Book7看板 Dragon Sword Saga7 〜Ⅰ.-1〜
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~ 第7巻『ドラゴン・マスターと竜』 ~

妖精黄ライン
ねえ、長老さん、
約束してくれないかな

あと六〇〇年くらいしたら、
マスター・ソードを持つ勇者
『ドラゴン・マスター』が、ここへ来るんだ

その時に、この魔石の在処(ありか)を
明かしてやってくれ

ただし、彼が、きみの種族の心を動かすことが
出来たならね

そして、魔族を倒すことが出来たならね

これは、ドラゴン・マスター・ソードを造った神
ジャスティニアスの意思なんだ

僕かい? 
僕は、彼の遣(つか)いの一人

愛の神と、妖精の力を持つ者さ


ーードラゴンの書より、ユリウスの詞(ことば)


妖精黄ライン

プロローグ  二つの緑色の山が、ぽっかりと姿を現し、聳(そび)え立つ。天気の良い日にこそ、 はっきりと輪郭を現してはいるが、山の天気は変わり易い。晴れていたかと思うと、 途端に真っ白な雲のベールに覆い隠され、そこに山があることを、人々に気付かせ ない。  ここタイスランの町は、二つ山のヨルムの麓(ふもと)にあるため、標高が高く、 肌寒く、空気は澄んでいたが薄いところであった。  町には、のんびりとしたムードが漂う。商人や旅人の訪れも多く、いわば、よそ者 で活気づいている町だ。  その中で、町一番活気のあるところと言って良いのが、ハッカイの経営する大衆 居酒屋である。 「おお、ケイン、もう起きたのか? 疲れてるんだろ? まだ寝ていていいんだぞ」  二階から下りて来たひとりの青年に、店主である、東洋系の血筋も混じっている ような黒髪と瞳の、大柄な中年の男が、青年が知っていた昔のままの、人の好い、 温かみのある笑顔で、気さくに声をかけた。 「ハッカイこそ、今日は休みなんじゃなかったのか? 」  まだ二〇歳前のその青年は、厨房で掃除をしている大男に返す。  こちらは、ハッカイが知っている頃よりも大人びており、その口から発せられる声 も低音へと変わり、落ち着いた物腰にもなってはいたが、大きな蒼い瞳と、あどけ ない表情はそのままである。 「休みの日にこそ、厨房の手入れを念入りにやっておくんだよ」 「相変わらずマメだなあ。ただで泊めてもらってるお礼に、俺も手伝うよ」 「お前も、人がいいのは、そのまんまだな」  ケインも、掃除道具を手に取る。  二人が再会するまでには、五年の月日が経っていたにも関わらず、以前と変わり なく会話は弾む。 「同じ傭兵仲間だったリョウやミリーは、どうしてるのかなぁ。元気かなぁ」 「あいつらなら、よく来るぜ。ここから、少し離れた村に住んでるんだ」 「そうなのか! 確か、結婚したんだよな? 」 「そうそう。誰もいない教会で、二人っきりでな。そう言やあ、レオンのヤツはどう したんだ? 俺は、てっきり、お前たち二人で旅を続けてるんだとばかり思っていた んだが。それに、お前が昨日背負ってたデカい剣、ありゃあ、レオンのバスター・ ブレードじゃないのか? 」 「ああ、そうだよ。そのレオンなんだけど……」  ケインが言いかけた時だった。 「とうちゃん」  よちよち歩きの、幼い女の子が、ふくよかな中年女性と一緒に、厨房に現れた。 「とうちゃんて……? 」  ケインは幼女と女性を見た後、ハッカイを、目を見開いて見直した。 「紹介するよ。俺の女房のフィエラと、娘のリーシャだ。二人とも、名前は綺麗だ ろ? 」 「名前はだなんて、ことはないけど」  ケインは、二人に会釈をした。 「知人の紹介で、結婚したんだ。ま、見合いってヤツだな。俺は、どうも恋愛が苦手 だったから、見兼ねた知り合いが、連れてきてくれたのが、彼女だったのさ」  ケインは、彼の家族を、改めて見た。  彼の妻だというフィエラは、大柄で、お世辞にも美人とは言い難かったが、人好き のする、やさしそうな女性であった。  娘のリーシャも、ころころとした体型ではあったが、愛嬌があり、素直で元気な 幼女だった。 「ハッカイの傭兵仲間だったケイン・ランドールです。しばらく、お世話になります」 「こちらこそ、よろしくねぇ」 「おにいたん、おにいたん」  ケインは、二人と、すぐに打ち解けた。  ちょうどその時、二階から、ケインの連れたちが下りて来る。今度は、彼が紹介 する。 「手前のヤツがカイル。俺と同じ傭兵なんだ」 「よろしく」  艶のある金色の長髪に、ハンサムな顔立ちであるカイルが、手を振る。  軟派な印象だが、それが好感にも取れる笑顔だ。 「彼女は、クレア。もともと巫女で、今は魔道士になるための修行をしているんだ」 「お世話になります」  黒い瞳に黒髪の美しい少女が、丁寧にお辞儀をする。  地味な町娘の服は、美しく、品のある彼女には不釣り合いであった。  元巫女と聞いて、なるほど、彼女には、この町娘の衣服よりも、神聖で、清楚な 神官服がよく似合いそうだと、ハッカイ夫婦は思った。 「で、彼女がマリス。女なんだけど、すげえ強いんだ」 「こんにちは」  マリスが進み出る。  ハッカイもフィエラも、思わず目を見張った。  明るい茶色のカールした髪に、整った顔立ち、茶色い皮の少年服を着た、中性的な 雰囲気の少女で、クレアとは違ったタイプの、少々勝ち気な感じのする美少女であっ たが、二人が驚いたのは、その瞳であった。  マリスは、珍しい紫色の瞳をしていたのだった。透き通るようなアメジストのよう なその瞳は、彼らが今まで生きて来た中で、出会ったことのないものであった。 「あれまあ、べっぴんさんばかりだねえ! 」 「いやあ、ケイン。まさか、お前が、こんなイケメンと、綺麗な女の子たちを連れて くるとは思わなかったよ! 」  妻のセリフに続いたハッカイが、豪快に笑う。 「今すぐ食事の支度するから、待っていておくれ」  フィエラが、にこにこと笑顔を向けると、カウンターの中に入る。 「俺も手伝います」  ハッカイが笑いながら、ケインを止める。 「お前はいいよ。客でいろ、今んところは」 「なんだよ、今んところは、ってのは」 「サービス期間中は、ってことだよ」  ケインたちは、夫婦の調理中、リーシャの面倒だけを頼まれ、木でできた丸テーブ ルについた。  そのうち、目の前に並んだのは、豆のスープ、ブタの竈(かまど)焼きを薄く切った もの、茹でた野菜をクリームで和えたもの、穀物を細かく切った野菜と一緒に、葉で 包み蒸したものなどであった。 「うわー、うめえな、こりゃあ! 」 「ほんとだ! 」  かきこむようにして食べて感動するカイルに続き、ケインも頬張る。 「……ミュミュがいたら、きっと、あれもこれもって、喜んで食べただろうな」  ケインは、少し淋し気に笑った。 「ヴァルドリューズさんも……、美味しいものなんか食べる間もなく、戦っておられ るのかしら……」  豆のスープを美味しそうにスプーンで掬っていたクレアの表情も、憂えた。  ブタの薄切りと、蒸した米が気に入って食べていたマリスが、スプーンを持つ手を 止めた。 「ヴァルのことだから、大丈夫だって、二人とも! ミュミュも、きっと無事だわ。 今は、このご馳走をいただきましょうよ」 「そうだぜ」  マリスとカイルが楽しそうに食べるのを見て、ケインとクレアも顔を見合わせ、 少しだけ笑顔になると、食べ続けた。 「ああ、おいしかったぜ、ハッカイ」 「ほんと、ほんと! こんなうめえモンなんて、滅多にお目にかかれるもんじゃない ぜ! 」  ケインとカイルが口々に褒めちぎった。 「ケインもお料理上手なのよ。そうだわ、ただでお世話になっているお礼に、ケイン、 ハッカイさんのお店手伝ったら? 」  マリスが人差し指を立てる。 「それは構わないけど……、手伝うのは俺だけか? きみたちだって、ただで泊まっ てるには違いないだろ? 皆で手伝おうぜ」 「だけど、あたし、料理なんて、やったことないわ」  肩を竦めるマリスに、カイルが続く。 「俺もねえな。時々、ヒモに作ってやってたけど」 「お前がヒモだったんだろー? 」  三人がわいわいやっている横で、ただひとり、クレアだけが浮かない顔をしていた。 「こんにちはー。ハッカイ、いる? 」  女の声に、騒いでいたケイン、カイル、マリス、そして、黙っていたクレアも、 振り向いた。  店の戸口には、中年になりかけた男と、それよりはいくらか若い女が、幼い男の子 を連れて、入って来たところだった。  ハッカイが顔をほころばせて、出迎えた。 「よお、リョウにミリー! さっき、ちょうど噂してたところだったんだ。お前ら、 びっくりするぞー。なんと……、ケインが来てるんだ! 」 「久しぶり! リョウ、ミリー! 」  ケインも立ち上がり、二人と向かい合った。 「……ケイン……! ほんとにケインだわ! 」  ミリーが嬉しそうに駆け寄る。  リョウは、ケインと肩を叩き合った。  当時は、浅黒く日焼けしていたミリーの肌は、今では、すっかり白くなり、すらっ としていた体型も、幾分ぽっちゃりしていた。  ニヒルな骨っぽい顔つきであったリョウも、ケインの記憶よりは、少し頬に肉が ついていた。  二人からすると、ケインは、背も伸び、一八〇セナ以上はあり、二人を超えていた。 細く引き締まった筋肉も、完全に低くなった声も、思春期であった十三歳の少年とは 違っている。 「大きくなったじゃねーか。あん時のチビのガキがよぉ! 」 「リョウも、相変わらず口が悪いまんまだね」 「逞しくなって、見違えちゃったわ。レオンは元気? 一緒じゃないの? 」 「その、レオンなんだけど……」  言いかけて、ケインは、足元に視線を落とした。  ミリーの手とつながっている男の子が、じーっと、彼を見上げていたのだ。 「この子は? 」 「俺たちの子だ」リョウが答える。 「へー! リョウとミリーにも、子供がいたのか! いくつ? 」 「今年で四つになるわ」 「うわー、もうそんなになるのか! 」  ケインは、中腰になり、男の子に向かって微笑んだ。  どちらかというと母親似であるその男の子も、少しだけ笑った。


剣月青ライン  Ⅰ.『ハッカイの居酒屋』 妖精青アイコン1 ~ 元傭兵仲間 ~  剣月青ライン

 その日の夕方、ハッカイの居酒屋は貸し切りとなり、早めの夕食となった。  彼ら元傭兵たちの昔話に花が咲く。  カイルは食べもせずに、町を探検したいと早々遊びに行ってしまい、クレアは、 少しだけ食べると、体調があまり良くないといい、二階で休むことにした。  一緒に食べていたマリスは、彼らの、特に、いくさの話などに興じ、楽しそうで あった。  そして、バスター・ブレードを一振りしただけで、敵を吹き飛ばしていったなどと、 ケインの師であるレオンの圧倒的な強さの話で盛り上がり、マリスも興味深く、瞳を 輝かせながら、聞いていた。  ハッカイが言った。 「そう言えば、レオンには、ずっと想っていた女がいたよな。なんでも、伝説の剣を 取りに行ってる間に別れ別れになったとかで。遠征の合間にも、時間がある時は、 その人のことを探してて」 「そうだったわよね」 「なんて名前だっけ……? 『ユカリ』……だったかな? 」 「いいえ、『リリー』よ」と、ミリー。 「いや、『アリス』だね」と、リョウ。 「前も、そんなこと言ってたよな」  ケインが三人を見て吹き出した。 「『ユリア』だよ。ユリア・フェルミカルヴァ。レオンの探してた人は、実は、俺の 母親だったんだ」  一同、驚き、しばらく声を上げられないでいた。 「……じゃ、じゃあ、……ケイン、あなた……? 」  ケインは、ミリーを見た。 「実は、親子だったんだよ、俺たち。十年経ってわかった事実だけどさ」  ミリーは口を開いたまま、やっとのことで呼吸も出来、話すことが出来たようだっ た。 「……そう……だったの。……ケインのお母様は、確か、亡くなったって……」 「そう。俺が三歳くらいの時に、病気で。レオンがいくら探しても、見つからなかっ たわけだよな。そして、俺も、最初に会った時は、育ての母親の方の名字を名乗っ ちゃってたから、レオンも気付かなかったんだと思う」  驚いて、口に手を当てたまま、マリスは、「そんなことが……」と小さく言った。 「伝説の剣を手に入れることは、大事な何かと引き換え……なのかも知れない」  ケインは、ぽつんと言った。  マリスは顔を上げて、隣のケインを見る。 「レオンは最愛の女性を亡くした上に、彼女の死に目にも会えず、俺も、父親と、 恋人だった女(ひと)との別れが、同時にやってきた。だけど、レオンは、知らなかっ たとはいえ、自分の子と会え、十年も一緒に過ごしてこられた。だから、……悪い ことばかりじゃないと思うんだ。現に、俺も、信頼できる仲間と出会えたしさ」  と言って、ケインは、マリスに微笑んだ。  マリスの顔も和む。  彼の明るい声に、ミリーたちは、ホッとした顔になった。  夕食を一旦終了し、フィエラがリーシャと、ミリーの子を連れ、別の部屋へ移る。  それからは、大人たちが酒を酌み交わす時間だ。  ハッカイが厨房に立ち、既に下準備を施しておいた、肴(さかな)にする料理を 仕上げていた。 「あたしは、そろそろ失礼するわ」 「一緒に飲まないのか? 」 「町を見てみたいから」 「じゃあ、俺も行くよ」  ケインが椅子から立ち上がると、マリスが手でストップをした。 「護衛ならいいわ。せっかく再会したんだから、久しぶりに、仲間同士水入らずでね」  そう言って、にっこり微笑んだマリスは、着替えると言って、二階へ上がっていっ た。 「気遣うことないのに……」  ケインは、マリスの登って行く階段を見ていたが、そのうち、ハッカイたち三人と、 酒の器を傾けた。  一緒に戦い抜いた激戦の話から、傭兵部隊が解散となってからの話に移る。  リョウとミリーは、結婚式を挙げた後、ここから少し離れたところに住み、傭兵 稼業は引退したという。二人とも、農作業に取り組み、生活していた。  自分たちの話が終わると、リョウが、ケインに振った。 「お前、あの娘(こ)たちと旅を続けて、どのくらいになるんだ? 」 「そうだな。半年くらいかな」 「まだそんなもんだったのか。で、どっちの娘と付き合ってるんだよ」  リョウはニヤニヤしながら、ケインの器に酒のツボを傾け、なみなみと注いだ。 「別に二人とも、そんなんじゃないよ」 「ウソつけ! あんなにかわいい娘たちと一緒にいて、なんとも思わねえのか?  お前、女に興味ねえのか? 」 「ちょっと、リョウ、あんまり絡まないの」  ミリーが呆れたように、夫を窘(たしな)めてから、ケインに向く。 「ケインは一途そうだもんね。レオンと同じで、初恋の誰かを、ずっと想っていたり して」  ミリーの微笑む顔に、ケインは「そんなことないけど」と言った。 「そう言やあ、ケイン。お前、レオンは、どうしたんだ? さっきから、気になって いたんだが、なんだか聞けなくてよ。酒でも入った方が話し易いのかとも思って、 待ってたんだけどさ。……まさか、俺が、ミリーを取っちまったんで、ショックで 失踪したとか言わねえよな? 」  リョウが片方の眉を、困ったように下げた。 「まーた、あんたは何言ってんのよ。レオンは、私なんかには、目もくれなかった じゃない? 昔の恋人を、ずっと想っていたんだから」 「だけど、俺たちが結婚するって報告した時、あいつ、どっか淋しそうだったぜ? 」 「そんなことなかったわよ。もう、リョウったら、いやあね! 」  二人は、仲の良い夫婦であるようだった。  ケインは微笑ましく、二人を眺めていた。 「ハッカイは、ミリーのことは、もういいの? 」  ケインは、声をひそめた。 「バーカ。俺は、とっくに割り切ってるよ。好きな相手に振り向いてもらえないのは、 昔っからだったからな」 「フィエラさんは、いい人そうだね」 「ああ。よく働くし、子供や従業員たちの面倒見もいい。俺にはよく出来た女房だよ」  ハッカイは、幸せそうに笑うと、酒のツボをあおった。  そんな彼を見て、ケインは、心から嬉しく思った。 「それにしても、ケイン、お前、いくつになった? 」  リョウが目元を酒のせいで赤らめて笑っている。 「十八だよ」 「十八!? もうそんな年かよ? 俺たちと別れて、もう五年も経つのか!? 」  リョウは大袈裟に驚いた。 「もう、さっきから言ってるでしょ? ごめんね、ケイン。この人、昔よりもアルコ ール回るの早くなっちゃって、なんだか、もう酔っ払ってるみたいなの」  ミリーが困った顔で笑う。ケインも、おかしそうに笑った。  そこへ、二階から、降りて来たマリスが、皆の脇を通り、扉に向かった。  珍しく、黒いシンプルなワンピースの上に、ストールを羽織っている。いつも頭の 高い位置で結んでいる髪をおろすと、背まであり、巻き毛の先が、胸の脇で、軽やか に揺れていた。  それまでの皮の少年服とは、印象が違う。とても十六歳の少女戦士とは思えず、 どう見ても二〇過ぎの女性であった。 「マリス……? 」  驚き、一瞬見とれていたケインの瞳が、彼女を追った。  そう言えば、そんな服を、日中買っていたな、と思い出す。   「……その格好で、出かけるのか? 」 「そうよ」 「まだ早い時間だけど、夜になりかけてる。野盗や魔物が出るかも知れない」 「外を歩くのに、いちいち甲冑つけて歩けっていうの? 魔力も抑えられるように なってきたんだから、魔物も寄って来ないわ。心配しなくても大丈夫よ」  くすっと笑ってから、マリスは手を振ると、皆に会釈をして出て行った。 「誰だ? 」  リョウが、ハッカイやミリーを見回した。 「ああ、わかったわ! さっきの子ね、少女戦士の、あの面白い子! 」  ミリーが、手を叩く。 「随分、変わるもんだな。結構、いい女じゃねえか。なあ、ケイン! 」  リョウが笑いながら、扉の方を見るケインの背を叩いた。 「……えっ? なに? 」 「なんだよ、お前、聞いてなかったのかよ? せっかく、いい女が、仲間にいるって のに、お前は何をもたもたしてんだよ? 」 「もたもたって……」  酔っ払っているリョウを、普段の調子に戻っているケインが、呆れたように見た。 「さっきのいくさの話、聞いただろ? あの子は、ある王国の元騎士で、由緒ある 神殿で修行を受けた白魔道士でもあって、高位の貴族のお姫さまなんだから、俺なん か、相手にしないよ」 「近くても、高嶺(たかね)の花……か」  頷きながら、ハッカイもドアの方を見つめ、ぽつりと言った。 「バカだなぁ! まだ何もしてねえうちから諦めてどうする? 男なら、高嶺の花 こそ、頑張って、手に入れるもんだろ! 」  ケインとハッカイに、リョウは、しかめっ面をしてみせた。 「だって、旅の仲間と揉めたら、この先一緒に旅をし辛くなるだろ? 彼女には、 別の……想ってる人だっているんだから、迷惑だろうし。気軽に、恋愛の対象には 考えられない相手なんだよ」 「そんなら、断られたら、もう一緒に旅しなきゃいいじゃねえか」 「そういうわけには、いかないんだよ。俺は、彼女を護るって決めたんだから」  リョウが、眉間にしわを寄せ、解せないという顔になった。 「恋人でもねえ、恋人にもなってくれねえ女を、お前は護るのか? なんで? 」  ハッカイもミリーも、ケインに注目した。 「……それだけ、この旅の最後の敵が、大き過ぎるから」  真面目な顔のケインに、ハッカイが気遣うような目を向けた。  しばらくの沈黙の後で、口を開いたのは、ハッカイであった。 「なるほどな。お前は、レオンの伝説の剣を引き継いだんだもんな。レオンから聞い たことがある。伝説の剣を持っていると、さまざまな戦いに巻き込まれることがある ってさ。その剣を受け継いだお前にも、予期しない戦いがやってきてる……ってわけ か」 「そんな……! 」  ミリーが心配そうに、ハッカイを見てから、ケインを見る。 「大きな力を得た者には、責任がある。……そうなんだな、ケイン? 」  ケインは真面目な顔で、ハッカイに頷いた。 「剣だけあっても、ダメなんだ。俺じゃまだまだ力不足だから、もっと強くならない と」 「じゃあ、強くなってから、女作るのか? 好きな女がいるからこそ、強くなれると 俺は思うけど? 実際、俺は、そうだったぜ? 」  酔っていたリョウも、この時ばかりは、真面目な表情になり、ケインの目を覗き 込んだ。  何かを言いたそうなケインであったが、リョウを黙って見据えた。 「……さ、さあ、もういいじゃない? ケインにも、いろいろ事情があるのよ。 私たちが、口挟むことじゃないわ。ケインももう大人なんだから、任せるとして、 話題を変えましょう」  ミリーが、笑顔を振りまいた。 「もうひとつだけ、いいか? 」  ハッカイが、真面目な表情で、言った。 「お前、レオンはどうした? その剣を、お前に譲ったってことは、……ヤツは、今、 何で身を守ってるんだ? それとも……」  ケインは、一度、目を閉じてから、ハッカイと、リョウ、ミリーを見た。 「……レオンは、死んだ。……って、ことになってる」  しばらくは、口を利く者はいなかった。 「そう……か……。それも、伝説の剣の因果か……。わかった。これ以上は、俺も 聞くまい。……おそらく、知らない方がいいんだろう」  ハッカイが、目を閉じた。  再び開いた時には、いつもの表情に戻っていた。  彼らにとって最後の遠征は、長引いた挙げ句、和平交渉により、いくさがなくなり、 報酬をもらい損ねた話で、盛り上がった後だった。 「あの東洋の雑技団の女の子は、どうしたんだ? あれから、もう会ってないの か?」 「東洋の雑技団? 」  ハッカイの質問に、リョウもミリーも、顔を見合わせた。 「ほら、その遠征の時、ケインのヤツ、自主トレしてただろ? あの時、相手になっ ていた女の子だよ」  ケインの中に、その時の光景が甦ってきた。  東方から来た雑技団の小柄な少女。彼女の繰り出す、異質な武道の前には、彼は、 手も足も出なかったのだった。  力まかせでもなく、大男ですら、いとも簡単に投げ飛ばす、それまで彼らの見た ことのない武術を操る、少々無愛想な顔を思い出すと、ケインは、いつでも懐かしさ を覚えていた。  負けず嫌いだった彼は、いくら挑んでいっても敵(かな)わなかった彼女に、 とうとう頭を下げ、教えてもらうことになる。それが、東方の女傑族の間に伝わる 『武遊浮(ぶゆう)術』であった。  そして、偶然にも、マリスが東方の女戦士から、その技を引き継いでいたのを、 ケインは、不思議な偶然だと、改めて思った。 「それにしても、なんでハッカイが、そんなこと知ってるんだ? 誰にも言って なかったのに」  ケインに、ハッカイが微笑して答えた。 「レオンのヤツが、ウマを散歩させてる時に、偶然、お前と、その女の子が勝負して いるのを見たんだと。ヤツは、彼女の技が武遊浮術だってことに、すぐに気が付いた。 あの武術だけは、女の間にしか伝わらないものだったから、いい機会だと思ってた らしいぜ。その後、こっそり帰ろうとして、道に迷っちまったのは、言うまでもない がな」 「ははは、方向オンチだったからな、レオンは。いかにも、あいつらしいや! 」  ハッカイとリョウは豪快に笑い、酒を注ぎ合った。 「……そうか。レオンも知ってたのか。俺が、シャオ・チエに、ちょっとだけ教えて もらってたのを」  器の酒を飲み干すケインを、ミリーが見た。 「ふ〜ん。どうやら、その子が、ケインの初恋の相手だったのかしら? 」  ピタッとケインの手が止まり、残りの酒がこぼれる。 「そんなことないってば。あれから、一回も会ってないんだよ。だいいち、シャオ・ チエとは、言葉もあんまり通じなかったし、彼女、俺のこと、嫌いみたいだったし」  大人たちの目は、にんまりと曲がっていった。 「そうか、そうか! 」  がはははははと笑いながら、リョウがケインの肩をばしばし叩く。  昔のニヒルな面影など、もうありはしなかった。 「お前のこと、嫌いなようには、見えなかったけどなあ」  ハッカイも、にやにやとケインを見ている。 「お前は気付かなかったかも知れないけど、お前がウマに乗って行っちまった後ろ姿 に向かって、あの東方の女の子が、しばらくお前のことを呼んでいたのを、俺は覚え ているぞ」 「えっ? シャオ・チエが、俺を呼んでた……? 」  ハッカイの言葉に、ふと浅黒い、東洋人の顔が、再び浮かび上がる。  いつも髪を二つに分け、耳よりも高い位置で丸くまとめ、細く吊り上がった目に、 への字に結ばれた唇。決して、美人ではなかったが、思い出す度に、微笑ましい気持 ちになれたのは事実であった。  その彼女が、別れ際に、ずっと彼の名を呼び続けていたというのは、彼の中では、 小さな感動であった。 「それにしても、お前、珍しいヤツだな。見た目が可愛いならともかく、そんな 不細工な子に惚れるなんてな」  リョウが思い切り緩んだ顔で、自分の器に自分で酒を注ぎ足した。  その酒ツボを、もう飲むのはやめろと言わんばかりに、妻が引ったくる。 「不細工だなんて、ひどいなあ。そんなに彼女ひどい顔じゃなかったよ。ただ、 ちょっと無愛想なだけで、見ようによっちゃ、可愛かったんじゃないかな」 「そういうのを、惚れた欲目って言うんだよ」  リョウはケインを指さすと、げらげら笑った。 「でも、彼女、片言の標準語しかできなかったし、話しかけても、ぶすっとしたまん まだったし、会話らしい会話なんて、した覚えはないんだけどな。ましてや、その子 とは、二〇日間くらいしか一緒にいなかったんだよ? 」  ハッカイが、言った。 「拳だよ」と、右手で拳を作ってみせる。 「言葉は通じなくても、お前たちは、拳で通じ合っていたんだ。高い実力を身に付け た者同士なら、有り得ることだ。拳のぶつかり合いーー正確には、戦い方で、それ までの修行の度合いも、真面目に取り組んで来たかどうかも、延(ひ)いては、誠実か 不誠実かまで、相手の信念は伝わるもの。そこまでじゃなくても、素質のある者には、 相手の性質はなんとなくわかるもんだ。幾多の敵と相見(あいまみ)えたことのある者 ならではのな」  ケインは思い起こしてみた。 「……思い当たる節が、ないわけじゃない。始め、俺は、シャオ・チエのことを、 どうしても倒してやるつもりで、毎日挑んでいったけど、そのうち、なぜか、彼女と 友達になれたような気になって。言葉は通じなくても、わかりあえたような気がして いたんだ。そしたら、彼女が無愛想でも、気にならなくなって……」 「彼女も、きっと同じだったんだろう」  ハッカイの言葉に、ケインは我に返る。 「お前の人柄には、気付いていたんだと思う。聞くところによると、東方では、武術 を教える際に、子供のうちは非情に厳しく育てられるのだと。それもあって、その子 は無愛想だったのかも知れないな。だけど、お前の名を呼んでいたその子は、淋しそ うな顔をしていたぞ」  ケインは黙ってうつむいた。  確かに、今思えば、彼女のことは自分の淡い恋心だったと認めてもいい。  だが、彼女には、ずっと嫌われていたと思っていたのだ。 「そうかぁ。シャオ・チエ、……そうだったのかぁ」  ケインは、空を見つめて微笑んだ。 「けっ。くだらねえ。そんだけか」  リョウはつまらなそうに、残りの酒を飲み干した。  その後、ケインは、やはりマリスが心配になり、出かけることにした。  もっと飲んでいけ、と酔って絡むリョウを、ハッカイが笑いながら取り押さえて いる間に、なんとか抜け出すことに成功した。  扉まで見送ったミリーが、言った。 「もっと自信を持っていいと思うわ。あなたは、自分で思っているよりも、ずっと いい男よ。剣や武道の才能があって、顔だってかわいいし、といって、大人の色気が ないわけでもないし、性格だって、レオンみたいに誠実でやさしくて、人を思い遣る ことができる。好かれてイヤだと思う女は、そうそういないと思うわよ」  以前と変わらない、彼女の明るい茶色の瞳は、彼にやさしく瞬いた。 「ははは、お世辞でも、嬉しいよ」 「お世辞なんかじゃないわよ。私だってね、……覚えてる? ずっとレオンのことを 想っていたけど、リョウが私を好いてくれて、最初はそんな気になれなかったけど、 そのうち、リョウのやさしいところや、良いところが見えてきて。今では、幸せよ。 リョウが動いてくれたからなのよ。だから、今後、あなたも、好きな人が出来て、 言うべき時が来たら、相手に、ちゃんと想いを告げてみたら? 」 「ありがと、ミリー。覚えておくよ」  うっすら頬を染めたケインは、駆け出していった。 「……本当は、もう、見つけてるのよね? 」  彼の心に秘められた熱い想いが、感じられたように思えてならなかったミリーは、 姉のような、母親のような温かい視線を、エールのように、彼の背に送った。


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