Book6看板 Dragon Sword Saga6 〜Ⅰ.-2〜
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~ 第6巻『魔の兵士』 ~


剣月青ライン  Ⅰ.『四人だけの旅』 妖精青アイコン2 ~ 街をプラプラ ~  剣月青ライン

 翌日、新たな街に向かい、四人は、朝早く出発した。  カイルは、夜遅くまで、遊んでいたせいで寝不足になり、しょっちゅう生欠伸 (なまあくび)をしていた。 「この辺りは、あんまり魔物が出ないんだってさ。だから、野盗が出るらしい」 「さすが情報通! 女の子と遊んではいても、情報を集めることは怠らないのね! 」  マリスは感心した。 「おいおい、逆だって! 俺が女の子と遊ぶのは、情報収集のためだぜ」  カイルがクレアの方を見ながら、慌てて取り繕(つくろ)った。  その時、ケインが、ハッとしたように、ズボンのポケットに手を入れる。  取り出したのは、木でできたペンダントであった。  相手から交信してきた場合は、ブルブルと震える機能となっているらしい。  一行は立ち止まり、ケインのてのひらを覗き込む。  ペンダントはロケットになっており、開くと、黒いフードを被っている木の人間が 描かれていた。  フェルディナンド皇国に住む、木の姿をした魔道士バヤジッドであった。  肖像画はぼやぼやとにじんでいき、実写のように移り変わった。 「やあ、皆さん、お久しぶりです! 」  この世のヒトではないような、何重にもなった、彼らにとっては懐かしい声が、 元気に喋り出した。 「おお! 久しぶりだぜ」  カイルが元気よく返した。 「砂漠は無事越えられましたか? 」  いつの話だい、それは。と、誰もが思う。同時に、砂漠を旅していた時に、彼に もらった栄養の飴のことを思い出す。 「あ、ああ。あの時はお世話になったわ。砂漠は、もう越えたの。今は、エルマ公国 近隣諸国を、プラプラ歩いてるところよ」 「おや、エルマ公国ですか? 魔道士の塔支部のある」  マリスを受けて、バヤジッドが反応する。 「砂漠から随分飛びましたね。空間移動したんですか? 」 「そうよ。できれば、今年中に、なんとか世界中の次元の通路を塞がなくちゃなら ないの。空間を渡らなくては、とても間に合わないわ」 「そうですか。大変ですね。いやあ、皆さん、お変わりないようで良かったです。 ……あら? そう言えば、ヴァルドリューズさんのお姿が見えませんね。妖精の お嬢ちゃんも」 「ええ。ちょっと、魔道士の塔の男に出会っちゃって。今のところ、ヴァルと ミュミュとは、別行動なのよ」  ピタッと、絵の中の彼の動きが止まった。 「魔道士の塔の男……ですか? 」 「そう。なんか、ヴァルと因縁あるヤツみたいよ。確か……ダグトとか言ったと思う わ。知ってる? 」 「ダグト……! 」  バヤジッドの声には深刻さが現れていた。つられて、四人も緊張し、次の言葉を 待った。 「……そうですか……厄介な者に、目を付けられてしまったものですね……」 「バヤジッド、知ってるのか? そいつのこと」ケインが尋ねる。 「ええ。直接関わりはありませんでしたが、噂で」 「どんなヤツなんだ? 」カイルもペンダントに問いかける。 「ヴァルドリューズさんを上回るほどの実力の持ち主かどうかはわかりませんが、 ヴァルドリューズさんと一緒に、ラータン・マオの宮廷魔道士をしていた時よりは、 明らかに力をつけていることは間違いないでしょう」 「そいつも、ヴァルと同郷のヤツだってのか? 」  カイルが少し驚いた。 「ええ。しかも、彼らは、幼い頃から一緒に育ってきたようなものだとも聞いて おります。その頃から、ライバル同士だったのだと。……というよりも、ダグトさん が一方的に、ヴァルドリューズさんを目の敵(かたき)にしていたようですが」 「へー、よくそんなことまで知ってるなざ」  カイルが感心した。 「あくまでも噂ですけどね。ヴァルドリューズさんは魔道士の塔でも有名でしたから。 ダグトさんは、いつも彼の後についていたので、皆さんセットで覚えていたので しょう」 「……あんな根性悪そうなヤツと一緒にされたんじゃ、ヴァルも気の毒に」  マリスが、ダグトに結界から突き落とされたことを思い出し、しみじみと言った。 「ヤツは、相当昔から、ヴァルを目の敵にしてたんだな」ケインが言う。 「そのようですよ。ヴァルドリューズさんが魔道士の塔本部に勤めれば彼も。故郷の ラータンで宮廷魔道士になれば、彼もまた志願する……といった感じで。しかも、 どう見ても、明らかにライバル視してたそうなので、魔道士の塔で上司からも時々 お叱りを受けていたと聞きます。  しかし、この度、ヤミ魔道士撲滅運動なるものが施行され、ラータンの宮廷魔道士 だったダグトさんがまた本部に戻ったので、多分、魔道士の塔としては、その私情を うまく利用して、ヴァルドリューズさんを捕らえようというのでしょうな」 「ヴァルドリューズさんは、ただでさえ、ミュミュを人質に取られているのよ。 その人が、もし他の魔道士とも手を組んでいたら……! 」  クレアが両手を組み合わせ、心配そうな顔になった。 「それは充分に考えられますよね。ダグトさんの評判はあまりよくはなかったのです が、取り締まり班となると話は別でしょう。個人的な執着とは言え、魔道士の塔に とっては、ヴァルドリューズさんを捕まえてくれればいいのですから」  一行は、顔を見合わせた。 「……思ったよりも、ヴァルが戻るには時間がかかりそうね」マリスが呟いた。 「ところで、皆さんは、ヴァルドリューズさんとご一緒ではないのに、旅を続けてる んですか? 大丈夫なんですか? 」  ペンダントの魔道士は、あっけらかんと聞いてきた。 「大丈夫よ」マリスは、しれっと答えた。 「そうですかぁ? だって、空間移動もできなくなってしまった上、強力なヤミ魔道 士や魔物なんかが出て来たらどうするんです? いざっていう時だって、空間の中に 逃げ込むことも出来ないんですよ。どうするんですか? 蒼い大魔道士は、あなたの ことを狙ってるんじゃありませんでしたか? マリスさん」 「平気よ、そんなの。バスター・ブレードだって、貸してくれてるんだし」  女のマリスにそのような大きく重い剣を持たせるわけにはいかないといって、持ち 主のケインが、これまで通り背負っている。 「蒼い大魔道士は、ケインさんの持っている二つの伝説の剣を恐れているみたいです ね。『二つ』というところに。どちらか一方でもなくさないように、気を付けた方が よろしいですよ」 「わかってるよ」  ケインが少しムッとした顔で答えた。 「ねえ、バヤジッドさん。そちらからも連絡が取れるんだったら、何かの情報が あった時は、知らせてくれない? 例えば、今あたしたちのいるところから近い、 次元の通路の場所とか」 「わかりました。私なりに調べておきますね」  マリスに答えてから、バヤジッドは声色を変えた。 「ああ、そうそう。ちょっと思い出したことがあるんですが。皆さん、フェルディ ナンドの紅通りにいたドゥグって覚えてますか? あのカエル魔道士の。ヤツが、 この間、親戚なのか……いや、実は分身魔法だったのかも知れませんが、とにかく 大勢で歩いていたんで、びっくりしてしまいましたよ!   大きいのやら小さいのやら、同じようなカオのカエルがいっぱいいて、気持ちが 悪かったんで、早く通り過ぎようとしたら、見つかって追いかけられてしまったん です。  捕まっては面倒なことになると思ったので、急いでオオクロヤモリを召喚して やったら、そちらに気を取られて、皆でがっつき始めたんですよ! それも、人混み の中で。ははは、まるでおバカ……」  パチッ。  お決まりのように、ケインがペンダントを閉じ、元通りポケットにしまう。  そうされていることには気付かず、ケラケラ笑う木の魔道士の声は、いつもの ごとくフェイド・アウトしていったのだった。 「……ああ! 」  クレアが顔を覆い、草むらに座り込んだ。 「ヴァルドリューズさん、大変そう! 何もお手伝い出来なくて、もどかしいわ」 「なんだか思ったよりも、時間がかかりそうだよな」  ケインも心配になる。 「バヤジッドさんもおっしゃっていた通り、ヴァルドリューズさんがいなくて、 私たち、本当に大丈夫なのかしら。今、魔法が使えるのは、私だけだっていうのに、 私、まだまだ修行が必要な身だし、もし魔物が出てきても、ちゃんと対処出来る自信 がないわ」  クレアは、ほとんど半泣き状態であった。 「けっ、なんだよ、ヴァルがいないくらいでさ」  カイルが腕を組み、横を向いた。 「正義の修行の旅をするんじゃなかったのかよ。ヴァルがいなきゃ、正義も貫けない ってのは、おかしいんじゃないか? 師匠が見守っていようがなかろうが、信念ての は、そんなこととは関係ないもんだろ? 」  はっとしたように、クレアが彼を見つめ直す。 「……そうよね。確かに、そうだわ」  クレアの瞳がきらきらと輝き出す。 「カイル! 」  いきなり立ち上がり、彼の手をひしっと握ったのには、当のカイルはもちろん、 マリスもケインもびっくりした。 「ありがとう! 私、元気が出て来たわ! そうよね。私の正義は、こんなこと くらいでは、くじけないわ! 」 「あ、ああ……」 「うれしいっ! チャランポランなあなたにも、やっと正義の心が芽生えてきたの ね? 皆で一緒に頑張りましょう! 」 「お、俺は、別に、そういうつもりで言ったんじゃ……」  カイルがたじたじと逃げ腰になるが、それには気が付かない彼女は、遠くに向かっ て、両手を組み、祈るように言った。 「待っていてください、ヴァルドリューズさん。私たち、きっと正義を貫いてみせ ますわ! 」  彼女の瞳は、潤んだように光っていた。  それを、残りの三人は、呆気に取られて、眺めているしかできなかった。


赤魔法ライン赤キラキラライン

 それからのクレアは、まさに絶好調であった。  山賊たちと見掛けようものなら率先してやっつけ(それは以前からであったが)、 お説教をし、宝を近隣の街に寄付する、を繰り返していた。 「まったく、女が強くなると、手が付けられないというか……」  やれやれ、というように、カイルが肩を竦めた。  彼らは、終始圧倒されっぱなしであった。  そうこうしながら、いくつめかの街を訪れていた。  四人で行動してからは一番大きな街であり、商人の荷車がいくつも行き交い、露店 も多く、服装もさまざまであったので、旅人も多いとわかる。 「なかなか活気のある街みたいだなぁ」  カイルが、きょろきょろしていた。 「おっ! あれ、うまそー! 」  言うや否や、カイルは突然人混みに向かって走り出した。 「あっ、だめよ、カイル! 戻るのよー! 」  無駄遣いされてはかなわないと、クレアが後を追う。  だが、既に遅かった。カイルは、棒に肉を巻き付けて焼いたものを買っていた。 「なかなかうまいぜ。クレアも食ってみろよ」  彼は、にこにことクレアにもう一本を差し出した。 「私がお肉食べられないのを知ってて、やっているの? 」クレアは憮然とした。 「あっ、そっか。わりい、わりい。じゃあ、おっちゃん、野菜焼きもひとつ」 「へい、毎度! 」  屋台の男に注文するのを見て、クレアが慌てる。 「そ、そういう意味じゃないのよ。無駄遣いはだめって、言ってるん……」 「ほら、野菜焼き。お前たちの分もあるぜ」  クレアに野菜焼きを渡してから、彼は、マリスとケインにも肉巻きと野菜焼きを 渡そうとするが、それを横からクレアが引ったくった。 「勝手に買っちゃダメって言ってるでしょう! 働くのが嫌だったら、こんなところ で無駄遣いなどせずに……」 「おっ? あれもうまそーだな! 」  クレアの話を最後まで聞かず、カイルは別の屋台へと足早に向かう。 「ちょっと、カイル! 」 「ひゃー、みんな、見てみろよ! ミシアの実が、こんなにあるぜ! 」  果物を並べた店の前で、ミシア好きのカイルは、はしゃいでいた。 「珍しいなぁ。赤いミシアがあるぜ。オバちゃん、これどんな味なの? 」  途端に、カイルは、気軽に店の女主人と、和気あいあいと話し始めた。 「なにもここで食べ歩かなくても、後で、食堂で、食べればいいでしょう? 」  もったいないと言わんばかりに、クレアは、手にしていたカイルから取り上げた 串焼きを、三本ともたいらげていた。  マリスとケインに分けることは、考えつかないようだった。 「こういう外で売ってるモンも、意外とバカにできないんだぜ。肉巻きだって、 おいしかっただろ? 」  カイルは、けろっと開き直っていた。  いつの間にか肉巻きを食べてしまったクレアは、「あら」と言って、慌てて口を 押さえた。 「おや、お兄ちゃん、よくわかってるじゃないか」  『オバちゃん』は、がははと豪快に笑った。  カイルは親しくなった果物屋のオバちゃんに、赤いミシアを一個おまけしてもらっ た。  彼は、あらゆる年齢の女性に取り入るのがうまかった。 「うめえなあ! ちょっと酸味が強いが、赤いミシアもなかなかイケるぜ! 」  ミシアにかじりつきながら、ご機嫌な調子でカイルが笑う。 「まったく、もう! 」  ミシアを無理矢理食べながら、クレアは、さっとカイルの腰にくくり付けてある、 硬化の入った袋を取り上げた。 「ああっ! なにすんだよ」 「これ以上、無駄に使わないように、これは私が預かっておきます」  クレアに睨まれ、カイルは舌打ちするが、すぐに、にやーっと笑った。 「実は、そっちは、スリを欺くためのヤツなのさ」  はっとして、クレアが中身を覗くと、銅貨が数枚と、コインに見せかけた平たい石 がいくつか入っていたのだった。  途端に、パーッとカイルが走った。 「ああっ! 待ちなさいったら! 」  つい慌ててクレアも駆け出す。  二人のやりとりを、先程からおかしそうに見ていたケインは、たまらず吹き出した。 「あの二人のことは、放っておいてやろうか」 「そうね。どうせ、夜には酒場で待ち合わせるってわかってるだろうから」  マリスも微笑ましそうに笑った。  カイルがおいしそうに食べていたのを見ていたせいか、串焼きを食べ損なった 彼らは、何か食べたくなる。  よく見掛ける肉詰めや野菜詰め饅頭、野菜のぶつ切りの入ったスープ、串焼きーー 王女であったマリスからすれば、宮廷のテーブルには並ぶことのない庶民の食べ物は、 どれも心惹かれるものばかりだ。  どの街にも、似たような食べ物はあったが、その土地により味が違ったので、食べ 飽きないのだった。  子供も年寄りも、道の端に腰かけて、それらを食べている。  ベアトリクスの街中では、目にしなかった光景でもあった。 「混んでるから、マリスは、あっちの噴水のところで待ってて」  食べ物はケインに任せ、マリスは、どこの街にでもある像から水の流れる池の、 石でできた囲いの上に、腰を下ろした。 (ヴァル、大丈夫かしら……)  ふと、頭をよぎる。  彼の戦いが終わるまで、合流しやすいよう、別れたエルマ公国付近をうろうろし、 魔物の噂を聞けば、無理をしない程度に退治して行くようにしている。  彼に限り、万が一ということは有り得ないと思っていても、もう六日以上が経つ。  といって、助っ人にも行かれず。  待つということは、なんとはがゆいことか、とマリスが思っていた時だった。 「なあなあ、おねえちゃん、ひとり? 」  気が付くと、一見、傭兵のような成りをした三人の男たちが、目の前に立っていた。  三人とも、それなりにハンサムではあったが、軟弱そうだとマリスは思った。 (あんまり鍛えてなさそうな身体付きだし、こんなんで、いくさなんか出られるのか しら? ) (それとも、女にモテると勘違いして、傭兵を装ってるのかしら……? )  そこで、彼女は、気付いた。 (……もしかしたら、もしかして……、これが『ナンパ』なるものなのかしら!? )  マリスが、ナンパに出会ったのは、意外にも初めてであった。  男装が多かったこともあるが、その容姿に見蕩(みと)れられることはあっても、 柔らかい雰囲気とは違う彼女は、男たちからすると、例え声をかけても、ピシッと 断られそうな印象が強い。  そんな彼女に声をかけようなどという身の程知らずは、そうそういなかったの だった。  傭兵風の男たちは、わいわいと、彼女を慰めるような言葉をかける。  ヴァルドリューズのことを心配していた彼女は、今も少年服ではあったが、普段 よりは、多少しおらしく見えたようだ。  彼らの言葉を聞いていると、まるで、彼女が恋人にフラレて、落ち込んでいるかの ように思ったらしかった。そこで、気晴らしに、何か食べにいかないか、遊びに いかないか、などと言っていた。  マリスは、彼らに、何とも思わない目を向けた。 「待たせたな」  ケインが、串焼きを両手に持って、やってきた。  男たちと視線が絡む。 (あら? )  マリスには、気まずいような空気が感じられた。 「何か用でもあるのか? 」  ケインは普通に話すが、目は吊り上がっていた。  彼の一睨みが効いたのか、あきらかに自分たちよりも鍛えられた体格のケインに、 まるで恐れを成したかのように、三人の傭兵風は、すごすごと去って行った。 「大丈夫だったか、マリス? 何か言われたのか? 」  心配そうに気遣うケインに、マリスは微笑んだ。 「ああ、単にナンパだったみたい」 「な~んだ、そうか。……って、なにっ!? 」  途端にケインが焦ったように彼女を見る。  彼女は、おかしそうに笑った。 「ナンパらしいものに出会ったのは初めてよ。ある意味、新鮮だったわ」 「マリスをナンパしようなんて、身の程知らずがいたとは」 「そうよね。あたしは、か弱い女の子には見えないからね」  ケインは慌てて言い繕った。 「俺が言ったのは、その……王女だと知らずに、って意味で」 「ああ、そういうことね」  マリスは笑った。  ケインも笑ってから、小声で言った。 「もし、あの証書が……受理されたら……王女じゃなくなったとしたら……」  ベアトリクスの追手に、マリスが王女の称号を破棄する証書を渡したことだ。  マリスが彼を見上げる。  うっすらとではあったが、ケインの頬には赤みが差していた。 「……とにかく、ああいう奴等には気を付けないとな」 「あら、そんなの平気よ。ちょっとぶん殴れば、もうあたしには近付かないでしょ? 」 「そっ、そうだよな! 」  にっこり笑うマリスに、ケインも引き攣りながら笑った。  二人は、ケインの買って来た串焼きを食べながら、街を歩いた。  肉巻きと野菜焼きの他には、粉をこねて作ったものを焼き、タレをかけたものも あり、モチモチとした感触で、タレが甘辛い。 「おいしい! こんなの初めて食べたわ」  マリスの笑顔を見て、ケインも笑った。 「へえー、ミシアジュースか。おいしそうだな」  ミシアの実をドロドロのジュースにしたものを売っている店の前で、ケインが足を 止めた。  その場でミシアをすりつぶし、布で絞ってジュースにしているので、時間がかかる。  ケインは、その作業に関心を持ったようで、見入っていた。 「俺でも作れそうだな。今度作ってみようかなぁ」  彼の呟きに、マリスはなんだかおかしくなった。 (伝説の剣を二つも持ってる勇者さんなのに、普段はごく普通の人なのよね)  夕方、酒場では、マリスとケインの後から、カイルとクレアが入ってきた。  カイルの方はご機嫌であったが、クレアは疲れたように見えた。  料理が運ばれてくると、普段は小食な彼女がパクパクと食いついている。  相当連れ回されたらしい、とマリスもケインも察した。  カイルによる『露店のオバちゃん』たちの話では、この先の村が最近孤立しており、 他の町とも交流が少なくなってしまった、というのが、四人とも引っかかった。 「少し寂れた村か……いかにも、魔物が取り憑きそうだよな」  ケインが言った。  明日は、その村を目指そうと、全員の意見は一致した。


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「……ねえ、マリス。ちょっと聞いてもいい? 」  その夜、いつものように、魔除けの結界である香を焚いた後、マリスがベッドに 入ると、隣のベッドで横になっていたクレアが、遠慮がちに切り出した。 「なあに? 」  灯りを消そうと、サイドボードのランプに手を伸ばしかけていたマリスは、彼女を 見た。 「マリスは……人を好きになったことって、あるでしょう? 」  クレアは、毛布の中から、顔だけ覗かせている。 「あるわよ」 「セルフィス王子とは……どんな感じだったの? 」 「そうねえ……」  苦笑いしてから、マリスは語り出した。 「セルフィスとは偶然知り合って、一〇歳くらいの頃から一緒に遊んでいたの。 今まで見たことのない繊細な男の子でね、か弱くて。それが、成長して行くにつれて、 貴族の男子特有のやさしい青年になっていって。他の女の子たちからも人気あった から、あたしは、いっつもやきもきしていたわ」  彼のことを人に話せるようになったということは、大分立ち直ったものだと、 マリスは思った。 「初恋だったの? 」 「そうね」  マリスの中で、甘酸っぱい感じが駆け抜けていった気がした。  そして、こんなことを話せる女友達は、今までいなかったことにも気が付くと、 クレアの存在が、改めて嬉しく、とても大事に思えてきたのだった。 「彼と一緒にいると、他のことなんかどうでもよくなってしまっていたわ。毎日が 楽しくて、しょっちゅう会っているのに、まだ足りないって思ったくらい。もちろん、 それは、お城の中の優雅な世界だから、だけどね。旅に出てからは、そんなに おキラクではいられなかったけど」  毛布から顔を覗かせていたクレアが、少し身を乗り出した。 「あの……聞いてくれる? 笑わないでね」  マリスには、なんとなく、彼女が話そうとしていることに、見当が付いた。 「私ね、最近になって、気が付いたんだけど……今までは、特に意識していなかった んだけど、……なんとなく……その……、ある人といると、もしかしたら、楽しいと 思っていたのかしらって……」  マリスは静かに、興味津々ではない相槌を打った。 「私、男の人のことを、そういうふうに思ったことなかったものだから、……なか なか気が付かなくて……。他の男の人たちと一緒にいるのと、明らかに違うの。 その人と話をすると、……その人と目が合うだけで、ドキドキして、苦しいような、 緊張してるような……これって、変よね? 」  頼りなげな視線を向けるクレアに、マリスはやさしく、彼女の潤んだ瞳に微笑んだ。 「クレアは、好きな人ができたのね? 」  かあっと、クレアの頬が上気していった。 「やっぱり恥ずかしいわ! マリス、今のは忘れて」  クレアが、毛布を頭から、すっぽり被った。  マリスは、自分では絶対にしないであろう反応に、新鮮ささえ感じ、愛しさが 湧いた。 「そこまで話したんだったら、教えてよ」 「いやっ! 恥ずかしい! 」 「誰にも言わないから」 「いやん! マリスのいじわるっ」 「そ。……じゃあ、また今度話してね」  マリスが灯りを消そうとすると、クレアは、スポッと顔だけ毛布の外に出し、 すがるような視線で、じっとマリスを見た。 「待って、マリス。言うわ。……でも、誰かに聞かれたら、恥ずかしいわ。この香 って、結界だから、大丈夫よね? 」  マリスは笑った。 「結界だから、魔道士とかには聞かれないけど、ドアや壁に耳をそばだててる人が いたら、聞こえちゃうわよ」 「じゃあ、こっちに来て」  クレアに招かれるまま、マリスは、彼女のベッドに並んで座った。 「……それで? 」  クレアの頬はピンク色のままであった。 「絶対、誰にも言わないで」 「うん、わかってるわ」 「……それでね、その人のさりげないやさしさがわかった時からかしら、その人の ことが、気になるようになっちゃって……。でもね、向こうは、私のこと、なんとも 思っていないと思うの」 (……どっちかしら? )  マリスは、密かに、ケインとカイルを思い浮かべていた。  クレアのことなので、出会ったばかりの、素性も知らない、性格もよく知らない 相手を、好きになったりはしないであろう、と思ったからだった。  ましてや、話の展開から、以前からの知り合いである確率が高い。  昼間、彼女が出会った軟派傭兵風男たちよりも、彼ら二人の方が、よほどマトモ だと、マリスは思った。  このような健気で可愛い、おまけに綺麗な女の子に好かれて、嫌な男などはいない だろう。  出来れば、自分も、彼女のようであれば、もっと違った人生があったのかも知れな い……などと、マリスは、ふとクレアを羨ましく思った。 「……それで、その人っていうのは……? 」  マリスの問いかけは、決して興味本位ではなく、遠慮がちであったが、クレアが 一瞬黙る。  が、観念したように、マリスを見ると、その黒曜石のような瞳を潤ませたまま、 躊躇(ためら)いがちに、彼女の耳元に、口を近付けたのだった。 「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………なの」 「……えっ? 」  長い沈黙の後で発表されたのは、マリスの思い浮かべるどちらの名前であったのか、 そもそも、いったい、いつ名前を言ったのかさえ、マリスには全然わからなかった。 「だから、………………………………………………………………………………………………………………………………よ」 「……え? 」 「いやねえ。何度も言わせないで。………………………………………………………………………………よ」  微かに聞き取れた後、 「ええーっ!? 」  マリスは小さく叫んでいた。 「だっ、だめよ、マリス! シーッ! シーッ! 」  クレアが慌てる。  マリスも、手で口を押さえた。  そして、そのすぐ後で、カイルを気の毒に思った。  彼女の聞き取った名前は、残念なことに、『カイル』ではなかったのだった。  しかも、マリス自身が、その名前を聞いた時に、まったくショックを受けなかった わけでもなかったのだった。  なんとコメントしたらいいものか、彼女はすぐには思い付かないでいた。  クレアの方は、例え小声だったにしろ、打ち明けられたことで安心したのか、 はにかみながらも、少し饒舌(じょうぜつ)になっていた。 「最初は、なんとも思っていなかったの。整った顔をしているとは思っていたけど、 その程度にしか。だけど、一緒に修行をしていくうちに、実はやさしい人なんだって いうのがわかってきて……。  そう思ったら、その人と、目が合うたびに、今度はドキドキするようになって いって、……もしかしたら、これが、好きってことなのかしらって思ったものだから、 あなたと二人になった時に、聞いてみたかったの。  だけど、どうしよう。私、変に意識しちゃいそうで……。彼と、今までのように、 普通に話ができるのかしら? それが心配だわ」  クレアがマリスを訴えるように見つめた。  マリスがぼう然としていることには気が付かない様子で、彼女は続けた。 「彼がいなくなってみて、初めて気が付いたの。ねえ、マリスはどう思う?  やっぱり、彼は、私のことなんて、何とも思っていないと思う? ただの弟子としか、 思われていない気がするんだけど……? 」  そう。  彼女の意中の男とは、カイルでも、ケインでもなく、紛れもなく、ヴァルドリュー ズであった。


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