Book4看板 Dragon Sword Saga4 〜Ⅵ.3〜
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~ 第4巻『魔界の王子』 ~

剣月緑ライン Ⅵ.『帰還』 妖精緑アイコン3 ~ 地下室での戦い ~ 剣月緑ライン

地下室

「ふぉっふぉっふぉっ! なんだか知らぬが、とんだ計算違いだったようだな」  俺は冷たい大きな大理石の上に、両手両足を鎖で縛られ、大の字になっている。  そこは、城の地下だった。  カビ臭い匂いが立ち込め、魔道士のお香のような香りも混じって、異様な感じだ。  それよりも、目の前に並んでいる奇妙な機械が、それが何をするためのものなのか を考えると、あまり気分のいいものではなかった。 「きさまが、昨日の伝説の剣を持った小僧どもの仲間だったとは。それにしても、 最近のおなごは、元気がいいのう」  領主は、とっくに落ち着きを取り戻し、今までは見せなかった残虐そうな表情で、 俺を見下した。  ヤツは、まだ俺のことを女だと思っているようだ。ジュニアの術がまだ解けてない んだから、まあ、当たり前だろうが。 「ここが、お前たちのよくない企みを行ってた場所なんだな」  魔道士が、ちらっと俺を振り返る。領主などは、最初から目をギンギンに光らせ、 あの不気味な、生き物のような舌で、相変わらず自分の口の周りを舐めていたが、 魔道士の方は無表情なので、二人はまったく対照的だった。 「冥土の土産に教えてやろう」  領主は、大きな黄色い目を光らせた。初めて見た時よりも、一層、妖怪じみている。 「お前の言った通り、ワシらは、各国からの魔物の死体を集め、ここで、いろんな ものに加工して、売りさばいておったのだ」  領主は、「けけけ! 」と笑い声を上げた。 「始めは、倒された魔物の、枯れかけた血を飲み、肉を喰らうことで生き長らえて いたのだが、もっと効率の良い方法を考えついたのだ」 「それが、魔物の肉を、上質の肉だといって売ることか」 「そうだ」  領主は、ぎらぎらと光る眼を、俺に注ぐ。それは、目の前の餌を、いつ食おうかと、 じりじりしながらも、まだとっておいているといった感じであった。 「あの肖像画の女たちも食ったのか? 」 「けけけけけ! 」  ガマガエル領主は奇妙な笑い声を上げた。もう領主様の、いくらか上品な物腰など は、一片も感じられはしなかった。 「もちろん、そうさ! 毎晩、身体中をたっぷり舐め回してかわいがってやってから、 生贄(いけにえ)に捧げるのさ。悪魔の儀式の生贄に! 」  領主は、血走った目で、俺を見て、また「けけけ! 」と笑う。 「魔物の死体だけでは、良質の肉は作れない。それには、若い女の生き血が必要なの だ! けけけけけ! 」  ふと領主から目を反らすと、魔道士ジョルジュが、何やらろうそくなどを立てたり、 彼の足元には呪術的な模様のかかれた敷物が敷かれていた。  青白い顔で淡々と準備をしている。おそらく、その悪魔の儀式とやらの――!  「若い女でなくてもいいはずなのだが、領主様の希望なのでな。悪く思わないでくれ」  ジョルジュは、俺に目をやると、黙々と作業を続けた。  ふと、領主の、擦りむいた膝に、目が留まった。  そう、ヤツの血は、ヒトのそれとは明らかに違う色をしていた!  「やはり、お前は、妖魔だったのか。セバスチャン・トアフを喰らい、領主になりす ましていた妖魔なんだな」  俺を見たのは、魔道士の方だった。  領主だったものは、ほとんど妖魔の本性を出していて、もう俺の言っている言葉の 意味を理解する知能すら、持ち合わせてはいないように見えた。 「魔物の入った肉なんか、ヒトが食べて、大丈夫なわけないだろう。お前ら、下等な 妖魔がヒトを食って、ヒトの姿になれるのと一緒で、魔物の肉を食ったヒトは、魔物 化してしまうんじゃないのか」  魔道士は、俺に冷ややかな視線を浴びせた。 「そのとおりだ。だが、全員が全員、魔物化してしまうわけではない。魔物を食べて、 魔物化しなかった人間は、特殊な能力を身に付けていることがある。そのような人間 を欲しがっているものたちもいる。そやつらに提供してやっているだけだ」 「な……! なんだって!? 」  思わず、俺は、身を乗り出していたが、両手足をがんじがらめにされていたため、 すぐに、冷たい大理石の上に引き戻されてしまう。  その時、俺の頬を、『領主様』が、べろんと舐めた!  「うわああーっ! 何すんだ! 」  俺は、ヤツを必死ではねのけようと暴れたが、なにしろ、両手足が使えないので、 舐められっぱなしだった。  こんな鎖なんか、本来の俺だったら、なんとかなったのに!   ヤツは、べろべろと、俺の頬や肩、腕、脚など、露出している肌中を、舐め始めた。  生暖かい、気持ちの悪い生き物が、ぬるぬるとした触感を残して、這っていく。  女でなくても、それは堪え難い!   そして、俺の必死な抵抗も空しく、妖魔は、口を大きく開け、無数の牙を表し、 俺のまとっているシルクの布を剥がそうと、手をかけた!   ああ、俺は、こんなものに喰われてしまうのか!?   その時だった。  ばこおおっ!  「ぐわーっ! 」  突然の爆風で、妖魔の身体は、叫び声と共に、ぶっ飛んだ!   魔道士も、凄まじい爆風に飛ばされないよう、必死に石柱に掴まる。  不思議と、その爆風は、俺を避けているようだった。 「ごめ~ん、ケイン。遅くなっちゃって」  砂埃の中、咳き込みながら、片方だけ、目を開いてみると、そこには、見慣れた 背の高い黒髪の男の後ろ姿と、その肩に止まっている小さな妖精とがいた!  「話は全部聞かせてもらった。ジョルジュ――いや、魔道士ジャクスター」  ヴァルが、重々しく口を開いた。  魔道士ジャクスターだって!?   ジョルジュ――ヴァルがジャクスターと呼んだ魔道士は、ゆらりと、石柱の影から 進み出た。  二人の魔道士が睨み合っている間、ミュミュが、ちょこちょこと走って来て、俺を つないでいる鎖を取り外しにかかる。 「魔道士の塔からお尋ね者とされていたヤミ魔道士ジャクスターが、お前だったとは な」 「そういう貴様は、何者だ! 」 「私の名は、ヴァルドリューズ」 「ヴァルドリューズだと? あのラータンの出身のか!? なぜ、貴様が、こんな ところに……!? 」  ジャクスターの声には、今まで俺の前では見せたこともなかった動揺が見られる。 「あ~ん! 絡まっちゃったよぉ~! 」  こんな緊張感の高まった場で、ミュミュがひとり、俺の鎖を解(ほど)いてくれてた はずが、自分が、ぐるぐる巻きになって、泣きわめいていた。どうやったら、そんな ふうになれるんだか。  仕方がないから、今度は、俺がほどいてやる。  結局、キミは何しに……?  「お前たちのしていた、魔物をヒトに食わせることは、明らかに禁じられた行為だ。 魔道士の塔を離れた身ではあるが、そのような人々を増やすことは、この世を破滅に 導くことにもなろう。同じ過ちを繰り返させぬためにも、今ここで、貴様を倒して おく! 」  ヴァルのセリフに、ジャクスターの目が細められた。  ヴァルの横に、鎖を解いた俺が並ぶ。 「ケイン! パス! 」 「おう! 」  ミュミュが、空間から放ったバスター・ブレードを受け取る――が、  またしても、俺は剣の重さについていけず、その場に倒れた。  ヴァルが来たからといって、俺が、男に戻れたわけではないのだった。  今になって思ったけど、こんな重たい剣を、しかも片手で振り回していた男の 俺って、ちょっとカッコよかったんじゃないかな?  「ヴァル、俺をもとの姿に戻してくれ」 「出来ん」  そう言っただけだった。 「術を解くのは、ジュニアでないとだめだ」  言い捨てると、ヴァルの姿は、パッと消えていた。同時に、ジャクスターの姿も。  いろんな規模の風圧が、あちこちで起きている。上級魔道士の成せる技だろう。  彼らは、空間の中ででの戦闘に入っていた。  あの魔道士はヴァルに任せておくとして、 「……てことは、後は、こいつか! 」  俺は、離れたところに転がって、バタバタしている魔物領主を見据えた。 「ケイン、頑張れー! 」  ミュミュが、俺の肩に乗って応援している。 「お前、そんな悠長な……! マスター・ソードはどうしたんだよ? 」 「あ、ヴァルのお兄ちゃんに聞くの忘れた」 「なに!? 」  とはいえ、怒っている時間はない。とにかく、今はこれで何とかするしかない。  俺は、ずっしりと重いバスター・ブレードを、ずるずる引き摺って、やっとのこと で、領主のもとへ、辿り着いたのだった。 「この妖魔、覚悟しろ! 」  俺は、なんとか剣を振り上げるまでは行かなかったが、ちょっとだけ宙に浮かせて、 転がっている領主目がけて、振り下ろした!  「けけけ……! 」  領主だったものは、剣をすり抜け、大掛かりな機械の上に、四つん這いになって、 飛び乗った。  ヤツの姿は、微妙に変化していく。  巨体がますます膨張していったかと思うと、不気味なピンクのネグリジェが、はち 切れ、太い尾が生えてくると、身体の色も黄緑色に変色していった!   そして、そこにいるのは、大きなガマガエルと、トカゲを合わせたような、黄緑色 の不気味な生物だった!  「きゃーっ! 余計バケモノー! 」  ミュミュが、俺の肩の上で、大騒ぎしている。  カエル大トカゲは、しゃーっと、ピンクの長い舌を伸ばしてきた!   俺は、はっと身を躱(かわ)す。  次々と飛び出すピンク色の舌を、さっさと避ける。  女になって力は弱まっても、身が軽くなった分、避けるのは苦ではなかった。 「へっへーん! 誰が、そんなもん当たるか! 」  調子に乗った時だった。 「ひっ!! 」  俺の露出した背中を、ヤツの舌が這って行った!  「この期に及んで、まだナメる気かー! 」  もういやらしいつもりはなく、カエル(?)の習性で舐めてきたにすぎないのだろう が、俺は、バスター・ブレードを思わず振り翳(かざ)そうとして、やっぱり倒れた。 「ケインたら、学習効果ない」  ミュミュが呆れて、肩を竦める。  もとはといえば、誰のせいだよ?   だが、相手のカエル妖魔も、動きは、最初ほどの敏捷さはなくなってきていた。  デブなのが災いしているのか、今ではさほど動きは速くはなく、大きな口を上に 向けて、はあはあと荒く息をしていた。 「待て! 」  ぺたん……ぺたん……  ずるずる剣を引き摺りながら、追いかけ回す俺と、ぺたんぺたんたいした飛距離も なく逃げ回る妖魔。  方やのろのろと追っかけていっては、方やのろのろ逃げ回るという、ハタから見れ ば、非常に、じれったい戦いをしていた。  しかも、俺が引き摺るバスター・ブレードが、床にこすれて、時々「キーッ! 」 などと、トリハダものの音なんかを立てるもんだから、その度に、俺は寒気がして 飛び上がりそうになるし、ミュミュはひゅるひゅると落下し、妖魔もひっくり返って いた。  こんなにみっともない戦いは、誰にも見せられるものではなかった。  ああ、せめて、男であったなら!  「ミュミュ、ちょっと耳貸せ」  鍛えられていない女の身体で、こんなことばかり続けていると、さすがに息が乱れ てくる。 「こんな戦いじゃ、ラチが開かない。いいか、俺が合図したら、ミュミュは、バスタ ー・ブレードを、あいつの真上に落としてくれ」 「うん、わかった」  俺は、領主だったものと睨み合い、じりじりと間合いを詰めていく。 「今だ、ミュミュ! 」  言うと同時に、俺はカエルに向かってダッシュした。  タイミング良く、ミュミュが空間から剣を落とす。  それを空中で掴んで、剣の重みで落ちるのに加わえて、若干軌道を修正すると、 俺は逃げかけた目標の上に、剣を振り下ろしたのだった!  「ぐえっ! 」  領主だったものの首が、緑色の液体にまみれて、どろんと床に転がった!   胴体は、まだピクピク動いていて、どくどくと、黒っぽい緑色の体液が、切り口か ら迸(ほとばし)り出ていた。 「やったね! ケイン! 」  ミュミュが喜んで目の前に現れる。 「はあ、はあ、はあ……」  額の汗を拭うと、後ろに、ひゅんと人影を感じた。 「ヴァルか? どうやら、そっちも決着が着いたらしいな」  振り返ると、そこに立っていたのは、青白い顔をして血まみれになったジャクスタ ーだった!  「なっ! お前は……! 」  急いでバスター・ブレードを盾にしようとすると、そいつは、ばたんと前のめりに なって倒れた。  その後ろには、見慣れたヴァルドリューズの無表情があった。 「なんだよ、ヴァル。脅かして! 」  俺は、ほっとして笑い、肘で彼を突いた。  彼も、ちょっとだけ微笑んだみたいだった。


開拓工事

 ヴァルと一緒に空間を渡ってジャグの村に戻ってみると、二人の少女は、未だ、 横になったままだった。 「ああ、ケイン、ヴァル! 戻ったか」  クレアを抱きかかえていたカイルが、俺たちに気付く。 「どうだ、二人の様子は? 」  俺の質問に、カイルが首を横に振る。  ヴァルが、ふと顔を上げ、薄明るくなって来た空を見上げる。 「夜明けが近い。少し時間がかかり過ぎているようだな」  一難去って、また一難。  トアフ・シティーの領主たちを倒して戻ってきたのはいいが、肝心な、彼女たちの 意識が戻らないことには、どうしようもない。 「ジュニアが言うには、マリスが、クレアからヤナを追い出すのには、なんとか成功 したらしいんだが、それは、夜中には終わってるんだ。あれから数時間経つのに、 未だに二人とも意識が回復してないんだ」  カイルの顔は、俺たちが出発した時よりも、ずっと青ざめていた。きっと、心配の あまり、一睡もできなかったんだろう。  そして、ジュニアは、もう半透明ではなくなっている横たわっているマリスの、 すぐ隣で、膝を抱えて、おとなしく座っていた。こいつなりに、心配しているのが わかった。  ヴァルは、片膝を付いて、クレアとマリスと交互に様子を見るように、てのひらを かざす。 「なあ、もしかして、ヤナの魂を追っ払っても、ジュニアが言ってたみたいに、 クレアの人格が戻らないなんてことに、なってやしないだろうな」  カイルが、おろおろとヴァルに尋ねる。  ヴァルは、二人に手を翳したまま、黙っていた。 「クレアー、マリスー」  ミュミュも心配そうに、クレアとマリスの腕を引っ張ったり、髪を引っ張ったり している。  隣で、カイルが、ふっと力なく笑った。 「まったく、情けねえよなあ。いくら分野の違うこととは言え、俺はなあ、ケイン、 今ほど自分の無力さに腹を立てたことはなかったぜ。いや、過去に一度だけあったか な。とにかく、俺は、自分が情けなくて、仕方がないぜ! 」  俺は、カイルのやるせなさそうに震える肩に、手を置いた。 「俺も、同じだよ」  その時、ヴァルが、ゆっくりと立ち上がった。  俺もカイルも、彼を目で追い、じっと言葉を待った。 「マリスの精神も彼女に戻ってきている。精神がもう少し身体に馴染めば、いずれ 目覚めるだろう。クレアの方も、彼女の精神が僅かに感じられた。どうやら、人格は 元通りに彼女に戻りそうだが、ただ……」 「ただ……なんだよ! 」  カイルが、キッとヴァルを睨む。 「精神、魔力ともに大分弱まっているので、復活は……多少難しいだろう」  そう言うと、ヴァルは、また膝を付き、クレアに向かって両方のてのひらをかざし た。多分、彼女の魔力を回復しているのだろう。 「おい、復活は難しいって、どういうことなんだよ!? まさか、彼女、このまま ……意識が戻らないなんてことは、ないよな? 」  カイルが血相を抱える。 「そうとも言えないが、そうでないとも言えない状態だ」 「お前ってヤツは……! よくも、そんな冷てえことを淡々と言えるもんだな?  ひでえよ! クレアは、てめえの弟子だろうが。弟子が大変なことになってんだから、 もうちょっと真剣に助けてやれよ! 」  カイルは、ほとんどヴァルに八つ当たりするように、食ってかかっていたが、 ヴァルの方は、いつもとどこも表情を変えることなく、そのままクレアに回復魔法を かけ続けていた。 「クレア……」  俺は、そっと、クレアの身体を起こし、両腕に抱えた。  ヴァルが、ちらっとこっちを見たが、俺が『治療』を妨げているつもりはないこと がわかったのか、あえて何も言わなかった。  彼女の白い面(おもて)は、月のように美しかった。  俺は、心の中で、クレアに語りかけていた。  自分がみんなの足を引っ張るのは嫌だからって、ヴァルに攻撃魔法を教わったり、 俺にも剣を教えてくれって言ってきたりしたよな。剣は、まだあんまり教えてあげら れてないけど。  初めて逢った時に比べると、綺麗な顔の割りには、大分気が強いなーって思った けど、……なぜか、その方が……俺は好きだった。  攻撃魔法は、どっちかっていうと、失敗の方が多かった気もするけど、そのたびに、 俺にとばっちりがきたけど、でも、俺には、きみはかわいく思えて……同じ年なのに 悪いけど、妹みたいに思っていたんだ。  みんなだって、きっと一緒だ。  カイルなんて、ただの女好きに見えるけど、クレアのことは大事に思ってるし、 マリスも、出会う女たちとはなぜか気が合わなそうなのに、クレアのことは好きみた いだ。  ミュミュだって、きみのことが好きだ。  ……そんなきみが、戻ってこないなんて……!   そんなこと、ないよな?  俺は、マリスと一緒にいることの方が多くて、彼女に惹かれながらも、いつも振り 回されて、圧倒されることが多かったから、あんまり考えたこともなかったんだけど ……今になってみて思うと、クレアがいないのは淋しいものだということに、気が 付いたのだった!  『私とケインは、同時に旅に加わったから、ケインだけ外れちゃうのは、やっぱり淋 しいもの。それに、私、まだまだあなたから教わらなくちゃいけないこと、いっぱい あるし』  アストーレを出る時、俺が皆と旅をすることを選んでくれて、嬉しいと言ってくれ た。  彼女の言ったさりげない言葉で、俺は、何度か救われてきていたんだ。  俺は、ぎゅっとクレアを抱きしめた。  戻ってくるんだ、クレア!   きみがいなくちゃ、みんなだって、……俺だって、淋しいじゃないか!   一緒に旅を続けよう! 俺は、魔法も剣も上達したきみを、見てみたい……!   いつの間にか、ヴァルが魔力を注ぐのをやめ、立ち上がっていたが、俺は、構わず に、彼女を抱きしめていた。 「……クレアが……! 」  カイルの驚いた声に、俺は、はっとして、クレアの顔を見つめた!   彼女の瞼が、うっすらと開き始めていた。 「クレア! クレア! 」  俺もカイルもミュミュも、一斉に、彼女の名を呼んだ。  クレアの瞳は完全に開き、俺をとらえた!  「……だ、誰? 」  彼女は、かすれたか細い声を発した。  俺って、忘れられてしまったのか!?   それとも、クレアが記憶喪失!?   ……と、一瞬ショックだったが、よく考えてみると、俺は、まだジュニアの魔法を 解いてもらってなかった。  従って、まだ女なのだった。  そう言やあ、まだ声も可愛らしかったしな。 「……ケインね? ケインなんでしょう? 」  一声目よりも、はっきりと、瞳も――黒曜石のような美しく輝く瞳も、しっかりと、 俺を見ていた。  忘れられていたんじゃなかった。  彼女は、俺の首に、腕を回し、抱きついた。 「……なんで、俺だってわかった? 」 「だって、感じるんですもの。ああ、これは、ケインの感じだって」  俺は、改めて、彼女の身体を抱きしめた。 「良かった、クレア……! 戻ってきたんだな! 」 「ケイン……! 」  彼女も、俺に回した腕に、力を込める。 「クレアー、クレアー! 」 「まあ……! ミュミュ! 」  ミュミュが泣きながらクレアに飛びついた。 「無事で何よりだ」  ヴァルが見下ろしている。 「ヴァルドリューズさん……! 」  彼女は、両手を口に当て、目を見開いた。 「大丈夫か? 立てるか? 」  そんな彼女に、ヴァルは微笑むと、片方の手を差し伸べた。  クレアは、震える手を伸ばしていき、ヴァルの手に掴まり、立ち上がった。 「ほら、カイル」  側に突っ立っているカイルの背を、俺はぽんと押した。  彼は、まだぼう然としているみたいだった。 「クレア、カイルは、ずっときみのこと心配してたんだぜ」  クレアがカイルを見上げる。 「べっ、別に、俺は、そんな心配なんか……! 」  カイルは急に慌てふためいたように逃げ腰になっていたが、俺に押されて、ずる ずるとクレアの前に出て行った。 「カイル、……私、ずっと、あなたの声が聞こえていたわ。……ありがとう」  クレアの表情が和(やわ)らぐ。 「……お帰り、クレア……」  カイルは、ちょっと照れ臭そうに言うと、両手を広げた。  クレアの瞳が潤んだみたいに光り、彼に近付いていった。  誰もが、暖かい抱擁シーンを思い浮かべていただろう。  だが―― 「きゃーっ! 」  彼は、クレアに思いっきり突き飛ばされていた!   皆、唖然とその光景を見ていた!  「ど、どうしたんだよ、クレア!? 俺、まだ何も……? 」  突き飛ばされたカイルは、よろよろと起き上がると、再びクレアに近付こうとした のだが、 「いやーっ! 近寄らないでー! 」  またしても、彼女に突き飛ばされていた。 「おいおい、クレア、そりゃ、ないんじゃないか? カイルは、ずっとクレアのこと 心配して、ずっと付きっきりで、夜も一睡も出来なかったくらいなんだからさ」  俺が、可愛らしいハイ・トーンで言うが、 「わ、わかってるんだけど……、かっ、身体が勝手に反応しちゃって……! 」  クレアも困惑して、俺たちを見回す。  カイルが、むすっとして起き上がる。 「なんで、俺だけダメなんだよ」 「いっ、いいえ、あなたがダメとか言うんじゃなくて……きゃーっ! よらないで男 ーっ! 」  カイルがムキになって走っていったが、やっぱり、飛ばされた。 「……どうやら、巫女の憑依の名残か、男を受け付けないらしいな」  ヴァルが淡々と言った。  そうか、だから俺は大丈夫だったのか。良かった、俺、今は女で。  そして、ヴァルは、男といっても神秘的であり、男男した逞しいヤツというわけで はないせいか、大丈夫だったのだろう、と今は不思議にも思わなかった。 「よーし! じゃあ、俺も試してみるかぁ! 」  それまで静かにしていたジュニアが、いきなり立ち上がった。 「なにぃ!? ちょっと、待て! てめえなんかが、クレアに触れようなんざあ ――! 」  カイルが急いで起き上がり、ジュニアを止めようとしたのだが――!  「きゃーっ! 悪魔ーっ! 」 「うわーっ! 」  ジュニアを突き飛ばすと同時に、いきなり、クレアのてのひらからは、白い電撃の ようなものが放たれてしまったのか、ぶすぶす黒焦げになり、ぱたんと俯(うつぶ)せ になった。  それを見たカイルも、さすがにぞわーっとしたみたいで、もうそれ以上、クレアに 近付こうとはしなかった。  ジャグの巫女ヤナの影響か、人格は元通りに戻ったクレアだったが、一層潔癖に なってしまった。 「……み、みんな……なにやってんの? 」  そして、マリスがいつの間にか復活していて、それらの光景を、唖然としてみて いた。  俺たちは、クレアに――というか、その異変に気を取られていて、マリスの復活に は気付かなかったのだった。


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