Book2看板 Dragon Sword Saga2 〜Ⅲ〜

ロッド右向きキラキラ100Ⅲ.『紅通りの魔道士』キラキラ100ロッド左向き

剣月紫ライン  〜 Ⅲ.-3 〜  剣月紫ライン

ドゥグの部屋  浅黒い肌に、黒い艶やかな髪の間から覗く、真っ赤なルビー。  その下にある深く碧い切れ長の瞳は、何も語ってはいない。  突然、壁を打ち破るようにして現れた黒い影のようなその男は、皆のよく知る人物 だった。 「ヴァルのお兄ちゃーん! 」  彼の掌にいたミュミュは、泣きながら飛び、肩にしがみついた。  彼の手は、「もう大丈夫だ」とでもいうように、彼女にそっと触れたが、目は『床』 に転がっている緑色の塊を見下ろしたままだ。 「お前、わたしの縄張り、荒らす、だめ! 」  大きな緑色の頭を起こし、魔道士ドゥグがヴァルドリューズに向かって、潰れた声 を発した。 「お前の結界は、せいぜいこの小屋の周りだけにしておくのだ」  ヴァルドリューズは眉ひとつ動かさず、言い放つ。  ケインは、ダミアスを振り返った。 「あなたとヴァルは、確か、ここに集まっている魔道士たちを取り締まるって、言っ てましたよね? 」  ダミアスも、静かな目を彼に向けた。 「いかにも。このドゥグのように、自分の住処(すみか)の周辺に限らず、紅通り全体 に結界を張り巡らせている者や、他の町などにまで手を伸ばしている者どももいる。 ここに移り住んできた魔道士たちは、それぞれの身を守るためというよりも、おのれ の力を他の者に見せしめるために結界を張っているようなものなので、まずは結界の 解除を求めることになったのだ。それだけは、なんとか聞き入れてもらわねばならな い」 「確かに、この紅通りを取り仕切るには、腕のいい魔道士の力が必要みたいね」  マリスも頷いた。 「だけど、魔道士の誓約ってのがあるんだったら、奴等を取り締まるって言っても 限度があるんじゃないか? 」  珍しく、カイルがまともなことを言ったように、ケインとクレアは思った。 「そこが、難しいところなのだ」  ダミアスが肩を竦めた。  ドゥグの部屋の中は相変わらず不安定で、とても一行が出て行ける状態ではなさそ うだった。  それでも、ヴァルドリューズは平然としており、ミュミュは、はぐれないように彼 の肩にとまり、首につかまっていた。 「わたし、縄張り、広げる。ドゥグ、ここで、一番の魔道士」  緑の魔道士は、うっそりと立ち上がった。  彼は、たたた……と走って、ヴァルドリューズに掴みかかろうとするが―― 「げこーっ! 」  どさん!  ヴァルドリューズに触れる前に、弾き返されたように吹っ飛んだ。  対するヴァルドリューズは、身動きひとつしていない。 「愚かな。お前では、私に触れることすら出来ん」  彼の抑揚のない声が、そう告げた。 「いいぞー! やっちゃえ、やっちゃえー! 」  形勢逆転とばかりに、ミュミュは拳を振り回して喜んでいた。  ドゥグは、腰の辺りと思われる箇所をさすりながら起き上がると、なにやら奇妙な 音を発し始めた。  それは、何かの呪文のようで、そのまま両方の手を上に伸ばすと、徐々にもくもくと 煙のようなものが沸き起こり、だんだんと、あるものを形作っていったのだった。 「我が蝦蟇蛙(がまがえる)神『ガマンダマ』よ! 我に力を貸し与え給(たま)え! 」  彼の拝んでいる神の名前らしかった。  ドゥグの口からというよりも、念波としてそう言っているのが、一行にも伝わった。 「『ガマンダマ』ですって!? 」  クレアが悲鳴に近い声を上げた。 「あんなものを拝んでいる人間が、まだ存在しているなんて……! 汚らわしい! 」  クレアは、胸元で神の印を切った。  彼女によると、ガマンダマというのは、大きな蟾蜍(ヒキガエル)のような格好をし た獣と蛙の間に生まれた邪神で、口から吐く白い毒液で人々を苦しめていたのだとい う。  恐怖に耐えられなくなった人々の中には、逆にそれをあがめて難を逃れようとする 者たちが増えていき、ある村では、彼らと邪神ガマンダマによる大虐殺が行われたり もした。  だが、その邪神を拝んでいた者たちは、次第に手足が退化したように短くなってい き、全身に大きなイボができるなどの、皮膚にも異常が現れ、みるみるうちに人間離 れしていったのだという。 「魔道士の塔が設立されてからは、『ガマンダマ』は邪神とされ、あがめるのは禁じ られたわ。それが、なぜ……」 「彼は、七〇〇年以上生きている。魔道士の塔と魔道士協会が出来る以前から、『ガ マンダマ』を密かに崇めていたのだ」  クレアが、ダミアスを振り返り、声も出せないくらいに驚いて見つめた。 「げーっ! あいつ、そんなに長生きしてたのかよ!? 魔道士って、人間の寿命を 越えることが出来るのかー。すげえなー」  カイルが妙なことに感心した。 「こちらの宮廷魔道士の方は? 先に法律を作って、彼らを取り締まるということは、 考えられなかったのですか? それに、魔道士の塔にだって協力を求めるとか」  クレアの質問にダミアスが答えるより早く、マリスが口を開いた。 「ここに移ってきた魔道士たちは、上品な宮廷魔道士さんでは手が付けられなかった んでしょうね。あたしたちはあいつ(ドゥグ)しか見ていないけど、あんなようなヤツ が他にもいるっていうのなら、なおさらだわ。魔道士の塔にしても、宮廷に害を成す でもないことでは動いてくれないでしょうし……」 「だったらさー、せめて、こっちの宮廷魔道士が直接案内してくれりゃあいいじゃね ーか。何も、わざわざアストーレの宮廷魔道士であるダミアスを、こっちに引き止め なくたってさ。ダミアスの方が腕がいいにしても、てめえの国の始末くらい、てめえ でつけらんなくて、どーすんだよ、なあ? 」  カイルがケインに同意を求める。  彼がそれを言うことには少々引っかかったケインであったが、同感ではあった。 「ここの宮廷魔道士にヴァルを紹介すれば、もうダミアスさんの用は済んだようなも のなのに、なぜ、彼らはヴァルと一緒に紅通りを取り締まらないのかな? 」 「それは、今にわかる」  そうケインとカイルに言ったダミアスの横顔は、意外なことに、またしても微笑ん でいたのだった。  一方、ドゥグの両手の上には、大きなイボだらけの茶色い塊が、既にはっきりと浮 かび上がっていた。 「なんだ!? あのでかいのは!? 」  カイルが身を乗り出す。  塊は、だんだんと形を成していく。四つん這いの、ヒトとも獣とも違うものだった。  皮膚はてかてかと、脂でも塗っているかのようで、折れ曲がった四肢には動物の毛 のような短い毛が生えている。  ドゥグと同じように、指が四本しかなく、先が丸い。  まさに、ヒキガエルが、もっと巨大に、おぞましい存在となったような――そんな ものだった!   それは、さらに膨張していった。外から見たこの小屋からは、はみ出してしまうほ どにまで膨らんでいるように見えるのだが、この室内の広さも何もかもが、一行には 見当もつかない空間であったので、『それ』が『そこ』にあっても、不思議ではな かったのだった!  ただ、ダミアスが、更に上空に移動したので、一行が上から見下ろしている状態に は変わりはなかった。 「あ、あれは……『ガマンダマ』自身……!? なんてことを! 『ガマンダマ』を 召喚していたというの!? 」  クレアが、今にも悲鳴を上げそうになりながら、両手を顔に当ててた。 (自分の技――といっても、体当たりにしか見えなかったけど、それが通用しなかっ たからって、いきなり切り札を出してくるとは……! ――てことは、あいつ自身は 全然たいしたことないんじゃ……? )  そうも思えたケインであった。 「きゃーっ! バケモノー! 」  ミュミュの叫び声がする。間近で見るものにとっては、一層気持ちが悪いことだろ うと、皆は、ミュミュに同情した。  赤黒い空間の中に浮かんでいる、薄汚れた茶色いものは、ゆっくりと大きく口を開 いた。  どばっ!!   濁った白い液体が、ヴァルドリューズに向かって吐きかけられた!   と同時に、ヴァルドリューズの身体は消えていた。  ドゥグは、ヒキガエルを持ち上げたまま、敏捷な動きで飛び退った。   が——! 「げぶあっ!! 」  彼の後方に、突然ヴァルドリューズが現れ、ドゥグに向けた人差し指が空を切ると、 途端にドゥグの、緑色の身体は、頭を残してバラバラに飛び散ったのだった!  「ひえーっ! いきなりそこまでやるかー!? 」  カイルが思わず叫ぶ。 「マリスも結構ムチャクチャだけど、ヴァルも似たようなモンだな」  ケインも、思わず口をついて出る。 「殺してはいない。ドゥグはまだ生きている」  ダミアスが静かに言った。 「あれで死んでいないって……? 魔道士っつうより、バケモンじゃないか!? 」  カイルが目を白黒させた。  ドゥグの頭が床に落ちると、彼から飛び降りた『ガマンダマ』は、今度は口の中か ら赤くしなやかな鞭のような舌をくねらせ、ヴァルドリューズに向かって行く。  その鞭は、ヴァルドリューズの間近で突然硬質化し、剣のような鋭さで、彼の胸に 突き刺さった。 「ああっ! ヴァルー! 」  結界から、思わずカイルが叫び、クレアも顔を伏せ、両手で覆っている。 「大丈夫。ちゃんと躱(かわ)してるわ」  マリスは、視線を反らしていない。  突き刺さっているように見えた舌の鞭は、ヴァルドリューズの身体を覆い尽くして いる黒いマントに、めり込んでいる様子はなく、彼は出血もしていない。 「あいつの『舌』は、ヴァルに触れてもいない。ヴァルは、自分の周りの空間を曲 げているわ。だから、あいつの舌は、ヴァルに届くことなく、空を切っている のよ! 」 「ヴァルドリューズさんが、結界を!? そんな……全然わからなかったわ……! 」  クレアが、信じられない様子で、下で起きている光景に目を見張る。 「たいてい、結界というと、本人の周りを球か半月形に覆い尽くしているものや、網 の目のように張り巡らせているものなどは見かけるが、私もあのように器用に張っ た結界というものは初めてだった。彼は今、自分のすぐ外側にのみ結界を張ってい るのだ。彼と組んで仕事をしていると、実に珍しいものばかり見せられ、常に驚かさ れる」  ダミアスが、いくらか微笑んだ。 「そんなことが……! 」  クレアは、師匠であるヴァルドリューズに、尊敬の眼差しを送っていた。  ヒキガエルは、相変わらず、硬質化した舌をあちこちからヴァルドリューズに突き 刺すのを試みているが、無駄だということがわからないのは、やはりカエル並みの知 能しか持ち合わせていないからなのだろうか。  ヴァルドリューズは無言であった。  肩に止まっていたミュミュは、彼の首の後ろにまわり、そこから少し顔を覗かせて、 戦況を見守っていた。  ヴァルドリューズが片方の手を胸の辺りまで引き上げた。  彼の掌からは、ぼわーっと何かが光り出している。  それは、だんだん大きくなっていくとともに、銀色に輝き出した!  それを、ケインは、マリスとヴァルドリューズの宿敵、ヤミ魔道士グスタフを倒そ うとしていた際に、ヴァルドリューズが放とうとした銀色の光の球と同じであると 思い出した。 銀色攻撃  ヴァルドリューズは、それを、飛びかかってきた『ガマンダマ』に向けて放っ た。  ボールをただ軽く放ったように見えただけだったが、それは一瞬のうちに標的目が けて向かっていったのだった!  げぐぁごぼっ!!  邪神は銀の球に飲み込まれ、奇妙な叫び声ともつかぬものを上げて、しゅ~しゅ~ と煙に巻かれていき、姿を消し去った。  ヴァルドリューズは転がっている緑の丸いものを片手で拾い上げ、もう片方の手を、 室内に翳した。  突然、目の前の様子が変わる!  今まで、皆が感じていた不安定さはなくなり、石造りの部屋には、農作物の入った 袋が積み上げられている。  ヴァルドリューズが魔道士ドゥグの結界を取り除いたのだった。  ヴゥン……  ダミアスの結界も解かれ、一行は、やっと床に降り立つことが出来た。 「ヴァル! 」  一行は、ヴァルドリューズのそばに駆け寄った。  といっても、狭い小屋の中なので、二、三歩近付いただけだったのだが。  それにしても、久しぶりに会ったというのに、彼はにこりともせず、あいさつすら なかった。  何事もなかったかのように、静かな碧い瞳で、ただ彼らを見下ろしているだけで、 そこには、感動的なご対面などというものは、ありはしなかった。 「そ、そいつ、もう何もしないか? 」  緑色のドゥグの頭を不気味そうに見ながら、カイルがおそるおそるヴァルドリューズ に尋ねる。 「ああ。再生するまでは」 「さ、再生すんのかよ!? やっぱ、バケモンだな……」  カイル、ケイン、ミュミュでドゥグを取り囲み、不気味そうに眺める。 「久しぶり」  マリスがヴァルドリューズの前に、進み出る。 「苦労してるみたいね。ちょっとやつれたんじゃない? 」  と、マリスはウィンクして微笑むが、皆からすると、彼は、以前とどこも変わらな いように見えた。  魔道士にしてはまだ若く、年齢相応に見える彼は、もとより、元気を絵に描いたよ うな健康優良児というわけではなく、やつれたとは言っても、こんなものではなかっ ただろうか? と、思ったものだったが。 「無理もない。この一週間もの間、彼は、このように、ひとつずつ結界を解いてまわ っていたのだから」  答えたのは、ダミアスだった。 「でも、いい機会だったじゃない? 思いっきり魔法使えて。たまには、あんたも発 散する場所が欲しいでしょうしね? 」  マリスがからかうような目で、ヴァルドリューズを肘でつつくが、彼は、ちらっと 彼女を見ただけで、何も言わなかった。 「ま、そのために、ダミアスさんがいるんだろうけど」  ケインとカイル、クレアは、マリスのそのセリフで、ダミアスを振り返り、ヴァル ドリューズと見比べた。 「この紅通りを訪れた時、あなたたちは、これは一筋縄ではいかないことがわかった。 短期間でなんとかするには、少々荒っぽい方法に出るしかなかった。それは、魔道士 の塔の会員であるダミアスさんを含め、こちらの宮庭魔道士さん方には、どうしよう もなかったけど、ヴァルだから出来たわけ。  ヴァルは、魔道士の塔から外れてるから、魔道士の誓約なんて関係ないわ。だけど、 そのやり方が、この国の宮廷魔道士の耳に入ったら、魔道士の塔に報告され、最悪 ヴァルはお尋ね者のヤミ魔道士になってしまう。  そこで、親切なダミアスさんが、『カーテン』の役割をしてくれてるってわけね? 」  ダミアスは、そう言ったマリスに微笑してみせた。 「なんだよ、お前、俺の魔法剣取り返してくれって言った時は、『魔道士の誓約があ るからだめだ』って言っておきながら、実は関係なかったんじゃないか。ひでーなー」  カイルが、ヴァルドリューズに向かって文句を言うが、彼は何の反応もなかった。  ミュミュが、ちらちら飛んで、ヴァルドリューズに甘えるように、擦り寄っている。 カイルと同調していたかに見えたが、てのひらを返したように、ヴァルドリューズに 懐いていた。初対面の時から、彼女の中では、順位が決まっていたようだ。 「そういえば、ヴァル、『あるもの』ってなんだ? 『吟遊詩人がなんとか』って、 あの暗号の」  そもそも、それで彼に呼ばれて、ここまで来たのだということを、ケインは思い出 した。  ヴァルドリューズは、ケインに、いつもの静かな瞳を向けた。  そして、やはり、いつものように、感情のない声で言った。 「悪いが、それは、もう一仕事終えた後だ」 バヤジッドの書斎  二つの物体が、うろうろしていた。ひとつは小人くらいの大きさの、黒いフードを 被ったもの。もうひとつは、ボロを着た先ほどの緑人間だった。  紅通りのヴァルドリューズの部屋に、一行は、来ていた。  ソファや椅子が用意されていて、一度来た時よりも、ヒトが住んでいるような部屋 になっていた。 「これはこれは、お美しいお嬢さん方に、頼もしい剣士の方々。さあさ、皆さん、 お疲れになったでしょう? どうぞ、お寛(くつろ)ぎください」  ヒトのものではないような、違う高さの声がいくつか一斉に喋っているような奇妙 な声で、それは喋っていた。  その黒いフードの中は、茶色いしわしわした枯れ木に、赤く光る小さな目のような ものが二つあるだけ。まるで、木で出来たヒトだった!   ダミアスによると、三、四日前に出会った魔道士で、ヴァルドリューズの力に感服 し、こうして身の回りの世話を焼きたがるのだという。  もうひとりの魔道士ドゥグは、手も足もすっかり再生していて、これまたうろちょ ろと忙しなく歩き回っている。  その、木の魔道士の、木で出来た手が差し出す紅茶の入った器を、一行は、おそる おそる受け取った。  五本に枝分かれした根っこのような、曲がった指をしている。 「ヴァルドリューズ様、手が空きましたら、どうぞお飲み下さいませ」  ヴァルドリューズは相変わらず口数が少ない。そう言われても、何も返さず、机で 書き物をしていた。  あの後、もう一件、別の魔道士の結界を整理してから、ここに戻って来たのだが、 それでも、まだなお彼の仕事は終わらないのだった。  木の魔道士は、紅茶をヴァルドリューズの机の隅に置くと、今度は、いそいそと 茶菓子を運んできた。 「わたくしは、バヤジッドと申します。もうずっとこの紅通りに住んでいるのですが、 最近はひどいもんです。あちこちから魔道士どもが移り住んできて、秩序も何もあっ たもんじゃありませんで、まったくわけがわかりません」  実際に住んでいる住民がそう言うのなら、よそ者のケインたちになど、一向にわけ がわかるはずもなかった。  バヤジッドと名乗る魔道士は、両手を器に添え、「はあ」と溜め息混じりに、茶を 啜った。 「ちゃんと皇帝陛下の許可を頂いて住んでおるものもいれば、無許可のものもいるの です。やつらは、宮廷魔道士のよこした見張りが来ると、結界によって察知し、すぐ さま空間に逃げ込んでしまうのです。とくに、夕方から明け方などは、やつらの動き が最も盛んになり、迂闊にでも彼らの結界に触れようもんなら大変です!   変な空間に紛れ込んでしまったり、攻撃をしかけられたり……魔力の特に高い者た ちの結界の中でなら、他の魔道士たちに気付かれることなく攻撃出来ますからね。  もう、無法地帯のようなものです。ですから、ここの住民たちは、夜の間は、表を うろつかないようにしてるんです。そうこうしているうちに、宮廷魔道士たちの手に 負えないほどの事態に悪化してしまったのですよ」  バヤジッドの話は続く。 「それだけなら、まだいいんですが、やつら、私などのように、もともとこの紅通り で、ささやかに暮らしていた無害な魔道士に対して、力自慢をしてきたり、嫌がらせ などをするように、なってきたのです。  勿論、魔道士の誓約に触れないギリギリの部分で。隣の町の人々に、ちょっかいを 出す奴なんかも出てきまして、宮廷の方も苦情が絶えず、大変お困りのようでした。  そして、ご親戚であるアストーレ王国の、有能な宮廷魔道士であるダミアス様に、 ご相談されたのです。  ……あ、すみません、私ばっかり喋っちゃって。  ああ、こちらのケーキも美味しいですよ。さっき、隣町で一番のお菓子屋で購入し てきたんです。遠慮なく食べてください。ヴァルドリューズ様もいかがですか?  よろしければ、お持ち致しますが」  ヴァルドリューズは見向きもせず、書き物を続けている。 「すみませんね、皆さん。せっかくいらしてくださったのに、ヴァルドリューズ様は、 今、宮廷に提出なさる報告書をまとめておられるのです。もう少し、お待ち下さいね」  『彼(おそらく、男だろうと、皆思った)』は、まるでヴァルドリューズの執事のよ うだった。 「この紅茶、美味しいわ」  クレアが、マリスに囁いた。  得体が知れなかったので、ケインもカイルも口をつけないでいたのだが、クレアの 一言で二人とも飲んでみると、意外にも上品な香りがし、美味しかったのだった。  乾燥させて、細かく砕いたスロウの実を、香草と一緒に抽出した紅茶であった。 「スロウ・ティーなんて、初めてだわ。スロウの実って、紅茶と相性が良かったのね」  マリスは、怖じ気付くことなく、感心して、木の魔道士に微笑みかけた。 「これは、私の自作なんですよ。私、料理にも興味があるもので。ただ、スロウと 香草を合わせただけじゃ、ちょっと物足りなかったんで、ミシアの果皮をちょっと 加えてみたんです。スロウの実の甘酸っぱい味と香りを、損なうことなく出来た紅茶 だと思うんですが、お気に召されましたか? よかったら、お替わりの方はいかがで す? 」  声の調子からすると、彼は喜んでいるようだった。  マリスとクレアは紅茶をお替わりする。  ケインとカイルとダミアスは紅茶を啜り、ミュミュがテーブルの真ん中で、ケーキ を抱え込んでクリームまみれになりながら、食べていた。 「これ、ドゥグ、作った。食べる、よろし」  なんだか異様な匂いがすると皆が思っていると、いつの間にか、緑の魔道士ドゥグ が、銀色の器をヴァルドリューズに差し出していた。  彼も、ヴァルドリューズの機嫌を取っているつもりなのだろう。  食べ物の匂いとはかけ離れた、何とも言えないその匂いは、ドゥグの差し出す皿に 乗ったものから発せられているようだった!  「あ、これ! ヴァルドリューズ様は、今は、お仕事中だというのに! だいたい、 この家の台所は、私が預かっているのですよ! お前は、さっさと自分の家に戻んな さい! 」 「ドゥグ、料理、上手」 「だから、私が……! だいたい、なんです!? それは? 本当に食べられるもの なんですか? 」 「これ、ドゥグの得意料理。とても、うまい! 」 「……あっ! 大ネズミのしっぽなんか入ってるじゃありませんか!? そんなもの、 ヒトは食べませんよ! 」 「これ、うまい! これ、うまい! 」 「だめですってば! 」  二人(?)の子供のような小柄な魔道士は、ヴァルドリューズの脇で、皿を引っ張り 合いながら、揉めていた。  一瞬、ヴァルドリューズが、それにはうんざりしたような目を向けたようだったが、 一行が察するに、おそらく、それは、本当にうんざりしているのだろう、と。


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