Book3看板 Dragon Sword Saga3 〜Ⅶ.−2〜
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~ 第3巻『砂漠の謎』 ~

剣月紫ライン  Ⅶ.『時空の歪(ひず)みと辺境』  〜 2 〜  剣月紫ライン
 
時空の歪み

「あんたのような魔道士が、剣を手にしたって、使えっこないじゃない。それに、 その剣は、持ち主以外のものが使うと、回収されることになってるのよ。だから、 無駄だわ」 「おや、それは本当ですか? 一体、どなたが回収に来るというんです? なんなら、 試してみましょうか? 」  魔道士は、バスターブレードを、マリスに向かい、両手で低く構えた。 「このあたしに、魔道士風情が、剣で勝てると思うの? 」 「あなたの言う通り、持ち主以外のものが使って、本当に剣を取り返しに来るものが いるかどうか、確かめるのですよ」 「バカなマネはやめて! 確かに、その剣は、あたしのものじゃないわ。だけど、 それを返してもらわなくちゃ、困るのよ。ここで、回収されたりしたら、もう二度と、 取り返すことはできないかも知れないわ。だから、お願い! やめて! 」  マリスは、いつになく必死な表情になっていた。 (俺の剣のために……? )  時空の歪みである膜を覗くケインの心臓は、緊張したまま、高鳴って行く。 「……だったら、私と一緒に、ベアトリクス城へ行きますか? 」  男は、剣を降ろすことなく尋ねた。  マリスは、唇を引き結んだ。 「行けば、あなたは反逆罪、女王陛下からの処刑が待っていることでしょう。多分、 あなたは裁判にかけられることなく、一生陛下の奴隷に終わるか、さもなくば……、 死刑でしょう」  クレアが、再び両手を口に当てる。  ケインは、じっと動かず、目を反らせずにいた。 「……どっちもごめんだわ」 「では、力ずくで、剣を取り返してみますか? 」  なおも、魔道士は挑発する。  いてもたってもいられなくなったケインは、マスターソードに手をかけた。 「待て! 」  サンダガーが、それを制する。 「お前は、あそこへ行くべきじゃない」 「助けなきゃ、マリスを……! 」  剣を抜こうとしたケインの腕を、サンダガーが押さえつける。 「放してくれ、ダメージを受けたって、俺は構わない! マリスだって、あっち側に いるってことは、精神ダメージを受けてるはずだ! 」 「あいつは魔力が高いから、多少は守られる! 」  常人程度の能力に抑えられた獣神でも、その手をどけることは、人間には不可能 であるのか、剣に手をかけたままの体勢で、ケインは、膜に映るマリスを見ている しかなかった。  が、次に何かあれば、サンダガーに止められても、何とかして、無理矢理にでも 飛び込むつもりでいた。 「……随分、卑怯な手を考えるものね。あなた、そんなヒトだったかしら? 」 「ヒトは変わるものですよ。あなたが失踪して一年以上経つんです。ヒトの心など、 変わるには充分な時間です」  バスターブレードを構えたまま、魔道士は、平坦な口調で答えた。 「それに、今のあなたは、どういうわけか、あのゴールド・メタル・ビーストがつい ていないようですね。知っているでしょう? 私が、ヒトの守護神を感じ取るのに 長(た)けていることは。  剣も何もない上に、守護神まで無くされたあなたを、目の前にしているとは、なん と奇遇なことでしょう! あなたも、私の実力は、わかっているはずです」 「ええ。王太子セルフィスの側付き魔道士ギルシュさん――その隠された実力は、 宮廷魔道士の中でもズバ抜けていたと、記憶してるわ」 (あいつが、セルフィス王子の――!? )  ケインは、思わず、身を乗り出す。  剣を掴む腕は、サンダガーに掴まれたままだ。  クレアが、ますますはらはらした様子で見守るが、ヴァルドリューズは変わらず、 冷静沈着な瞳で、見据えているだけであった。  しばらくにらみ合いが続いていたが、不適な笑いを浮かべていたマリスが、肩を すくめた。 「どう考えても、そっちの方が有利だわ。お手上げよ」 「ほう、物分かりがいいですな」  魔道士は、バスターブレードを降ろした。 「連れていけ」  それを合図に、彼から離れたところの木や岩の間から、黒いフードを被った、痩せ た男たちが、次々と現れる。 「汚いぞ……! あいつ、あんなに部下を連れてたのか」  もがくケインを、やはり獣神が腕一本で抑えつける。 「マリス、逃げて……! 」  クレアが、祈るように両手を組み合わせ、懇願した。  ヴァルドリューズは、身動き一つしない。  マリスの周りを、五人の魔道士たちが取り囲み、今にも近付こうという時だった。 「ぎゃああああ! 」 「ひゃああああ! 」  突然、彼ら魔道士たちの身体は火ダルマになり、その場をのたうち回ると、一瞬に して、跡形も無く消滅していったのだった! 

 
炎技

 目の前の、信じられない光景には、ケイン、クレアも眼を見張った。 「な、なに? マリスが何かしたのかしら!? 」 「いや、構えは取ってるけど、何かしたようには見えなかった! 」  目を凝らして、膜の映し出す映像に見入っている二人に見えているのは、マリスと、 彼女の正面に、ただ独り、王太子側付き魔道士だという男が、立っているだけの光景 だった。  様子が違うのは、バスターブレードの他に、彼の手にはもうひとつ、宝玉の付いた 透明な杖(ロッド)が握られていたことだった。  ケインもクレアも、状況が把握できず、ただ唖然とする。 「やれやれ、やっと、あの小煩(こうるさ)いハエどもを、始末できた」  魔道士の口調は、一変して、平坦から表情豊かになっていた。 「お怪我はありませんでしたか? もう大丈夫ですよ」  魔道士は、すたすたと、マリスに寄っていった。  マリスは、構えていた拳を降ろす。 「……あなた、いいの? こんなことして」  彼女も、目の前の出来事に多少の驚きは隠せず、いくらか茫然とした表情だ。 「なあに、あいつらは、正規のベアトリクス魔道士団じゃないんですよ。宮廷魔道士 のひとり――もう、だいたい見当はついてるんですけどね――そいつが、私につけた 見張りなんです。  私も妬まれやすいみたいで、いろいろと、足を引っ張ろうとする輩も多くてね。 この辺境は、よく魔物が出ることは、あなたもご存知でしょう? そいつが、彼らを 食ったことにしておきます。彼らは、ベアトリクスのために、名誉ある殉職をしたの ですよ」  それまでとは打って変わった親しみやすい口調の魔道士は、滑稽な感じに肩をすく めてみせた。  その動作に、マリスは安心して、ケラケラと笑い出した。 「ああ、もう脅かさないでよ! ほんとに連れてかれちゃうかと思ったんだから! 」  ほっとして笑いすぎたのか、マリスの片方の目尻には、涙が滲んでいた。 「すみませんでしたね。あいつらの手前、仕方がなかったんですよ。これは、お返し しておきますね」  彼は、すんなりと、バスターブレードをマリスに渡した。  剣が戻ってきたのと、彼が敵でなかったことに、ケインとクレアは、ほっとし、 全身の力が抜けたのだった。 「ですが、なぜ、またこんなところにいたのです? 見つけたのが、たまたま私だっ たからよかったものの、他の奴らだったら、本当に捕らえられていましたよ」  男は、心配そうに言った。 「ちょっと変なところに落っこっちゃって。アストーレから西に行った砂漠の地下 なんだけど、時空の歪(ひず)みみたいな膜があちこちあって、そのうちのひとつに 映ってた岩の間を何気なく覗いたら、なんとなく、故郷の辺境に似てるなーって。 ほら、あたし、辺境警備隊もやってたじゃない?   そしたら、この剣が、そっちに落ちてるのが見えたから、ちょっと躊躇(ためら)っ たんだけど、さーっと行って取ってこようと思ったのよ」  マリスが肩をすくめた。 「そんな危険を犯してまで――よほど、大事な剣だったのですか? あなたのもので はないとおっしゃってましたが」 「ええ。友達のなの。その人以外の人間が使うと、本当に巨人族が剣を取り戻しに 来ちゃうんですって」 「本当なの? ケイン」  振り返ったクレアに、ケインは、映像から目を反らさず、頷いてみせた。 「それにね、この剣は、その人のお父さんの形見なの。巨人族に取られちゃうこと より、形見がなくなっちゃうことの方が、辛いじゃない? 」  そう微笑んだマリスの顔を、ケインは目を見開いて見た。 「……あなたは、全然変わってませんね」  黒いマントをなびかせ、魔道士ギルシュは、フードで隠れている顔を、懐かしそう に綻(ほころ)ばせた。 「変わったわよ。もう、ここにいた時のあたしじゃないわ」 「……今でも、旅を続けてるんですか? 私が聞いた話では、……『例の方』と組ん で、召喚獣を呼び出しているとか……? 」 「う~ん、まあね」  考えながら、マリスは答えた。 「召喚獣じゃねえっ! 俺は、神だぞ! 」  膜の絵に向かい、サンダガーがわめくが、二人には届いていない。 「……殿下には、会っていかれませんか? 」  魔道士の男の瞳が、ふっと和らぐが、声には、慎重な様子がこもっていた。  マリスの肩が、わずかにピクッと反応した。 「……会わないわ。会う資格はないもの」  マリスは、ギルシュから目を背けた。 「セルフィス様は、今でも、あなたのことを……お待ちになっております。あなたが 問われている陛下への反逆罪などは、誤解であることは、見抜いておいでです。私が、 特殊な結界をお張り致しますから、一瞬でも、殿下にお会いになってはいかがです か? 」  驚きを隠せずに、マリスは彼を見上げた。  その紫水晶のような瞳は、驚きだけでなく、微かな期待をも、隠せずにいた。 「なあ、もうそろそろマリスを連れ戻そうぜ。でないと、俺様が付いてないのに、 ベアトリクス城になんか行ったりしたら、どんなヤツが出てくるか……、あの魔道士 が優秀だっていったってなあ、女王だって、抜け目ないんだぜ。ちょっとヤバいん じゃね? 」  今の自分の力では、彼女をこちらに連れて戻すことは出来ないと踏んで、サンダガ ーは、ヴァルドリューズに催促しているのだった。  といって、ヴァルドリューズにさえ、そこまでのことが出来る魔力が残っているの かも、定かではない。  残る手段は、ケインのマスターソードで、時空の歪みを破るのみだが、ケインは、 それは、まだだと思っていた。彼女の次の言葉を聞いてからでも遅くはない、と。 (せっかく、故郷に戻ってきたんだ。セルフィス王子が近くにいて、あの腕の立つ 魔道士が、会わせてくれるっていうんだから、せめて一目でも、王子に会わせてやり たい……)  そう思う反面、会わせたくない気持ちもあるのが、正直なところだった。  実は、会って欲しくない方が大きかったかも知れない。 (バカなことを……王子と張り合おうってのか? 二人は許嫁だったんだぞ。俺なん かが、彼女に、行くななんて、言えるわけないだろ)  心の奥底にあった、以前の恋人の、咎(とが)めるような顔が浮かぶ。 (……そうだよな。きみが見たのは、きっと彼女じゃない……)  ひとり想いを巡らせているケインの隣では、サンダガーが、ヴァルドリューズに 文句を言い続けているが、彼は一向に取り合う様子は無い。 (そういえば、なんでヴァルは、早くマリスを助けようとしない? 俺にマスター ソードを使って、歪みを切り裂くことも命じようとしないし……)  ケインが、慎重な視線をヴァルドリューズに向けるが、彼は、サンダガーの文句も まるで聞こえてはいないかのように、膜の向こうに映るマリスと、魔道士の男から 目を離さず、静かに見ていた。  少しの沈黙の後、マリスが顔を上げた。 「せっかくのご厚意だけど、……遠慮させて頂くわ」  にっこり笑ってはいたが、その水晶の瞳は、どこか淋し気だった。 「さっきも言ったように、あたしは、もうあの時のあたしじゃないのよ。人だって 殺したことあるし、男の人だって……騙したことはいっぱいあるし。女王が怒ってる とかは関係ないの。あたしは、セルフィスに会わせる顔がないのよ」 「しかし、殿下は――」 「お願い! 会わせないで! 」  魔道士の言葉を、マリスは鋭く打ち切った。 「あたしの勝手な言い訳を、押し付けて悪いけど、お願いよ、彼とは会わせないで。 今、会ったら、全部終わりになってしまうわ! あたしは、彼と一緒にいたくなって しまう。そうなるわけにはいかないのよ。まだまだ、倒さなくちゃいけないものは 多くて、だけど、あたしを助けてくれる仲間も出来たの。あたしは、城の中でぬく ぬくしているよりも、その人たちと魔物を倒していくことに決めてるの。その方が、 あたしだって、生きてるって思えるんだもの」 「……ゴールダヌス殿の命令だからですか? 」  彼は、静かに尋ねた。 「……知ってたの? でも、あたしが自分で決めたことだから、この際、じいちゃん は、関係ないわ」  マリスは、一度、地面に視線を落としてから、顔を上げた。 「ひとつだけ、お願いを聞いてくれないかしら? 」  魔道士は、慎重な態度で、ゆっくりと頷いた。 「あたしが、みんなのところに帰るのを手伝って欲しいの。みんなって、今一緒に いるみんなのことよ」  魔道士は、彼女の手にしているバスターブレードに視線を移す。 「その剣の持ち主も、いらっしゃるのですか? 」 「ええ。彼は、結構いいヤツなのよ」  マリスが魔道士にウィンクしてみせる。  ケインは、ちょっと嬉しく思った。 「ちょっとぼーっとしてるんだけどね」  それは余計だと、ケインは思った。 「それでは、どちらにお送りすればよろしいでしょうか? 」  魔道士ギルシュが尋ねる。 「そうねえ……。ヴァルー、その辺にいるんでしょう? ちょっと迎えに来てくれ ない? 」  マリスは、あちこちに向かい、呼びかけた。  ヴァルドリューズとケインの目が合った。 「ケイン、マスターソードを、時空の歪みに突き刺してくれ」  待っていたとばかりに、ケインは目の前の時空の膜に、剣を差し込んだ。

 
魔法陣と剣

「げっ! なんで、あんなところに剣が!? 」  マリスは、彼女からすると、右の空に見えているであろう剣先を見付け、驚いて 後退(あとずさ)った。 「どうやら、あそこらへんにいらっしゃるようですね」  魔道士が片手をすっと上げると、マリスの身体が、ふわっと宙に浮かぶ。 「ありがとう! この恩は忘れないわ! あなたも気を付けてね、ギルシュ! 」  魔道士に向かい、マリスは手を振ると、剣の刃へと近付いていった。  剣へ近付くにつれ、マリスの身体は黄金色の光に包まれた。剣の差し込まれたとこ ろからは、同じような金色に包まれた腕が、マリスの腕を掴み、引き上げる。  完全に、膜から抜け切った時、弾かれたように押し出され、ちょっとした風を巻き 起こす。  それから、ケインは、マスターソードを膜から抜き取り、元通り鞘に納めたのだっ た。  金色の光が収まるのと引き換えに、マリスの姿が現れた。  薄暗い、青白い光の岩の中を、きょろきょろし、ケイン、クレア、ヴァルドリューズ に気が付く。 「マリス! 」  クレアがマリスの首に飛びついた。 「クレア、ケイン! 皆、無事だったのね!? 」  クレアの瞳から伝わった涙の粒が、マリスの首筋を濡らす。 「どうして泣いてるの? 」 「なんでもないの。……マリス、戻ってきてくれて良かった……! 」  ケインも、クレアが彼の想いも代弁してくれたように思いながら、微笑ましく、 二人を見守る。  マリスは、わけがわからず、しばらく呆然としていた。 「……そっか、あの剣は、マスターソードだったのね? 」  ケインと目の合ったマリスは、クレアの腕をやさしく解いてから、右手に握り締め ていた巨大な剣の柄を、彼に差し出した。 「これ、落ちてたから」  ケインは、何とも言えない瞳で彼女を見つめると、思わず抱きしめていた。 (バスターブレードと一緒に、無事戻ってきてくれた! ) (どんなに王子に会いたかったことか! それを振り切るのは、本当は辛かっただろ う……! )  言葉にならない様々な想いが、彼の中をかけめぐる。  殴られてもいい! ぶっ飛ばされてもいい! そう覚悟していたのだが、マリスは、 意外にもおとなしくしていた。 「ちょ、ちょっと待って! 誰よ、あんた!? ……もしかして、サンダガー!? 」  ケインの腕の間から顔を出し、マリスは驚いていた。  サンダガーは、誇らし気に、腕を組む。 「いかにも、俺様は、お前の守護神、獣神サンダガー様よ。さっき、お前を空間から 引き上げたのも、俺様なんだぜ? おめえが精神ダメージを受けるのをカバーする ためにだな、神々しい黄金の結界で包んで――」 「なっ、なんで、あなた個人で独立してんのよ? 」 「んなこたあ、ヴァルドリューズに聞け! あいつのせいなんだからな」  得意げに説明しかけていた獣神であったが、思い出したように不機嫌になった。  サンダガーから視線をヴァルドリューズに移す。  ヴァルドリューズは、普段の平然とした目で、彼女を見下ろしている。  ケインが手を離し、マリスは、ヴァルドリューズに近付いた。 「どういうことなの? 」 「ここは、次元の穴が常に移動しているらしい。おおよその範囲は決まっているよう だが、地上に現れたり、このように地下に引っ込んだりしているのだ。  しかも、ここは、いろいろな辺境とも、次元を越えて簡単につながっている。地上 で感じられたおかしな『魔』の気配とは、魔物だけでなく、あまりにも重なった時空 の歪みなどが原因だったのだ。  サラマンダーとの戦いで、それに気が付き、不安定な時空のもとで獣神を召喚した ままでは、お前の身が危険だと分かったのだ。  ここは、本来の魔力の約半分の能力しか発揮できない。最悪、お前の精神が彼に 乗っ取られてしまう恐れもあったのだ」  初めて明かされた事実に、サンダガーを除いた三人は、ぞーっとしていた。 「そこで、ある呪文を試したのだ。以前、魔神『グルーヌ・ルー』の力を借り、編み 出しておいたものだが、サンダガーを人間程度に抑える呪文だ。呪文自体はたいした ことはないが、タイミングが難しかった。  彼が、マリスから、完全に分離してしまう直前にかけないと、効果のないものだっ たのだから」  ケインには、わかるようでいて、よくわからなかったが、マリスとクレアは、理解 出来た。  側で聞いているサンダガーは、聞けば聞くほど面白くもないという顔になっていっ た。 「そんなに時空が入り組んでいたところだったのね。なんでなのかしら? 」  マリスが、首を捻る。 「大昔、魔神『バール・ダハ』を呼び出した魔道士のことを、知っているか? 」  ヴァルドリューズは、皆を見渡した。 「バール・ダハ? ――どこかで聞いたような……ああ、そう言えば……! 」  ケインが、手を打った。 「ザンドロスって上級のヤミ魔道士が、確か、俺とマスターソードを手に入れて、 そいつを召喚しようとしていたんだった! その時、聞いた話だけど、大昔、ある 魔道士が召喚したんだが、制御出来なくて、魔神は暴走し、国一つを地中に埋没させ た――とかなんとか」 「その場面なら、俺も知ってるぜ。天界で見てたもんな」  サンダガーがケインに続いた。 「まあ! なんですって? そんな大変な事態を止めもせずに、ただぼーっと見て いただけだっていうの? ひどいわ! それでも、神様ですか!? 」 「分野が違うんだよ。しょうがねえだろー」  目尻のつり上がったクレアに攻められ、サンダガーは、面倒臭そうな声を出した。 「それが、ちょうど、この砂漠の辺りだったということを、思い出したのだ」  ヴァルドリューズが、静かに添える。 「時空の歪みは、その時の魔神が暴れたせいだろう。ここの次元の穴も、ここを通り、 他の時空にも現れたり、消えたりしていたのかも知れん」 「ベアトリクスの辺境にも、時々魔物が現れたりしてたのよ。まさか、その影響じゃ ――? 」  マリスに、ヴァルドリューズは頷いた。 「原因の一つではあるだろう」 「じゃあ、ここのこんがらがった時空の歪みをなくせば、魔物の行き来は随分減る わけね? 」 「少なくとも、ここを通じての魔物の行き来は、止められるな」  サンダガーが答え、ヴァルドリューズも頷いた。  マリス、ケイン、クレアは顔を見合わせ、「よし! 」と言うように大きく頷き 合った。 「……ということは、ちょっと待ってちょうだい」  何かを思い出したようなマリスは、皆を見回した。 「ここの空間とベアトリクスの辺境がつながってたんなら……さっきもここにいた あなたたちは、まさか――! 」  マリスの顔から、さーっと血の気が引いていった。 「さっきのベアトリクスでの会話、……まさか、全部聞いてたんじゃないでしょう ね? 」 「そんなの当たり前だろ? 」サンダガーが平然と言った。 「なんですって……! 」  顔面蒼白になり、よろめいているマリスに、ケインが怪訝そうな顔を向ける。 「おい、大丈夫か? 」  マリスの頬が上気していく。 「いやーっ! バカー! 」  びたん!   ケインの頬に、凄い衝撃が走った。  そこだけでは収まらず、頭にまで響いていき、心にまで伝わった。 「忘れて! 忘れるのよ! いい? 思い出しちゃだめ! わかった!? 」  マリスは、ケインの襟元を掴むと、がくがく揺すった。 「なによ、別に、変なことは言ってなかったじゃないの」  クレアが首を傾げる。 「私は感動したわ。マリスにも、好きな人がいたのね? それも、王子様だなんて ――素敵! 」 「だめだめだめだめ! 絶対に忘れるのよ! わかった!? 」  ケインは放り捨てられ、マリスは顔を真っ赤にしたまま、クレアに迫って行くが、 クレアの方は、にっこりと微笑み返していた。 「あら、いいじゃないの、隠さなくたって。マリスも、普通の女の子だったのね」 「いや、全然普通じゃない」ケインの呟きは、かき消された。 「ああ! 私もいつか、素敵な恋をしてみたいわ! 」  両手を組み合わせて、うっとりと宙を眺めているクレアを、ケインは驚いて、一歩 引いて見ていた。 「俺は、当然知ってたぜ。マリスの守護神様だもんな。お前のことなら、なんでも 知ってるぜー」 「バカバカバカバカ! 全部あんたのせいだからねーっ! 」  追い討ちをかける獣神に、動揺したマリスは、いつまでも責め立てていた。


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