Book5看板 Dragon Sword Saga5 〜Ⅳ.-1〜
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~ 第5巻『点と線』 ~


剣月紫ライン  Ⅳ.『点と線2』 妖精緑アイコン1 ~ 二つの真実 ~  剣月紫ライン

 マリスの紫水晶のような瞳は、何も語らず、ケインと宮廷魔道士ザビアンに向け られる。 「ケイン、あなたが、ドラゴン・マスター・ソードの使者だってことで、あたしも 試させてもらうわ。ヴァルには詳しく話さなかった事実も、ザビアンは知ってる。 あたしは、あたしの身を守るために演技・愛技も使わせてもらう。この際、仲間 だからということは抜きに、あなた自信が判断したらいいわ」  冷めた瞳のまま、囁(ささや)かれたマリスの声は、ケインに、突き刺さるような 衝撃を与えた。 「わかった。まずは、両方の話を聞かせてもらうよ。他の方も、治療している方以外 は、手を止めて欲しい。俺が攻撃しといて何だけど」  その場にいる全員に呼びかけると、ケインはマスター・ソードを鞘に納めた。 「マスター・ソードの使者よ、お前は知っているのか、真相を? その娘はセルフィ ス王子を誑(たぶら)かし、婚約者の地位にまでこぎつけたが、あわやというところで、 我が女王陛下に、その企みを見抜かれたのだ」  ザビアンの口調は淡々としたものであったが、奥深くには、怒りを抑えている。 「女王陛下のお部屋は、密室であった。陛下と、先代の宮廷魔道士の長ガグラ様も おられ、そこへ現れた彼女が、ガグラ様を殺害した後、女王陛下を刺したのだ!  たかが小娘と侮っていた我々は、この度、陛下の命を受け、ガグラ様の弔いの意も 込めて、王女探索に参ったのだ」  ザビアンの拳は、ぐっと握り締められていた。  魔道士が、そのように感情を露(あらわ)にするのは、ケインには珍しく思えた。 (マリスが、二人も殺そうと……!? )  この魔道士が嘘を言っているとは、ケインには思えなかった。 「ふうん、あの女王のでっち上げを、よくまあそこまで真に受けられたことね」 「なんだと……! 」 「後からでも、状況をよく考えれば、それが真実かどうかわかるはずよ。あなたたち が、あたしに怒りを抱いているのは、まさか、そんなでっち上げを信じたからじゃ ないでしょう? あたしがセルフィスを誑かすなんて、出来るわけないし」 「ほざけ。お前の恩師は、ベアトリクス特殊部隊黒鷹団の、あのコウ・ラン・ファ 将軍ではないか。彼女の特殊な武道には、色仕掛けの技もあることは聞いている。 お前も、その術を体得しているはず」 「確かに、あたしは、ラン・ファに武遊浮術の愛技も習ったわ。でも、あたしたちが 惹かれ合ったのは自然なことだったし、だいいち、許嫁(いいなずけ)に定めたのは、 国王でしょう? 」  魔道士は、口を噤んだ。 「あたしが女王の命を狙ったというのも、聞き捨てならないわね。なんで、義理の 母親になろうという人を、殺さなきゃなんないのよ? あたしには、彼女に恨み なんかなかった。気に入られてはいないことは、うすうす気付いてたけど、だからっ て、殺したいだなんて思ったことはないわ。だから、あれは、あの女王の狂言だった のよ! 」  マリスが、ケインの後ろから進み出ながら、強く言った。  凛とした横顔を、ケインは見つめた。 「黙らぬか! では、ガグラ様のことは、どう説明する? 私たちが急いで駆けつけ た時には、遅かった。あの時、ガグラ様が血まみれになって倒れていらしたその目の 前で、お前の剣にも、赤々と、血が滴っていたのを、私を始め、宮廷魔道士たちは、 この目で確かに見たのだぞ! お前が刺したに違いあるまい! 」  ベアトリクスの魔道士は、怒りを抑えきれないのを、更にその瞳にまで表した。  ケインは冷静に、マリスに視線を戻す。やるせない様子が、瞳に浮かんでいくのが わかる。 「正当防衛よ。……仕方なかったのよ」 「貴様は、既に護衛兵ではなかったにもかかわらず、女王陛下のお部屋に呼ばれた時、 剣を持ち込んでいた。それは、女王陛下のお命を狙っていたという、動かぬ証拠では ないか! 幸い、陛下の傷は完治されたが、心の傷は深く、未だ癒えてはいらっしゃ らぬ。だが、陛下は寛大にも、貴様を死刑にはしないと仰せられたのだ! 」 「そしたら、女王は、マリスをどうする気なんだ? 」  初めて、ケインが話に加わった。  じろりと、ザビアンは、マリスを睨んでいた目を、ケインに向けた。 「それは、女王陛下の御心次第。我々には、そこまで知らされてはいない」 「ふうん、御心次第ねぇ……」  ケインは腕を組み、考え込んだ。 「お前が本当に賢いマスター・ソードの使者であるのならば、その女に手を貸すのは 間違いだ。おおかた、貴様も誑かされ、この女に与(くみ)しているに過ぎないのだ。 目を覚ますが良い、マスター・ソードの使者よ」  ケインには、やはり、この魔道士が嘘をついているようには見えなかった。  マリスの過去は、本当のところ、誰も知らないのだ。  先にマリスが囁いたように、ヴァルドリューズですら目にしていない事実が、 ほんの少し見えた。  ヴァルドリューズがマリスを護(まも)るのは、大魔道士ゴールダヌスの指令だから であり、言うなれば、ヴァルドリューズの意思ではないのだ。 (このザビアンって魔道士の話が本当なら、彼女は、ベアトリクスにとっては、悪と いうことになりはしないだろうか? 宮廷一の魔道士を殺してしまい、女王にも怪我 を負わせたとなっては、そう思われても仕方がないのかも知れない。でも、マリスの 正当防衛や女王の狂言という話も、筋が通ってる。だが、女王は何の目的で……? ) (マリスに個人的恨みがあるだけで、そんなことするだろうか? ヴァルの話では、 前国王の妹が今の女王ということだった。前国王の血を引くマリスを追い出すため?  考えられるとしたら、……王位継承権……! )  ケインがそう考えた時だった。 「人がおとなしくしてれば、言いたい放題言ってくれるじゃないの? あたしが セルフィスどころかケインまでを誑かしたなんて……! あんたたちこそ、女王に 誑かされてるんじゃないの! あの女は、あたしひとりを陥(おとしい)れるために、 権力に物言わせて、わざわざこうやって職権乱用してるのが、わかんないの!? 」  初めてマリスが感情を表すが、ザビアンは顔色一つ変えず、そう言い放った彼女を、 冷たく見下ろしているだけだ。 「あたしは、あの国には、もう戻らない。もうセルフィスとは会わない。それじゃ いけないの? あの女は、あたしから何もかも奪っておいて、この上、何がまだ不満 だっていうの? 」  ケインが、はっと気付くと、彼女の両方の瞳からは、涙の粒が零れ落ちていた。 「あたしのことは、もう放っておいて! 憎んだこともあったけど、今は、あの女に 復讐しようなんて、思ってもいないんだから」  そのように、はらはらと泣くマリスを見たのは、ケインは初めてであった。  彼女が泣いたところすら、初めてだ。  それまでの気丈な振る舞いや、戦いの時の冷静な判断から、大人びた少女という 印象を持っていたケインには、意外であった。  だが、その美しさも、愛技によって、計算されたものかも知れない、と言える。  魔道士たちの中にも、技の一つと捉えている者もいるようで、同情的な表情の者が 多数いた中、油断のない目をしたままの者も、少数だがいた。  そして、ザビアンの表情は変わらないどころか、声の調子は一層強くなった。 「ならば、なぜ、上級の魔道士と組み、得体の知れないものを召喚している?  マスター・ソードを持つ剣士まで仲間に引き込み、勢力を拡大しているではないか。 それでも、ベアトリクスへの復讐のためではないと言うのか!? 」  ザビアンの打ち消すような声が、冷淡に響く。  しばらく声もなく泣いていたマリスは、手で涙を拭いながら、だが、口調は、 きっぱりと、答えた。 「復讐なんかじゃないわ。……魔物と戦うためよ」 「魔物だと……? 」魔道士は、怪訝そうな目になった。 「ベアトリクスの辺境にもいたでしょう? ああいうのが、世界のあちこちで噴き 出しているのよ。あたしは、一緒に旅をしている人たちと、そいつらをやっつけて まわってるの。  得体の知れないものを召喚しているとは言うけど、悪いけど、それは『神』よ。 邪悪なものじゃないわ。あたしは、魔物退治で忙しいの。だから、個人的理由で、 女王にいちいち復讐しているヒマはないの。  城の中の出来事なんて、世界に比べたら、たいしたことないと思わない? それに、 あたしは城の中にいるよりも、こうしてる方が好きなの。わかるでしょう? あたし が、ベアトリクスに戻らないって言うのが、本当だってことが」  ザビアンの瞳からは、怒りは弱まっていた。だが、まだ完全に疑いを解いたわけで はないのは、その冷たい青い瞳に、充分残っている。 「俺からも言わせてもらうが、最初に彼女から雇われた時の条件は魔物退治で、その 他のこと、ましてや、ベアトリクスに復讐するから手伝ってくれなんてことは、 言われていない。彼女がそんなことを企んでなんかいないことは、この剣に懸けて、 俺も証明するよ」  ケインは静かに、周りを見渡して言った。  魔道士たちの闘志は、抑えられてはきていた。  だが、心までもが、動かされた様子は、二人には感じられなかった。 「まだ疑ってるの? しょうがないわね。だったら……」  苦笑いしてから、マリスは、手の甲で涙を完全に拭い取ると、正面からザビアンと、 その後ろに控えている魔道士団全員に向けて、言った。 「だったら、……今日限りで、王女の称号を破棄するわ。それなら、女王陛下も安心 してくれるでしょう? 」  はっとしたように、ケインも、ザビアン他魔道士たちも、彼女に注目した。 「おい、そんなことしたら、王子と……! 」  言いかけたケインを、マリスは目で制した。 「口頭じゃ信じられないっていうんなら、署名もするわ。何か書くものある? 」 「そうやって、我々を油断させ、攻撃するのではあるまいな! 」  ザビアンの後ろから声が飛ぶ。  マリスは、まばたきをしてから、ザビアンを見据えた。 「あたしがそんな卑怯者じゃないことは、ザビアン、あなたなら知ってるでしょう?  以前、あなたたちが隣国に行って交渉決裂した際、あたしがカタを付けたの、覚えて る? あの時、場所は違えど、あなたもあたしも、女王の命を受け、同じ目的で 戦った者同士じゃないの」  ザビアンの瞳が、ピクッと動いた。 「あたしが、女王の指令に忠実に戦ったのは、あの一度切りじゃなく、期待に応えて みせたことは、何度もあったわ。自分かわいさに逃げ出したことなんて、なかった。 あたしだって、幼い頃からベアトリクスの騎士を目指してたのよ。実際、城に居辛か ったのもあったけど、国のために役立てるんならって、そういう想いで、彼女の言う 通りに戦ってきたわ」  ケインが、マリスからザビアンに視線を移す。  しばらく無言であったザビアンも、ゆっくりまばたきをした後、口を開く。 「王女よ、提案には、あえて乗ろう」  ザビアンが用意したのは、薄い模様の入った高級な紙質の用紙であった。ケインが 庶民の世界で見る、木の皮や葉の混じった目の粗い紙ではなく、混ざり物のない、 目の細かい紙である。  マリスは羽ペンで、王女を辞退する内容を書き、サインをした。  マリス・アル・ティアナ・ベアトリクスと。 「まずは、これを持って行ってみて。あたしのサインかどうかは、王室付き教師と セルフィスならわかるし、彼のお付きの魔道士クンなら、あたしの魔力の痕跡を 嗅ぎ分けられるでしょう。彼らが、これをあたしの書いたものだって、女王陛下に 証明してくれると思うわ。  これでもまだ陛下のお気が鎮まらないようだったら、その時は、あたしも遠慮なく、 あなたたちを返り討ちにさせてもらうことにするわ」  涙の跡は既になかった。マリスは、いつもの不敵な笑みで、ベアトリクス魔道士団 を見渡してみせた。 「あたしの居場所なら、すぐに見付けられるでしょう。今まで見つからなかったのが、 逆に不思議なくらい。ハデに戦闘が起きているところよ。探しやすいように、手がか りまで教えてあげちゃったわ。  逃げも隠れもしないけど、無駄な戦いはしたくはないの。特に、あなたたちは、 あたしの故郷の人たちですもの。本当は、もう会わないことを願っているわ。  だけど、もし、女王陛下が、こんな紙切れ一枚なんかで、あたしをみすみす逃がし たと、あなたたちが怒られちゃうのは可哀想だから、手がかりを与えてあげたのよ。  どこを旅するかは、その場で決めてるし、空間を通ったりもしてるから、どこら へんにいるってのは予告できないの。ただ、物凄い魔力のぶつかり合いがあれば、 そこに、あたしがいる確率は高いと思っていいでしょうね。  じゃ、女王陛下によろしく。セルフィスには……あなたから謝っておいてね」  マリスは、魔道士に向かい、悲し気な、美しい微笑みを贈った。 「……小娘が……」  そう呟いたザビアンの表情は、最初の頃にあった憎しみは消えているように、 ケインには見えた。 「マスター・ソードの使者よ、お前には、真実はわかったか? 」 「うん。わかった気がするよ。双方の話を総合するとね。そして、あんたらが、誇り ある魔道士団だということも、よくわかった。俺は、あんたらの正しいと思うことを やればいいと思う。『王』の言うことに忠実なら忠実に。例え、……『王』が、間違 っていたとしても」  ザビアンの瞳が僅かに動く。 「宮廷勤めは、苦労するよな? 本当の真実は、女王陛下の御心にある……だもんな」  ケインは、両者を見つめた。 「今日はここで一旦引くが、我らは、女王陛下の……国家の元に忠実である以上、 いずれまた会うことになるかも知れん」 「俺も、この剣に恥じないよう、授けた神に忠実に、俺の心に忠実に、今後も判断 させてもらうよ」  魔道士団の姿が、揺れる。空間を渡る前触れだ。 「……しかし、マスター・ソードの使者が、お前のような気楽な小僧だったとは……」  ザビアンの口がそう動いたように、ケインにもマリスにも見えたと思うと、彼の姿 は、ぼやぼやっと空間の仲に溶け込み、続いて、一〇人の魔道士たちも、次々と消え ていったのだった。


ラインアイビー

 薄暗かった森には、光が差し込んだ。  辺り一帯は、通常の森に戻っているように見えた。 「さっきの魔道士団、ホントに帰ったみたいだな。なんとか、バトルは避けられて、 良かった。故郷の人たちだったから、戦うのは嫌だもんな? 」  ケインがほっとした顔になった。 「それにしても、彼ら、マスター・ソードのこと、随分、買ってくれてたみたいだな。 その割に、俺が、こんなだったから、期待はずれって感じだったけど」  はははと、ケインは仕方のなさそうに笑った。  マリスの表情も和らぎ、ケインを見つめ、首を横に振った。  ケインは、少し真面目な顔になって言った。 「王女の称号……ホントに、あれで良かったのか? 」 「正式に受理されるのは、彼らがベアトリクスに戻って、セルフィスと側付き魔道士 ギルシュが証明してからになるでしょうね。だから、数日から数週間はかかるとは 思うけど」 「……でも、王子とは、もう……」 「そんなことより、本当のところ、ケインはどう思ったの? あたしの言ったことを 信じる? それとも、ザビアンたちのことを信じる? あたしは、多少の演技はした し、愛技も使ったわよ」 (やっぱり……)  紫の宝石のような瞳に見据えられ、ケインが口を結んでから、開きかけた時だった。 「ふはははは! 安心するのは、まだ早いぞ、王女! 」  ザビアンたちの消えた方向と別方向から声がした。 「しまった! まだ結界の中だったんだわ! 」  マリスとケインは、声のする方を見上げた。


ライン紫

 森の外は、真っ青な空色が広がり、ケインにもマリスにも信じられない光景が 広がっていた。  そこからかなりの下方に森があり、原っぱもあり、その向こうには、トアフ・ シティーの街並みがあり、小さく、模型のように見えるのだった。  つまり、二人のいる、森と思っていた部分だけが、切り取られたかのように、空中 に浮かび上がっているとしか思えないのだった。  そこには、巨大な黒い陰影があった。 「あんたまで来てたとはね」マリスが腕を組んだ。 「ザビアンの跡を付けて来て正解だった。奴め、せっかく貴様と接触したというのに、 尻尾を巻いて帰るとは情けない! 私は彼のように甘くはないぞ。何が何でも、貴様 を連れ帰り、女王陛下に認めて頂くのだ!   そうすれば、私は魔道士団の長となり、ベアトリクスの魔道士将校となれるのだか らな! ザビアンなど、すぐにでも、跪(ひざまず)かせてやるわぃ! 」  ゆらゆら揺れる陰影は、いろいろな形に変化し続けている。竜のようであったかと 思えば、大型の動物のようにもなり、時には、邪悪な魔物の姿にもなっていた。 「コケ脅してんのも相変わらずね。そういうことは、『小物』のやることなのよっ」  マリスが指差した。 「ふん。なんとでも言うがいい、性悪女。何度も言うようだが、私はザビアンのよう に甘くはない。貴様を瀕死の状態に追い込んだとしても、後で、宮廷魔道士どもに 治療させればいい話だからな。当然、身動きの取れない程度に。それならば、生かし てとらえよ、という女王陛下のご命令に、背いたことにはなるまい」 「そこの魔道士、今、マリスは、ザビアンに、王女の称号を破棄する証明をした。 それが女王の手に渡るのなら、マリスをベアトリクスに連れ戻す必要はないんだぞ」  ケインが言い放った。 「なぁに、その証書より早く、私が王女を引き渡せば、手柄は私のものなのだ! 」  聞くや否や、ケインはキッと影を睨みつけた。 「お前は、さっきのザビアンたちのように、誇りを持って、国への使命感で動いてる んじゃない。自分の出世のためだけに、真実を見ようともしないのか。しかも、お前 の影からは、邪悪な気配が感じられる。お前は、宮廷魔道士じゃないな? 」  影は、しゅしゅしゅ~と縮んでいった。  それが人の形になる頃には、ケインはマスター・ソードを構えていた。  蝶ネクタイを締めた、小綺麗な出で立ちであり、魔道士にしては、黒マントも身に 付けず、意外にも気取った格好であった男は、離れたところに、こぢんまりと立って いた。 「どうした、そんな遠くで。大口叩いた割には、随分、警戒してるんだな」  フッと、ケインが笑うと、横からマリスが、つんつん服を引っ張った。 「違うのよ、ケイン。奴は、ほんとに『小物』なのよ」 「えっ? 」  ケインがよく見ると、魔道士の身体は宙に浮かんでいて、遠くに立っているように 見えたのは、目の錯覚であった。  魔道士は、小人というほどではないにしろ、小柄と呼ばれる人間よりも、さらに 小柄な人間であった。 「そいつは、『魔道士の塔』にも登録していないヤミ魔道士のくせして、ベアトリク スの宮廷に入りたがっているのよ。そうだったわよね、ビビ? 」  マリスがビビと呼びかけた小柄な魔道士は、身体のバランス的には大きな丸い腹を、 反っくり返らせ、両手を腰に当て、面白くなさそうな顔で、マリスを睨んだ。 「今のベアトリクスでは、ヤミ魔道士も宮廷魔道士になれるのだ。貴様を女王に突き 出し、晴れて宮廷魔道士として認められれば、今まで私のことを、小さい小さいと 言って、馬鹿にした奴らを見返してやれるのだ! 」 「だから、単独で、あたしを捕まえようってんでしょ? 他の魔道士の手柄を横取り しようと、付いて回り、機会を伺って」 「ふん、何とでも言うがいい、性悪女! 私に見つかったのが運のツキと思え! 」  魔道士ビビは、いきなり両手をマリスに向けた。そこから、巨大な黄色い炎が ゴーッと渦巻き、マリス目がけて向かっていった!   ケインが、マスター・ソードで庇う。黄色い炎は、ぎゅるぎゅると剣に吸われて いくが、ケインが思うよりも、魔力は強かった。  全部を吸収した後、彼の手には、まだ吸い込んだ時の振動が残っていた。 「魔力を吸い取る!? そ、そのような剣が……!? もしや、それは、……マスター・ ソードでは!? 」  ビビは、宙に浮きながら、卵のような顔を驚いたように強張らせ、鼻の下にだけ 生えている髭を逆立てた。 「ベアトリクスから来た奴等は、詳しいみたいだな、マスター・ソードのことに。 いや、お前に限っては、ヤミ魔道士だからか? 伝説の剣てのは、ヤミ魔道士の野望 を打ち砕く、とも言われてるんだっけ? 」  ケインは不敵に笑ってみせ、ビビを見た。 「小僧! 貴様なんぞが、マスター・ソードを手に入れた少年だというのか!? なぜ、 そんなヤツが、こんな性悪女などと、手を組むのだあああ! 」  ビビは、大袈裟にも頭を抱え込み、喚(わめ)いている。 「それにしても、ベアトリクスから来た奴等は、決まって、マスター・ソードの使者 とマリスが手を組んだことで大騒ぎするなぁ。マリスが性悪女っていうのは、どうも 本当らしいな」 「ケインたら! 何笑ってるのよ」マリスが膨れっ面をケインに向けた。 「いやあ、実は俺、選択間違えてんのかなーって」  マリスの顔は、余計に膨らんだ。 「そうだ! 貴様は間違っとる! そんな性悪女なんぞの肩を持ったりしては、正義 の使者の名が泣くぞ! 」  ビビが小さな人差し指で、ケインとマリスとを交互に指差した。 「……ケイン、あたし、ここからは、武遊浮術の愛技は使わないで、『地』で行かせ てもらうからね」 「あ、ああ、……うん」  マリスがケインの前に進み出る。 「さっきから、皆して、あたしのこと性悪女性悪女性悪女って……! あんたがデマ 流してるんでしょーっ! いい加減にしてよねー! 」  マリスがビビの胸元を引っ掴むと、彼の顔を、力任せに、びたびた叩いた!   びたびたびたびたびたびたびたびた……!  その凄まじさに、思わず、ケインの足は後ろへ下がった。  散々叩かれたビビは、放り出されると、なよなよと足を重ねて横座りになり、赤く 腫れ上がった頬を、両手で押さえ、涙目で彼女を睨んだ。 「おのれ、小娘! よくも……! 」 「来るか! 」  マリスが構えを取った。  と同時に、彼女は、ビビに、飛び蹴りを食らわせていた!   ビビは叫び声を上げながら、ごろごろごろっと転がり、地面に俯せた。 (なんというご無体を……! )  ケインは、相手に同情すら覚えた。 「……どうやら、本気でこの私を怒らせてしまったようだな! 」  よろよろと魔道士は起き上がると、身体中から黒い瘴気(しょうき)が立ちこめた。  ぶつぶつと呪文を唱える。  ピカッ!   シャーッ!   彼の背中から閃光が走った。  次第に、バチバチと、上空に放電が起こる。 「ふははははははー! 」  彼の身体自体が巨大化していき、ヒトの三倍もの大きさにまで膨れ上がった!   そして、顔も腕も足も、既に、人の皮膚にはあらず、黒いでこぼこした岩のように なっていき、背には突起がいくつも現れ、太く長い尾まで生えていく。  そう、ビビの身体は、もはやヒトの面影はなく、モンスターそのものであった! 


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