Book6看板 Dragon Sword Saga6 〜4.-2〜
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~ 第6巻『魔の兵士』 ~


剣月青ライン  Ⅳ.『吟遊詩人の唄』 妖精青アイコン2 ~ Wデート ~  剣月青ライン

「だぁって、マリリンの好みなんだも~ん! あの金髪のお兄さんもカッコ良かった けど、今はいないしぃ」  彼女の頬からは、涙の跡は、まったくなく、ケラケラと笑い出し、ぼう然として いるケインの腕に絡み付き始めた。 (腹切って詫びろって言われるかと思ったわよ……)  マリスは、ホッとした。 「なーんだ、そんなことで良かったの? それなら、ケイン、デートしてあげたら? 」  ケインは困った顔になって、マリスを見た。 「『そんなこと』って、気軽に言うけど、……なんか、気が進まないなぁ」 「それでクレアが治るんなら、お安いもんじゃないの」 「それは、そうだけど……」  あっけらかんとしているマリスの顔を見てから、ケインは、諦めのような小さい 溜め息を吐いた。 「どうしても気になるんなら、後で、好きな人とデートし直せば? クレアが全快 したら、彼女とデート出来るじゃない? 」 「あのなあ、そうじゃなくて、俺が好きなのは……! 」  ケインは言い留まった。  きょとんとしているマリスを、しばらく見つめてから、 「うわーっ、やっぱり言えない! 言ったら、ぶん殴られる! 」  頭を抱え込んだ。 「えっ、何でよ? あたしに関わる人が好きだったの? それって、もしかして……」  マリスと目の合ったケインの顔は、カーッと赤くなった。 「……ケインたら、……セルフィスのことが好きだったの? 」  ケイン、がっくりと地面に手をつく。 「会ったこともないのに、あたしの話聞いてるだけで、彼のこと好きになっちゃった の? 別に、そのくらいじゃ怒らないわよー。そういうこともあるのねー」  マリスはコロコロと笑い出した。 「なんで、そうなるんだ……。からかわれてんだか、ホントに誤解されてんだか……」  ケインは呟きながら、泣きたくなった。 「なんだか、お二人見てる方が、面白いですね」と、クリスがにこにこ。 「え~っ、マリリンは、つまんないよ~。早く、デートしよっ! 」  マリリン、ケインの腕を引っ張り上げると、彼は仕方がなさそうに立ち上がった。 「その代わり、クレアのこと、ちゃんと治してくれよな。絶対だぞ」 「わかってるってばぁ~」 「ホントにわかってる? 」 「わかってるよ~」  彼は、何度もマリリンに念を押した。 「ああ、これで、一安心だわー。じゃ、ケイン、頑張ってねー! 」  恨めしそうな目を向けているケインを尻目に、マリスは、にこやかに手を振って、 その場から去ろうとするが、クリスが、マリスの手を包み込んだ。 「せっかくですから、僕たちもデートしませんか? 」 「えっ? 」  マリスも、そして、ケインも、顔をしかめた。 「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ。どうせ、マリリンさんとケインさんのデート が終わるまで、おヒマなんでしょう? 」 「それは、そうだけど……」 「僕もヒマなんで。デートしてくれたら、マリリンさん説得に協力しますよ」 「う~ん……」  マリスは、ちらっとケインを見た。  彼が、「ほら、自分だって気が進まないじゃないか」と言う顔で、彼女を見ている。  気が進まないケインに、デートを押し付けた身である彼女が、断れるはずはなかっ た。 「では、さっそく、デートに出かけましょうか、姫君」  クリスは片膝をつくと、マリスの手の甲に、口づけた。  貴族が令嬢をもてなす際にする行為だった。 「こら、いきなり何すんだ! 」  ケインが血相を抱えて、ずかずか進み出る。 「何って……、貴族は、これが当たり前ですよ? 」 「あ、当たり前……? ……てか、お前って、貴族だったのか!? 」 「ええ。男爵家だったんで、貴族の中でも、位は低いですけどね」  ケインは呆気に取られ、突っ立っていた。  マリスも、ちょっと困った顔になる。 「わ~、いいなぁ! ケインさんも、マリリンにやって、やって~! 」  腕に絡み付くマリリンを、ケインが見下ろす。 「こらこら、お子ちゃまはいいの。それに、俺、貴族じゃないから、そんな礼儀、 知らないし」 「え~っ」 「そっちもデートなら、ダブルデートにしようぜ。大勢の方が楽しいよなー、 マリリンちゃん? 」  ケインが有無を言わさない、吊り上がった瞳で、『クリスに』言う。  下の方で「マリリンはこっちだよ~」という声がするが、ケインには聞こえていな かった。 「仕方がないですね。ケインさんがコワいから、それでもいいですよ」  クリスが苦笑いした。  少し、マリスがホッとしたような顔になった。 「クリスがヘンなことしないよう、俺が見張るから」  ケインが、マリスに小声で言う。 「心配には及ばないわ。いざとなったら、ぶん殴って……」 「それじゃ逆効果で、クレアを治すのに協力してくれなくなるかも知れないだろ? 」 「……あ、そっか」 「俺が、きみを護るから……」  言ってしまってから、ケインの顔が赤らみ、口を真一文字に結ぶ。  そんな彼を、しばらく見つめていたマリスは、 「……うん」  微笑してから、こくんと頷いた。


町

「病人を待たせてるんだから、せいぜい三〇分だからな」 「え~っ、短い~っ! 」 「飲み食いするには充分だ」  ケインとマリリンがわいわいやっている後ろから、クリスとマリスが続く。 「なんだか慌ただしいデートになってしまいましたね」 「でも、本当に、クレアの容態が気になるんだもの」 「そうでしたね。どんな感じなんです? 」 「モンスターみたいなのにやられた爪痕から、細菌が入って、高熱が出てるの。 魔道士の医者がいたら早いんだけど、この周辺にはいなくて」  マリスが、少し沈んだ顔になると、クリスが微笑んだ。 「安心してください。三〇分後には、マリリンさんと一緒に、すぐにクレアさんの もとへ向かいますから。そうすれば、彼女もすぐに治りますよ」 「……そうよね」  少し希望が持てた表情のマリスに、にっこり笑ったクリスは、声の調子を変えた。 「それにしても、マリスさんて、そのような服も似合うんですね。僕が今まで見た マリスさんの中でも、一番綺麗だと思いますよ」 「ふ~ん、お上手ね」  マリスはあまり取り合わなかったが、クリスは続けた。 「お世辞なんかでは、ありませんよ。町娘の格好なんて、あまり洗練されているとは 思わなかったのですが、あなたが着ると、なかなかいいもんだなって思えます。服と いうものは、着る女(ひと)によるものだったんですね」  あまりに自然なクリスの口調に、マリスは、少しだけ微笑む。  背後で行われているやり取りに、聞き耳を立てているマリリンとケイン。  マリリンが指をくわえ、隣にいるケインに、じーっと、目で催促する。  その視線に耐えかねた彼は、笑顔を作った。 「いつも思うんだけど、そのくりくりしたブロンド、……ニジイロカイコの繭みたい で、……か、かわいいね」  それで褒めたつもりであったのか、ケインの『お世辞』が聞こえたマリスもクリス も、つんのめりかけた。  だが、マリリンは、嬉しそうに、きゃっきゃ喜んでいた。 「ねえねえ、ケインさん、マリリン、おなか空いちゃったぁ~。あそこのミートパイ が、食べたいナ♥」  マリリンが、子ネコのように小首を傾げ、思いっきり甘えた声を出した。  ケインは、それを、引きつった顔で見ていたが、すぐに出店へと向かう。  戻って来た彼が、食べ易く縦長に作られたミートパイを、包んであった大きな葉を 開き、マリリンに差し出すが、すぐには受け取らない。 「熱いから、フーフーしてぇ」  両手を組み合わせ、またしても、かわいらしく小首を傾げてお願いするマリリン。  またまた引きつっていたケインであったが、クレアのためと思い直し、パイを割り、 フーフーと冷ましてから、マリリンに差し出す。  だが、まだ彼女は受け取ろうとしなかった。 「あ~ん」  マリリンは、口を開けた体勢で、待っていた。  目を見開いていたケインだったが、やむを得ず、マリリンの大きなお口に、半分に 割ったミートパイを突っ込んだ。 「んんー、おいひ♥」  「おいしい」と言ったつもりらしい。  ミートパイを頬に詰めたまま、にっこり笑う彼女は、もはや美少女でも、かわいい 子ぶっている娘でもなく、単なる奇妙な少女であった。  ふと、仲むつまじい若い男女が、焼き菓子をつまみ、男が女の口に運んでやる。  代わりに、今度は、女が男に運んでやるのが、マリリンの目に留まる。  二人は、互いの目を見つめ合い、幸せそうに微笑んでいる。  ケインから、残りのパイを奪ったマリリンは、パイを見つめてから、顔を上げた。 「ケインはんも、はい」  口をもごもと言わせながら、彼女は、親切な笑顔で、それを彼の口元へと突き出し た。  一層引きつったケインであったが、観念して、残りのパイを頬張った。 「おいひ? 」 「うん」


ピンク

 ほっぺたを膨らませた変なカップルは、妙な空気に包まれていた。  クリスとマリスまでが引きつり、恐ろしいものでも見てしまった時のように、 そこから目を反らすことが出来ないでいた。  その後も、ケインは、マリリンの欲しがる焼き菓子や、果物のジュースを買わされ ていた。  同じワガママな子供相手でも、ミュミュの方が断然かわいかったと、ケインは思い 知り、早くこの魔の時間が過ぎてくれることを願った。 「あなた、実は貴族なんじゃありませんか? 」  ふいに、クリスが、マリスに尋ねた。 「あなたのその白い肌に、美しい髪の艶(つや)には、貴族的な雰囲気が感じられます」  マリスは素っ気なくあしらうが、 「僕の目はごまかせませんよ。あらゆる女性を見て来た僕には、わかるんです。 キメ細いお肌や、その美貌は、貴族的な美しさがあります。あなたは、貴族でも、 高位の貴族なのではありませんか? それなら、ケインさんの騎士(ナイト)振りにも 頷けます。どうです? 当たりでしょう? 」  クリスが覗き込み、マリスの視界に入ってきた。 「……まあ、言い訳してもバレるから、ご想像にお任せするわ。でも、そんなこと 知って、どうするの? 」 「もちろん、お近付きになって、マリスさんがダメなら、他のお姫様のお友達を紹介 していただけたらなぁ~、なんて」 「調子良いわね! 」  にこにこ笑うクリスに、マリスが吹き出した。  二人のやり取りを見ていたマリリンが、ケインの腕に絡み付きながら、上目遣いで 彼を見る。 「ねえねえ、ケインさんは、王子様の友達はいないの~? 」 「いるわけがない」 「ケインさんは、王子様になれないの~? 」 「なっ、なれるわけないだろ? そんなの、生まれた時から決まってるんだから」 「ええ~、王子様と出会って、マリリン、お姫様になる予定なのに~! 」 「へ? なにそれ? 占い? 」 「そうだよー。マリリンとスーちゃんは、いつかお姫様になって、イケメンの王子様 と結婚するんだから! 」 「………………………………………………………………………………………………………えっ?? どうやって? 」 「賞金稼ぎの仕事でぇ、貯まったおカネでドレス買ってぇ、用心棒してあげた貴族ん とこの舞踏会に参加してぇ、ダンスも場数踏んでるしぃ~、いつ見初(みそ)められて もいいように、頑張ってるんだから~」 「……えーっと……………………………………………………………………………………………………………えっ?? 」  噛み合っていない二人を尻目に、クリスとマリスの方は、次第に会話が増えて いった。 「貴族なのに、なんであなたは騎士にならずに、傭兵なんてやっているの? 」 「僕、練習嫌いなんです。騎士になると、毎日規則正しい生活をして、決まった時間 に訓練をして……となるでしょう? それが、嫌だったんです。ただそれだけです」 「その気持ち、ちょっとわかるわ」 「そうですか? ありがとう」 「変な人ね」 「よく言われます」  マリスは、しばらく、くすくす笑っていた。クリスも、笑顔を絶やさず、歩き続け る。 「クリスなら貴族なんだから、いいじゃないか。イケメンだし、同じ黒い騎士団同士 なんだし、クリスにすれば? 」  ケインが適当な言い方をすると、マリリンが、珍しく眉を吊り上げた。 「やだっ。マリリン、逞(たくま)しい人が好きなんだもん。クリスじゃ痩せ過ぎ」 「だけどさぁ、逞しい王子様なんて、滅多にいないぜ? デロスの第一王子くらいで。 大抵は、鍛えてないから痩せ型だよ? 」 「ええっ? やだー、やだー! 逞しい王子様、探して来てー! 」 「は? 俺が? 」  そうこうしているうちに、やっと三〇分が経ったのだった。 「さあ、約束通り、クレアを治しに一緒に来てもらうぞ」  ケインが腕を腰に当て、横目でマリリンとクリスに言った。 「うう~ん、そうねぇ……」  マリリンがキョロキョロしている。  クリスは、マリスに微笑んだ。 「今日は楽しかったです。では、また」  彼はマリスの手の甲に口づけた。  マリスも、スカートをつまみ、貴族の女性の挨拶で返す。  貴族同士のやり取りを、ケインが面白くなさそうに見てから、マリリンを振り返る と、彼女の姿は消えていた。  同時に、クリスの身体が宙に浮かぶ。 「うわー」  動揺し、手足を振り回す彼の姿も、空中で、パッと消えてしまった。  後に残されたケインもマリスも、宙を見上げたまま、次第に事態が飲み込めた。 「……謀(はか)られたか! 」  二人は、愕然とした。 「ちょっとー! 『現実主義の黒騎士団は、情では動かない』……そういうことなの ーっ!? 」  マリスが空に向かって叫んだ。


葉ライン

 怒りも覚めやらない二人であったが、どこに行ってしまったかわからないマリリン たちのことは諦め、とりあえず、診療所に向かい、カイルとだけ話をした。 「そうか……。あいつら、許せんなー」  魔道士の医者は見つからないことと、マリリンたちとの屈辱デートの話の後で、 カイルが顔をしかめた。 「あんな奴等は、もうアテにせずに、俺たちだけで、なんとかしようぜ。悪いけど、 ケイン、マリス、なんとかして、魔道士の医者を探してくれないか? クレアの熱が 下がらず、薬草とバヤジッドの栄養の飴で凌いではいるんだが、彼女、俺たちみたい に鍛えられてないし、怪我に慣れてもいないから、ショックの方が大きいみたいで、 心配なんだ。なるべく急いでくれないか? 少しくらい遠出してくれても構わない。 こっちは、俺がなんとかする」  カイルの深刻な表情に、ケインもマリスも頷いた。 「そうだ。これ、お前たちにも預けておくぜ」  カイルが、いくつかの小瓶の入った黒い袋を、ごそごそ取り出した。 「これからは、魔法で治療は出来ないと思って、ここの診療所の先生から買っておい たんだ。薬の種類は、瓶に書いてある」 「カイル、お前って、ホント気が利くなー! 」  ケインが感心して小袋を受け取ろうと手を伸ばすと、袋は、さっと引っ込められた。 「全部で、金貨五枚だ」  人差し指を振り、ちっちっちっと舌を鳴らしながら、カイルが抜け目のない笑顔に なる。  ケインが溜め息を吐くが、仕方なく、金貨を払った。 「仲間相手に、なんというセコさなの! 」  マリスが思わず呆れた。  二人が隣町へと出発し、カイルはクレアのいる特別室へ、すぐに戻った。  熱は下がらなかったが、煎じた薬草を飲んだり、バヤジッドの飴を食べるなどは、 自分で出来るようにはなってきていた。  ベッドの上でなら、時々起き上がることも出来るが、時々腹部が痛むように、手を 当てている。傷にも、医者の薬を塗り、薬草を当て、包帯で固定している。 「クレア、起きてたのか? 」 「マリスたちは? 」  カイルを見ると、彼女は、か細い声で尋ねた。 「ああ。魔道士の医者がこの辺にはいないみたいだから、少し遠出してもらうことに なったぜ」  カイルは、クレアの側の椅子に座り、微笑んだ。 「もう少しの辛抱だ、クレア。ケインたちが、必ず探してきてくれる。ゆっくり休め よ」 「ええ……」  クレアが横になるのを、カイルが手伝う。  すぐに彼女は眠りに落ちた。  心配そうに、それを見つめるカイルだったが、ふいに、腰に差してある魔法剣に、 鞘の上から手を当てた。  彼の青い目の横を、一筋の汗が流れた。


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「魔道士のお医者かい? それがね、つい最近、姿をくらましちまったんだよ。 私もね、治療してもらいたくて、何度も来てみてるんだけどねえ」  隣町で診療所を見つけたケインとマリスであったが、閉鎖されていて、通りすがり の女性に聞くと、そのような返答であった。  妙な胸騒ぎを覚えたケインとマリスは、最も人の出入りのある、賑わっていた酒場 兼食堂へと、足を速めた。 「噂では、この隣の町も、そのまた向こうにもいた魔道士の医者が、次々と姿を消し ているそうだ。それも、つい最近。旅人たちが、みんなボヤいていたよ」  カウンターの中から、気のいい太った男が、そう答えた。 「ただの魔道士の失踪とは、思えなくない? 」 「ああ。デモン教の奴等が、俺たちを足止めしようと、魔道士の医者たちを誘拐、 または……消してしまったのかも知れない。なんて奴等だ! 」  マリスとケインは、小声で話す。  その食堂を見渡していたケインの視線が、店の隅方で止まった。 「あいつ、またいるぜ」  マリスも同じ方を見てみると、あの三角帽子の吟遊詩人が、朝と同じように、 小さい竪琴のリュラをポロロ~ンと奏でて、なにやらとんちんかんな唄を唄っている のだった。  つかつかつかつか…… 「ちょっと、あなた」 「うわー」  マリスが、後ろから、首根っこを鷲掴(わしづか)みにすると、詩人は驚いて、情け ない声を上げ、手足をバタバタさせた。 「いきなり、なにするんですかー、もう、唄の途中だったのに」 「どーもこーもないわよ。このインチキ吟遊詩人! 」 「なんで僕がインチキなんです? 」 「お前にちょっと聞きたいことがある。こっちへ来てもらおうか」 「うわー、なにするんですかー。暴力はやめて下さいよー! 」  マリスとケインに両脇を抱えられ、足を宙に浮かせたまま、吟遊詩人は外に連れ 出された。  人気のない丘まで行くと、逃げられないよう、ケインとマリスに片腕ずつ掴まれた ままで、睨まれる。  詩人は、三角帽子を目深に被ったまま、おろおろと、二人を見る。 「あなた、いったい何者なのよ? 」 「ですから、見ての通り、ただの吟遊詩人です」 「とぼけんじゃないわよ」  マリスは、彼の鼻先に、しゅっと拳を突き付けて、脅してみせた。 「ひっ! なっ、なんなんですか、あなたたちは!? 僕が、いったい何をしたって 言うんです? 」  マリスは、じろじろ、彼を帽子の上から見つめる。 「どうも、あなたって、胡散(うさん)臭いのよねぇ」 「そんなぁ! なにを根拠に、そんなこと言うんです? 」 「お前の情報は、どこか引っかかるんだよなぁ」  ケインも睨む。呆れているようにも見えるが。 「昨日のクラーケンのことですか? そ、そりゃあ、多少は脚色してしまいましたが、 そんなの、どこの吟遊詩人だって、やってることじゃないですかぁ」  男は必死に言い訳を試みる。 「それだけじゃないわ。あなたは、なーんか普通の人間と違うような……、魔力は 感じられないから、魔道士とも違うし、何か特別な存在のように、思えるのよねぇ」 「そっ、そんなぁ! 僕は、ホントに、ただの吟遊詩人ですってば」 「とにかく、顔くらい見せてみなさいよ」 「うわー、乱暴しないで! 」  マリスは、男の手を押さえたまま、三角帽子を取り上げる。  白い顔が現れると同時に、ふわっと、肩にはつかないくらいの薄茶色(ライト・ ブラウン)の柔らかい髪が、肩に降りた。  髪と同じ薄い茶色をした大きな瞳が、怯えたように、マリスとケインとを見つめて いる。  男の割りに、肌は透けるように白く、バラ色の頬に、唇はサクラ色で、かわいら しい形をしていた。  それは、一見、少女かと思えるほどの、女性的な雰囲気の、世にも稀な美少年で あった。 「……お前は……! 」  ケインも驚き、それ以上、言葉が出て来ない。  二〇歳ほどかと思っていたのが、もう少し若く、もしかすると、マリスと同じ一六 歳ほどではないかと思えるほどであった。  クラーケンの奇妙な唄などを、このかわいらしい顔で唄っていたとは、二人には、 まったく想像ができなかった。  この顔を見せながら唄われなかったことだけは、良かったと思えた。 「……なんだ。意外とマトモじゃないの。あなたみたいなかわいい美少年が、なんで 吟遊詩人なんてやってるのよ」 「ま、まあ、いろいろと事情がありまして……」  彼は、ごにょごにょと言葉を濁した。 「お前、どこかで会わなかったか? 」  ケインにじっと見下ろされて、少年はうつむき加減に、首を横に振った。 「そうか。……なーんか見たような気がするんだが……」 「ひ、人違いだと思いますけど……」  詩人は苦笑いをした。 「なんて名前なんだ? 」  少年は、それには答えずに、思い出したように言った。 「そうだ、ケインさん。この先の、西の方向にある、ヨルムの山の、そのまた向こう に、伝説のドラゴンが住んでいるという谷があるんですって。そこに行くと、なにか いいことがあるかも知れませんよ」  にっこり笑う詩人の腕を、ぐいっと、ケインが真面目な表情で、引っ張る。  詩人は悲鳴を上げた。 「いい加減を言うな。ドラゴンが人間界なんかに住んでるもんか。お前、何かごまか そうとしてるだろ? 」 「痛いですよぉ。そんなに掴まないでください! リュラが弾けなくなってしまう よぉ! 」  ケインが、手の力を緩める。 「あなた、昨日も、ドラゴンの谷がどうのこうのって、言ってたわね。その話、本当 なの? 」  美少年は、サクラ色の唇を引き結び、こくんと頷いた。 「あそこには、伝説の勇者を待っている者たちがいるんです。そう聞いてます。早く 行ってあげた方がいいですよ。『ドラゴン・マスター』」 「なっ……! 」  ケインが目を見開いた、その途端だった。  ひゅん……!   それまで詩人の腕を掴んでいた感触が、一気になくなったと思うと、目の前にいた 吟遊詩人の姿が、またしても消えたのだった!  「……なんなの!? 」  マリスも、そして、ケインも、信じられないように、自分たちのてのひらを見つめ た。 「あいつ、また消えたわ。でも、魔力は、やっぱり感じられなかった。……いったい、 何者なの……? 」  当たりを見渡すが、一面、野原である。人の影など、ありはしない。  腑に落ちない思いで、二人は、しばらく、その場に立ち尽くしていた。 「……どうする? あいつの言う通り、ドラゴンの谷に行ってみる? だけど、もし、 あいつが、あたしたちの敵だったら……それこそ、デモン教と、なにか関係があった りしたら……」 「いや、多分、あいつは敵じゃない。前に、どこかで会ったような気がするんだ」  ケインが首をひねる。 「確かに、あの吟遊詩人、なぜか、ケインの名前は知ってたわね。あたし、あいつの 前では、あなたの名前は呼んでなかったのに。それに、『ドラゴン・マスター』って、 なんのことかしら? 」  ケインが、ハッと面を上げた。 「……思い出した……! 誰かに似てると思ったら……! 」  ケインの右手が、腰に差した剣に触れる。 「あいつだ……! あいつは、ドラゴン・マスター・ソードのマスター、ジャスティ ニアスに似てるんだ! 」 「ええっ? 」  その時、ケインは、何かに気付き、ふいに空中を見上げた。  マリスも、思わず同じ方向を見る。 「あっ……! 」  そこには、吟遊詩人が半透明になって、浮かんでいた。  彼は、先程までの怯えようとはまったく別人のように、二人を見下ろし、フッと ニヒルに笑いかけると、そのまま透明になり、あたりの景色の中に溶け込んで しまった。  二人が、そこから動くことは、しばらくは出来ないでいた。  彼は、やはり人間ではないのか?   二人の頭の中には、いくつもの疑問が駆け巡っていた。  口を開いたのは、ケインが先であった。 「マスターが言ってたんだ。いずれ、彼の部下と会えるかも知れないって。マスター 自らが、わざわざこんなところに現れるわけはないし。あの吟遊詩人は、きっと、 マスターがよこした部下ってヤツに違いない……! 『ドラゴン・マスター』の 呼び名を知っていたのが証拠だ」  吟遊詩人だったものが消えた空を、キッと見上げたまま、そう呟くケインの横顔を、 マリスは見上げた。 「今すぐ、ドラゴンの谷を目指す? 」 「魔道士の医者を見つけて、クレアの怪我を治してからだ」 「ヴァルのことは、待たないの? 」 「ああ。もし、あれが、俺のカン通り、マスターの使者だったなら、ドラゴンの谷へ 行くのは、きみたちではなく、『俺の』使命なんだからな」  ケインは、マリスを改めて見直した。 「この間、洞窟の中で、マスター・ソードの魔石の話をしたのを覚えてるか? 」  マリスが、こくんと頷く。  三つの魔石に、本来の魔力を分散させているドラゴン・マスター・ソード。  そのうちのひとつしか、まだ能力(ちから)は注がれていない。 「マスターが、夢の中で、魔石のある場所に連れていってくれた。自然の森の中に、 ぽっかりできた綺麗な泉のあるところだった。あれは、人間界ではなかった」 「覚えているわ。そう言ってたわね」 「夢の中で、マスターは魔石を見つける手助けとして、部下を人間界に送り込んだと も言っていたのを、今思い出した。あの吟遊詩人が彼の部下なら、ドラゴンの谷が、 もしかしたら、二つ目の魔石と関係あるのかも知れない。二つ目の魔石の力を手に 入れれば、マスター・ソードは、今よりもっと強化できる」  ケインは、真面目な表情で続けた。 「ただし、そこで、どのくらいの時間がかかるのかはわからないし、あまりに長期間、 クレアやカイルのことを放っておくのは心配だ。なにがあるかわからないから、四人 で一緒に行こう。四人でいるのが、一番安全な気がする」 「……もし、本当にドラゴンの棲む谷があるんだとしたら、次元の通路とは無関係 でも、あたしも見てみたい。ひとつ目の魔石は、見損なっちゃったんだもの。どんな ものなのか、どんな能力(ちから)なのか、二つ目こそは、見てみたいわ」  ケインの、彼女を見つめる青い瞳がほころび、そこには、強い意志が表す光が浮か ぶ。  それを、マリスは、勇者らしい目だな、と思った。


水晶球竜


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