Book2看板 Dragon Sword Saga2 〜Ⅵ〜

ロッド右向きキラキラ100Ⅵ.『人生最大の決断』キラキラ100ロッド左向き

剣月紫ライン  〜 Ⅵ.-3 〜  剣月紫ライン

アストーレ北の山  マリスの姿が完全に見えなくなった時、後ろにいたヴァルドリューズに、顔だけ、 ケインは振り返った。 「……ヴァルは、当然知ってたんだよな? マリスが、ベアトリクス王女だってこと ……」  ヴァルドリューズは、いつもと変わらない、静かな瞳で頷いてから応えた。 「現在のベアトリクスにおいて、セルフィス王子に継ぐ、王位継承権を持っている」  彼の淡々とした声は、ケインの中に響いていた。 「ホントだったんだな……。じゃあ、セルフィス王子とは、兄妹!? ……でもなさ そうだったけど……。王女なのに、何で王子の護衛なんてやってたんだ? 」 「私と出会う以前のことは、わからない。出会った時は近衛兵ではなく、軍隊を率い たり、辺境の警備にも就いていたようだ」 「それで、あのヤミ魔道士グスタフが、マリスのことを『隊長』って……」  一国の王女が軍隊を率いる、ましてや、護衛や、警備隊に属するということは、 ケインの知る限り、見たことも、噂ですら聞いたこともない。  ベアトリクスでは、戦士の育成に力を注いでいたことから、彼女の戦士としての 才覚も認められ、彼女の意志もあり、例外的にそのようなことになったのか。  今までの彼女の話も辿って、今のケインには、そう考えるしかなかった。 「マリスから詳しいことは聞いていないが、ゴールダヌス殿によると、マリスと王子 とは、許嫁(いいなずけ)であったようだ」 「……マリスが、王子の……婚約者……! 」  マリスの様子から、王子には、ただならぬ感情を持っているように思えたケインだ ったが、さすがに動揺を隠しきれずに、その場に立ち尽くしていた。 「そ、そっか、王女だもんな……。アイリス様がそうだったように、マリスも王女なん だったら、婚約者は早くから決まってしまうのは、当然……なんだよな……」  それを肯定するよう努めている間にも、ヴァルドリューズの話は続く。 「マリスは前国王の血統、セルフィス王子は、現ベアトリクス女王の息子で、許嫁と は、前国王が決めたという。現在は、前国王は行方不明となり、それに代わって政権 を執っているのが、国王の妹である現女王なのだ」  ケインは目を丸くした。既に、身体もヴァルドリューズに向いている。 「……それだけ聞いても、なんだか複雑そうな……。国王が行方不明っていうのも、 普通じゃないし……、それこそ、陰謀のようなものもあったんじゃないかって、気が してくるな」  ヴァルドリューズは、何も変わらない瞳を、ケインに向けたまま、微かに頷いた。 「まさに、彼女が私と旅をしているのは、モンスター退治という目的が大きいが、 もう一つ――城からの追手から逃れるためということもある」  ケインは、息を飲んだ。  マリスが、ベアトリクスからの追手を避けているようなことを、言っていたのを思 い出す。  それは、城の中での、反マリス派の手から逃れるということだったのだろう。  彼女が、いずれ、軍を率いて反旗を翻(ひるがえ)すことにでもなれば厄介だと踏み、 刺客を差し向けた――そう考えると、話が繋がった。 「城からの刺客が、マリスを追っているんだとしたら、……あの蒼い大魔道士と合わせ て、二つの刺客があることは間違いないんだな? もしかして、他にも……? いったい、 いくつの組織が、彼女を狙ってるんだ? 彼女の味方は、ゴールダヌスだけなのか? 」  ヴァルドリューズは、一度、空に視線を向けてからケインに戻した。 「反マリス派の頂点が、女王だ。女王は、ヤミ魔道士にもふれを出し、マリスに多額 の賞金を賭けた。紅通りの魔道士たちには、どうやら届いていないようであったが、 彼らが、外界と関わりを持とうとしなかったためだろう。  魔道士で、彼女を狙うものの数は、以前よりも増えていると思われ、はっきりとは わからない。真相を知った上での味方は、ゴールダヌス殿だけだった」  いつも通りの、平坦な口調で、そう告げる。  宿では必ずヴァルドリューズがマリスと同室に、マリスが一人の時はインカの香を 焚いて結界を張るという、厳重な警戒をしていたことにも、ケインは納得がいった。 「こりゃあ、思ったより複雑で、……強敵がまだまだ潜んでそうだな……。なのに、 あいつ――マリスのヤツは、俺には、アイリス王女を守ってやれって……。自分だって、 大変な目に遭ってるのに……」 「お前にもアイリス王女にも、自分の叶わなかった想いを重ね、託しているのだろう」 「よりによって、婚約者の母親が反マリス派とはな……。王子とは、陰謀によって、 仲を引き裂かれた……ってとこか……」  マリスの、去って行った後ろ姿を思い起こすと、ケインの中でも、なんとも言い難 い、遣る瀬ないような思いが湧いてくる。 「ヴァル、ゴールダヌス派のヤツは、お前の他には? 」 「私は、ゴールダヌス派というわけではない」  意外な言葉が、ヴァルドリューズの口から発せられ、ケインは、耳を疑った。 「えっ……!? だって、マリスを守れって、ゴールダヌスから言われて……そのカシス ルビーだって授かって……? 」  わけがわからないケインを、ヴァルドリューズは何事も起きていないかのように見 つめる。 「その通りだ」  ケインには、ますますわからなかった。 (ヴァルは、完全にはマリスの味方じゃないのか……!? )  いつの間にか、ミュミュが、ヴァルドリューズの肩越しに、ケインを覗いていたが、 それに注目している余裕は、ケインにはない。 「ヴァル……、お前の目的って……? 」 「世界平和だ」 「……」  タイミングよく、トリのさえずりなどが聞こえてくる。  そのような冷たい態度で言われても、ケインには真実味が湧かなかった。  といって、ヴァルドリューズが冗談を言うような性格とも思えない。 (……てことは、……やっぱり、ホントなのか!? ) 「じゃ、じゃあ、……もし、マリスが『サンダガー』を制御出来ないようなことがあ ったら……」 「その時は、彼女を手に懸(か)けることも、あり得るだろう」  唖然として、ケインは、ヴァルドリューズを――彼の碧眼を見つめた。 (……なんてことだ……! マリスは、そのことを知ってて……、……いや、知っていたら、 一緒に旅なんか出来るわけがないし……。もし、知っていたとしたら、それだけの覚悟 をして……! )  ケインの心の中は、ますます遣る瀬ない想いに満ちていった。 「ゴールダヌスはどうしたんだ? どこにいるんだ? そして、彼は、お前が、 そういうつもりでいることは、知ってるのか? 」 「私は、私の考えを、彼には話さなかったが、おそらく、気が付いていたとは思う。 私を完全に自分の支配下に置いたとも、思っていなかっただろう。  だが、それでも、マリスと私が組むこと以外は考えられなかった――有り得なかっ たのだ。召喚魔法『サンダガー』以外の方法などは。  そして、彼は、もういない。……お前も、ここで戦ったヤミ魔道士グスタフによっ て、一年前、倒されたのだ」 「なんだって!? 大魔道士が、……ヤミ魔道士に!? 」 「もちろん、本来の大魔道士の能力(ちから)であれば、グスタフなどが倒すのは到底 無理であったが、彼は、我々を守るために、あえて……犠牲になったのだ」  ケインには、ヴァルドリューズの瞳が、その時の空しさに僅かに揺れたのが、見て 取れた。  完全に部下となったわけではないヴァルドリューズに、自分の作戦を任せなくては ならないほど、召喚魔法『サンダガー』は二人にしか実行出来ず、重要であったのだ。 マリスが幼い頃から親しんだ大魔道士が、己の命と引き換えにしてでも、守らなけれ ばならないほどの。  その重みを思うと、マリスとヴァルドリューズの背負っているものが、単なる使命 以上のものでもあることを感じさせられた。 「……一六歳の少女が背負うには……あまりにも、酷だよな……」  『少女』と呼ぶには、多少抵抗はあったが、ケインは、ぼそっと呟いた。 「私から、お前に確かめておきたいことがある。マリスから、ゴールダヌス殿の予言 の話を聞いたか? 」  ヴァルドリューズから質問するとは珍しく、ケインには思えた。 「ああ、あの魔物だか魔族だかの間に伝わる予言てのなら、前にマリスから、ちらっ とな。確か、魔王降臨の際に、サンダガーが脅威の存在になるだろうっていう内容だ ったと思ったけど……」  ヴァルドリューズは、相変わらず、抑揚のない声で告げた。 「あの予言には、大魔道士たちも知らない別の解釈もある。 『魔王と金色(こんじき)の龍(ドラゴン)が相見(あいまみ)えれば、 互いにこの世の塵(ちり)と化す』  ――と」 「……なっ……! 」  それは、魔族の帝王――魔王が降臨後、マリスとヴァルドリューズのサンダガーを ぶつけると、双方消滅する、という予言もあるということだった。  「魔道士協会や、蒼い大魔道士たちは、また違う解釈をしている。確かなことは、誰 にも解っていない。この解釈にしても、真実を裏付けるものはなく、実にあやふやな ものだ。従って、マリスの耳にも入れてはいない」 「そんな……! 」  その衝撃は、大きいと言えた。  マリスからは、魔王と戦うとまでは聞いていない。魔界をつなぐ次元の穴を塞いで いき、そこを通って復活するとされる魔王の現れる場所を限定する――ということで あった。 「ゴールダヌスからは、次元の穴を塞ぐことしか、言われてないんだろ? 魔王の 復活する場所がわかったら、その後はどうするんだ? 俺も、多分、カイルたちも、 いざという時は、『サンダガー』を強みにしていたところがあった。それが通用 しないとなると、魔王を倒す手だては……」 「魔王を完全に倒すのは不可能だ。封印するか、その方法がわからぬままでは、 ……『サンダガー』しか、可能性はないだろう」 「だけど……それじゃあ、マリスが、……あんまりだ! 」 「数奇な運命は、サンダガーを守護神に持つ者の宿命だろう」  淡々とそう言ってのけたヴァルドリューズを、ケインは、キッと睨みつけた。 「よくそんなこと簡単に言えるな? 魔道を極めると、人間らしい感情は無くして しまうもんなのか!?   お前は、マリスと、少なくとも一年は一緒に旅をしてたってのに、彼女に対して、 何も情は湧かなかったのか? 彼女は、ただの『サンダガー』を召喚させる道具で、 お前が彼女を守るのは、魔王に対抗するためなのか? 暴走すれば、マリスを斬るな んて淡々と言うし……!   サンダガーを守護神に持ったのと、一国の王女だったということが重なったために、 陰謀に巻き込まれ、ややこしい敵に追われることにもなって……結局、マリスは、 自分で、自分の身を守るしかないのか……? 」  それまでに積もってきた遣る瀬なさと、もどかしさが、熱い思いとなって吹き出す。 そんなケインを見下ろす碧い瞳は、依然として静かなままだ。  しばらくして、先に口を開いたのは、ヴァルドリューズの方であった。 「だから、お前が助けてやれ」  ケインは、驚いて見上げる。 「……俺が……? 」  ヴァルドリューズがそのようなことを言うとは意外に思ったが、それは、ヴァルド リューズとしても、出来ることならマリスを助けたいと思っていることが、ケインに も感じ取れ、いくらかほっとした。 「……だけど、ヴァルだって見てただろ? 俺は、たった今、マリスに解雇されたば かりじゃないか。俺よりも強い彼女の助けになんて、なれるはずもない……」  ケインは、自分の左手――今まで剣を握って来た手を見つめてから、顔を上げた。 「ヴァルなら、守ってやれるじゃないか。お前のような上級魔道士なら――あの蒼い 大魔道士だって、一目置いてるようだったお前の力なら、マリスを守ってやること が出来るじゃないか」  ヴァルドリューズは、首を振る。 「蒼い大魔道士には、私の力では敵わない」 「……! 」  それは、意外でもあり、絶望的な言葉でもあった。  沈黙が続く。  諦めたように首を横に振ってから、ケインは重い口を開いた。 「……だったら、なおさら、俺になんか無理じゃないか」 「私には出来ないが、お前になら出来るかも知れない」 「あのな、いったいどんな根拠で、そんなこと……! 」 「魔道士は剣を持たない。だからこそ、時には、剣が脅威に思えることがある」  ケインの青い瞳が見開かれ、ヴァルドリューズを見直す。 「魔道士の力を持ってしても出来なかったこと――すなわち、マスター・ソードを手に することが出来たというのに、なぜ、お前は、その剣を使おうとしない? なぜ、 魔石をすぐに探さなかった?   お前には、彼らを倒すことが出来るかも知れない。その威力を、身を以て経験した ことのあるお前になら、想像の付くことではないのか? 」  ケインは、はっとした。 「確かに、三つの魔石の力を備えたマスター・ソードの威力を思い出すと、魔物や ヤミ魔道士なんかには負けないと思う……! 」  それまで黙って聞いていたミュミュが、ぱたぱたっと、嬉しそうに羽を鳴らした。 「そーだよ、ケイン! ミュミュもまだ見たことないけど、マスター・ソードは、 すっごい力を持ってるんだって、妖精の間でも言われてたよ! だから、ミュミュは、 マスター・ソードの使者に付きたかったんだから! 魔石さえそろえば、 ぜーったいイケるよ! 」  ミュミュは、ヴァルドリューズの肩の上で、勢い良く拳を回して喜んだ。  勝算が見えてきたことに、ケインの瞳も輝いていく。  一人で旅に出てからというもの、自分の過去を封印するかのように、マスター・ ソードを使うのを避けてきてしまったが、今こそ、使う時なのかも知れない!   ケインは、マスター・ソードの柄に、確かめるように触れた。  二年前の威力が、その感触が、剣を伝って呼び覚まされる。  さまざまな敵との戦いも、まだ記憶に新しい。  彼は、力が甦ってくるような気持ちになった。 「……早く、残りの魔石も探さないとな」  そのケインのセリフに、ミュミュは大喜びし、ヴァルドリューズの肩の上で、小躍 りしていた。 「だけど、俺、サンダガーが戦う巨大モンスターや、大魔道士なんかにまでは、今ま で遭ったことなかったから、マスター・ソードでは試したことがないんだ」 「少なくとも、『サンダガー』同等か、それ以上の力を発揮出来なければなるまい」 「えっ、あそこまでの!? ……そ、そうだよな。そうでなくちゃ、意味ないもんな ……。それに、魔石を全部揃えたとしても、どこまでが可能なのか、見当も付かない し……。例えば、魔王にも対抗出来るほどの力なのか……とか」 「確かに、すべての魔石を揃えても、魔王にまで通用するものかどうかは、わからな い」  ミュミュの羽の音(ね)は、ぱたっと止まってしまい、ケインも首をうなだれた。  またしても、絶望の沈黙が流れる。 「だが、……手は有る」  そう言われても、ケインは手放しで喜べる状態ではなかった。  先程から、ヴァルドリューズの思わせ振りなセリフには、喜んだり、がっかりさせ られたりである。  魔道士というものは、なんで、ハッキリ、ストレートに言ってくれないのかと、 恨めしくも思う。 「……それって、どんな……? 」  ヴァルドリューズは、真面目なのか、無表情なだけなのか、わからない表情のまま で答える。 「……今は言えん」 (……やっぱりな……)

 
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「ケインたら、どこに行ってたの? さんざん探したのよ」  城の警備に戻ろうと、王女の部屋に繋がる廊下を行くと、ちょうどクレアに出会う。 「どこって……、俺は、ずっと、あの後も、あの北の山で、マリスと話して、その後も、 ヴァルと話していただけだけど? 」  クレアが、怪訝そうな顔をする。 「変ね。アイリス様が、あなたをお探しだったから、私も北の山にもう一度行ったら、 マリスが下りてきたところで、一緒に頂上まで行ってくれたのよ。そうしたら、誰も いなかったから、てっきりヴァルドリューズさんと別の道を通って、帰ったんだと ばかり思っていたわ。本当に、ずっとあそこにいたの? 」  言われてみて、ケインは気が付いた。  もしかすると、魔道士の敵を懸念して、ヴァルドリューズが密かに結界を張って いたのかも知れない、と。 (相変わらず、抜け目のないヤツだ! )  クレアに連れられて、ケインが王女の部屋に行くと、 「ケイン様! 」アイリスが、いきなり抱きついてきたのだった。 (えっ、えっ!? そ、そんな……、クレアだっているのに!? )  まごまごしているケインには構わず、クレアが、静かに扉を閉めた。 「わたくし、勇気を持って、お父様にお話ししてみましたの! そうしたら……」 「は? お話……? 」  いったい何のお話なのか、ケインには、見当も付かない。  王女は、きらきらと星でも浮かんでいるのかと思えるくらい、大きな栗色の瞳を輝 かせ、頬も、ほんのり上気させている。 「……そうしましたら、……ケイン様さえよろしければ、……アストーレの正規の騎士に してくださるって……! 」 「……なんですって!? 」  ケインには、よく事態が飲み込めず、呆然としているが、王女は、もう一度、彼の 胸にすがりつくと、うっとりと言った。 「ずっと夢でした。ケイン様が騎士に……貴族とおなりになれば、わたくしとだって、 ……もっと、皆の前で、堂々とお会いできるわ……! 」  言ってから、王女は、恥ずかしそうに、顔をうずめた。  徐々に状況が飲み込めてきたケインは、話がとんとんと、強い力で押し進められて いくように感じた。  この、可愛らしく、儚いと思えた王女の、恋の力なのだろうか?   ケインには、それは、彼への美化した思い込みにしか、思えなかったのだが、凄ま じい力である。  ちらっと、クレアを見ると、クレアは、微笑んではいるものの、どことなく複雑そ うな表情であった。おそらく、彼女もマリスから、彼を解雇したいきさつは聞いて いるのだろう。  ケイン自身も、内心複雑だった。  北の山で、ヴァルドリューズと話さなければ、悪くはない話だと思ったかも知れな い。  だが、しかし、そんなふうに、周囲の力に流されたまま、人生とは決まってしまう ものだろうか?   自分の意志ではないところで、強い流れに身を任せる……そんな感覚で、決めるも のだろうか? ケインの中では、疑問が渦巻く。 (俺は、多分、宮廷では暮らしていけない。姫の護衛をした、たったの1ヶ月でさえ 退屈で、見ている限り、平和ボケしてしまいそうな世界だった。いくさもしばらく起 きないとなると、城にいることの方が多くなる……)  となると、サンスエラ王子とマリスが言っていたように、陰謀のお時間がやってく る。 (やっぱり、俺は、武道家だから、そんな陰湿な世界は、きっと耐えられないだろう し、国の政治を取り仕切ることが、俺のやりたいことじゃない)  わずかな期間でも、カイルやクレアたち仲間と旅をして、強敵とも対峙したが、 かなり充実した日々であったと思う。  それまで、ケインが単身(ミュミュはいたが)で旅をしていた頃と違い、仲間がいる ことは、振り回されることがあっても、良いものだと感じていたのだった。  そして、マリスのことが気にかかっていた。  自分よりも優れた戦士であり、頼もしくもあるマリスだが、放ってはおけなかった。 『マスター・ソードを授かり、手に入れた力は、世のため、人のために役立てること にこそ、価値があるのだ。  同情からではなく、彼の中に流れる正義の血が、マリスの力になってやれるのなら、 なってやる! と騒いでいる』――彼には、そのような説明が、自分が納得するのに、 一番しっくりきたのだった。  ケインは、抱きついているアイリスを、両手ではがすように離し、大きく潤んだ 茶色の瞳を見つめた。  アイリスは、ぽっと頬を染めて、微笑んだ。  明らかに、良い返事を期待をしている星の浮かんだ瞳には、つい怯(ひる)んでしま いそうになるが、ケインは、思い切って打ち明けた。 「殿下、どうか聞いてください。せっかくのお申し出ですが……俺は、アストーレの 騎士には、なれません。クレアやカイル、マリユスたちと、旅を続けます! 」  クレアが、はっとして面を上げた。  ぐらーっ…… 「姫っ! 」  倒れ落ちかけた王女を、ケインが咄嗟(とっさ)に抱きかかえる。  王女は、卒倒していた――! 

 
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エピローグ  まだ夜が明けたばかりだった。白み始めた空を見上げ、既に遠くなったアストー レ城を、ケインは見つける。 「ほんとによかったの? 」  ふと、隣にマリスがやってきた。 「ああ。別に、後悔はしないさ」  微笑むケインに、マリスが気遣うような目を向ける。 「だって……ケインだって、あの娘(こ)のこと、……好きだったんでしょう? 」 「は? 」  思わず、ケインは、立ち止まって、マリスを見下ろした。 「なんで、そう思うんだ? 」 「だって、……あんな可愛い女の子に頼りにされたら、誰だって……ねえ? いいの よ、あたし、みんなには黙っててあげるから。……って、もうみんな知ってるかぁ」  ふふっと笑ったマリスに、ケインは、ムッとした顔になった。 「おい、ヘンなこと言うなよな。王女様は、……まあ、俺がたまたま何度か危機を 救ったから、その……要するに、勘違いだよ! 勘違いで、俺のこと、多少良く見 えちゃってただけだ。そのくらい、俺だってわかってるんだからな」 「あら、わかってたのね」 「……そ、そんな、あっさりと……。だ、だから、そうとわかってたから、真に受ける わけないだろ? 」  それに、彼は、マリスやクレアのように、修行し、努力して頑張っている女の子の 方が、好感が持てると、心の中で言いかけたのだが、それを口にするのは恥ずかしか ったので、黙っていた。  マリスは、じっとケインを見つめてから、感心するように頷いた。 「そういえば、そうよね。ケインは、武浮遊術(ぶゆうじゅつ)の『愛技』にだって、 引っかからなかったんだもんね」  ピクッと、ケインのこめかみが引き攣った。 「おい、……今後は、敵だろうと誰だろうと、『愛技』は使うなよ。『初級編』でも ダメだからな」  ケインは、皆に聞こえないよう、小声でマリスを諭す。  マリスは、きょとんとした顔で言った。 「なんで? 」 「なんでも何も……! お前は、……その……王女なんだし、……許嫁もいるんだろ? 」 「……まあ、そうねぇ。……でも、それって、あんまり関係ないし」  マリスは、興味のなさそうな表情と声であった。 「関係なくはないだろ!? まだ間に合うかも知れないんだから」 「間に合うって……何が? 」 「だから、その……陰謀片付けて、許嫁と……結婚……とか……」 「……ふ~ん……」  気の無い返事であった。 「大丈夫か、お前……? 最終的には、戻りたいんじゃないのかよ? 」 「あたしは、お城にいると、アレルギー出ちゃうって言ったでしょ? 」  ケインが、どうしていいものかわからないでいると、マリスは、両腕を上に伸ばし て、伸びをした。 「あ~あ、ケインには、ホントのこと言って、損したな~。ホントに、もうお別れだ と思ったから、つい……。まさか、ヴァルが話すとも思わなかったし」  そうは言うものの、ケインを振り返ったマリスの顔は、それほど嫌そうではなかっ た。  夜明けの朝日を受けたアメジストの瞳は、空のように透き通った青に近く輝き、 同じく日を浴びてオレンジ色に光る髪は、太陽の輝きを思わせる。  ケインは、その笑顔を見て、ふと気が付いた。 (……そっか。……そういうことか……! )  ケインは、つっかえていたものが取れたように、すっきりした気分であった。 (俺は、マリスのことを……戦いも、その笑顔も、……ずっと見ていたかったんだ)  蒼い大魔道士が彼女を引き離そうとした時、タペス王子が彼女の腕を傷付けた時、 既にわかっていたのだ。何よりも、彼女の身を案じていた自分を。 (城では暮らしていかれないとか、いろんな理由なんか、いらなかったんだ。俺が、 最初から守りたいと思っていたものは、……お前だったんだ。お前自身と、お前の中 にある、この世の希望と言ってもいいほどの、『光』なんだ……! )  それは、使命感よりも、自分の意思であることが解った瞬間であった。 blueメタルラインblueメタルラインblueメタルライン  彼には、その選択しか有り得なかった。  そして、その選択が、彼の人生を大きく変え、安泰からはほど遠い世界へと、導い ていく。  それが、伝説の剣を手にした者の、宿命であった。  運命の歯車は、しっかりと噛み合い、重く、ゆっくりと回っていく。 blueメタルラインblueメタルラインblueメタルライン 「アイリス様には悪いけど……、私、ケインが一緒に旅をすることに決めてくれて、 良かったと思ってるの」  マリスが先頭に行くと、クレアがケインの隣に並び、遠慮がちに続けた。 「私とケインは、同時に旅に加わったから、ケインだけ外れちゃうのは、やっぱり淋 しいもの。それに、私、まだまだあなたから教わらなくちゃいけないこと、いっぱい あるし」  ケインは笑いながら、クレアの肩に、ぽんと手を置いた。 「よーし、また剣の練習再開するか! 剣も使える美少女魔道士目指して、頑張ろう な! 」 「いやあね、そんな、美少女だなんて……! 」  クレアは、両手で、赤く染まった頬を押さえた。 「ケインが王様になり損ねてくれたおかげで、俺も伯爵になり損なっちゃったなー。 でも、まあいっか! あのまま、俺がアストーレに残ったら、宮廷の女どもが、 俺を取り合って戦争でも始めちまったら厄介だしな。昨日なんて、次から次へと、 休むヒマはねーしよー。さすがに、十人連続デートはキツかったぜ! 」  カイルがケラケラ笑った。  まったくのウソであることを、ケインは知っていた。  昨晩は、警備の宿舎で、一晩中、カイルと酒盛りしていたのだから。  しかし、例のごとく、クレアは真に受けて、嫌そうな顔をしていた。  ひゅん……!   空気が揺れ、何もなかったところから、いきなり二人の人間が現れる。 「ダミアスさん! 」  ケインたちは、その二人――ダミアスとヴァルドリューズに駆け寄った。  見送りに来たダミアスは、マリスに掌ほどの袋を渡した。 「西の方角へ行くのでしょう? アストーレの最西端タルカの町から山を越えると、 しばらくは町のようなものはなく、その先は砂漠です。食料代わりに、これを皆さん で」  言われて、マリスが茶色い布袋の中を開けて取り出したものは、一口サイズの、 宝石のようなカットがされた赤い飴だった。 「それには、一粒で、一日に必要な栄養が、ほぼ詰まっていて、日持ちもするそうで す」 「これは、ダミアスさんが? 」 「いいえ。これは、フェルディナンドのバヤジッド殿から頂いたものです。効果が あるようでしたら、また下さるようで」  皆は、顔を見合わせた。  それらの顔には、「……てことは、誰も毒味をしていないのか? 」と書いてある。 「……ま、まあ、そいつは有り難いけどさ、またくれるったって、どうやって連絡取 るんだよ? 」  眉間に皺を寄せたカイルが、首を傾げる。 「ああ、それなら……」  ケインは、思い出したように、ズボンのポケットから木のペンダントを取り出した。 フェルディナンドから帰る時、バヤジッドにもらったものだ。  ペンダントのロケットを開けると、彼の肖像画が入っている。  それは、ただの絵だったものが、彼の姿を映し出す鏡でも嵌め込まれていたのかと いうように、開けた拍子に、ぼやぼやと、本物の木の魔道士の姿へと、移り変わって いったのだった!  「おや、皆さん、お久しぶりです! いやあ、こんなに早くお会いできるとは、思っ てもみませんでしたよ! 」  例のヒト離れした声が、そのまま聞こえる。  一行は、思わずペンダントの中を覗き込んだ。 「今日は、フェルディナンドは快晴になると思います。あなたがたがお帰りになった 後、紅通りの治安は良くなったのですが、お天気の方は、ずっといまいちでして、 昨晩などは、大雨になったのでございますよ。これで、やっと洗濯物が……」  パチッ  ケインは、ペンダントを閉じた。 「あら? どうしました? もしもし? もしもしー? ……」  バヤジッドの声が、フェイドアウトしていく……。 「……さ、さあ! 次の目的地へ出発よ! 」  マリスが、気を取り直して、拳を高く掲げた。 「そ、そうね! この世にはびこる悪を倒し、正義のために、皆で、力を合わせて 頑張りましょう! 」  クレアも続く。  二人の女たちを先頭に、男たちは、疲れたように、ゆっくりと付いて行く……。 『やっぱり、王様になっときゃ良かった』  ケインにとって、そう思えてならない日は、出来れば来て欲しくないものだった。 「また、いつかどこかでお会いできたら……」  ダミアスが、ヴァルドリューズの背に、声をかける。  ヴァルドリューズは、顔だけ振り返ると、僅かに頷いた。  ダミアスに見送られ、涙の別れとはほど遠く、彼らは、新しい旅路へと、出発し たのだった! 


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