Book5看板 Dragon Sword Saga5 〜Ⅶ.-4〜
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~ 第5巻『点と線』 ~


剣月緑ライン  Ⅶ.『異次元バトル』 妖精青アイコン4 ~ 脱出 ~  剣月緑ライン

「う、うう……」  呻き声に近付いたところで、ケインとマリスは立ち止まった。  どうやら、目の前の、岩の下から聞こえてきている。 「……う、う……うりゃーっ! 」 (うりゃー……? )  二人はまたしても、顔を見合わせる。  ヒトほどもある大きな岩は、ずごごごと動いた。けほけほ咳き込みながら、岩を どかせたひとりの男が立ち上がる。  男は三〇代後半ほどの、一見、普通の青年であるが、誇りだらけの黒マントを着て いることから、どうやら魔道士らしいことがわかる。  まだ見習いなのか、普通の魔道士がまとっている冷酷な雰囲気もなく、どちらかと いうと、人の良さそうな感じさえ与える。 「今日は、なんて魔道士と縁があるのかしら」  マリスが、うんざりしたように呟いた。 「大丈夫ですかー? 」  ケインが声をかける。 「ああ、私の他にも、人がいらしたんですか。ご親切に、どうも! 私は大丈夫で す! 」  男は、にっこり笑って答えるが、 「ややっ!? 貴様は……ケイン・ランドール! 」 「えっ? 誰だ? 」  ケインは怪訝そうな顔をしているだけだ。 「なんだ、また忘れているのか」  魔道士は、がっかりした表情になったが、すぐに思い直し、身振り手振りで話し 出した。 「ほら、私だ。二年前にローダンの山で会い、ついこの間、砂漠でも会っただろう?  蒼い大魔道士様の弟子の……」 「……ああっ! 」  ポンと、ケインが手を叩く。 「あの新米魔道士の……! 」 「そうだ! 思い出してくれたか!? 我が名は……まだ大魔道士様からは許されては おらぬが、『名なしのプー』だ! 」  誰だかさっぱりわからなかったマリスは、ケインに耳打ちした。 「『名なしのプー』だなんて、随分変な名前ね」 「あのー、きみが付けたんだけど? ほら、砂漠でゴーレムと戦った時の……」 「……ああ! あの時の魔道士? 」  マリスの記憶も繋がった。 「ところで、お前、こんなところで、今度は何をやってるんだ? 」  ケインの問いかけに、プーは、よくぞ聞いてくれたという顔になった。 「貴様が砂漠にいたことを、大魔道士様にご報告した後、ゴーレム造りから解放され た私は、筋力を鍛えるよう命じられ、この洞窟へ、案内されたのだ」 「魔道士なのに、筋力トレーニング……? 」  ケインが呟いた。 「……ねえ、確か、前に会った時は左遷っぽかったけど、今度のは……破門なんじゃ ないのかしら? 」 「……だよな? 」  マリスとケインがこそこそと話すのには気付かない魔道士は、勝手に喋り続けて いた。 「洞窟内の岩を、一日数回持ち上げるだけでよかったので、ついでに横穴を掘り続け、 迷路を作ってみたのだ。光苔のない道がそうだ」 「……てことは、……この数ある横穴は、お前の仕業……? 」 「そうなのだ! 」  プーは、誇らし気に威張ってみせた。 「先ほど大きな地震が起こり、岩が落ちて来た時も、急いで穴を掘り、逃げ込めた。 穴を掘る修行が、こんなところで活かされるとは! これは、大魔道士様が『備え あれば憂いなし』を、私に教えるために、一見関係ないと見える修行を命じて下さっ たに違いない! しかも、貴様がここへ現れることすら予想なさっておられたようだ。 やはり、大魔道士様は、すごいお方なのだ! 」  プーは、瞳をきらきらと輝かせ、宙を見上げていた。  ケインとマリスは、黙って、それを眺めていた。 (おいおい、お前の本来の修行は、筋力トレーニングであって、穴掘りは、あくまで も、退屈しのぎ)  ゴーレム造りといい、今回といい、またしても、彼は、ちゃんと言いつけ通りに 出来ていないのだった。 「それにしても、ケイン・ランドール、関係ないが、この間の砂漠といい、今といい、 貴様は、いつも女連れだな。デートか? こいつぅ、うらやましいぞ! 」  にやにや笑うプーの言うことに、ボッと頬を赤らめたケインだが、それが知られる ほど辺りは明るくない。  プーの師である蒼い大魔道士ビシャム・アジズとは、獣神の召喚魔法を編み出した 大魔道士ゴールダヌスとも敵対し、マリスやベアトリクス王子セルフィスの高い魔力 にまで目を付けているという。  しかし、プーは、そのことを知らされてもおらず、マリスの顔も覚えていないよう である。 「ねえ、彼って、ホントに敵なの? 」  マリスがささやくと、ケインも曖昧(あいまい)に頷いてみせた。 「砂漠では、赤い服を着た『ナゾの踊り子』を連れていたと思えば、今度は清楚な 巫女さんを連れている。次から次へと恋人を取り替えるなど、まったく、剣士という ものは、気楽で良いな」  肩を竦めて苦笑いするプーに、「俺よりお気楽なお前には、言われたくないけど」 と、ケインが呟いた。 「この子は、『ただのナゾの巫女』だ。かかってくるなら、俺だけにしろ。彼女には、 手を出すんじゃないぞ」  呆れた声で言うケインの言葉を聞くや否や、プーは、さっとマリスを捕らえ、また もとの位置に戻った。 「はっはっはっ! どーだ! 恋人を人質に取られれば、これで貴様は、手も足も 出まい! 」  彼は、完全に勝ち誇っていた。 「はあ……。お前って、やっぱ敵だったんだな」  ケインが溜め息をつき、マリスも頷いた。 「……で? 」  ケインの短い問いに、しーんと、その場の空気が静まった。 「お前は、マスター・ソードの件からは、とっくに手を引いているんだろ? 彼女を 人質に取って、俺をどうする気なんだ? 」 「決まっておろう! この洞窟の出口に、案内してもらうのだ! 」  ケインもマリスも、足を滑らせた。 「ちょっと待て。この洞窟の迷路は、お前が造ったんじゃなかったのか? 」 「いかにもそうだが、造っているうちに、自分でもわけがわからなくなってしまった のだ」  けろっと、彼は答えていた。 「お前たち、入ってきたということは、外への道がわかるのだろう? だったら、 おとなしく、私を案内しろ。そうすれば、命くらいは助けてやってもいいぞ」  ケインのこめかみが、引き攣(つ)る。 「マリス、やってよし」 「えっ? いいの? 」 「構わん」  どかっ!  「うわああっ! 」  プーが後ろに吹っ飛んだ。彼女のエルボーを、直に腹に受けて。 「そっ、その女は、『ただのナゾの巫女』ではなかったのか!? 」  よろよろと起き上がりながら、プーは動揺した。 「生憎(あいにく)、あたしは、格闘が専門でね」 「なんだ、そうだったのかあ! またしても、貴様らに、してやられたわあ! 」  プーは頭を抱え込み、喚いた。 「ついでに、もっと残念なことを言っておくが、俺たちは、空間移動で時空を越えて、 この場所まで連れて来てもらったクチなんだ。だから、この洞窟本来の出口は、 わからないんだ」  ケインの声に、プーは、ピタッと、止まった。 「なっ、なんだと? それは、本当なのかっ! ケイン・ランドール! 」 「ああ、本当だ」  一瞬の間が出来ると、 「わあああ! もう終わりだあ! 」  プーが再び喚く。 「いや、まだ可能性はある」  ケインは屈むと、しゃがみ込んでわあわあ喚くプーに向かい、笑ってみせた。 「プー、お前、空間移動が出来たよな? それで、地上へ出られるじゃないか」 「そうよ、確かにそうだわ! 」と、マリス。  ゴーレムもろくに造れない劣等魔道士が、なぜ空間移動という高等技術が使える のか、というのが、ケインもマリスも、プーの不思議なところだと思っていたが、 だからこそ、蒼い大魔道士も、彼のことを、完全には見捨てられないのかも知れない と思い返した。 「まったく、素人(シロウト)は、何もわかっちゃいないんだから。私だって、そう したくとも出来ない理由があったのだ。ここへ来た時は、上級の魔道士様が連れて きて下さったから良かったものの、私程度の魔道士が、空間を渡ろうとすると、必ず 大量のモンスターどもが襲いかかってきたのだ。さらに、ここの洞窟の次元の狭間に は、巨大クロウラーが、大勢のモンスターと共に、棲息しているのだぞ! 」 「そのクロウラーなら、俺たちが倒した。だから、もう空間を移動しても、大丈夫な はずだぜ」  プーは、目をパチクリさせ、次第に笑顔になっていった。 「ケイン・ランドール! 貴様は、やはり、そこまで強かったのだな! あの恐ろ しいクロウラーを倒すことが出来たとは! さすがに、マスター・ソードの使者だけ ある! 」  敵であるはずの彼は、ケインの実力と剣を絶賛していた。 「わかったんだったら、俺たちも一緒に運んでくれるか? 俺たちがクロウラーを 倒したから、お前だって空間を渡れるようになったんだぜ」  ケインの提案には、プーは笑って答えた。 「はーっはっは! 私は、お前のような正義の味方とは違うのだー! 誰が、やす やすと貴様らを地上になど、連れていってやるものかー! 貴様らなど、永遠に、 この洞窟(なか)で彷徨(さまよ)うがいい! 」  言い終わると、プーは、ケインたちに背を向け、両手を広げた。 (今だっ! )  ケインとマリスは目配せし合うと、プーのマントの端を掴む。  途端に、目の前の景色は、時空を渡る時特有の、混ざり合った景色へと、移り変わ っていったのだった。


山

 ふわふわと浮いたような感覚から、一瞬で、地に足がつく。  そこは、洞窟の外であった。 「はー、シャバの空気は良いなー」  プーは、深々と深呼吸した。  マントに掴まり、同時にここへ辿り着いた二人には、気が付いていない。  そして、プーの見ている方向には、カイル、クレア、ジュニアの姿があったのだっ た。 「おお! あんなところに、ヒトが! 一般庶民を見かけたのは、実に久しぶりの ことだ! 」  プーは感慨深気に、独り言(ご)ちた。 「あっ! ケイン! マリス! 」  カイルが逸早(いちはや)く気付き、駆け出す。  座っていたクレア、ジュニアも、喜び勇んで続く。 「なに? ケインだと……? 」  プーが振り向くや否や、 「サンキュー、プー、助かったぜー! 」  ケインが後ろから、彼を飛び越えがてら、ウィンクした。  マリスもプーを踏ん付けて、ケインに続く。 「なっ、なっ、なぜだ!? 貴様、なぜ、どうやって、ここへ……!? 」  混乱しているプーをよそに、彼らは抱き合って飛び跳ねた。  ただし、ジュニアだけは、例の如く、白のパワーに弾かれていた。


ロッド右キラキラロッド左

エピローグ  ヴァルドリューズが現れたのは、プーが去って間もなくであった。 「おのれ、よくもハカッたな、ケイン・ランドール! 覚えていろ、次は、こうは いかないからな! 」  次があるのか、ケインからすれば疑わしかったのだが、そのような捨て台詞を吐い て、彼は飛んでいったのだった。 「こんなに早くヴァルが戻ってきてくれるんだったら、プーがいなくても、あたし たちは、洞窟から脱出出来たってことよね。だから、あいつには、特に感謝する必要 もないわね」 「ああ、まったくだな」  マリスが意地悪く笑い、ケインと顔を見合わせた。 「ヴァル、あなたも無事で良かったわ」 「ミュミュはどうしたんだ? 」  マリスとケインに尋ねられたヴァルドリューズの表情は、普段と変わらなかったが、 「まだダグトに捕まったままだ」 「えっ! 」  仲間たちの間には、緊迫した空気が流れた。 「奴には、途中で撒(ま)かれてしまった。お前たちのことも気になってはいたので、 とりあえずここに戻った」  一同、静まり返った。  彼でも撒かれてしまうのであれば、相手の実力を軽んじられないと、誰もがショッ クを受けていた。  その空気を察したマリスが、明るく言った。 「だからといって、あの男がヴァルより勝(まさ)っているとは言い切れないのよ。 魔道士というものは、それぞれ得意分野があるもので。あのダグトって男は、召喚 魔法も器用にこなしてきたと言っていたけど、きっと逃げ足も早かったに違いないわ。 ヴァルが追いつけなかったからと言って、その実力まで、ダグトが彼を上回っている とは言えないわ」  マリスに続いて、ヴァルドリューズが続けた。 「だが、彼のことで、少し気になることがある」  マリスも、皆も、彼に注目した。 「何か特殊な能力(ちから)のようなものを、手に入れたような振る舞いだった。 私が追いつけなかったのも、そのためのような気がする……」  ケインも大いに頷いた。 「俺も不思議に思ってたんだ。ミュミュには、魔道士の結界は関係ない。あの蒼い 大魔道士の結界ですら、行き来は自由だったんだ。それなのに、ダグトの結界からは 出られなかった。あいつは、ただの魔道ではない何かを、……使ってるのかも知れな い」  ヴァルドリューズは顔を上げ、遠くを見た。 「奴の行き場はわかっている。おそらく、魔道士の塔本部だろう」  一同、緊張した顔を見合わせた。 「そんなところに、ミュミュも一緒に……? 」  ケインが、いつになく心配な顔になる。  ヴァルドリューズは無言で視線を戻す。少しだけ遣る瀬ない思いが、その碧い瞳に 浮かぶ。 「殴り込みなら、手伝うわよ」  マリスは微笑み、指を組み、ぼきぼき鳴らした。が、ヴァルドリューズは首を横に 振った。 「これは、私の過去の因縁が引き起こしたものだ。それに、ミュミュを巻き込んで しまった。ダグトの言っていたように、過去に決着をつけねばならぬ時が来たようだ」  彼は、僅かに、なんとも言えない瞳を、ケインに向けてから、マリスを見下ろした。  マリスも、その碧眼を、見つめ返す。 「わかってるわ、ヴァル。あたしなら大丈夫。みんながいるし、例え、ヤミ魔道士と 接触したって、奴等に天敵の、伝説の剣保持者が二人もいるんですもの」  マリスはにっこり微笑んで、ケインとカイルにウィンクしてみせた。 「ええっ、俺も? 」  思わず、嫌そうな声を、カイルが上げた。 「ね? 伝説の剣を持った頼りになるお二人の男性に、治療魔法、防御結界のできる 元巫女さんもいることだし、あなたは、安心して、思う存分、あいつを叩きのめしに 行っていいのよ」  マリスは明るく言い、ヴァルドリューズにもウィンクした。 「……すまぬ、マリス。本来ならば、ゴールダヌス殿のご命令通り、お前を護らねば ならぬ身なのだが……」  言葉に詰まってしまったヴァルドリューズを、マリスは見つめた。  傍(はた)からは、彼の感情は読み取りにくいが、一年以上も同行している彼女には、 それとなく感じ取れた。  初めのうちは、大魔道士ゴールダヌスの言いつけで彼女を護っていただけに過ぎな かったのが、徐々に、単に義理だけで護っているというわけでもなくなってきたこと が、彼女にはわかっていた。  冷血漢という印象の強かった彼にも、普通の人間らしい感情が表れるようになって きたのは、この一行が結成されてから、さらに増したと、彼女は思う。 「わかってるわ、ヴァル。ミュミュを助けたいんでしょ? 行ってらっしゃい、魔道 士の塔に」  彼は僅かに瞳を和ませて彼女を見てから、言う。 「それだけではない。私が思うに……ミュミュは、魔物の言葉がわかるだけではなく、 特にケインにとっても、重要な存在なのだ」 「ケインに……? 」  皆には意外に思えた彼のセリフで、一斉にケインに注目が集まる。ケインは、彼に 頷いてみせた。 「ひとつ目のマスター・ソードの魔石、あれは、ミュミュが発見したのだ」 「ミュミュが!? 」  ヴァルドリューズの言葉に、ケイン以外は再び驚かされる。 「魔石は、我々魔道士にも見つけることが困難だ。多大な魔力を封じ込められては いても、魔石の周りに、それを外部に漏らさぬよう結界のようなものが張られている のだろう。  だが、魔石そのものの物質が放つ独自の波動を、ごくたまに、妖精やその他の自然 界の生き物たちは、見分けがつくらしい。ミュミュの説明では、おおよそそのような ことだった。だから、ケインの魔石を探すのも、ミュミュの能力(ちから)が必要なの だ」 「へー、あいつ、知らないところで、意外と役に立ってたんだなー。てっきり、 好奇心旺盛な、食い意地の張った妖精くらいにしか思わなかったけどなー」  カイルが、ちょっとだけ感心した。 「だったら、ヴァル、早くミュミュを助けに行ってやれよ。今頃あいつ、きっと 怖がって泣いてるぜ。マリスのことなら、心配すんな。ケインが、しっかり護って くれるってさ。ついでに俺のことも」  カイルが、ヘラヘラとケインの肩を叩く。 「なんで、俺が、お前まで? 」 「まあ、細かいことは気にすんな。とにかく、ヴァルに安心してもらわなくちゃ ならねえんだからさ」  傭兵二人の気楽なやり取りとは正反対に、クレアは両手を組み合わせ、不安な面持 ちで、彼女の師匠を見つめていた。  ヴァルドリューズが再びマリスを見る。  マリスは、わかってると言わんばかりに微笑む。 「ミュミュがいなければ、ジュニアの調べた次元の『通路』の場所すらわからないし、 さっきのクロウラーみたいな強敵は、あたしだけではムリ。だから、あなたが戻って きてくれるまでは、あたしも無茶はしないわ。その代わり、なるべく早く決着つけて 戻って来てね」  ヴァルドリューズは、マリスの、膝の辺りでスカートの裾を結んだ、活動的になっ た神官服に加え、ほどけた長い髪にも、頬にも、泥と光苔を付けた姿を、改めて 見直してから、静かに笑った。 「そうか。『おいた』はしないか」 「なによ、ヒトをコドモみたいに」  思わず、二人の会話に吹き出すケインを、マリスは横目で見た。  ヴァルドリューズの視線が、クレアに移る。 「クレア、白魔法を使えるのは、お前だけだ。私の留守中、皆を支え、黒魔法の時は、 よく周りの状況を判断して、術を使用するのだ」  そう言って、彼は、マントの中から、一冊の黒い本を取り出した。 「これは、返しておく」  フェルディナンド皇国で見つけたチャール・ダパゴの魔道書だ。 「ヴァルドリューズさんが、お帰りになるまで、しっかりと修行しておきます」  クレアの黒い瞳が、少し潤んで、彼を見上げ、魔道書を受け取ると、大事そうに 胸に抱えた。 「あ、そうだわ、ヴァル。あたしも、自分の魔力を抑える修行をしたいんだけど。 そうしたら、重い甲冑をいちいちつけなくても、よくなるでしょう? 」  ヴァルドリューズが一言、 「イメージ・トレーニングが有効だ」 「あっそ。またあの地味なトレーニングね……」  身体を動かすトレーニングの方が性に合っているマリスは、気のない言い方をした。  マリスがいつもの皮の少年服と、白い甲冑に着替えてから、ヴァルドリューズは、 何も言わずに、空間に姿を消した。 (ヴァル、ミュミュを頼んだぞ)  ケインはなんとも言えない表情で、ヴァルドリューズのいたところを、しばらく 見つめていた。 「あーあ、頼りになるヴァルがいないんじゃ、不安だなぁ。さらに、残念なことに、 またこの騎士団から、色気がなくなったぜ。マリス、砂漠の赤い衣装が似合ってた のになぁ」 「だよなー」  カイルのがっかりした声に、ジュニアが相槌を打った。 「あの東洋の赤い衣装も、巫女さんも似合うと思うけど、……やっぱり、俺は、その 甲冑姿が、一番マリスらしいと思うよ」  ケインが柔らかく微笑んで、彼女を見る。  ふと思い出したように、マリスが言った。 「そう言えば、プーのヤツ、前から、あたしとケインのこと、デート中だとか、恋人 同士に間違えてるけど、ケインは否定しないのね」 「なんだと? 」  逸早(いちはや)く、ジュニアの目尻がつり上がった。 「えっ!? そ、そうだっけ? ……そ、その方が、ヤツも油断すると思ってさ」  焦って、とっさにごまかしたケインだったが、洞窟の中で、光苔(ひかりごけ)を 見ながら、マリスと二人で歩いたのを、思い浮かべた。  もしも、あれが、本当にデートだったら……  と、想像した彼は、自然と穏やかな瞳になって、マリスを見つめる。 「ああ、でも、マリスには迷惑だよな。じゃあ、……妹ってことにしとくか」 「全然似てないのに? 」 「だ、だよな。う〜ん、どうしたら……」  考え込むケインを見ながら、マリスが、おかしそうに笑った。 「気を遣ってくれてるの? ケインたら、結構、紳士なのね。いいわよ、恋人同士に 見せかけても」 「えっ……」 「あいつ、からかうと面白いし」  二人のやり取りを、面白くなさそうに見ていたジュニアが、割り込んだ。 「なんだよ、ケイン、一人で紳士ぶるなよなー。お前だって、時々、マリーちゃんの 色香に惑わされてるくせに」  ケインが、カーッと赤くなる。 「ヒワイなこと言うなよ! 」 「あー、赤くなった! やーい、やーい! 図星だろー? 」 「お前は、コドモかっ! 」 「それよりも、これから、どこに向かいましょうか? 」  不安そうなクレアの問いかけが、とりとめもないやり取りを打ち切った。  それには、ジュニアが、自信たっぷりに握りこぶしを振り上げて応える。 「エルマを出たら、俺様が、空間移動で、どこでも連れてってやるぜ! 」 「おお、それはラクでいいな! じゃあ、まずは、美女の多い、南方の国なんか どうだ? 」 「オーケー! 合点だー! 」  ジュニアとカイルは、二人で勝手に盛り上がっていた。 「言い忘れたが……」  そこへ、突然、ヴァルドリューズが現れた。 「わあっ! なんだよ、ヴァル、脅かすなよ! 魔道士の塔に行ったんじゃなかった のかよ!? 」  びっくりしたカイルとジュニアは、思わず、抱き合うように腕をつかみ合っていた。  ヴァルドリューズが、マリスの方に、てのひらを向けると、彼女の懐(ふところ) から、黒い宝石が浮かび上がる。 「俺のダーク・ストーンが……! 」ジュニアが、はっとする。  ヴァルドリューズの瞳は、何の感情も表してはいない。 「これは、私が預かっておく。私の留守中、皆になにかあっては心配なのでな」 「ええっ!? そっ、そんなあ! 俺、なんにも悪いことはしないよー! あんた、 そんなにまで、俺を信用してないのか!? 」  ヴァルドリューズは、片手をかかげたまま、ジュニアを見下ろす。  いつもと変わらない瞳であったが、ジュニアにとっては、彼を蔑(さげす)むような、 哀れみも、後悔も、一切ない瞳に見えた。 「当たり前だ」  ヴァルドリューズが言うと同時に、黒い石は、宙から消えた。 「わーん! 」  総毛立って叫びながら、ジュニアの姿は、空間の中に、溶け込んでいく。 「では、行ってくる」  ヴァルドリューズは、またしても一瞬で、素っ気なく、消えていったのだった。 「ああ……、せっかく、いろんなところに、遊びに行けると思ったのに……」  カイルが、がっくりと肩を落とす。  静まり返る中で、マリスが口を開いた。 「とりあえず、エルマを出ましょうか? 」 「ああ、そうだな」と、ケイン。 「しかし、こんな状況なんだし、わざわざ動き回らなくても、いいんじゃねぇ?  ヴァルが帰ってくるまで、どっかで遊んでようぜ! 」  カイルが、わくわくを隠せない顔で言うと、隣のクレアが、決心したように、 大きく頷いた。 「行きましょう! 正義の旅へ! ヴァルドリューズさんたちが戻られるまで、 みんなで修行して、少しでも腕を上げておきましょう! 」 「なにっ!? 」  予想していなかった言葉に、カイルが非常に驚いた。 「待っていてください、ヴァルドリューズさん。私たち、頑張ります! 」  祈るように、空を見上げて、クレアが呟いている。  カイルは、あんぐりと口を開けて、それを見ていた。 「なあ、なんかクレア、張り切ってないか? 」 「ああ。元気だな……」と、カイルに答えるケイン。 「よしっ! それじゃあ、適当に、どこかへ出発ー! 」 「この世にはびこる悪を、私たちだけでも、立派に倒して行きましょう! 」  少年兵を装った白い甲冑姿の少女戦士と、清楚な神官服を着た魔道士見習いの少女 の後に、よくわからなそうな表情の傭兵二人が、よくわからなそうな足取りで、付い て行くのだった。


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