Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅱ.-1〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~


剣月青ライン  Ⅱ.『登山』 妖精青アイコン1 ~ 登山 ~  剣月青ライン

 登山の準備のため、ケイン一行は、ハッカイに教わった道具屋へと向かった。  彼の妻フィエラが用意した食料に、道具屋の勧めで、裏面に突起の付いた山歩き用 のブーツ、防寒着、寝袋、風よけ用の大きな麻布、ランタンと火を熾(おこ)す道具、 その他必要な荷物の上、ケインやカイル、クレアには剣もある。  ケインは、マリスに、しばらくバスター・ブレードを貸すことにしていたが、女性 にそのような重い剣を持たせるわけにはいかないと、普段から彼が背負っている分、 荷物は重かった。代わりに、マリスは、クレアの剣を持つ。  通常であれば、ヴァルドリューズの魔法により、荷物を空間から、いつでも取り 出せるよう預けることが出来たが、彼が不在の今は、皆で手分けして運ぶことになる。  例え、体調の良くないクレアですら、必要な荷を背負わなくてはならなかった。 「お客さん、あの急な坂を登って行くのかね? しかも、街道のように整備されて ないから、まったくの獣道だよ」  道具屋の主人は心配するような目で、若い男女四人を見ている。 「急な坂? 絶壁じゃないのか? 」ケインが聞き返す。 「ドラゴンの谷に向かう道は、絶壁と言われちゃいるが、そこまでではないよ。それ にしても、お客さん方、本当に物好きだねえ。悪いけど、『ドラゴンの谷』とは、 名ばかりで、本物なんかいないと言われてるんだよ。それでも、行くのかい? 」 「『癒しの谷』っていう別名に関しては、どうだい? 」カイルが尋ねる。 「そんなのは、聞いたことすら……」  言いかけて、主人の身体がピクンとした。 「そう言えば、そんなことを聞いたことがある。どんな病でもケガでも、谷の泉に 漬かれば、一遍に治っちまうってな」 「やっぱり、そうか! 」  カイルが嬉しそうに、クレアに振り向いた。 「ドラゴンはいなくても、癒しの谷ってのは、間違いないみたいだぜ。頑張って行こ うぜ、クレア! 」  クレアは、不安そうな表情のままだった。  道具屋を出る時、ケインは、ふと屋根の上を見た。  半透明の人影が、さっと青空に消えた気がした。 (……間違いない)  ケインは、何者かの存在に、心当たりがあった。  主人が『癒しの谷』のことを答える時、僅かに身体が震え、それ以降の彼の表情は、 どこかうつろであったのを、見逃さなかった。 (……多分、あれは、例の吟遊詩人の仕業だろう。もし、魔族や魔道士であったら、 霊感の強いマリスやクレアが気付くはずだ。ヤツは、俺たちを、ドラゴンもいない、 もしかしたら、癒しでもない谷へと導いているのか……いったい、何のために? ) 「どうしたの? 何かいたの? 」  マリスも、ケインと同じ方向を見てみる。 「いや、なんでもない」  ケインは、何気なく答えた。


山

 山の入り口に辿り着いた。  緩やかな坂が、四人の目の前にある。 「なんだ、ホント、絶壁じゃねえや! 」  安心したカイルの声だった。 「始めは、こんなもんなんでしょ。徐々に、キツくなっていくんだと思うわ」  マリスが、さらっと言う。  クレアの目が、心配そうに、マリスを見上げる。 「こら、クレアが不安になるようなこと、言うなよ」  カイルが顔をしかめて、マリスに小声で言った。  マリスは、首を引っ込めてから、彼にわからないように、くすっと笑う。  四人は、さっそく、道具屋で購入した登山用の服を、重ねて着た。怪我を予防する ため、丈夫な生地で出来た長袖と、パンツは足首まで覆っている。  ケインが先頭を歩き、三人が後に続く。  間もなく、人が通れるほどの高さの、古い石造りの枠が、見えてきた。 「あれが、道具屋の主人の言っていた、『神聖なる竜神のゲート』ね」  マリスが、ゲートを見つめた。 「ああ、そうに違いない」  ケインが、ゲートの石をじっくり見回しながら、そっと触れる。  途端に、彼の脳裏に、金色の光が飛び交うような光景が浮かんだ。  そして、ある言葉も。 「……どうかしたの? 」  ケインの何かを感じ取った様子に気が付いたクレアが、おそるおそる尋ねた。 「……あの主人の言う通り、……今、『ドラゴンの詞(ことば)』が、聞こえた」  一同、ケインに注目した。 「じゃあ、やっぱり、……ホントなんだな? 」  カイルが声を弾ませるが、表情は真剣だ。  ケインが皆を見回した。 「俺がマスター・ソードを取りに行ったところも、『聖なる龍の谷』って言ったけど、 特にゲートなんてのはなくて、『挨拶』になる呪文てのも、必要なかった。だから、 門番がいたのかも知れない。ここには、門番みたいなのは見当たらないから、『挨拶』 が必要なのかも知れない。あの主人の言うように、試してみるか? 」  主人の話では、竜族の領域に入るには、ドラゴン・マスターならば許されるが、 他の者も同行する場合は、『挨拶』をしなくてはならない、という。 「このゲートから伝わってきた『詞』は、古代の竜語みたいだった。俺が呪文を唱え る間に、ひとりずつ、ゲートをくぐってくれ。俺の言う順番に」  三人は頷くと、順番通りに並ぶ。  ケインは目を閉じて、ゲートに触れた。  石のひびわれから風が沸き起こり、彼の髪が、ふわりと浮かび上がった。  始めに彼が、二言三言、呟くように口にしたのは、古代の西洋語とは違う言語で あった。  風は緩み、そのうち、おさまった。  それからは、現代の西洋語で、彼は語った。 「俺は、ドラゴン・マスターのケイン・ランドール。これから、竜族の領域に入る ことをお許し願いたい。まずは、竜族の遠縁に当たる獣神の巫女が通る」  マリスがゲートをくぐる。  結界を通り抜けたような、空気の揺れを感じる。 「次に、魔道戦士の修行中である巫女」  クレアも、おそるおそるくぐり抜ける。マリスが感じた違和感を、彼女も感じた。 「次に、魔法剣を持つ戦士」  カイルが、魔法剣に手を触れながら、ゲートをくぐった。特に、違和感を感じるで もなかった。 「最後に、俺、ドラゴン・マスターをお通し下さい」  ケインは、ゲートに触れたままくぐり、最後に言った。 「無事通らせていただいたこと、感謝します」  そう言ってから、彼は、門から手を放した。  光の飛び交うイメージは、彼の中から消えた。  三人は、立ち止まって、ケインを見つめていた。 「ん? どうしたんだ? もう進んで大丈夫だぜ」  ケインが普段の調子に戻って言った。 「いや、お前が、ドラゴン・マスターってのは、ホントなんだなと思ってさ」  カイルが目を丸くして言うのを見て、ケインが笑った。 「なあ、だんだんキツくなってこないか? この坂」  カイルが、これまでの余裕は感じられない表情で、上に向かって言った。 「だから、言ったでしょう? 」  すぐ上にいるマリスが、顔だけ振り返る。  四人の登っていた坂は、だんだん急斜面になっており、入り組んだ木の根が、階段 の代わりになっていた。  段差が開き、足場が狭い箇所もある。バランスを取るのが難しい箇所もあった。  先頭のケインが、木の枝にロープを引っかけていき、後の者が伝っていく。命綱 代わりであり、帰りの目印にもするためであった。 「クレア、大丈夫か? 」 「ええ」  時々、ケインがすぐ後ろにいるクレアを励ましながら、ついでに、その下のマリス、 カイルのことも気にかけ、ついて来ているようなら、先へ進む。  普段、このような場面では、真っ先に根を上げてしまうカイルも、無駄口を叩かず、 ついてきている。それだけ、クレアを癒しの谷に連れて行きたいのだろうと、ケイン は密かに彼に感心していた。  だが、それから、いくらもしないうちであった。 「きゃあっ! 」  悲鳴に、ケインが振り返ると、 「うわーっ! 」  マリスが足を滑らせ、カイルを巻き込み、ごろごろと坂を転がり落ちて行ったのが 見えた。  カイルと絡まりながら坂を落ちていったマリスが、命綱を掴み、カイルの足を掴ん だ。二人は、なんとか、振り出しに戻ることなく済んだ。  それを見て絶句してから、ケインが呼びかけた。 「おーい、大丈夫かー? 」  そして、クレアに、ぼそっと言った。 「下を見ない方がいい」  何が起きたかは、見なくても想像がついたクレアは、うなずいただけで、振り返ら なかった。 「さ、クレア、もう少しだからな、頑張れよ」  先頭で誘導する役は、カイルに代わっていた。  クレアとマリスを挟み、しんがりはケインであった。  万が一、一番荷物の重いケインが、足を滑らせるなどということになれば全滅では ないか、というカイルの一方的な主張による。  四人は、ゆっくりと、坂を上っていった。 「この辺なら、草も生えてるし、座り心地もいいだろう。このあたりで、休憩にしよ うぜ」  カイルの見つけてきた場所は、平地ではなく、緩やかな坂であったが、ところどこ ろに岩があった。  一行は、そこで食事を取ることにした。  すでに、昼を回っている。町をぐるりと回って来た方に時間を費やしていたのが 大きく、坂が急になってからは、さほど経っていない。  町では、日差しが強くなる時間帯であるが、ここでは、平地ほどの暑さではなく、 風が清々しい。  フィエラの作った日持ちのする食べ物を、四人は、それぞれの荷物から取り出し、 食べ始めた。 「クレア、疲れてないか? 」  ケインが尋ねると、クレアは、首を横に振った。  それをじっと見つめてから、ケインはカイルを見た。 「なあ、カイル、食べ終わって休んだら、荷物は置いたまま、ちょっと、ひとっ走り して、先に見てきてくれないか? どのくらいで休憩できそうな場所に辿り着けるか わかった方が、登る時も楽だろうからな」 「おう! まかせとけ」  乾いた肉をかじりながら、カイルは親指を立ててみせた。  ドラゴンの谷、別名癒しの谷へは、何時間かかるのか、まったく彼らには想像も つかなかった。  いつもすぐに不平不満を言うカイルも、まだまだ元気であるのか、ペラペラと調子 よく喋り、マリスもそれに乗じるように、話している。  二人が、クレアの気持ちを盛り上げようと、他愛もない話を弾ませているのは、 ケインにも、クレアにも通じていた。 「足が疲れたら、やさしくマッサージするといいぜ。こうやって、足の先とか裏も ほぐして……」  靴を脱ぎ、自分の足を見本に、カイルが説明する。見よう見まねで、皆もやって みる。 「カイルって、いろんなこと知ってるのね。どこで覚えたの? 」  珍しく、クレアが尋ねた。 「ま、俺も、ここへ来るまでには、いろいろあったワケよ。俺には、両親はいなかっ たからな。親戚の家にいたが、居辛くて旅に出たから、生きる術(すべ)ってのは、 ほとんど、十五になるまでには、身に付けたって言えるかなぁ」 「そうだったの」  少し意外そうな表情で、クレアが彼を見る。 「その割りには、いつも楽をしようとしているじゃない」 「ははは、まあな」  彼女の口調がいつもの厳しさを取り戻しつつあるのを、カイルは、安心したように 笑い飛ばした。 (クレアも、いくらか、いつもの調子に戻ってきたかな。良かった)  ケインもマリスも、微笑ましそうに二人を見つめた。  彼らの話に時々相槌を打ちながら、ケインは、そっと辺りの様子を伺ってみた。 (あの吟遊詩人がいるような気配は、今のところ感じられない。このまま進んで行っ て、いいんだろう。もし、間違った方向に進んでいれば、きっと現れるはずだ)  休憩を取りながら進んで行くうちに、周りの景色も陰っていく。  木の数は減り、ロープは既にない。  四人は、木の枝を杖の代わりについて、ゆっくり進んでいた。  風が強くなり、冷たく感じる。  道具屋の主人の言葉通り、防寒服を羽織る。  これまでよりも、身体が重く感じられていた。  次第に、四人の口数も、減ってきていた。  坂の角度は、これ以上は急にならないようであるのが救いではあるが、どこまで 登ればいいのか、口には出さなくとも、不安が募って行く。  皆、無心になり、ただ坂を上がるしか頭になかった。そうでなければ、気の遠く なる登山であった。  空は、夕焼けが見え始めている。  頂上の方は、霧が濃くなっていて、まったく覆い隠されている。  昼間とは打って変わった幻想的な景色が、不安を誘う。  暗くなるまでに、辿り着けるのだろうか。  誰もが、そう思っていた時であった。 「あそこに、洞穴みたいなものが見えるぜ」  後ろに向かって、カイルが声を張り上げた。  なんとか横穴の入り口に辿り着いた時には、全員倒れ込み、口も利けない状態で あった。 「この洞穴、まさか、魔物とか住んでないだろうな」  ぼそっと、カイルが誰にともなく問いかけた。 「今のところは、何も感じられないわ」  マリスも力なく答え、クレアも頷いた。 「はー、それなら安心だぜ」  カイルが、仰向けに大の字になった。 「ご苦労さん」  穴の奥から、いきなり声が響いたので、驚いた四人は、さっと身体を固くして、 寄せ合った。  暗闇の洞穴から足音がし、夕日が差し込んでいる位置まで来ると、その者は、 ぴたりと立ち止まった。  まだ若い、彼らと同年代と思われる少年だった。  明るい茶色の髪をなびかせ、白い肌に華奢で、中肉中背、稀な美少年である。   その美少年が、にっこり笑っている。  クレア以外の三人には、はっきりと見覚えのある人物であった。 「おっ、お前は、……あの時の、吟遊詩人!? 」  カイルが、指さしながら、口をパクパクさせた。 (とうとう出たな! )  ケインは、詩人を見据えた。


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