Book5看板 Dragon Sword Saga5 〜Ⅶ.-2〜
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~ 第5巻『点と線』 ~


剣月緑ライン  Ⅶ.『異次元バトル』 妖精青アイコン2 ~ 異次元バトル ~  剣月緑ライン

「ご飯も食べたことだし、じゃ、さっそく次元の穴でも塞ぎに行きましょうか。 ……と言いたいところだけど、今回は、今までのように、サンダガー呼び出して、 チャッチャと済ますってわけにはいかないのよね」  食堂を出て、人気のない野原に移動してから、マリスは言った。 「なんでさ? 」と、カイルが尋ねる。 「魔道士の塔の目が光ってるところで、あんな凄まじい魔力を使うわけにはいかない じゃない? ましてや、召喚魔法サンダガーは禁呪なのよ。あたしもヴァルも捕らえ られちゃうわ。魔道士の塔のような大きな組織を、悪でもないのに、倒すわけには いかないし」 「そうかぁ」カイルは納得した。 「大きな魔法は使えないというわけね。じゃあ、どうしたら……」  クレアが心配そうな目で、マリスを見る。  反対に、マリスは、それほど心配する様子もなく、皆を見回す。 「アストーレの鍛冶屋のところにあった湖を覚えてる? 」  はいっと、ミュミュが手を挙げる。 「ミュミュが、初めてヴァルのお兄ちゃんに助けてもらった出会いの場所だよー」 「そうだったわね。あの湖の中にも次元の通路があって、ヴァルが瞑想中だったから サンダガーは使えなかったにもかかわらず、ケインのドラゴン・マスター・ソードの 黒魔法で成功したわ。だから、ケインなら次元の通路を塞ぐことは出来ると思うの。 ただ、それも、かなりの魔力を使うでしょう? しかも、黒魔法ってことは、ヤミ 魔道士を警戒している魔道士たちは察知しやすい」  マリスの話に、ケインは頷いた。 「だよな。白の魔石の力があれば、ドラゴン・マスター・ソードでも白の攻撃魔法が 使えたんだけど。ああ、でも、異次元の中だったら、多少、黒魔法使っても、気付か れにくくないかな? 」 「そうよ、そうかも知れないわ」  マリスも異論はなく、頷く。 「それと、バスター・ブレードはどうかしら? 」 「バスター・ブレードは、空間を切り裂けるんだ。そこから、別の次元へ行くことも 出来る。ただ、切り裂くことはできても、塞ぐなんてことは……放っておけば、 元通りになるのかな? 」 「おそらく」  ケインには、ヴァルドリューズが答えた。 「それと、思ったんだけど、白魔法なら、大きな力を使っても、ヤミ魔道士とは思わ れないよな? カイルの魔法剣の『浄化』は、白魔法なんじゃないか? 」 「ああ、言われてみれば、そうだよな! 」  ケインの言葉を受けて、カイルがポンと手を打った。 「カイルの『浄化』は、ミュミュが以前言っていたことを踏まえると、精霊の力を 借りているもの。魔道士や神官の使う魔法とは、原理が異なる。だから、魔法を使っ ても、魔道士には察知されにくいと思われる」  ヴァルドリューズがカイルを見る。カイルは自分が初めて彼に認められたような 気がして、嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ、俺の魔法剣とケインの魔物斬りの剣バスター・ブレードと、クレアの 白魔法で行くか? 行く時は、ヴァルとジュニアに運んでもらって……」 「ちょっと待ってよ。あたしも行くわよ。異次元の中で戦うなんて面白そう! 」  ケインが、マリスを意外そうに振り向く。 「なっ、何言ってるんだよ、そんな危険なこと、剣を持っていないマリスがやること ないだろ? せっかくなんだから、おとなしく巫女してれば? 」 「なにわけのわかんないこと言ってんのよ。巫女フォームだからこそ、白のパワーが 強まってるあたしには、そこらへんの下等魔族なんか寄ってこられないんだから」 「そ、そこらへんの下等魔族……! 」  その言葉に反応したのはジュニアで、しゅんとうなだれた。マリスに触れることも 出来ない彼にとっては、追い討ちをかけられたも同然であったのだ。  ヴァルドリューズが口を開く。 「通常の空間移動であれば、この人数でも可能だが、戦闘となると、結界に注ぐ 精神力を考えて、少人数で行った方がいい。私の考えでは、連れて行くのはケインと マリスで、カイルとクレアには、今回は休んでいてもらうのが良いだろう」 『クレアは連れて行かないの? 彼女がいれば、あなたが防御結界で、クレアが 白魔法で攻撃って分担できると思ったんだけど……? 』  マリスは、ヴァルドリューズを見て、心の中で尋ねた。 『次元の穴の中に潜んでいる上級モンスターは、どれほど恐ろしい容姿かはわからぬ。 少なくとも、彼女の想像を絶するものに違いない。今の彼女には、まだ堪(た)え 難(がた)いかも知れぬ』  彼からも、『心話』で答えが返ってきた。それは、マリスだけでなく、ケインと カイルにも聞こえた。  彼らは納得した。  魔物を見慣れているマリスと違い、クレアは通常の女子と同様、怯えて当然である。  動揺するあまりの無差別攻撃は、このところ抑えられてきてはいるものの、上級 モンスターを見た途端に気が動転し、黒魔法を乱発するおそれもある。  まずは、ケインとマリスとで異空間での戦いを経験して、白魔法なくしても大丈夫 そうだと判断出来ればそれでよしとし、今後このようなパターンの場合には、彼女の 練習がてら、徐々に起用していこうということだった。  もう一つ、マリスを護る使命を持つヴァルドリューズは、彼女を魔界の王子と残し て戦いに行くことに抵抗があったのだった。  残していくクレアのことは、魔族のジュニアには脅威である白魔法が使え、カイル の『浄化』もあるので、大丈夫だろうと読んでいた。 「それを聞いて安心したぜ。俺一人で次元の穴塞いで来いって言われたら、どーしよ うかと思ってさ」  カイルが気楽にあははと笑った。 「ところで、ジュニア、念のため聞いておくわ。次元の穴の弱点を」 「人間界と魔界をつなぐ通路の? 魔族の仕業と、或は、ちょっとした魔力の波動に よってできてしまったものとがあるぜ。ここんとこ、その通路が増えてるっていうの は、間違いなく魔王(オヤジ)の復活が近いせいだろう。  弱点てのは、その次元の穴が作られたものであれば、それを作ったヤツ、つまり、 中級以上の魔族だな、そいつを倒せば、通路も消滅することになる。偶然出来てしま ったものも、潰せばいいだけだけど」  彼は、珍しく、魔界の王子らしい発言をしていた。 「その次元の穴を作った魔族は、どこに? やっぱり、奥の方か? 」 「ああ。大抵は、その奥の方に主(ぬし)が住んでるはずだ。そいつの手下の下等 モンスターが、出入り口にウロウロしてるはずだぜ。そいつらが門番代わりでな」  ケインに答えたジュニアのセリフには、一行は、経験上確信した。 「ま、自然に出来た方の次元の通路は、下等モンスターしかいないから、放っといて も、どうってことないけどな」 「それなら、放っておきましょう。世界中の『通路』を回っていたら、とても一年で は塞ぎ切れないわ。黒の大魔道士の予言では、一年後くらいから注意しておいた方が 良さそうだったから。あたしたちは、『主』のいる穴だけを探せばいいのね。 よしっ! なんとか、的が絞れてきたわ! 」  マリスが一行を見回し、皆も頷いた。 「俺だって、役に立つだろ? マリーちゃん」  ジュニアが調子に乗ってマリスにすり寄っていくが、やはり、白のパワーに阻まれ、 火花を散らし、跳ね返っていた。 「ついでに聞くが、下等魔族たちを、ジュニアに追っ払うことは頼めないか?  トアフの時みたいに」 「まあ、ケイン、よく聞け。俺様が同行しないのが心細いのはわかるが、俺様にも 立場ってもんがあんのよ。ひょこひょこ、お前らについていって、部下どもを やっつける手伝いなんて、奴等の前でできるか?   いくら俺が血も涙もない魔族だからって、考えもなしに、そんなことしてみろよ?  俺が王になった時、『仲間を倒したヤツの言うことなんか聞けるか! 』って、魔族 どもが反乱でも起こしやがったら面倒じゃねぇ?   だから、俺は、影ながら応援してるぜー。下等モンスターどもを、ここから街へ 行かせないよう、充分に見張っといてやるから、お前らは、安心して、『通路』の 『主』を倒してこい」  魔族は上の命令には絶対服従だと豪語していたのは、ケインには記憶に新しいこと であったが、どうやら、ジュニアの方はそんなことは忘れ、魔力のない自分の弱さを モンスターたちに悟られたくないように見える。 「ミュミュも行く! ミュミュも行くー! 」  ミュミュがヴァルドリューズの周りをぱたぱた飛ぶ。 「おいおい、ミュミュ、危ないぞー」  ケインが呆れた顔になった。 「モンスターやっつけるの久しぶりでしょ? ミュミュだって空間移動出来るし、 『治療』だって出来るよー。ヴァルのお兄ちゃんも、ケインもマリスも、強いヒト たちがそっちに行くんなら、ミュミュもそうしたい。だって、そこが一番安全なとこ なんだもん」  異次元の穴の中で、はぐれた時のために、多少の不安はありながらも、ミュミュを 連れていくことになった。  クレアが両手を組み合わせて、心配そうな表情で見守る中、ヴァルドリューズの 結界が、ケイン、マリス、ミュミュを包み込んでいった。 


異次元

 奇妙に入り混ざったねじれた世界。  時空を超えるのは、ヴァルドリューズは当然のことながら、一年一緒に旅を続けて いるマリスも、いつしか慣れていた。  ヴァルドリューズを挟み、隣にいるケインはまだ慣れず、時空酔いをしてしまう ので、目を閉じていた。  好奇心の強い妖精は、珍しく、マリスの肩の上で、ご機嫌であった。  クレアの精神世界で砂漠の巫女と対峙したマリスからすると、精神世界と時空の 狭間も、似たような景色に思える。  音はない。風もない。  体感さえもなく、いろいろな色がうねり、混ざりくねり、天地左右のどこにも遮る ものはなく、それでいて遮られているような圧迫感を感じさせる不合理な場所で あった。  魔道士というものは、このような中にいても多少の感覚はつかめるようだが、 そうでないマリスやケインにとっては、見当も付かないことである。  ふと、移動が止まる。微かに魔力の波動が伝わる。  マリスの瞳が、時空のうねりの奥に、黒い何かの集団をとらえた。  細かい黒い物が飛び散りながら、徐々に近付いてくるのがわかる。その中心には、 ヒトの形をしたものが逆さになり、横になり、まるで螺旋状の階段を上がってくる かのように、ぐるぐると円を描きながら、やってくる。 「ケイン、目を開けて。モンスターがやってきたわ」  マリスの声で、彼は目を開く。  螺旋型に進んで来た黒く見えたヒトは、実は緑色をしていたとわかる。頭には毛が 一本もなく、尖った耳がついている。額が広く皺があり、いくらかヒトに近いようだ。  皿のような目をし、原始的な衣をまとったその魔物たちは、太い混紡型武器を握り 締めている。 「……ダーク・ゴブリンだわ! 」  トアフ・シティー領主の庭で見かけた妖魔の小人とよく似ていたが、こちらの方が 背丈は人並みにあり、ひしゃげた顔のせいか、年齢も高く見える。  ひゅううん……!   ヴァルドリューズが、片手をふわっと持ち上げると、途端に、辺りの景色は歪みを 止め、うねりが停止したように、マリスたちには見えた。  それは、彼の結界が、異空間のその場に張られたということであった。  浮かんでいた彼らの身体も、地に足がついた。土で出来た地面とは違う、どこか ふわふわした感触が、足だけでなく身体にまとわりつく。  ケインには、初めての体験であったが、マリスもヴァルドリューズは慣れていた。  コンボウを持ったゴブリンの集団は、雄叫びを上げながら向かって来る。縄張り である次元の通路への侵入者を拒み、追い出そうとしているのは明らかだ。  マリスは、にやっと笑い、先頭の者目がけ、拳を突き出した。 「げひゃぴっ! 」  ゴブリンは、緑色の血を吹き出して、吹っ飛んだ。 「モ、モンスターを、素手で……! 」  いきなり殴りつけたマリスに、ケインは圧倒されていた。  構わず、マリスは、蹴りや突きを下等魔族たちに浴びせていった。  ぼかあっ!   どすっ!   ばこおぉっ!   どしゃっ!   ゴブリンの周りを飛び回っていた魔ガラスたちも、ついでに殴る。  帯び重なる魔物の身体に、飛べなくなった魔ガラスも、ピクピクして起き上がれず、 更に重なる一方だ。  瞬時にして、それらを倒したマリスが、手をぱんぱんはたくと、ケインは呆気に 取られて、口をぽかんと開けていた。 「こんなの楽勝、楽勝! さあ、次いくわよー! 」  マリスを先頭に、ケイン、ヴァルドリューズはついていく。  しとやかなロング丈の神官服に、対魔物用レザー・ナックル。  似つかわしくない装備ではあったが、彼女は満足であった。 「あっ、ダーク・シャドウだよ! 」  マリスの横で、ミュミュが前方を指さした。  既に、お馴染みの魔物だった。 「よし! 」  マリスは勇んで飛び出すと、宙に浮かんだ黒いもやを、蹴り散らした。  ロング丈のスカートが少々うざったそうだが、これまでの旅でも使っていた対魔物 用の革のすね当て(レッグ・ガード)の蹴りは、なんとか支障なく出来、黒いもやは 跡形もなくなった。 「もやなのに素手……いや、素足で……」  ケインが、またしても茫然と呟いた。 「あっ、ダーク・インプ」  ミュミュがマリスの肩の上に止まり、左を指さす。  イワコウモリがヒトに近くなったような、コウモリのような羽を生やした小人風 魔族が、小さな三つ又の槍を持ち、一斉に攻め寄せてきた。  マリスは、それらをぱしぱしと手のひらではたき落とす。  ダーク・インプは、バラバラと地面に落ちていった。 「わーい、わーい! マリス、すごーい! 」  ミュミュが飛び跳ね、きゃっきゃ喜んだ。 「ふふん、ざっとこんなもんよ」  神官服でガッツポーズを取るマリスを目にしながら、ケインが嘆く。 「違うっ! 想像していた異次元バトルと! 」 「どうでもいいけど、あなたも仕事しなさいよ」  首をこきこき鳴らしながら、マリスが辺りを見回す。 「低級からだんだん魔力の高いモンスターが現れてはきているけど、所詮ザコばかり ねぇ。『主』のところには、近付いているはずなんだけど」  と、突然、天から、斧を持った、凶悪な人相をした老人のような小人が、三、四人 現れた。ダーク・ノームであった。 「だから、あんたたちじゃないってばー! 」  振り上げた斧がマリスに触れる前に、彼女の蹴りを浴び、退散していく。 「今のがダーク・ノームだったのか。聞いたことしかなかったけど、飛んでっちゃっ たから、よく観察できなかったなー」  小人の飛んでいった方を見上げ、ケインが緊張感もなく言った。 「ああ! もうちょっと面白い敵は出てこないのかしら! 手応えのあるヤツが!  アンデッド系とかデーモン系のヤツとか! 」 「あそこにいるよ」  マリスに向かって、ミュミュが指さす方向には、ヒトの骨が亡霊のように、ふらり と揺れながら歩くアンデッドに、腐敗した人間の死体がズルズルと足を引き摺り ながら現れる。  洞窟に迷い込んだ人間の屍に、魔物が憑(つ)いたのだ。  それらとは別に、現れた黒い集団もいた。  渦巻く二本の角を生やし、ヤギを魔物化したような頭、首から胴体は筋肉質のヒト のようで、腰から二本足にかけて獣であり、四本の腕を持つ、魔獣たちである。 「なっ、なんだ、あれは……! 」  人間界にも顔を出す獣人型モンスターと、それは違っていたため、ケインは初めて 見ることになる。  獣人よりも魔力の高い、身体も人間の倍はあり、身体能力も高く、外観もより悪魔 的なゴート・デーモンであった。  マリスの口の端に、不敵な笑みが浮かぶ。 「面白そうなのが出てきたわね。奴等に素手はさすがに無理だわ。てことで、ケイン、 バスター・ブレード貸してくれる? 」  ケインは無言で、背中の剣の布をほどき、マリスに放る。そして、素早く、腰に 差してある方の、ドラゴン・マスター・ソードを抜き、構えた。  不敵な笑いを浮かべるマリスとは対照的に、彼は、油断のならない目で、魔獣を 睨み据える。 「行くわよ! 」  マリスが、バスター・ブレードを振り上げ、魔獣に斬りかかろうと、一歩踏み出る。 と同時に、神官服スカートの裾を踏ん付けてしまい、地面に突っ伏した。 「いたたた……。もうっ! だから、長いスカートなんて、はくもんじゃないわ」  赤面して起き上がるマリスに、ミュミュが「きゃはは! 」と指さして笑った。  ふと、剣を構えて硬直しているケインと目が合うと、彼は顔を真っ赤にして、目を 反らした。 「……もしかして、……見た? 」 「えっ!? い、いや、そんなことは……! 」  幸い、ガイコツ戦士アンデッドとゾンビの方は動きが鈍く、まだ距離がある。  だが、ゴート・デーモンは、そこからジャンプし、人間一〇人分ほどもの高さと 距離を飛び越えてやってきた。人間の身体能力を大きく越えた跳躍力である。  一頭目に向かってきた魔獣を、マリスが両手に構えたバスター・ブレードで一薙ぎ する。  『通路』を作った『主』を倒すまでは、いくら彼女といえども、重いバスター・ ブレードを操るには体力を温存しておかなくてはならない。それを考えて、致命的な 一撃ではなかったが、デーモンの腹には、横一直線の傷がぱっくりと開き、緑色の 体液が吹き出す。  ゴート・デーモンの方が厄介だと感じたヴァルドリューズ、ケインも応戦する。  彼らもまた、『主』を倒すまで力を温存しておきたい。  ゴート・デーモンは、魔物の中でも多少知能はあるらしく、マリスの持つ『魔物 斬りの剣』にざわつき、一斉に警戒し、様子を伺っているようであったが、アンデッ ドたちはそれらを追い越し、向かってきた。 「ぎゃーっ! 気持ち悪いーっ! 」ミュミュが、マリスの髪の中へ隠れた。  マリスは顔色を変えず、容赦なく斬りつけていく。腐敗した死体にはキレの悪さを 感じたが、ガイコツのアンデッドに対しては、あばら骨など、カキーンと心地よい 音を立て、スコーンと飛んでいく様には、快感すら覚える。  始めは怖がっていたミュミュも、時々マリスの髪の間から顔を覗かせ、彼女の大胆 な戦闘に有頂天になって応援していた。  その間、ゴート・デーモンも戦闘に混じるが、マリスの迎え撃つ『魔物斬りの剣』 の前には、なすすべなく斬られる。  ケインのマスター・ソードや、ヴァルドリューズの中程度の魔法でも応戦できて いた。  戦いながらも、時々、三人は互いの様子を見やるが、マリスがケインと目が合うと、 彼の頬がほのかに染まる。それを、マリスは、先に転んだのを見られたせいだと、 後悔した。  白骨の山に積み上げられた肉塊。かなり、不気味な光景が出来上がってしまって から、ヴァルドリューズが口を開いた。 「この辺りは、まだ入り口付近なので、『主』はいないようだ」 「え? まだ入り口だったの? そーゆーことは、もっと早く言ってよ」  マリスが横目で彼を睨むと、 「お前が、あまりに楽しそうだったので、言えなかったのだ」  しれっとした彼の応答に、マリスだけでなく、ケインも目をパチクリさせた。  その間、大分慣れて来たのか、ミュミュが、アンデッドの屍骸から、長めの骨を 取り出し、ゾンビをつつく。まだかろうじて動いていた腐敗した手が、彼女を捕らえ ようと伸びていくが、彼女の方が動きがずっと素早く、捕まえられない。  調子に乗った彼女は、伸ばされたゾンビのその手を骨で叩く。  ゾンビは低く「ウー、……ウー……」と唸っていた。 「ミュミュ」  ヴァルドリューズが呼ぶと、ミュミュは持っていた骨を、まだ起き上がろうとする ゾンビの一体に投げつけ、ひゅうっとヴァルドリューズの方へ飛んでいく。  骨を顔にめりこませたゾンビは、どうっとそっくり返ったが、唸りながら起き上が り、ミュミュのいる方向へと、両手を伸ばす。  すうっと、ヴァルドリューズが片手を翳す。  彼が呪文を唱えると、以前よりは縮小された銀色の炎の球が、一気に、魔物の死体 と、まだ動きのある物とに、浴びせられた。  声にならない叫びを上げ、腐った肉塊は次々と崩れ落ちた。 「さ、いくぞ」  彼は、顔色も変えずにいた。  まだくすぶっている銀色の炎を見てから、マリスは感心したように彼を見上げる。 どこも変わることのない彼の表情は、底知れなさを感じさせる。  それは、ケインも同様であった。  再び、ヴァルドリューズの結界で、先よりも長い時間、空間の中を移動する。 「魔の気配からすると、おそらく、大分奥へ来たことだろう」  ヴァルドリューズに続き、ミュミュが「あっちの方から、邪悪な気配がするよ」と 指さす。  ヴァルドリューズは移動をやめ、彼らは、その場に浮いたままの状態となった。  歪んでいる景色は、一層黒々と、おどろおどろしい煙のように見えるあたりには、 ミュミュの言う邪悪な念が潜んでいるように、彼らにも思えた。  結界は、浮かんだまま、目的の方向へ、ゆっくりと近付いていった。  その時、黒いものが、一斉にギロッと睨む。  それらは、ひとつひとつの魔の集団であり、まだ遠いマリスたちの位置からは、 黒い空気のような、ダーク・シャドウのもやのようにも見えたものが、近付くにつれ、 それらが明らかに異質のものを感じ取り、敵意を剥き出しにしていくのがわかる。  これまでの魔物にはない、強力な魔の力を、一行は感じた。 「みんな、マリスの魔力の高さに反応してるんだよ」  ミュミュが心配そうに、マリスを振り返る。 「邪悪な気配がますます強くなっているわ。あの奥に『主』がいる確率が高そうね。 その前に、あの妖魔どもを追い払うとするか」  そう言って、マリスは、ヴァルドリューズにウィンクした。彼も、表情はどこも 変えずに頷くと、手で大きく円を描く仕草をした。  先と同じく、三人は着地した。様々な色が混ざり合った景色はそのままである。  遠近感が掴めず、奥行きもなにもない空間ーー異空間のままだ。 「いよいよか」  ケインの表情は引き締まり、ドラゴン・マスター・ソードの柄を、握り直した。  マリスは、両手にバスター・ブレードを構え、無駄な体力を使わないよう、刃を、 固くない地面で支える。  ヴァルドリューズは特に構えてはいないが、油断なく、正面に目を向ける。  黒い集団は、ごごごごと、風のうなるような音を立てて迫ってきた。  それは、黒い半透明の悪霊であった。  声にならない雄叫びを上げ、彼らを取り囲む。  このような場合は、巫女であったクレアの白魔法究極奥義であれば、一度に退散 させることが出来た。限られた巫女にしか習得出来ないため、ヴァルドリューズには 出来ない。  彼のやり方では、魔物に致命的な大技である銀色の炎が有効であった。  既に、その準備に入っている。  魔法というものは、呪文によって発動するものがほとんどであるため、詠唱の時間 が必要である。マリスと彼が二人で旅をするようになってからは、マリスが先制攻撃 を仕掛け、呪文詠唱の時間稼ぎをするパターンだった。  フェルディナンド皇国の紅通りで、ヴァルドリューズと一緒に魔道士たちと戦った ケインもそれを学び、既に攻撃態勢でいるのが、マリスにもわかった。  安心したマリスは進み出ると、下から斜め上に救い上げるようにして、バスター・ ブレードを掬い上げた。  ガイコツのゴーストたちは、割れ物のように、無惨に飛び散った。  ケインは、マリスの援護と、ヴァルドリューズの護衛を兼ねて間を取り、マスター ・ソードで霊を薙いでいく。魔法を使わずとも、対魔物用剣であるので、悪霊にも 有効だ。 「マリス、ケイン、戻れ」  静かなヴァルドリューズの声で、二人は素早く引き返した。  彼の突き出した両のてのひらからは、先のものよりも、威力を増した銀の炎が 吹き出したのだった。  大量のゴーストたちは、無念の叫び声を上げて退散していった。  だが、次から次へと、魔物の集団は押し寄せてくる。  ヴァルドリューズは、術を『風』の魔法に切り替え、吹き飛ばす。  かいくぐった魔物は、マリスとケインが逃さない。 「やれー、やれー! みんな、がんばれー! 」  ミュミュが、マリスの肩の上で拳を振り回し、大喜びする。  その瞬間、二人の姿は、薄い緑色の膜に包まれた。  異変に気付いたケインとヴァルドリューズであったが、マリスとミュミュのもとへ 急ごうとするケインを、ヴァルドリューズが止めた。  異様な地響きとともに、彼らの前方には、巨大な魔物が現れたのだった。


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