Book6看板 Dragon Sword Saga6 〜4.-3〜
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~ 第6巻『魔の兵士』 ~


剣月青ライン  Ⅳ.『吟遊詩人の唄』 妖精青アイコン3 ~ 黒いソルジャー ~  剣月青ライン 夕方山

 空間を渡っていったマリリンたちを探すのはあきらめ、魔道士を探しに新たな町に 向け、ケインとマリスは早歩きで丘を越えようとしていた。  辺りは、夕闇に包まれ始めていた。  なんとか次の町へ辿り着きたいものだったが、二人の足は、同時に止まった。  前方に、黒い人影が見える。  それが、はっきりと輪郭を表した時、 「……はあ、またお出ましだわ」  マリスが肩を竦(すく)める。  ケインは、黙ったまま、その影を見据えた。  ざっ……ざっ……  背の高い、黒い軍服の男たちが、やってきた。  その数は、ざっと二〇人ほどであった。 「また会ったな。小娘」  中央の男が、うっすらと、不気味な笑いを浮かべ、足を止める。  二人との間には、充分に距離があるその場に、他の男たちも止まった。 「あの巫女の少女と、長い金髪の傭兵は、一緒ではないのか? 診療所には いなかったから、てっきり、お前たちと一緒に逃げたものと思っていたのだが。 まあ、それも時間の問題だ」  さっと、二人の身体に、緊張が走った。 「お前たち、診療所を襲ったのか? 」  ケインが拳を握りしめる。 「なあに。ちょっと薬の宣伝をしに行ったまでもだ。あの町も、ソルダルム同様、 やがて、医師は必要なくなるだろう」  彼らは、ソルダルムの村を拠点に、近隣の村や町に活動範囲を広げて行くつもり だという。  クレアを匿(かくま)ったあの医師は、彼らの手に落ちたであろうことを、二人は 悟った。買収されたのか、逆らって消されたのかはわからなかったが、ぞくぞくと 消えた魔道士の医師と同じほど、その行方は定かでなかった。  そして、カイルーー。  どうやら、魔法剣の不思議な能力が働き、危険を察知し、クレアを連れて、事前に 逃げられたらしいことがわかり、それだけは、二人には安心できた。 「それで、あなたたちは、こんな年端も行かない少年少女に、こんなに大勢でタカっ て、どういうつもりなの? 」  油断なく見返すマリスに、軍服の男は苦笑した。 「年端も行かないとは、よく言ったものだな。そちらの実力に敬意を表して、これ ほどの人数で出迎えなければ、失礼に当たると思えばこそ、だったのだが」 「それだけじゃないでしょう? ついでに、あの例のペットくんたちも、それぞれ 連れてきているのではなくて? 」 「もちろんその通りだ、小娘よ。だが、先日のものと一緒にするでないぞ。あれは、 まだ実験段階のものだったのだからな。今度は、実戦も積んだ、少しは経験のある ソルジャーを連れてきてやったぞ。相手に不足はあるまい? 」  男は、陰湿な笑いを、だだっ広い丘に、響かせた。 「つまり、あたしたちを、殺すつもりでいるってこと? 」 「お前たちは、ジャクスターらを倒した。おかげで、ソルジャーたちの生産が ストップしてしまった。その落とし前を、つけさせてもらおう」  二〇人の軍服を着た、よく似た風貌の男たちは、武器を手に取った。  ある者は、輪のように巻いてあった鞭をしならせ、ある者は、ナイフを仕込んだ ベルトを肩から巻き、そこから二、三本のナイフを取り出し、それぞれの指に挟み 込んで構え、またある者は、ロング・ソードなどの剣を手にする。  それぞれが、洗練された手練であり、最も得意な武器を手にしていることは、一目 でわかる。  これまでの敵とは違う。  彼らひとりひとりが、かなりの実力者があるにもかかわらず、このような人数の上、 例のキメラのごとき強化人間を連れてきているということは、ケインとマリスの並 外れた実力を軽視していないということであり、ここで確実に潰しておかなくては、 という意気込みも感じられた。  ケインが全員を見回した後に、口を開いた。 「お前たちが、俺たちを仕留めるつもりでいるなら、当然、返り討ちに合う覚悟も 出来てるんだろうな? 自分たちの任務遂行のために、周りの人間は容赦をしない お前たち相手なら、俺も遠慮はしない……! 」  遠出するつもりであったのが幸いし、ケインは、バスター・ブレードを背負って いる。 「マリス、使え」  布を解き、敵から目を放さずに、マリスに渡す。  そして、彼は、ドラゴン・マスター・ソードを引き抜いた。  マリスは、ケインと視線を交わす。  彼の、戦闘に対する何の迷いもない瞳を認める。 (彼の本当の実力も、ここで、はっきりわかるかも知れない)  マリスは、そんなことを考えていた。  不思議であった。  どう考えても不利な戦いであるのを、召喚魔法『獣神サンダガー』にも頼らずに、 これから挑まなくてはならないのは、旅に出てから初の経験であるというのに、恐れ や心配などというものよりも、それ以上に、思いっきり暴れられるということと、 ケインの実力を見極めるいいチャンスであるということに期待している自分に、 マリスは心の中で、苦笑していた。 「あんたたちみたいな悪いヤツには、手加減は無用ね。野盗なんかと違って、安心 してブチのめせるわ! 」  二〇人対二人の、決戦の火蓋は切って落とされた!   鞭使いの男が、両手の鞭を、ひゅんひゅんしならせ、華麗な鞭さばきを披露した後、 ピシャン! と地面を叩き付ける。  その隣の男は、三本のナイフを一度に投げた。  カシャン……!   マリスに飛んで来た鋭いナイフは、バスター・ブレードの敵ではなかった。咄嗟に 大剣を盾にした彼女は無事であり、ナイフは三本とも地面に落ちた。  すかさず、鞭が唸りを上げ、向かってくる。  しかし、ナイフは、彼女の気を反らす道具にしか過ぎなかった。  ビシッ!  「ぎゃああああ! 」  ダメージを受け、叫んだのは、彼女ではなかった。  バスター・ブレードによって切られた鞭が、勢いよく、鞭の持ち主の顔面に跳ね 返ったのだった。  男は血まみれの顔を覆いながら、悲痛な叫びを上げていた。  別の方向から向かってきた鞭が、マリスの腕に、二本とも絡み付いた。 「これで、もう身動きが取れまい」  薄く色付いたゴーグルをはめたその男は、冷ややかに笑う。 「それは、どうかしらね」  にっこり不敵な笑みを返したマリスが、ぐいっと鞭を引っ張る。 「なっ……! 小娘のくせに、なんという力だ……! 」  冷ややかな笑いは、困惑の表情へと移り変わる。  マリスは、バスター・ブレードを片手に持ったまま、もう片方の手で、なおも鞭を たぐり寄せる。  がくんと、男の膝が地面につきそうになるが、なんとか持ちこたえる。 「ふん、馬鹿め! 両手が塞がっていては、何もできまい! 」  そう声が聞こえると、先のナイフの者が、今度は五、六本、マリスに投げたと同時 に、ロング・ソードを持った男が二、三人躍り出た。 「馬鹿はそっちよ。手が塞がってたって、足があんのよ」  六本のナイフを、しゅぱぱぱぱーっと、マリスの右脚が瞬時に蹴り返すと、男たち にナイフが刺さっていき、倒れ込む。 「あんな小娘ひとりに、何を手こずっている! 」  男のひとりが、鞭の男を睨む。 「そ、それが、あの娘、びくともしないんだ! こっちは、渾身の力を込めて引いて るってのに! 」  東洋の武浮遊術を極めた彼女には、何も大変なことではなかった。  鞭を腕に巻き付かせたまま、バスター・ブレードを地面に突き刺し、それを軸に 回るようにして、襲いかかる男たちを、蹴り飛ばして行く。  彼らの持つ剣や武器を払いのけると、間髪入れずに、顔や胴体に蹴りを浴びせる。  軍服を着た男たちは、さすがに野盗ほど情けない悲鳴を上げていたわけではないが、 それでも、叫び声を上げ、吹っ飛んでいった。  それでも、野盗と違うのは、よく鍛錬された肉体であったため、蹲(うずくま)り、 動けなくなるのはよほど運悪く、鳩尾(みぞおち)などの入りどころの悪かった者のみ に限られているということだった。  マリスを襲う者の数が減った頃、彼女は、腕に巻かれた鞭を握り、ぐいっと引っ張り上げた。 「わあああああ! 」  鞭の男が、ふわっと宙に舞う。  信じられない表情で、他の男たちは見上げた。  マリスは鞭使いの男の身体ごと振り回し、あんぐりと宙を見つめている男たちに ぶつけた。  男たちは、自分の仲間に剣を向けるわけにも行かず、ためらっているところ、 なすすべもなく飛ばされるか、迂闊に近寄ることすら出来ずに、その光景を見ている かであった。  マリスと対戦した者のうち、戦闘不能は三人、負傷者は五人である。  ケインに向かった中では、三人が戦闘不能となって、倒れていた。  剣を持った男たちが五人、彼を取り囲むが、押されているのは、囲んでいる男たち の方であった。  普段は、野盗ですら、ずぱずぱ切り裂くのを拒む男である。  むやみに人は殺さないと豪語していたにもかかわらず、さすがに、この組織のこと は許せなかったのだろう。  野盗相手のように、素手で鳩尾を殴るなどという生温いことをしている様子はなく、 剣で斬り返していた。  やみくもに向かって来る野盗とは違い、明らかに訓練された軍人が相手だったため、 ケインが手加減をする余裕がないとも思われがちであるが、彼が必死に抵抗している ようには見えず、必死であるのは、逆に男たちの方であった。  彼と刃を交える度に、男たちの表情は険しくなっていき、額からは、冷や汗が吹き 出す。  よく鍛錬した者たちであるからこそ、剣が触れるその都度、相手の実力のほどが わかると言えた。  対するケインは、冷静な表情のままだった。  ただ、いつもと様子が違うのは、『冷静過ぎる』ところである。  周りをぐるりと囲まれていたが、彼には、背にも目が付いているのかと、誰もが 思うほどに、手前の敵を相手にしながらも、後ろにいる敵の動きも捕らえていた。  それだけ、普段以上に、彼の神経は研ぎ澄まされ、見えない敵の動きをも感じ 取っていた。  技だけではなく、精神力も鍛え上げられた者だけが、可能であることがわかる。  戦いながらも、ちらっと、マリスが、ケインの方を見た時には、彼が、ひらりと 後方に飛び、背後にいた者を飛び越えたところであった。  男たちの動きが、瞬間止まる。  その時だった。  それまで、ケインの後ろから攻撃をしかけていた者が、絶叫を上げた。  男は、肩から斜めに、真っ赤な血飛沫(しぶき)を上げ、地面に崩れ落ちた。  ただ飛び越えただけに見えたケインは、瞬時に斬り込んでいたのだ。  着地と同時に地面を蹴り上げ、方向転換した彼は、立て続けに二人、三人と、容赦 なく斬りつけていく。その速さに太刀打ち出来ず、次々と悲鳴を上げて倒れていく男 たちが続出した。 (な、なんか、あたしより凄まじくない!? )  ケインは冷静なままであった。その表情からは、彼の心情を読み取るのは、容易で はない。  ただひとつだけ、その大きな群青色の瞳には、ヴァルドリューズと違い、表情が あった。  静かな怒りーー  彼が怒りを放っているように、マリスには受け取れた。 「引け! 」  リーダー格の、例の男が手を挙げた。  マリスとケインに向かっていた軍服の男たちは、さっと引き上げると同時に、 マリスも、腕に巻き付いた鞭を解いた。  男たちの後ろには、強化人間たちが五人、今にも飛びかかりそうなほど、好戦的に、 牙を剥き出しにしている。 「まさか、貴様たちが、これほどの力を持っていたとは、こちらも誤算だった。だが、 この強化人間たちには、さすがにかなうまい」  軍服の男たちは、無事な者は三人ほどしか残っておらず、戦闘不能は十人以上と なった今でも、リーダーの男は薄ら笑いを浮かべていた。  その後ろからは、前回、マリスたちが遭った強化人間とは様子の違うものたちが、 進み出て来たのだった。  大柄な筋肉質の体格にスキンヘッド。尖った耳に、緑色のガラス目というのは一致 していたが、皮膚の色が緑ではなく、緑から黒く変色している。頭のナンバーも、 〇一三二や、〇二七八というように、桁も増えていた。  そして、それらの変化が始まった!   前回ケインの倒したものは、手足の爪が鋭く伸び鉤爪のようになったが、それとは 明らかに違う。  縦も横も、ヒトの二倍に膨らんだもの、腕が何本にも分かれ、鞭のように伸びて いったもの、背からコウモリやインプを思わせる不吉な黒い羽を、硬質化して生やし たもの、超手が段平のように幅広の鋭い剣と化したもの、そして、身体中に太く鋭い 錐を生やしたものとなったのだった。 「よくもまあ、ここまで悪趣味に作り上げたものね」  うんざりして、マリスは肩を竦めた。 「造ったのは私ではない。私たちは、あくまでも、こやつらの訓練士に過ぎない」 「へー、じゃあ、いったいどなたが造っているというのかしら? こんなモン、平気 で造るなんて、よっぽどイカレてると見たわ」 「それは、私ですら、滅多にお会いすることは許されない。魔道士などよりも、 ずっとそのお力は計り知れない。神をも越えるお方なのだから! 」 (神を越えるですって? 何を狂ったこと言ってんのかしら? デモン教を、ホント の宗教だとでも思い込んでいるのかしら? )  眉間にシワを寄せて、マリスは、ケインに小声で言った。 「ひとつだけ教えてくれ。彼らを元の姿にーー魔物の肉を食べる前の人間の姿に、 戻すことはできないのか? 」  ケインの質問に、男の眉がぴくっと動いた。 「ほほう。お前たちは、どうやら、こやつらの正体に勘付いてはいるらしいな。 ならば、ついでに教えてやろう。魔物を身体に吸収した人間は、二度と、元には 戻らぬ。創造主であるあのお方でさえ、それは出来ぬのだ。魔道士の魔道などでは、 なおさら無理であろう」  男は冷たい視線を、黒い兵士たちに一旦そそいでから、続けた。 「魔物の肉を食べても魔物化しなかった人間は、魔物による魔力が加わると同時に、 免疫力も高まり、あらゆる実験にも耐え得る身体となることがわかった。そこまでは、 見た目は、ごく普通の人間と変わらない。そのうち、彼らには、ひとりひとり個別の 特殊能力が身に付いていることもわかった。それを強化し、能力を引き延ばしている のが、『あのお方』なのだ」 「そうか、魔物の肉を吸収しただけならヒトのままでいられたものを、……わざわざ 手を加えて、そんな化け物に造り変えてしまったということか……! 」  ケインの口調は静かではあったが、右手の拳はぎゅっと握られた。  魔物の肉とは、マリスの良く知る大魔道士ゴールダヌスも、よく調理し、食して いた。マリスも、時々真似をして食べていたことがあった。  彼からは、魔力を高めているとともに、魔への抵抗力も強めているのだと聞いて いた。  ただし、魔物化したものを食べる時は、充分に焼くなどして、魔の部分を取り除く よう言われていたものであった。なので、彼女には、あの強化人間たちのような特殊 能力というものは身に付かず、魔力だけが高められていったのかも知れないと、彼女 は思った。 「罪もない人々を、こんな化け物にして……お前たちデモン教は、何が目的なんだ!  世界を征服でもするつもりか! 」  そう言ったケインに、男は冷笑する。 「ふん。質問が二つになったぞ、小僧。まあ、いい。簡単に言えば、そのようなこと だ。ジャクスターが、お前たちに倒され、ソルジャーどもの生産は一時中断されては いるものの、そのうち、新たなヤミ魔道士でも探せば、それもまた再開されるで あろう。我々に逆らうものは、こやつらによって、皆殺しだ! 」  男は、黒い兵士たちに向かい、右手をさっと振り上げた。 「さあ、ソルジャーども、その二人を殺すのだ! 」  黒い兵士たちは一斉に二人目がけて襲いかかった。  マリスはケインと背中合わせになり、バスター・ブレードでソルジャーたちを薙ぎ 払う。  ケインはマスター・ソードで、まずは様子を見るため、魔法は使わず応戦する。  強化人間ソルジャーたちは、斬りつけられただけでは致命傷にはならず、傷付き、 血を噴き出していても、痛みすら感じていないらしく、体力も無限であるのか、勢い は一向に衰えることなく向かってくるのだった。  巨大インプの翼を持つ者の、空からの攻撃も防ぎながらであるので、二人にとって 厄介だ。  ビシィッ!  何十本ものうねる鞭が、マリスとケインの間を割った。  左右に分かれて回避した二人だが、マリスを待っていたのは、二倍の大きさに膨れ 上がった筋肉男だった。  両手を広げ、捕まえようと突進するのを、マリスはひらりとよけた。その先には、 全身に黒い錐を生やした男がいた。  男が、マリスに向かい、黒いトゲを発射させた。  バスター・ブレードが跳ね返す。  一方、ケインには、クラゲのような鞭男と、両腕が段平化した男が立ち塞がる。  鞭男が鞭をなびかせ、ケインの逃走経路を塞ぎ、もう一人の二つの段平とマスター ・ソードがぶつかり合い、火花を散らす。  硬質化した黒い翼のインプ男は、嫌がらせのように、マリスとケインに上空から 翼で直接攻撃をしている。  筋肉増強男が、マリスのバスター・ブレードを片手で掴んだ。  バサバサッと、インプ男が急降下で向かってくるが、マリスのジャンプ・キックを 頭部に受け、バランスを崩した。  すかさず、彼女はバスター・ブレードをぐいっとひねって持ち上げ、体重をかける と、掴んでいる筋肉男の腹を、一気に突き破った。  腹からどす黒い血を勢いよく吹き出させながらも、筋肉男は、まだ剣を掴んでいた。  風を切る音で、さっと身を低くしたマリスの頭の上を、錐が何本も飛んでいく。 全身錐男の仕業とわかる。  マリスが、筋肉男から剣を引き抜こうとするが、抜けない。 「……!? 」  筋肉男は、人間であれば、腹を突き破られ、致命傷を負っているはずであったが、 腹に刺さったバスター・ブレードを掴んだまま放さない。  ぐしゃっと、嫌な音が起こる。  マリスの鉄を仕込んだブーツが、男の顔面に、めり込んだ音だ。  彼女の背後から、黒い錐が空を切る音がしたが、よけるのが一瞬遅れた。


赤

 マリスは、肩の後ろに痛みが走るのを感じた。  錐が数本、彼女の背を抉(えぐ)っていったのだった。  ケインは鞭男の正面の鞭を削ぎ落とし、間髪入れずに、男の懐に踏み込み、薙ぎ 払った。緑の血が噴き出し、上下に分裂した身体が、地面に落ちる。 「マリス、大丈夫か! 」  マリスの左肩の後ろには、血がにじみ、破れた部分から服に染み渡っている。  見た所、それほど深くは抉られてはいない。  マリスの方も、支障なく動けていた。 「このウニ男、よくもやってくれたわね! 」  マリスは、筋肉男が掴んでいる方の手を踏みつけ、バスター・ブレードを引き抜き、 発射される長いトゲ、太いトゲを、大剣を盾にして跳ね返し、接近すると、錐男を 一刀両断した。  同時に、ケインも、段平男の両腕を上方に弾いた直後、上半身を薙ぎ倒す。  バサバサバサッと風圧が起こり、巨大インプ男が回り込み、鋭い足爪で彼女を襲う。 「もう、うっとおしいわね! 」  マリスはバスター・ブレードを両手に構え、振り翳すが、ふいに目眩(めまい)の ような感覚におそわれ、空振りする。 「どうした、マリス! 」  残る巨大インプ男に応戦するため、駆けつけたケインが、異変に気付いた。 「お、おかしいわ。手が……」  マリスは思わず膝を付き、左手を見る。  左手のみに留まらず、全身が僅かに痺れてきていた。  頭も痛み出す。 「まさか、これは……!? 」 「やっと気が付いたようだな。やつの黒い錐には、毒が含まれていたのだ」 「なんだって!? 」  インプの片足を斬り落とすことに成功したケインが、マリスの側に寄る。  マリスは地面に手を付かずにはいられなくなった。 「汚いことを……! 」  片膝を付いてマリスの肩を支えながら、ケインが軍服の男を睨みつける。 「ふん。こちらは、お前たちを殺そうとしているんだ。当然のことではないか」  肩をすくめ、あざ笑う男を、マリスが悔しそうに、上目遣いで睨む。 「まさか、五人の強化人間のうち、四人は貴様たちに倒され、残る一人も負傷という 事態になろうとは思ってもみなかったぞ。貴様たちの力がこれほどとは。実戦に慣れ ていた彼らが、いとも簡単にやられるとは。これまた誤算であった。だが、我々の 強化人間たちは、彼らだけではない」 「……強化人間たちを訓練していて、愛着が湧いたというほどでもなさそうだな。 単なる言うことを聞く道具、壊れたら次がある……そんな風に、聞こえる。 ソルジャーだって、もとは人間だってのに……! 」  ケインの瞳には、憎悪が浮かぶ。  男は、目を細めた。 「何をわかった風なこと言っている? 甘いヤツだ。ソルジャーなど量産できるのだ。 いちいち感傷に浸ることもあるまい。我々のやるべきことは、あくまでも訓練に 徹するのみ。ソルジャーどもを人間と思わぬのは当然! 」  男は、勝ち誇ったように、二人を見下した。 「現実を見てみろ。そちらは一人負傷し、毒が全身を回るのも時間の問題だ。小僧、 貴様一人で、どこまで太刀打ち出来るかな? 」  男が指を鳴らすと、彼らの後ろからは、また新たな黒いソルジャーたちが、 ぞくぞくと現れたのだった。 「それでは、そろそろ二人まとめて地獄へ送ってやるとしよう。安心しろ、苦しむ 暇は、与えないでやる」  勝ち誇ったように、男は笑い声を上げた。 「後は、俺がやる。マリスは、ここで、じっとしてろ。これ以上毒が回らないように」  決心した表情のケインは、マリスを後ろに庇い、マスター・ソードを構えた。  彼の髪が、剣から発した風に吹き上げられたように、ふわりとなびく。 「この世のすべての闇の源(もと)  ダーク・ドラゴンの意志よ。  我が偉大なる神の剣に……」  ケインが、ダーク・ドラゴンを呼ぶ呪文を、唱えかけた時だった。  ボワァンン……!   ケインとマリスの周りが、蜃気楼のようにぼやけた。 「なっ、なんだ、あれは!? 」  男たちはどよめき、強化人間たちの動きが止まる。 「……この感覚は、……結界? 」  マリスが額を押さえながら、呟いた。 「……魔道士が!? 」  ダーク・ドラゴンの力ではないとわかっていたケインが、気配を察して振り返る。


結界

 マリスの後ろに現れた者は、ヴァルドリューズではなかった。 「誰だ、お前は!? 」  鋭く尋ねたケインが、マリスと、その男との間に、立ちはだかる。  男は、長い黒髪をひとつに束ね、細く吊り上がった目をしていた。マントとつなが っている黒いフードは、後ろに降ろしている。  それは、どこから見ても、普通の魔道士らしい魔道士であったが、ケインは、 マントの銀の留め金を見ると、さっと顔色を変えた。 「貴様が、ジャクスターを殺った、そやつらの仲間の魔道士か!? 」  軍服の男たちが武器を構える。  魔道士は、冷たい瞳で彼らを一瞥すると、うっすらと口を開く。 「貴様たちに構っている暇はない。この者たちは頂いていく」 「なんだと!? 」  男たちが手を打つ間もなく、ひゅんと、三人の姿は、視界から消え去ったのだった。  マリスとケインにとって、久しぶりの感覚であった。魔道士は、時空を移動して いた。  ケインは、マリスを抱えたまま、油断のならない目で、魔道士を見上げた。 「お前は、何者だ。なんのつもりだ? 」  魔道士は、何の感情も表してはいない顔を、彼らに向ける。 「助けたと思うか? 誤解するでない。お前たちは助かったと思ったかも知れないが、 残念だったな。このまま、我が主君ビシャム・アジズ様のもとへ、直行する」 「ビシャム・アジズ……! お前は、やっぱり、蒼い大魔道士の……! 」  ケインの、マリスを抱く手に、力が入った。  マリスは、朦朧とする意識の中で、魔道士の胸元の、蒼い刻印のされた銀色の留め 金が、鈍い光を放っているのを見つめた。  それは、ゴールダヌスと敵対する蒼い大魔道士ビシャム・アジズのしもべである 証拠だった。  黒いソルジャーたちは、ケインのダーク・ドラゴンの技であれば、一度に仕留め られたであろう。  それで、すべて片が付くはずだった。 (さらに、状況悪くなってないー!? )  マリスは痛む頭の中で、打開策を練り出そうと必死になっていた。  


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