Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅰ.-1〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~


剣月青ライン  Ⅰ.『ハッカイの居酒屋』 妖精青アイコン2 ~ タイスランでの夜 ~  剣月青ライン

 町の中心へ向かって、カイルは歩いていた。  彼は、いつも新しい町を訪れると、その町の、自分なりの遊び場を見つけるのが 好きであった。  今夜も、さっそく探索に出かけた。  民家の少ない、少々さびれたところに出た。その向こうには、またあかあかと、 町の灯が照らされている。  彼は、そこへ行こうと思う。  一気に駆け抜けようとした時、ひとつの民家の二階に、ふと目をやる。  まだ幼い少女が、窓を閉めようとしていたところだ。少女もカイルに気付き、窓を 閉める手を止めた。  彼は、どんな状況にあっても、目の合った女には、自分からは目を反らさない習慣 があった。  まだ十歳足らずであろう少女は、長い栗色の髪を左右で三つ編みにし、夜着に身を 包んでいた。  そばかすがあり、病気がちであるのか、光の弱い瞳をしていた。  少女が窓を閉める僅かな時間に、それだけのことを、彼は感じ取っていた。  彼の洞察力は、鋭かった。  夜になりかけた、薄暗い中を、高いところに吊るしたランタンが、オレンジの光を 点々と照らす。  食堂は酒場へと変わり、博打屋にも、あかりが灯っている。  腹が空いて来た彼は、町娘に適当に声をかけ、一緒に食事を目論んでいた。 「よぉ、ねえちゃん、かわいいねえ! 良かったら、この俺の魔法剣の武勇伝でも、 聞かねえか? 」 「結構よっ! 」  五人目の町娘も、冷たくカイルをあしらった。  カイルは首を傾げる。 (どうも今夜はイマイチ収穫ねえな。いつもなら、魔法剣と聞いただけで、目を輝か せる子が多かったんだけどな)  ふと、目の端に、男たちが群がるのを見つけた。  自分と似たような、普通の傭兵のような成りだ。いくさ帰りの、若い傭兵たちに 見えた。  その中心にいるのは、彼の最もよく知る娘であった。 (……マリスだ! )  それは、彼とともに旅を続けている、少女戦士のマリスに違いなかった。  彼女のいでたちは、人目を引く。  黒いワンピースに長方形の布を羽織り、長い明るい茶色の髪は、胸元でカールし、 背を覆っていた。町娘にはない気品が、感じられる。 (随分、いい女に化けたな! )  カイルは、いつも密かに感心していた。  だが、薄情なことに、何も気付かない振りをして、その場を去る。 (一見傭兵風だったが、ガラの悪い連中かも知れねえ。マリスなら大丈夫だろう。 それにしても、あんな奴等がいるから、このイケメンでフェミニストの俺が、なか なか町娘たちに信用してもらえないに違いねえ)  彼は気持ちを切り替え、酒場を探すことにした。 「ねえちゃん、どこから来たんだ? 」 「かわいいねえ」 「俺たち、いくさが終わったばかりで、報酬もたんまりあるし、一緒に、飲みに行か ねえか? 」 「旅の話を聞かせてやるぜ」  親切を装いながらも、五人の傭兵たちは、マリスを、上から下まで舐め回すように 見ている。  微笑んではいるものの、マリスも目だけで観察する。 「か弱い女の子が、たったひとりで夜道を出歩くモンじゃねえぜ。いつガラの悪い 連中に取っ捕まることか」  中でも、目付きの悪い、笑い方に品のない男が、横から口を出した。 (ホントだわ。こんなことなら、ケインとでも来れば良かったかな)  と、心の中では思ってみたが、心底、後悔している様子はない。 「いくさの土産だ。宝石や指輪、ネックレスも、あんたにやるぜ」  それが、女物というのは、一目でわかる。  マリスの目の奥には、許し難い感情が現れるが、男たちに気付く様子はない。 「あのー、ちょっと、皆さんにお聞きしたいことがあるんだけど」  上品な笑顔で、マリスは、肩にかかった長い髪を、優雅な手付きで、後ろに払う。 (こいつぁ、絶対、世間知らずのお嬢さんだぜ! )  男たちの間では、目配せが交わされた。 「あなたがたは、こちらの地の方? 」 「ああ、そうだよ」 「まあ、良かった! あそこに見えるヨルムの山の向こうには、ドラゴンの谷がある って言うのは、本当なのかしら? 」  おおかた金持ち特有のヒマの持て余しからか、そんな話に入れ込んでいるのかと、 彼らは解釈した。 「ねえちゃん、そんなもんは伝説だぜ。ドラゴンが住んでたから、ドラゴンの谷と 名付けられたと聞くが、それを確かめられたヤツは、いねえんだ」 「あら、どうして? 」  マリスは、無邪気な笑顔で尋ねる。 「ヨルムの山自体、魔物が出るって噂だし、そこを避けるとなると、わざわざ山を 回って、向こう側から行くしかねえ。だが、それには、絶壁みてえなところを登って 行くことになるんだ」 「ふ〜ん、どうやら、伝説の土地には、ただでは行かせてもらえないらしいわね」  マリスが、胸の前で腕を組んだ。  押し上げられた彼女の形の良い胸に、視線が集まる。  傭兵たちは、今にも食いつきたそうな牙を隠すように、作り笑顔を浮かべた。 「魔物って、どんなものなの? 黒い靄とか、獣人とか? 」 「そんなもんなんかじゃねえぜ、ねえちゃん」 「ドラゴン並みのデカさだって聞くぜ。人間なんか、一飲みだってさ! 」 (『サンダガー』でないと倒せないほどのものみたいね。ヴァルのいない今は、獣神 を呼び出すこともできない。呼べれば簡単だけど。ってことは、絶壁を登るしかない か……。どうやって? しかも、こっちには、まだ魔法も体調も本調子じゃない クレアがいる。彼女にとっても、負担は大きい。今回は、置いて行くしかないのかも 知れない……)  マリスが思考を巡らせている間にも、傭兵たちは、牙を剥き始めていた。  善人を装い切れない顔は、下品に歪められていった。 「さ、質問は、もういいだろ? ねえちゃんよ、今度は、俺たちに付き合ってもらう ぜ」  マリスが顔を上げると、両腕を左右の男たちに、がっしりと掴まれた。 「なにするのよ、放して! 」  別の男のが、マリスの口を手で塞いだ。マリスが困惑した目で、彼らを見回す。  彼女の羽織っていたストールが、はらりと落ちた。  人通りのあるその場で、騒がれるとまずいと判断したのか、はたまた計画的であっ たのか、口に出し合わずとも、彼らの行く先は決まっていた。そのまま、マリスを 引き摺るように、表通りから路地裏へ入り、空き地へと向かっていく。  そこは、崩れた館の廃墟で、ところどころに残った煉瓦の壁が、適度な目隠しと なっていた。 「さあ、ここなら、少々泣いても喚いても、誰にも聞こえないぜ」 「ねえちゃんよ、観念するんだな」 「悪く思わねえでくれよ。おめえが、夜道をひとりでうろうろしてたのが悪いんだぜ。 よーく覚えておくんだな、世間を知らねえと、どういう目に合うか」  残忍な輝きを帯びた男の目が、マリスを頭の上から捕えた。 「その言葉、そっくりそのまま、お返しするわ」  マリスが普段の不敵な笑いを浮かべると、男の股間を蹴り上げた。  スカートがめくれると、皮のショートパンツが覗く。  目の前の男の身体は飛び上がり、反っくり返ると、背から地面に落ちた。  呆気に取られていた、マリスを押さえ込んでいた男たちの腕も、ぐいっと、簡単に 持ち上げられ、振り払われた。  傭兵たちは、思わずよろめく。  マリスが軽く後方に飛ぶと、ロングスカートをショートパンツの丈までまくり、 裾を結んだ。 「なっ、なんだ、このアマ!? 」 「武道でも、心得ていやがったのか!? 」  あっさりと、四人もの大柄な男たちを払い除けてしまった彼女に、彼らは動揺した。  マリスは、それを、あざ笑う。 「ただの武道じゃないわよ」  その時、マリスの背後に、そろりそろりと近付く者がいた。  彼女を取り押さえようと、その手が伸びた時だった。  どかっ!  「うげえっ! 」  男は、わけもわからず、吹き飛んでいた。彼女の、素早い回し蹴りをくらったこと に、気付く間もなかった。 「怖じ気付くな! 相手は、たったひとりの、しかも小娘だ! 」 「そうだ! 今までのは、まぐれに違いねえ! 」  四人の男たちは、一斉に躍りかかった。  ひとりが、拳を突き出す。  マリスは、難なく、それをよける。  反対方向からも、別の男の手腕が飛んでくるが、それもあっさりよける。  男たちの拳に追い立てられ、彼女の背後には、大きな木の幹があり、左右は、崩れ た壁だった。 「へっ! もう逃げられやしないぜ! 」 「小娘、覚悟しなっ! 」  四人の手刀が、一斉に、彼女の首目がけておそいかかる。  ガツッ!   手刀は皆、彼女が背にしていた木を突いていた。  マリスの姿は、彼らの目の前から消えていた。  男たちが、ハッとして、目上げた。彼女の姿は、そこにあった。  男たちの頭上を飛び越え、浮かび上がったマリスの折り曲げた膝が、振り返りざま に、くっと伸び、  どかっどかっどかっ!   すらりとした脚が、何の気なしに、横向きに、顔面を蹴っていく。  軽く蹴られているようにしか見えずとも、男たちは、一気に三人吹き飛ばされ、 叫び声を上げる。  残ったひとりが、彼女の首に向かって手を伸ばすが、その手首は、がしっと掴まれ た。  掴んだのは、彼女ではなかった。 「何をしてる? 」  彼女の聞き覚えのある低音だった。もう片方の手には、マリスの落としたストール が握られている。 「おめえこそ、なんだ! いてぇっ! その手を放せ……! 」  男は、そのまま、腹に重い一撃をくらった。 「ケイン」  マリスは、目の前に現れた見慣れた青年を、「やるじゃない」と笑って見た。  対するケインは笑うどころではない表情で、地面を見る。 「遅かったか……」  腹や顔を抱え込み、蹲(うずくま)る傭兵たちの目が、マリスとケインを捕えると、 明らかに、動揺が恐怖へと移り変わっていく。 「ここは、確か、泣いても喚いても、誰も助けには来てくれないところなんですって よ。あなたたちも、可哀想にねえ」  マリスは、高らかに笑った。 「あなたたちが、夜道をうろうろして、か弱い女性を餌食にしようというのが悪いの よ。よーく覚えておくのね、世間を知らないと、どういう目に合うか」  両手を腰に当てたマリスが、仁王立ちで彼らを見下し、にやっと笑った。  頭はこぶだらけ、痛む腹を抱えて転がる男たちは、泣くか呻(うめ)くかしか出来な いでいた。 「あ〜あ、弱い者イジメしても、物足りないばっかで、つまらないわ」  散らばる煉瓦をよけながら、歩き始め、ストールを首に巻いたマリスが、両腕を 上げて伸ばした。 「まったく。心配して来て、損したぜ」  ケインが、呆れた返った顔で言う。 「あら、あんなの、いつものことでしょ? 」 「これでも、いっつも心配してるんだぜ」  マリスの足が、ピタッと止まった。次いで、ケインも止まる。 「心配して、来てくれたの? 」  マリスがケインを見上げる。  ケインは、しまった! と思った。  人に守られるのは、彼女のプライドが許さないのだ。  だが、彼の心配とは反対に、マリスは微笑んでいた。 「ねえ、ケイン、今まで、皆と飲んでたんでしょう? 酔ってる? 」 「いや。俺は、そんなに飲んでないから」 「それなら、良かったわ」  マリスが辺りを見回してから、言った。 「……二人っきりね」  ケインの鼓動が鳴った。  うつむいたマリスが、そっと、彼の手を握った。  ケインの頬が赤らんでいき、ますます鼓動が鳴り響く。  が、次の瞬間、 「たーっ! 」  マリスに背負い投げられていた。  幸い、高く投げられたため、ケインは、体勢を整え、地面に転がっても受け身を 取れたので、怪我はない。  彼女が、あえてそうしたと、彼は思った。 「久しぶりに、お手合わせ願えないかしら? 」  マリスは、勝ち気な笑みを浮かべ、身構えた。 「不意打ちしてから、言うことか? 」  ケインも、苦笑しながら起き上がり、構えた。  直ちにシュッ! と、マリスの右脚が飛んで来る。  それを、ケインの左手が、パシッと軽くあしらう。  続けてマリスが左拳で、彼の顔面を狙う。よけざまに、僅かに、彼の右頬を 擦(かす)った。  今度は、ケインが反撃する。  マリスのボディ目がけて左拳を突き上げると、ガシッと、右腕で、上から押さえ 込まれる。  彼女のハイ・キックを、彼の右腕がガードする。  隙をついて、懐に入り込まれると、そのまま彼女に背負い投げられるが、空中で ひらりと回転し、彼は、ネコのように柔らかく、身軽に着地した。  彼女の攻撃は続く。  華麗で的確な脚技が彼を襲うが、軽く、てのひらでよける。  合間に、シュッ! と、突き出された拳を、よけたと同時に、素早く、彼女の手首 を捕まえる。そのまま、今度はケインが背負い投げた。  空中で、体勢を立て直したマリスは、片方の脚が地面に着地すると同時に蹴り上が った。  素早さ、拳の重さ、どれを取っても、先の五人に対するものを、明らかに超える マリスの攻撃であったにもかかわらず、ケインは表情も変えず、彼女の技を受け流し ていた。  マリスが攻めることが多かったが、よけることさえ困難と思われる攻撃を、彼は、 まるで、技を吸収しているかのように、受けていた。 「ふうっ。やっと、満足したわ」  手の甲で額の汗を拭ったマリスが、晴れ晴れと笑った。 「久しぶりだもんな。相変わらず、マリスの相手するのは、キツイぜ。半分以上は、 冷や汗だ」  ケインも汗を拭いながら笑うと、淡い青い色の、綿のシャツを、着たまま、ばた ばたと仰ぐようにして、風を通した。  野盗や先の傭兵たちと違い、無駄のない筋肉であるのは、衣服を通してでもわかる。  それは、鍛え上げた身体であり、無駄な贅肉を一切削ぎ落として来た、芸術的な ものであるとも言えた。  マリスは、青いシャツがはためくのを眺めていたが、ケインと目が合うと、慌てた ように目を反らした。  ハッカイの酒屋目指して歩きながら、ふとマリスが切り出す。 「ドラゴンの谷の噂を聞いたの」  ケインが、マリスを見る。 「そこに行くには、あそこに見えるヨルムの山を越えて行くしかないみたいなの。 だけど、あの山には、魔物がいると言われているんですって。回り込んで、反対側 から行くとなると、絶壁を登ることになるらしいの」 「魔物がいるだって? 」 「ええ。それも、ドラゴン級の大物らしいわ。おそらく、『サンダガー』でなくては、 倒せないような」 「……次元の通路もあるのかな? 」 「多分。でも、今は、そんな巨大モンスターと接触するのは、避けた方がいいわ。 ヴァルが戻ってきてからね。問題は、絶壁を、どう乗り越えるか、よ」  二、三歩進んだところで、ケインが言った。 「その話を確かめるために、さっきの奴らと……? 」 「地の奴らだったから。この辺の人に聞くのが確かだと思って」 「俺のためだったのか。俺のために、マリスがそんな危険なことしなくていいんだよ」 「ケインのためだけじゃないわ。あたし、ああいう、女を自分の欲望のままに傷付け るヤツ、大っ嫌いなのよ。だから、今までも、なるべく、そういうヤツらを探して、 自分が気に入らないのもあったけど、傷付いて泣き寝入りしてる女の子もいただろう から、その子たちの分まで、ぶん殴ってきたつもりだったわけ」  それは、あながち言い訳とは決めつけられなかった。  いくさ帰りの傭兵たちは、戦利品と称して、制圧した地域の村で、強盗まがいの ことをしたり、女たちを思うまま汚したりするのは、珍しくなかった。  もちろん、ケインやハッカイたちは、そんなことはしなかったが。  今後は、相手が野盗じゃなくても、彼女の襲撃を止めまいと、ケインは思った。 「今のクレアの状態を考えると、ドラゴンの谷に一緒に行くのは無理かも。ハッカイ さんに預けて、あたしとケイン、カイルの三人で行ってはどうかと思うんだけど。 もうデモン教からは遠ざかったし、ハッカイさんも元傭兵で、お店の従業員たちも、 腕っ節の強そうな人たちで、おまけに、いい人たちそうじゃない? 万が一、野盗 だとかが襲ってきても、クレアのことは心配いらないと思うわ」 「そうだな」 「絶壁は、どうしよう? 」 「いくらなんでも、素手では登れないから、ハッカイに、いい道具屋でも紹介して もらおう」  安心したように頷いてから、マリスは、言いにくそうに、切り出した。 「それからね、伝説の地には、ありがちな噂も聞いたんだけど、……もしかしたら、 ドラゴンは、……いないのかも知れないわ。苦労して、やっとのことで、崖を登り 切ったとしても、ただの谷だったってことも……。その上、そこに、マスター・ ソードの魔石が、なかったとしたら……」  マリスとケインの視線が、絡み合った。  マスター・ソードの魔力を封じた魔石が、人間の世界とは違う場所にあると、 ケインが言っていたのを、マリスは覚えていた。  もし、伝説のドラゴンの谷と思われるところが、ただの谷だとすれば、そこに魔石 のある可能性もなくなる。人間とは共存しない生き物であるドラゴンが住んでいて こそ、魔石があるかも知れないと踏んでいただけに、ケインの心は揺らいでいた。 (ドラゴンの谷に、魔石がなかったら……? だったら、どうして、あの吟遊詩人は、 俺たちに、ドラゴンの谷を目指すよう促した……? )  ケインは、しばらく考えていたが、やがて、顔を上げた。 「……俺には、あの吟遊詩人が、いい加減を言っているとは思えない。あいつは、 確かに、マスターの意思で、下界に送り込まれた使者だと思う。だから、魔石がなく ても、きっと、俺には意味のあるところだと、思えてならないんだ」  それから、改めて、マリスを見る。 「無駄足になるようなら、わざわざ絶壁を登るなんて苦労、皆はしなくていいんだぜ。 きみもカイルもクレアも、来ない方がいいかも知れない」 「あたしは、一緒に行くわ。無駄足でも構わないから。反対に、もし、ちゃんと魔石 があったら、マスター・ソードに力を注ぐところを、また見逃しちゃうわ。それくら いなら、無駄足くらい、何でもないわよ」 「マリス……」  ケインはマリスの真意を測ろうとじっと見つめてから、続けた。 「それって、……野次馬? 」  マリスは、ピッと舌を出して、笑った。


看板

 翌日、ハッカイの居酒屋では、木のテーブルに、ハッカイ、ケイン、カイル、 マリス、クレアがついていた。  ケインが、ハッカイに、ケインが持つもう一つの伝説の剣、マスター・ソードの話 を簡単に話した。驚いたハッカイであったが、静かに聞いていた。 「そうか、それで、お前たちは、ドラゴンの谷を目指していたのか。確かに、あそこ へは、二つ山のヨルムの谷を突っ切って行くか、迂回して、絶壁を登るしかないな」  ハッカイが、真面目な顔のまま、続けた。 「それに、ドラゴンが住んでいるというのは、あくまでも仮説に近い。なにしろ、 それは、何百年も前の言い伝えなんだ。例え、本当にドラゴンの寿命が、言い伝え 通りに長かったにしても、今は、いるのかどうだかわかったもんじゃない。ほとんど、 お伽噺(とぎばなし)みたいなもんだ」 「なんとか辿り着いたにしても、ただの谷だってことも……? 」 「そっちの可能性が大だな。あそこを通ったという旅人が、この店でそう話してた ことがあったぜ」  ハッカイの答えに、ケインも皆も、首を垂れた。 「……やっぱり、ドラゴンは、いないのかしら」  マリスが、がっかりしたように呟いた。 「だが、俺は行く。ドラゴンがいなくたって、マスター・ソードと無関係とは、まだ どうしても思えないんだ」  ケインに、マリスが頷いた。 「クレアは、やめておいた方がいいかもね。ミリーさんもしょっちゅう来てくれる だろうし、ここで待っていてくれて、大丈夫だと思うわ」  頼りなげな瞳のクレアに、マリスが言った。 「でもさー、俺は、クレアも一緒に行った方がいいと思うぜ」  けろっとしたカイルの声に、一同、注目した。 「俺の聞いた話じゃあ、そこは別名『癒しの谷』って、言われてるんだとよ。谷に 流れ込む水に漬かれば、どんな怪我も、病気も治っちまうらしい。それを見たヤツが いて、直接話を聞いたんだから、単なる噂じゃないぜ」 「本当か!? 」  ケインに、カイルが頷いてみせた。 「そうか? ここは、俺の生まれ故郷で、長年住んではいるが、そんな話、聞いた ことないな」  ハッカイが首を傾げる。 「ちぇーっ、俺の話、信じないのかよ、オッサン」 「オッサン……」 「ま、まあ、ハッカイ、気にするな。……それで、カイル、その実際見たヤツって いうのは、旅人か? 」  呆気に取られたハッカイを、ケインがなんとかごまかし、カイルに話を続けさせた。 「ああ。吟遊詩人だったぜ」 「吟遊詩人!? 」  いきなり、ケインとマリスがテーブルに乗り出した。 「なっ、なんだよ、ビックリするじゃねえか。吟遊詩人なんて、珍しいモンじゃねえ だろ。たまたまさっき酒場に行ったら、いたんだよ」  カイルが、下がってしまった椅子をもとの位置まで引き戻した。 「……どんなヤツだった? 」  ケインが、じっとカイルを見る。 「『超巨大ツチノコの暴走』とかいう変な唄をうたってたぜ。周りの客にはひんしゅ くモンだったが、それが妙におかしくってさ。ヤツに、一杯奢ってやるから、もっと 面白いモンうたえって言ったんだよ。そしたら、今度は人魚になったハーピィの唄で さ、あれも笑えたなー」  思い出して、げらげら笑い始めたカイルとは対照的に、ケインとマリスは、真剣な 表情になっていく。 「その吟遊詩人て、もしかして、……すっごい美少年じゃなかったか? 」  次第に心臓の鼓動が速くなっていくのを覚えながら、ケインが尋ねる。 「う〜ん、そうだったかなー……。美少年っつったって、この俺ほどじゃねえよ」 (……質問の仕方を変えよう……)  ケインは、そう思い直した。 「薄い茶色の、肩につくかつかないかくらいの髪に、同じ色の目をした、女みたいな、 やけに中性的なヤツじゃなかったか? 」  カイルは、きょとんとした。 「そんな感じだったな」 「やっぱり……! 」  ケインは、マリスに頷いてみせた。マリスも頷き返す。  ケインは、決心したように言った。 「やっぱり、ドラゴンの谷を目指そう! クレア、きみも、カイルの言うように、 一緒に来るんだ。あの吟遊詩人がそう言っていたんだったら、そこは『癒しの谷』 でもあるんだ。デモン・ソルジャーにやられた後遺症だって、治るのかも知れない」  クレアはビクッとして、ケインを見上げた。  彼女の弱い光を浮かべた瞳は、ケインの強い光を放つ瞳に、逆らう気力さえもない。  ただ、不安そうにしているだけであった。 (クレアは、自信をなくしてしまっているだけなんだ)  ケインは安心させるように、やさしくクレアに微笑むと、皆を見回した。 「今日中に準備をして、明日の朝一番に、ドラゴンの谷を目指そう! 」


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