線を戻した。 「この滝の水を飲んでごらん」  詩人が、滝に手を入れると、水がきらきらと、光輝き出した。  半信半疑であったクレアも、言われた通りに、煌(きら)めく水を両手で掬い、一口 飲んだ。  詩人も水に漬かり、クレアと対峙する。そうすると、彼は、クレアよりも、少し 背が高い程度であり、マリスと同じくらいだと、彼女は思った。  その彼の手が、すっと伸びていくと、腹部の傷に触れる前で止まった。 「身体の力を抜いて」  クレアは目を閉じると、そのように努めた。  だが、心臓は早く打ち、動揺もしていたので、どうしても、完全にリラックスする ことはできなかった。  腹のあたりに、温かいものを感じ、うすく目を開いてみる。  詩人のてのひらから、淡い光が、傷に向かって発しているのが見える。  すると、みるみる紫色の傷が小さくなっていく。  クレアは目を見開き、それを見つめていた。  傷は完全に消えた。  それと同時に、気怠い感覚もなくなり、身体が軽くなったように思えた。 「魔法でも治らなかったのに……! 」  驚いた顔で、クレアは詩人を見つめると、彼は、ふっと笑った。 「さっき、マリスさんが言ってたでしょう? 僕が使うのは魔法じゃないんだ。自然 の力なんだよ」  詩人は、クレアの両肩に、手を置いた。彼女の身体が、ビクッと震えた。 「身体の方は、これで完治したよ。怪我をする前と同じ状態のはずだよ。次は、心の 方を、治してあげる」 「……心の……方……? 」 「そうだよ」  詩人は、やさしい笑顔で、頷いた。 「きみが魔法が使えなくなったのは、あきらかに、精神的なものだ。使わなくては ならないところでは、もう使えるはずだよ」 「……でも、私……、何度もやってみたけど、できなかったわ。つかわなくてはいけ ない場面で、もし使えなかったら……」  クレアが、うつむいた。 「大丈夫。きみの身体は、今、僕が治療して、もう完治しているんだよ。精神的には、 怖い思いが刻み込まれちゃってるから、戦闘となると、やっぱりまだ敵が怖いかも 知れないけどね、きみがやらなくては、いけない場面に、今後、きっと遭遇する。 今の四人で、白魔法が使えるのは、きみだけなんだろう? ヴァルドリューズは、 きみに、みんなのことを頼むと言ったのではなかったの? 」  はっとして、クレアが顔を上げる。 (……そうよ。ヴァルドリューズさんは、確かにそう言って、私に魔道書を返して くださった。魔法が使えるのは、私だけだから、私に、皆のことを頼むって言って、 旅立って行かれたのだったわ! ) 「思い出した? 」  クレアが、詩人の顔を、改めて見る。 「あなたは、どうして、そんなことまで、知っているの? 」 「『そのあたり』から、見てたんだ」 「……? 」  クレアは不思議そうに、彼を見つめたが、彼は、そのことには、それ以上語る様子 はなかった。 「それよりも、いいかい、クレア。きみは、才能云々と言って、時々落ち込んでいる けど、そんなことに惑わされてはいけない。魔道を習得するのがはがゆくても、焦っ たり、気にしたりしちゃだめだ。少し単純になるくらいでちょうどいい。ひたすら 信じて、修行に励むんだよ。魔道を頑張って極めれば、きみの持っているチャール・ ダパゴの魔道書を、使いこなすことだって出来る。そうして、きみは、ケインを うまくサポートするんだ。マスター・ソードの宝石を揃えるまで……いや、揃えた 以降も、ずっと、彼のことを支えていくんだ。きみは、この戦いで、最後まで、 ケインと共に戦い抜くんだ。そういう運命だと思っていいだろう」  クレアは、びっくりして、詩人の顔を見た。  彼の髪と同じ薄茶色の瞳は、真剣なまなざしで、彼女を見ていた。 「ルナ・ティア……」  詩人の言葉に、クレアは、自分の耳を疑った。 「きみが、死の淵から這い上がってこの谷へ来たことによって、……その前に、伝説 の剣の勇者たちと、獣神を呼ぶ二人の戦士と出会い、旅をすることを選択した時から、 『ルナ・ティアが来やすくなっていた』んだろう。僕には、今、『きみの後ろに、 ルナ・ティアが見える』」 「……ルナ・ティアって……あの『戦いと癒しの女神』の……? 」  驚いて見開かれるクレアの瞳を、じっと見つめると、詩人は言った。 「ケインには、きみの力が必要だ。だから、戦闘においても、精神面においても、 彼を支えて、勇気づけてあげてくれ」  クレアには、詩人の言うことは、よくは理解できなかったが、女神の名前と、運命 という言葉は、強烈に、彼女の心に響いていた。  吟遊詩人は、クレアから離れると、背を向けて、浮かび上がった。 「ま、待って、またどこかへ消えてしまうの? 私は、これから、いったい、どう すればいいの? 」  詩人は、顔だけ振り返った。 「自分の心に素直に従っていれば、おのずと、何をすればいいかは、わかってくる はずだよ」 「そんな抽象的な言い方では、わからないわ」  両手を組み合わせ、彼女は、懇願するように、詩人を見上げる。  詩人は、控えめに、微笑んだ。 「ケインのためになることを、考えてやってくれ。彼の成長は、きみの成長でもある。 きみは、『ケイン側の人間』なんだよ」 「……わからない……わからないわ。どういうことなの? 」 「くれぐれも、あの獣神から、目を放さないようにね。彼のおかげで、女神がきみの 側へ寄ってきたのもあるけど、それとこれとは別だから。あの娘に罪はないんだけど、 僕が言ってるのは、獣神のことだから」 「……どういうことなの? 」  それには答えずに、詩人は、手を挙げた。 「応援してるよ、クレア。頑張って」  そう言うと、彼の姿は、ふっと、その場から消えた。


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