Book5看板 Dragon Sword Saga5 〜Ⅵ.-3〜
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~ 第5巻『点と線』 ~


剣月赤ライン  Ⅵ.『勇者伝説』 妖精緑アイコン3 ~ アクシデント ~  剣月赤ライン

 ケインは、主人公になりきっているのか、動揺した様子は見られない。  舞台袖にいるマリスは、思い付いた。 「ミュミュ! 」  小声で呼ぶと、小さな妖精が、パッと目の前に現れた。 「あなたに手伝ってもらいたいの」  ミュミュは目を丸くした。 「ミュミュも、お芝居に参加出来るの? 」 「そうよ、裏方としてね。いい? これは、ミュミュにしか出来ない重要な役目なの よ」 「なあにっ? なあにっ? どーすればいいの? 」  ミュミュが、ぱたぱたと羽を震わせて、期待に目を輝かせた。 「あたしを舞台の真ん中へ運んで」  彼女がマリスの身体に触れると、一瞬、空間の合間を通り、マリスの視界が開けた。  そこは、今まさに、立ち往生してしまっている壇上に、ほかならなかった。  マリスは、ひっくり返っているドラゴンの上空に、姿を現したのだった。  何もないところから、いきなり現れた人間に、観客のどよめきが、一層大きくなる。 「サンキュー、ミュミュ! バッチリだわ」  マリスは小声でミュミュに礼を言い、ウィンクした。ミュミュは嬉しそうに笑うと、 パッと消えた。  と同時に、マリスは、空中でくるっと回転し、着地する。  壇上の人々は、余計に驚き、目を見開いていて、客席からも、驚嘆の反応が伝わる。  どのような仕掛けで彼女が登場したのかと、目を見張っていた。 「はーっははは! ドラゴンとは仮の姿。何を隠そう、この盗賊団の切り札とは、 私のことなのさーっ! 」  マリスは両手を腰に当て、舞台中央に立つと、サンダガーを見習って高笑いして みせた。 「我が名は、マリユス・ミラー。もうひとつの隣国の王子なのだ! 」  もちろん、それは、彼女のアドリブであった。  彼女の本来の役であるアーサー王子とは別人として登場し、ケインとのバトル シーンを盛り上げようとしている。  あとは、ケインが、うまくそれに乗ることであった。  しかし、壇上の者たちは、ただただ驚いて声も出せない様子だ。マリスがどのよう な仕掛けで現れたのかということももちろんだが、この話の展開にも動揺していたの だった。  マリスは、この考えをわかってもらうために、さらに続けた。 「姫の婚約者が隣国のアーサー王子であると知り、いても立ってもいられなくなった 私は、悪魔に魂を売り渡し、悪の盗賊団と手を結んだのだ。つまりは、この私が、 諸悪の根源であり、国王が身の代金を払ったとしても、姫は自動的に私のものとなる のだ! どうだ、わかったか! はーっははは! 」  妙に説明的なセリフだが、仕方がなかった。こうでも言わない限り、役者にも観客 にも伝わらないと、マリスは思った。  ケインが、じっとマリスを見つめる。 (わかってくれたかしら? まだ足りないようなら……! )  マリスはダッシュし、ブルーの腹を殴った。彼は、呻き声を上げ、ぱたんと倒れた。 「ああっ! ブルー隊員! 」  イエローのコスチュームの勇者が駆け寄っていく。少々荒っぽいやり方ではあった が、やむを得ないと思ったマリスは、イエローも、隣のピンク、グリーンも、同じ ように殴り、気絶させた。 「ああっ! なんて、ひどいことを! 」  クレアが悲鳴のように叫ぶ。それは、演技ではなかった。 「このとおり、お前の仲間たちは、勇猛な勇者であったにもかかわらず、他愛もなく 一撃で死んだ。これで、私の実力は、わかっただろう。『五勇者団』は、もはや終わ りだ。貴様も、死にたくなければ、とっとと尻尾を巻いて帰るのだな」  マリスは、またしても、サンダガーの如く、仁王立ちになり、大袈裟に笑い声を 上げた。そして、ちらっと振り返り、驚いている舞台袖の団員に、倒れている勇者 たちを引き取るよう、目で合図する。 「よくも俺の仲間たちを……! 」  ケインがマリスに剣を構える。  戦う気になったケインに、マリスは満足した。 「あのー、王子様、俺たちは、どうしたらいいでしょうかね? 」  カイルが手を組み合わせて、ヘラヘラと下出に出る。 「帰ってよろしい」 「そうですか。おう、てめえら、今日のところは、王子様にお任せして、俺たちは、 引き上げるとしようぜ! 」 「へ、へえ」  わけのわかっていない団員たちを、カイルがまとめて引っ込めた。  彼にもマリスの意図は伝わっていた。  これで、マリスの思惑通り、彼女とケインの一騎打ちが、心置きなく出来る状況と なった。  彼女の繰り出した剣を、ケインが受け止め、弾き返すと同時に、攻める。  それを、マリスが受け止め、押し返す。  偽物の剣での戦いも、観客の目にはリアルに映った。  ケインが押されていると、「ああっ! レッド、頑張れー! 」などと応援する 観客もいた。  なんとか乗り切ったと思ったところで、予想外のハプニングがまたしても起きる。  ぱきん……  ケインの振り翳した剣を受け止めたマリスの剣が、折れてしまったのだった。  さすがに、マリスもケインもびっくりして目を見開く。  観客の、息を飲む音が、聞こえて来るようである。  僅かな間、二人が睨み合っていた時だった。 「そこだー、レッド、とどめを刺せー! 」  血気にはやった若者たちの声がする。 「まあっ! なんてこというの! あの美形の王子様を倒せっていうの!? 」  若い町娘たちの声も飛び交う。  そして、マリスが行動を起こす。折れた剣をほっぽり出すと、ブリッジしがてら、 ケインに蹴りを浴びせた。  アストーレでの決闘の時に、デロス国王子に仕掛けた技であった。  主役のケインを気遣い、僅かに外すが、心配には及ばず、彼がギリギリのところで よけたので、掠(かす)った程度で済む。  観客は、マリスの華麗な技に、感嘆の声を上げる者もいれば、悲鳴を上げている者 もいる。 「ふん、さすがはレッド。今の私の蹴りを躱(かわ)すとは、なかなかやるではないか」  マリスは大胆不敵ないつものスマイルを浮かべる。ケインも、にやっと笑い返すと、 何を思ったか、手にしている剣を放り出したのだった。 「……なにを……? 」 「俺だけ剣を持っていたら、フェアじゃないからな」  マリスは、あんぐりと口を開けてから、我に返る。 「私を前にして、まだそのような余裕があるとはな。剣を捨てたことを後悔させて やろう」  マリスは、綺麗な側転をしながら、蹴りを繰り出す。  一見、どこから蹴りが飛んでくるかわからない上に、見映えもするので、咄嗟に マリスが選んだのだが、特訓で経験済みのケインは、全て受けるか躱すかしていた。  客席からは、ケイン扮するジューク・フリードを応援する声と、マリス扮する マリユス・ミラー王子の技に惚れ惚れする声と、両方聞こえていた。  そして、拳同士の打ち合いも、織り交ぜる。  ケインもサービス精神を働かせ、回し蹴りや、宙返りという目立つやり方で、 マリスの技をよけ、観客を沸き立たせた。湧き立たせた。  観客は、立ち上がって見ている者も増えて行く。  腕を組み合った時、マリスとケインは、そろそろか、と目配せする。  ケインに背負い投げられたマリスは、ごろごろと壇上を転がった。  彼も加減し、受け身の取れるマリスには、ダメージはないのだが、武道に無縁な 素人からは、「どうやら致命的な技を喰らったらしい」と受け取ったようだった。 「ううっ、強い! やはり、正義とは、最後には勝つものだったのだな。レッドよ、 私の負けだ」  マリスは苦しそうに喋った。ケインが、片膝を付き、マリスを抱え起こす。 「王子……」  彼は、なんとも言えない瞳で、彼女を見つめた。 「さらばだ、レッド……! 」  がっくりと、マリスは首をもたげ、目を閉じた。 「マリユス……! 」  ケインは、少し間を置いてから、言葉を続けた。 「敵ながら、お前も強いヤツだった。悪に魂さえ売らなければ、こんなことにはなら ずに済んだものを……」  ジューク・フリードは、マリユスを抱き上げた。 「せめて、お前の墓を作ろう」  いいわよ、お墓なんてと、マリスは心の中で笑っていた。彼女が意外だったのは、 そのケインのセリフで、啜り泣く声も聞こえてきたことだった。  こうして、マリユス・ミラーは、舞台下手に連れて行かれ、戦いの幕は閉じられた。  マリスの殴って気絶させた勇者たちは、この間に、クレアとヴァルドリューズが 回復魔法をかけたので、復活していた。  ケインは、カイルたち盗賊団によって避難させられた王女クレアを伴って、再び 舞台に立った。 「お城まで、お送り致しましょう」 「いいえ」  クレアが首を横に振る。  劇は、やっと台本通りに進みそうである。 「お城に帰れば、わたくしは、王女に戻ってしまいます。そうなれば、隣国にいる 許嫁(いいなずけ)のアーサー様との結婚が、待っているのです」  うつむいていたクレアが、顔を上げる。 「ですが、わたくしは……あなた様をお慕いしております。お城になど、帰りたくは ありません。どうか、このまま、わたくしを連れ去って! 」  クレアが両手を組み合わせ、ケインを見上げる。 「姫……! 」  なんとも言えない表情で、ケインは、クレアを抱きしめた。  「おおっ! 」と、客席では、歓声があちこちで起こる。  ケインは、しばらくして、クレアを引き離し、やるせない表情で、言った。 「……姫、やはり、お城へ帰りましょう」 「なぜです? なぜ、一緒に連れていって、下さらないのです? 」  クレアが困惑した表情になる。  彼はクレアから放れ、背を向けた。 「仲間はなくしてしまったけれど、俺は、悪い奴等を倒す旅を続ける。ゆく先々には、 さっきの盗賊団なんかよりも、もっと凶悪な連中や、魔物だっているかも知れない。 そんな血塗られた戦場に、愛する人を連れていくことはできないのです。ご婚約者 アーサー王子と一緒になられた方が、姫のためでもあるのです」 「ジューク・フリード様……! 」  彼の背にしがみつき、王女が泣き続ける。  場内からも、もらい泣きする声が聞こえる。  場面変わって、城。 「おお、姫! 無事であったか! 」  妙に声だけがはしゃいでいる王が、王女を迎える。ヴァルドリューズは無表情の まま、クレアの肩に手をかけた。  感動の親子対面にしては、あっさりし過ぎていた。 「隣国のアーサー王子も、心配してかけつけてくれたのだよ」  ここで、またマリスの出番だった。当初からの白い甲冑姿で、再登場したマリスで ある。 「おお、姫! ご無事でなによりです! 」  マリスは進み出て行き、クレアを抱きしめた。 「マリユス・ミラー王子とよく似ていると言われるのですが、ご安心下さい。私は、 正真正銘のアーサー王子です。あなたの許嫁です」  同じ白い甲冑姿で二役こなしているマリスに、観客が不審に思わないよう、彼女は、 説明的に言い、クレアの手を取った。 「王子様……」クレアも、マリスを見上げた。 「今日は本当にめでたい! 皆のもの、さっそく二人の婚礼の準備に、とりかかろう ぞ! 」  王の言葉に、城の者は歓声を上げた。  宮廷を思わせる優雅な音楽が流れ、下手では、一部だけ幕を引き、そこをケインが 歩き、ジャラン〜と弦楽器の音が鳴るのに合わせ、舞台の反対側へと消えていく。  こうして、芝居は終了した。客席からは、拍手喝采であった。 「面白かったー! 」  舞台裏にはミュミュが飛んで来て、興奮していた。 「どうだ、ミュミュ、俺、カッコよかったか? 」 「うん! 」  真っ先に尋ねたカイルは、有頂天になった。 「ケインも、意外とカッコよかったよー! 」 「意外とって……まあ、いいか」  ケインは、照れたように笑った。 「クレアのお姫様も、きれーだったよー。お客さんも、クレアのこと『きれーね』っ て言ってたし、ケインと別れるところで泣いてた人もいっぱいいたよー。ミュミュも 感動したー! 」 「本当? 」  クレアも、嬉しそうに笑う。  ミュミュはマリスを見た。 「マリスのアクションが一番目立ってたよ。みんな感心してたよ。『よくあんなこと ができるなぁ』って」  マリスは腕を組み、誇らし気に笑った。 「だけどさ、いくらなんでも、勇者の人たちを気絶させたのは、やり過ぎじゃない か? 」 「あら、あとで、クレアとヴァルが回復魔法かけてくれるのも、ちゃんと計算のうち だったのよ」  人差し指を立てて、マリスは、眉間に皺を寄せているケインに、しれっと答えた。 「だけど、一番カッコよかったのは、やっぱり、ヴァルのお兄ちゃんだね! 」  ミュミュの評価はまだ続いていた。ぱたぱたとヴァルドリューズの周りを飛ぶ。  一同、結局は、ミュミュの評価は、あてにならないことを悟った。 「ミュミュも、お芝居に参加したんだよ、知ってたー? マリスがいきなり空中に 出て来たでしょ? あれ、実は、ミュミュがやったんだよー。ねーねー、すごい? 」  彼女は、いたって無表情なヴァルドリューズに、ああだこうだ、身振り手振りで 伝えていた。


剣ライン

 三日間の公演が終わり、監督から、五人分の報酬であるリブ金貨の入った袋を受け 取る。神官服代くらいは、それでなんとかなりそうだ。  ハリボテのドラゴンの修理もままならなかったため、残りの二日も、初日と同じく、 マリスが悪の王子と婚約者の王子の二役をやり、旅の一座ではかなり珍しい本格的な バトルシーンが反響を呼んだせいか、運の良いことに、三日間とも大盛況に終わった。  その後、一行は、夕食を酒場で取る。  公演初日、そのままの衣装(マリスに関しては普段の甲冑姿であるが)で、一行が テントを出ると、外で待ち伏せしていた町娘に、マリスとケインは追いかけられ、 喜んで迎え入れようとしたカイルなどは、勢い余って踏みつぶされていた。  劇団員から聞くところによると、公演の受けが良いと、記念にということか、 はたまた熱狂的な観客に、身に付けているものを取られたり、衣装を引きちぎられ 持って行かれたり、髪の毛まで抜こうとする者までいると聞き、身の危険を感じた 彼らは、目立たないよう、身なりに気を配るようになっていたのだった。  マリスは町娘の格好に、ケインも、農民の衣装を劇団から借りて着ているが、幸い、 カイルはメイクや眼帯を取れば気付かれず、クレアもいつもの神官服で、髪型も、 王女役の時はアップにしていたのを下ろし、ヴァルドリューズも黒いフードを下げ、 額のカシスルビーを隠せば、バレることはなかったのだった。 「いやあ、幼心に『町娘は怖いものだ! 』って思ったのが、今になって思い出され たよ」  ケインが苦笑いをして、木の実酒のツボを傾けた。 「庶民の娯楽なんて、あんまりないからさ、旅芸人のお芝居はただでさえ人気で、 その後、町娘たちが、役者たちに群がってたっけ。それは、凄まじいものだったよ。 まさか、自分がそんなことになるなんて、思いもしなかったけどな。よろず屋でも、 芝居の仕事は初めてだったし」 「立ち稽古の時もだったけど、本番も、ケインの迫真の演技には、思わずつられちゃ ったわ」  クレアが微笑する。  ケインは照れ臭そうに、頭をかく。 「俺、もともと物語っていうのが好きだったんだ。三つくらいの時だったかな、 旅芸人の芝居小屋に、母親が何回か連れてってくれて、内容は覚えてないけど、 とにかく、面白かったなっていうのは、なんとなく覚えてるな。その後も、もう ひとりのかあさんが……」  皆が不思議そうな顔になったのに、ケインは気付いた。 「……そうか、話してなかったんだっけ。俺には、二人のかあさんがいたんだ。 ひとりは生みの親で、もうひとりは育ての親。  母の父親、つまり俺の祖父に当たる人は武道の師匠で、その一番弟子が、母の恋人 だった。二人は将来を誓い合った仲ではあったけど、彼は、ひょんなことから伝説の 剣バスター・ブレードの存在を知り、まるで、宿命のように魅き付けられ、その剣を 探しに、ひとり旅に出た。  ようやく手に入れて帰って来たあかつきには、故郷である村は野盗に潰され、 母親は、まだ小さかった俺を連れて、他の村へと避難していた。  だけど、母は、彼の帰りを待つのだと言って、もとの村に戻ろうとした。その度に、 仲間たちに連れ戻されていたみたいだけど、とうとう皆に内緒で、俺を連れて旅に 出た。  俺は、まだ三歳くらいだったけれど、かあさんを守るのは俺しかいないのだと、 いつまでも帰ってこない、本当にいるのかどうかもわからないその恋人を待つまでも なく、俺がかあさんを守っていくんだと、その思いが心の中で膨らんでいたような 気がする。その頃から、強くなりたいと思っていた。  旅に出てから、しょっちゅう病気にかかっていた母親と、ある村に立ち寄った時、 そこのまだ若い女の人が、母をずっと看病してくれた。その甲斐もなく、母は亡く なってしまったけれど、その前に、彼女が俺を引き取ることに決めた。  母親が亡くなる前に、俺はそのことを母の口から聞かされ、新しいかあさんの言う ことをよく聞くようにと言われた。新しいかあさんも、一生懸命で、熱い人だった。 文字も教えてくれ、村長の姪だったからか、庶民には高価だった本も持ってて、 読ませてくれた」  静かに聞いている一同を、ハッとして見回し、照れたように笑ってから、ケインは 続けた。 「大分話が横道に反れちゃったけど、俺の二人の母親と、彼女たちが死んでしまって からは傭兵仲間とに、よく芝居小屋に連れていってもらってたんだ。庶民の間では、 吟遊詩人の歌をもとに作られた芝居が流行ってたかな。なんでも面白くて、興味が あったけど、特に『ある英雄の武勇伝』とかが好きで」 「ああ、俺も、それ好きだったぜ! 芝居小屋で何度も見たぜ! 」  カイルが、切れ長の青い瞳を輝かせた。 「ついでに、俺の話もしていいか? 」  もちろんだというように、ケインも一行も、カイルに頷いた。  カイルは、ちょっとだけはにかみ、皆を見回してから、語り始めた。 「俺は……マリスやクレアの前で言うのも何だが……娼婦の子でさ、父親は、実は 誰だかわかんない。母親は別の男と駆け落ちしちまって、それからは親戚んちに引き 取られたけど、もともと貧乏の子だくさんだったから、厄介者扱いでさ」  彼の明るいキャラクターからは想像もしていなかったが、意外に辛い生い立ちだっ たのかと、一行は、真面目な顔になった。 「家にいづらくて、出歩いてばっかで、いろんなとこに、自分の居場所を作っててな。 娼館のおねえちゃんたちにかわいがってもらったり、名賭博師にも弟子入りし、 前に話した骨董品屋のばあちゃんとこにも、よく遊びに行ってた。  町には、旅芸人の他にも、芝居小屋があったから、カネ払わないでも入れる隙間を 見付けて、こっそり潜り込んで見てたぜ」  そこのところは彼らしさに、皆思わず笑った。 「そんな時に見た、悪い金持ちをやっつけて、ついでに宝も手に入れちまう冒険物語 『ある英雄の武勇伝』は、爽快で、スカッとしたぜ! 今思うと、ちょっとばかし、 都合良く出来た話ではあったが、貧しい、不幸な庶民にとっては、夢と希望が詰まっ てたんだ」 「だよな! 」  カイルとケインは話を弾ませた。 「そうだったの」  クレアは、意外そうな顔で聞いていた。 「私は、生まれてすぐ教会に引き取られて、両親とも、わからないの。親戚でもいい から、引き取って欲しいと思っていたこともあったけど、身内でも、カイルみたいに、 辛く当たられてしまうこともあるのね……」  クレアも、遠慮がちに言った。 「あ、ちょっとは同情した? 俺、女の子口説く時くらいしか、身の上話しねえんだ」  テーブルに肘をついて、クレアを眺め、にやにや笑うカイルに、彼女は「まっ! 」 と顔をしかめる。 「あとは、……ホントに仲間だと信用できた奴らにしか、話さねえよ」  いつものような冗談口調ではなく、カイルはそう付け加えると、木の実酒を あおった。 「カイル……」  ケインとマリスは、穏やかな表情で、彼を見る。  クレアも、微笑した。  ミュミュは、皆の顔を何度も見回し、最後にヴァルドリューズを見る。  彼は、相変わらずの無表情であったが。


月

(みんな、幸せな家庭ってわけじゃなかったのね……)  マリスは、胸が痛んだ気になっていた。 (もっと、庶民の人が、普通に幸せに暮らす方法って、なかったのかしら……? )  店を出て、宿に向かう時にも、マリスは、そのことから頭が離れなかった。  マリスを挟み、ヴァルドリューズとケインが、その大分前を、露店にふらふら近寄 っていくカイルを叱るクレア、自分の分も、何か買ってくれるんじゃないかと、期待 してカイルの側をちょろちょろ飛んでいるミュミュがいる。 「なんだか、あの芝居には、つい感情移入しちゃったなぁ」  ケインは、伸びをしながら言った。 「アストーレでのことを再現してるみたいだったんじゃないの、勇者さま。アイリス 王女のこと、思い出しちゃった? 」  マリスはからかうが、ケインは、今の今まで、それと芝居とは結びつかなかった。 「……そうだったっけ? 」 「そうだっけ? って……覚えてないの? ……あ、そっか、アイリス様じゃなくて、 故郷の彼女と別れた時の話ね? 」 「それも、違うよ。……まあ、立ち稽古の時に『一緒に旅に出よう! 』って言った のは、彼女に言ったセリフと似たようなもんだったけどさ」 「じゃあ、なあに? 」  好奇心を素直に表すマリスを眩しそうに見てから、ケインは照れたように笑った。 「今後のことだよ。改めて、強く思った。お芝居じゃないけど……俺は、きみを祖国 まで送っていくよ。送っていかなくちゃな。本来の、マリスの居場所に」  マリスはケインを見つめ直しながら、ふと思い出す。 『巨大モンスターのいる次元の穴を全て塞ぎ、ベアトリクスに戻るのじゃ! 』 『国の指導者となるべく、世界を見るのだ』  どちらも、彼女にとって、重要人物の言葉であった。  しばらくしてから、マリスは、口を開いた。 「放っておいたら、祖国に戻ることが、運命なのでしょうね。だけど、……本来の あたしの居場所って、本当に、そこしかないのかしら? もしかしたら、もっと、 別のところに、あるのかも……」  前方を見据え、マリスは、ぽつんと言った。 「今後、そういう場所を見つけるんじゃないかしら。……それも含めて、運命を変え たいと思ってるの。祖国に、一時的には、帰ったとしても」  ケインは何も言わずにマリスを見つめ、ヴァルドリューズもまた、表情は変えずに、 彼女の横顔を見つめた。


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