Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅱ.-2〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~


剣月青ライン  Ⅱ.『登山』 妖精青アイコン2 ~ 近道 ~  剣月青ライン

 記憶にある吟遊詩人の姿とは、異なっていた。  三角帽子や竪琴も持っておらず、服装もまったく違うのである。  白い薄い生地の衣を素肌の上に巻き付け、腰から足の付け根が隠れる程度の、短い スカートのような布地が、ひらひらと波打つ。  焦げ茶色の革紐で、膝下まで編み上げたサンダル。腕には、質素な装飾品が巻かれ ていた。  その姿は、以前のような一般的な吟遊詩人の服装と違い、彼の中性的な容姿が最大 限に美しく引き出された、神話に登場する神々のような神聖な雰囲気まで、一行には 感じられたのだった。  マリスは、彼が、いきなり現れたことよりも、そのような出で立ちに、より驚き、 彼を思わず目で観察していた。  彼女の意識の中に現れる獣神サンダガーが、鎧を脱いだ姿でいる時と、似た衣で あったのを思い出す。 「あれぇ、きみは、あんまり驚いてないみたいだね」  吟遊詩人は、面白そうに、ケインを見た。 「いつかは、現れるんじゃないかと、思ってたからな」  ケインが、油断のならない目で、詩人を見る。 「へー、僕を待っていてくれたの? それは、光栄だな」  美少年は、にっこり微笑んだ。 「あ、あの……、ケイン、この方は……? 」  一番わけがわかっていないクレアが、呆気に取られたように、ケインに尋ねた。 「俺も知らない。だけど、……マスター・ソードの神に、関係あるのは確かだ」  ケインが、吟遊詩人から目を反らさず、注意深く、クレアに答える。  それを、またもや面白そうに、詩人が見る。 「なんだ、わかってたのかー。もしかして、敵だと思われてるかも知れないなーって、 思ってたものだから、ちょっと安心したよ」 「だけど、お前を、まったく信用したわけじゃないからな」  そう言われても、男は、笑顔で、ケインを見つめている。 「どうして? 」 「どうしてもなにも、お前は、胡散(うさん)臭い。急に消えたり、現れたりするだけ じゃなく、ドラゴンなんかいないとされている谷へ、わざわざ俺たちを行かせるよう 仕向けてる。魔族でも、魔道士でもなく……おそらく、人間でもない。お前は、 いったい何者なんだ? 」  皆は、ケインの言葉に、はっとしたように、一斉に、吟遊詩人を見た。 「う~ん、そうだなぁ、……一言で言うには、ちょっと難しいなー」  張りつめた空気の中で、ただひとり、彼だけが緊張感もなく、ぼりぼりと、頭の 後ろをかいた。 「とりあえず、きみのことは、マスターに頼まれているんだ」 「やっぱり、マスターの遣いか」 「まあね」  その言葉が聞けて、ケインはやっと安心出来た。 「ぎ、吟遊詩人とは、仮の姿だったのか!? 」  放心気味に問うカイルに、マスターの遣いは、にっこり答える。 「ああ、あれは、シュミ」 「趣味ぃ!? 」  クレア以外、叫んでいた。 「そう。面白いから、やってるんだ」 「面白いだと~? 面白いのか? あんな後味悪い唄が」  ケインが呆れ、マリスも呆れた顔をした。 「あの……、なんとお呼びしたら、いいのかしら? 」  クレアが、皆を見回しながら尋ねた。  詩人は、笑うのをやめると、腕を組んで、真剣に考え込んだ。 「ねえ、こいつ、もしかして、蒼い大魔道士の部下プーみたいに、下級すぎて、名前 もらってないのかしら? 」  マリスが、こっそり、ケインに囁く。 「そ、そんなヤツに、マスターは、俺のことを頼んだのか? 」  ケインは動揺し始めた。  深刻だった美少年の顔が、上がる。  彼は、クレアに一歩近付くと、手を取った。 「ごめんね、お嬢さん。どう考えても、今は、素性を明かすべきじゃないんだ。 知ってしまえば、皆、僕に頼ろうとしちゃうかも知れないからさ。ケインに会うのだ って、ホントは、もっとずっと先の予定だったんだけど。まったく、彼がもたもた しているから、僕の出番が早まっちゃって。だから、時が来るまで、とりあえず僕の ことは、『吟遊詩人』のままで……」 「ちょぉっと待て! 」  ここでも「もたもたしてる」と言われたケインが、打ち消すかのように割り込んだ。 「どーゆーことなんだ? 」 「え? あ、いやー、ごめん、ごめん! つい手を握ったりして」  詩人は笑いながら、クレアの手を放す。 「そうじゃなくて、名前が名乗れないとか、俺に会うのが早まったとは、どういう 意味だと聞いてるんだ」  逃しはしないと言わんばかりに、ケインの目が、詩人に向けられた。  焦ったように、詩人が、言い訳を試みる。 「だ、だから、きみは、マスター・ソードの魔石をなくしてから、二年以上も、放っ たらかしにしてただろ? 神殿に行き、そのことをマスターにご相談すれば、また すぐに魔石を集めることが出来たかも知れないのに、きみときたら、一向に、その 気配を見せやしないんだから。だから、マスターが親切にも、きみの面倒を見るよう、 僕に言付けたんだよ。ちゃんと魔石を集められるようにね」 「じゃあ、この先の、ドラゴンの谷に、やっぱり魔石はあるのね? 」  そう聞いたのは、瞳を煌めかせたマリスであった。  詩人は、わざと意地悪く言った。 「さあね。そうとは限らないし、まったくそうでないとも言えないなあ」 「なんなのよ。あるならある、ないならないって、はっきりしなさいよ」  マリスがじれったそうにするのを、ケインが抑える。 「マスター・ソードのマスターも、こんな感じだったんだよ。まったく、意味深な 言い方しやがって、はっきり言ったらどうなんだ」  ケインも、じろりと詩人を睨む。 「だって、しょうがないよ。僕はただの『遣い』なんだよ。神々のお考えになって いることには、触れてはならないんだし、それを、人に漏らすなどとは、言語道断 なんだから」  と、詩人は、肩を竦めてみせた。 「だったら、何で現れたんだよ」  ケインが呆れたように尋ねた。 「ドラゴンの谷は、魔石に関係している。これだけは、確かなことだよ」  詩人は人差し指を立て、ずいっとケインに歩み寄った。 「それにね、僕がここに来たのは、きみたちに、近道を教えてあげようと思ってさ。 っていうより、急いでるもんでね。さ、こっちだよ、ついておいで」  詩人は、さっさと洞窟の中へと入っていった。  顔を見合わせてから、四人も後ろへ続いた。 「中は、足場が悪いから、気を付けて」  暗い横穴の中で、吟遊詩人の声がする。 「クレア、灯りをつけられるか? 」 「わからないけど、……やってみるわ」  自信のない声で、クレアはケインに答えてから、目を閉じ、精神を集中させ、呪文 を唱え、てのひらを真上に掲げた。  洞穴は、暗いままであった。  彼女の魔法能力が万全の状態であれば、本来ならば、てのひらの上には、光の球が 浮かんでいるはずであった。 「ああ、やっぱり、まだだめだわ」  クレアが、気落ちする。 「おい、ケイン。わざわざ自信なくさせることないだろ」  カイルが憮然として、ケインを睨む。 「あれれ、やっぱり、重症みたいだねぇ」  吟遊詩人が、軽い調子で言った。 「でも、癒しの谷に着けば、すぐに治るから、安心しなよ」 「ほんとか!? 」  聞き返したのは、カイルであった。クレアも、思わず、顔を上げる。 「身体だけじゃなく、魔法も復活するのか? 」 「そうだよ」 「聞いたか、クレア! 谷にはドラゴンがいなくても、マスター・ソードの魔石が なくても、魔法は復活できるんだ! それだけでも、充分じゃねえか! それまでの 辛抱だ。頑張ろうぜ! 」  カイルが、どうしていいかわからないような顔をするクレアの肩を、ぽんと叩いた。 「なーにが『充分』だよ。俺は、魔石がなくちゃ、困るんだよ。でも……」  仕方のなさそうに、ケインがカイルに言うが、ちらっと、クレアに視線を移した。 「クレアの魔法が、本当に復活するんなら、例え魔石がなくても、ここまで来た甲斐 はあるよ。ドラゴンを見たがってたマリスには、気の毒だけど。ま、いなかったと しても、マリスも、どうせ、そんなにしょげたりはしないだろ? 」  からかうようなケインの目に、マリスは横目で「まあね」と答えた。  男二人が、クレアを元気付けている間に、マリスは、こっそり、吟遊詩人に近寄っ た。 「こんなに目立つ横穴があれば、今まで登山した人だって、気付くはずでしょう?  だけど、そんな話、聞かなかったわ。ここって、本当に、『現実に存在するところ』 なの? 」  詩人は真面目な表情で、マリスを見てから、フッと笑った。 「なかなかいいとこついてくるねえ。現実にも、存在はしているよ。ただし、……」  詩人は、片手の指をつないで、丸く輪を作ってみせた。 「このくらいの小さな穴だとしたら、人間は、いちいち目に留めないし、ましてや、 近道だとは、気付かないだろうね」  さっと、マリスの顔が、緊張で引き締まった。 「……あなた、あたしたちを、『小さく』したのね? いつの間に……? 魔法を かけられたとは、気付かなかったわよ」  詩人は、さらに、不敵な笑顔になった。 「そりゃ、そうさ。僕は、魔道士じゃないからね。魔道士の魔法とは違う方法で、 きみたちに術をかけたのさ。黒魔法がダーク・ドラゴンの力を借りたものなら、僕の 使ったのは、いわば、『自然の能力(ちから)』ってやつかな」 「……自然の能力……ですって……? 」  マリスは、まばたきをした。  まったく見当もつかないことであった。 (やっぱり、人間ではないんだわ。そうかと言って、神というわけでもなさそう。 いったい、何者なの……? ) 「僕は、あくまでも、『ケインの側』なんだ。『きみ』とは管轄違いだから、邪魔は しないよ。安心して」  微笑む彼を、マリスは圧倒されたように、ただただぼう然と、見つめていた。  一行は、ごつごつした岩の上を、注意深く歩きながら、詩人について、延々と進ん で行く。  口を利く者はいなかった。  暗闇が続き、光の差し込む様子のない洞窟の中は、ひんやりとしていて、気持ちが 良くもあり、不気味でもあった。  天井は高かった。マリスは、詩人の話を思い出し、今の自分たちの大きさを想像 すると、ムシほどにしかならないのではないかと考え、あまりいい気はしなかった。  もし、本物のムシでも現れようものなら、恐ろしいこととなり得る。  戦って勝てるものかもわからない。  その上、クレアはショックで失神してしまうか、以前のように、動揺して、魔法を 乱発してしまうかーーそれをきっかけに、魔法が復活するのは願ってもいないことだ が、無差別攻撃の犠牲になるおそれが大きい。  その場合、先頭を行く吟遊詩人も、助けてくれるという保証はない。彼は、あくま でもケイン側だと言っていたので、彼のことは助けても、他者のことまではわからな い。  管轄違いと、はっきり宣言されてしまっては、自分にとっては味方だと思わない方 が賢明だと、マリスは思った。  マリスの後ろを歩くクレアは、足元に気を付けながら、歩き続ける。  彼女も、詩人の言葉を、何度も頭の中で反芻(はんすう)していた。 (癒しの谷にさえ着けば、私の身体も完治し、元通り魔法が使えるようになるという のは、本当なのかしら……? 何度やってみてもだめだった魔法が、谷の水に漬かっ ただけで、本当に復活するというの?……信じられないわ) (……でも、行くしかない。だけど、行ってもだめだったら……)  彼女の心の中は、葛藤でいっぱいであった。  その後ろに続くケインは、辺りの様子を伺いながら進む。常に警戒を怠ってはいな かった。  最後尾のカイルも、ペラペラと喋るでもなく、いつになく真剣な表情で、黙って いた。 (癒しの谷か……。いよいよ現実味が出て来たな)  眉間にシワを寄せ、何かを深く考え込んでいる様子だ。 (どんな病も怪我も治っちまう水だ。こんなこともあろうかと、空き瓶いっぱい 持って来ておいて良かったぜ! さーて、いくらで売るとしようかな……)  彼だけは、別のことで、頭がいっぱいであった。  どのくらい歩き続けたか、先の方に、光が見える。 「もうすぐそこだよ」吟遊詩人が振り返る。  途端に、カイルが、ものすごい勢いで、皆を追い抜いて行く。 「やったー! 俺が一番乗りだぜー! 」  マリスも、その後に続いていき、すぐに戻ってきた。 「クレア、早く、早く! 」  クレアの手を取ったマリスが、洞窟の外へと、連れ出す。ケインも続いた。  突然、目の前の視界が開ける。  それまでの、ひんやりした洞窟とは打って変わり、明るい日差しの差し込む、 豊かな緑の草木が生い茂る、美しい景色が広がった。  水の音も、聞こえてくる。  マリスにぐいぐい引っ張られたクレアが遭遇したものは、突き出した岩々に囲まれ た泉に、さほど高くはないところから流れ込む滝であった。 「……ここが、癒しの谷……? 」  放心したように、クレアが見渡し、呟いた。


癒しの谷


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