Book10看板 Dragon Sword Saga10 〜Ⅱ.-2〜
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~ 第10巻『妖精の国』 ~

剣月紫ライン  Ⅱ.『魔界の者』 妖精紫アイコン2 ~ 巨大蛾 ~  剣月紫ライン

 サンダガーは、「どうやってイジメてやろうか」と言いながら、瞳を輝かせ、蛾を あちこちから眺めた。  突然、蛾の触角がビカビカ光り、次々と光線が発射していく。  サンダガーの目がピクッと動いた瞬間、光線は、剣で弾き返されていた。  いつの間にか、サンダガーは、腰の剣を抜き放っていた。  蛾は羽を大きく振り、飛び上がった。  愚鈍そうな見かけからは想像もつかないほど素早く、水を得た魚のように空を舞う。  人間界の蛾が飛ぶ様子とは違い、空間を移動し始めた。  空間移動の魔法を使う上級魔道士にしか、見切ることは不可能であったが、ケイン とカイルには、見えるようになっていた。  二人は、それは、ドラゴンの谷で戦った経験によるものだと解釈した。  巨大蛾は、羽音を鳴らしながら、空気を震わせる。  サンダガーが剣を差し向けた瞬間だった。  ピカッ! ピシャーン!  蛾の触角が光り、先の光線より強く輝きながら、サンダガーに落雷した。 「うぎゃああああーーーっ!」  サンダガーは悲鳴を上げて、地面にひっくり返った。  結界の中では、ミュミュとクレアは、悲鳴を上げ、ケイン、カイル、ラン・ファは、 思わず身を乗り出していた。  蛾は、ちらっ、ちらっと、目まぐるしく空を移動し、様子を伺っている。 「なぁ~んちゃって!」  獣神は、ふざけた声を出すと、ひょこっと跳ね起きた。 「俺様は、ゴールド・メタル・ビーストの化身だぜ。この俺様に、得意中の得意で ある雷の術なんか効くかよ。まあ、魔物にしちゃあ、上出来だがな。はーっはっはっ はっ!」  サンダガーは空を仰ぎ、大笑いした。 「なんだ、おどかしやがって!」  カイルが、大きな溜め息を吐いた。 「演技とはいえ、ブザマだったな」  ケインは、ほっとした顔で、カイルを見た。  その時、サンダガーの頬を覆っていた兜の部分が、パリン! と割れた。  黄金の破片が、きらきらと地面に落ちる。 「お、おい! やられてるじゃねえか!?」  カイルが声を上げ、皆も動揺して、獣神を見上げた。  じろっと、サンダガーが、一行を見下ろした。 「おたおたすんじゃねぇよ、人間ども。ヤツのイカズチを吸収してやったら、エネル ギーが有り余っちまったんだよ。それにしても、兜が破損するほどとはな」  サンダガーは、兜からはみ出した髪を振り払った。 「なあ、サンダガーのやつ、まさか、相手の実力がわかってないわけじゃないよな?」  カイルが心配そうにケインを見ると、ケインも何とも言えない表情を返すのみだっ た。 「ほら、もっとやってみろよ。雷の技だけじゃねぇんだろ?」  にやにや笑いながら、鎧で出来た尾を一振りし、獣神は、手招きをしてみせた。  蛾は、ひゅんひゅんとサンダガーの周りを、素早く移動すると、角のような尾を 突き出した。 「ふん、今度は毒針か」  獣神は、片手でそれを払い除けたが、同時に、蛾の無数の足が、彼の身体をからめ 捕った。  蛾は逆さの状態で獣神を抱え込むと、尾から灰色の粘着質の液体を放出し、素早く 獣神の頭から足の先まで、がんじがらめにしていった。 「あの灰色の液は、金属を溶かす。全ての金属、つまり、神の鎧もな」  そう言ったジュニアに、皆、注目した。  ジュニアは口をつり上げ、吟遊詩人に向かい、笑ってみせた。  それへは、詩人は、ちらっと見ただけで、取り合おうとはしない。 「そうやって知らん顔してるけどな、本当はアセってんだろ? わかってんだぜ」  詩人の心を見透かすような態度のジュニアに、詩人は、何も反応しなかった。  蛾は、獣神から飛び上がった。  灰色の液は、サンダガーから地面へと流れ落ちると、一行は驚き、目を見張った。  サンダガーの鎧は、ジュニアの言う通り、あちこち溶け、ボロボロになっていたの だった。  鎧の間からは、人間のような白い皮膚と、白い薄布が見え隠れしている。 「サンダガーって、中身は人間みたいだったんだな! 獣神っていうから、獣なのか と思ったぜ!」  動揺を隠そうとしたカイルは、思わずそう口走っていた。  戦況を見守っていたヴァルドリューズの目が、一層鋭くなる。 「ほ~ら、どうだ? 神の鎧と言えど、あの通りだぜ!」  ジュニアは、ますます挑発するように、ニヤニヤと吟遊詩人に詰め寄る。  詩人は、やっとジュニアを見た。 「悪いけど、僕とサンダガーは、全っ然関係ないんでね。彼がやられようと、知った こっちゃないよ」 「ほう。……ってことは、あの獣神が、巨大蛾にやられるかも知れない、とも思って るわけか?」  きらりと、ジュニアは目を光らせた。  それを、面白くなさそうな顔で見つめた後、詩人は言った。 「別に、そうは言ってないけどね」 「ふん、減らず口もそこまでだぜ」 「どっちがだよ」  にやにや笑うジュニアに、詩人は憮然として返す。 「まったく、一張羅(いっちょうら)が、ボロボロだぜ!」  サンダガーは、特に悔しがったり、残念がったりすることなく、蛾を見上げた。 「おい、ムシ、この俺様の鎧をここまで溶かすことが出来たのには、正直驚いたぜ。 だから、褒めてやろう。『たいへんよくできました』!」  ご機嫌で手をパチパチ叩く獣神を、人間たちは、黙って見ていた。  少々呆れたようでもあった。 「さあ、今なら俺様の鎧はボロボロだぜ。チャンスだ、攻撃してこいよ」  獣神は、無防備をアピールするよう、両手を広げた。  蛾は、聞こえているのかいないのか、ヒュンッと瞬時に前進すると、全ての瞳孔 から、黒い液体を発射した。  それらは、獣神の身体中に飛び散った。 「おおっ!?」  獣神が、驚くような歓喜の声を上げた。  液体と思われたものは、黒い魔物たちであった。  小さな無数の魔物たちは、サンダガーの全身を埋め尽くすと、鎧であろうと皮膚で あろうと構わず、かじり始めたのだった。  顔を上げて、それを見たミュミュとクレアは、「きゃっ!」と叫んで、再び両手で 顔を覆う。 「サンダガー!」  ケインとカイルは、心配そうな顔で叫ぶ。  小さい魔物たちは「イガイガ!」と声らしきものを上げながら、ぽりぽりと音を 立てていた。 「うひゃひゃひゃひゃ! くすぐったいぜ!」  サンダガーが身をよじらせて笑う。  蛾が羽ばたいた。羽全体が燃えるように、赤く染まっていく。  辺りの空気を揺るがすような波動が、赤い羽目指して集まった時、閃光が走った。  蛾の羽から発射した光は、黒くおおわれたサンダガーに一点集中すると、凄まじい 轟音が起こり、獣神のいたところは、黒い炎となって燃え上がった。 「サンダガー! マリス!」  思わず結界から出そうになりながら、ケインが叫んだ。  顔を伏せるクレアを抱えながら、カイルは黙って目を凝らす。  ミュミュはラン・ファに抱きつき、恐ろしさのあまり泣いていた。  ラン・ファとヴァルドリューズは無言で、業火を見据えていた。  間もなく、黒い業火の中から、すっと、ヒトのような手が浮かび上がった。その てのひらからは、水が噴き出し、半分ほど一気に消火した。  サンダガーの手であった。  薄布をはおった姿のままで、どこにも怪我などは見られなかった。  ミュミュとクレアは顔を背けたままであったが、ケイン、カイル、ラン・ファは、 ほっとした表情になった。  サンダガーは宙に浮かびながら、素早く移動を繰り返す巨大な蛾を見た。 「ふっふっふっ、俺様の鎧はな、ゴールド・メタル・ビーストたちのように、身体の 一部分でもなければ、防具として身に着けているわけでもねえ。例え、鎧が壊れたっ て、俺様自身が防御壁(シールド)張りゃあ済むんだよ。  ま、鎧があれば、ある程度の術は跳ね返しちまうから、シールド張る手間は省ける がな。今は、あくまでも、おめえの能力(ちから)を見るために、無防備でいてやった のよ」  獣神は蛾に対してというより、そこにいる人間たちに説明しているようだった。 「今のが、貴様の最大級の技だったみてえだからな、そろそろ俺様も戦ってやるか。 それじゃあ、行くぜーっ!」  サンダガーは嬉しそうな顔になり、剣を抜き取ると、音もなく移動した。  一行は、目を大きく見開いた。  獣神の移動も、蛾と対等か、それ以上に素早く、彼らの目には、獣神の残像が うっすらと残って見えた。  残像は、蜃気楼のように、ぼやけてから、湯気のように消えていく。その前に、 本体は移動していたため、サンダガーの姿は、常に二人以上は、そこにあるように 見えていた。  蛾と獣神は、空間を移動しながら、少しずつ間合いを詰めていく。  先手を打ったのは、獣神であった。  彼の剣が突き出されると、蛾は姿を消して、回避した。  剣を突き出した獣神は残像となり、新たに現れた獣神が、すかさず剣を振り回すが、 蛾も素早く空間を移動する。  素早い動きを、ケインとカイルの目は、なんとか付いていくが、怖いもの見たさで のぞき見ていたミュミュは、目を回していた。 「あー、もう、めんどくせぇ!」  突然、サンダガーが、剣を放り投げた。  剣は、人間たちの結界よりも遠い地面に刺さった。  宙に浮かんだまま、サンダガーは両手を腰に当て、コキコキと首を鳴らしている。  そこへ、蛾の口から勢いよく、泡と、もう一方の口からも、黄色い液体が吐き出さ れたが、それらを浴びたのは、獣神の残像だった。  そのようなやり取りがしばらく続くと、突然、蛾の動きが止まった。  何かにはばまれたように、羽や足を忙しく動かしてはいるが、そこからは移動出来 ず、空間にさえ逃げ込めなくなってしまった。 「かかったな」  獣神が、振り向き様に、にやっと笑う。 「ふっふっふっ、人間ども、お前らには、一体何が起こったのかわかるまい。その 間抜けヅラを見りゃあ、一目瞭然だぜ。いいか、お前らにも見やすいようにしてやる」  蛾が、逃れようともがいている方へ、サンダガーが人差し指から金色の光線を発す ると、光が網目のように、複雑に絡み合いながら広がっていった。  光の網目が、蛾の羽をからめ捕り、サンダガーの放った剣とを結んでいるのが、 一行の誰の目にも明らかになった。 「結界!?」  ケインたちは、顔を見合わせた。 「俺様は、戦いに専念するよう見せかけながらも、蛾の野郎を捕らえるための罠を、 仕掛けていたのよ。ムシどもの習性を参考にしてな。どうだ、わかったか、間抜けな 人間ども!」  得意気に、サンダガーは高笑いした。 「クモの巣!」  ケインが、見開いた目で、光の網目を見る。 「ムシの習性を利用するとは、セコいぜ!」 「他に思いつかなかったのかしら?」  カイルのセリフに、少しだけ顔をのぞかせたクレアが、無意識に口にしていた。  獣神が、金色の網をたぐり寄せ、手で蛾に巻き付けていくうちに、蛾は本体が完全 に見えなくなるほど、光の糸で、ぐるぐる巻きになった。 「どう調理してやろうか。俺様は、ムシは食わねえからな、う~ん……」  ぶつぶつ言っていた獣神は、すぐに顔を上げた。 「よし、決まった!」  獣神は、ウキウキと剣を取り、片手に持った。 「さっき、あっちの方向に、次元の穴があるのを見付けた。だから、貴様は、 『お山ごとハゲハゲの刑』だっ!」  一行の目は、点になった。 「うわーっ! 結局それかよ!」  結界の中で、カイルが一番に耳をふさいだ。  サンダガーが、剣を真上に向ける。  空の合間から、どこからともなく稲光が近付いてくる。  獣神が剣を振り下ろした先を蛾に向けた。  まぶし過ぎる光の柱が、凄まじい音を轟かせ、地面が大きく波打った。  辺りには、もくもくと白い煙が立ちこめていた。  地響きが収まり、煙も引くと、そこには、鎧のようだったサナギの殻も、ぐるぐる 巻きの蛾も、辺りの草木もなくなり、土と小石のみの風景が広がっていた。  すっかり見通しのよくなった景色を、一行は、ぼう然と眺めていた。 「ああっ、なんてことを……!」  クレアは何度かまばたきを繰り返してから、一層、目を見開くと、愕然(がくぜん) となって声を上げた。  ケインとカイルは、ただただ、まだくすぶっている地面を見つめている。  ミュミュは、ラン・ファの鎧から顔を出し、きょろきょろと見回す。  ラン・ファは驚きを隠せない様子だ。  吟遊詩人が溜め息をもらす横では、ジュニアが、あんぐりと口を大きく開けていた。  ただひとり、ヴァルドリューズだけは、無言のまま、鋭い視線で、サンダガーを 観察している。  彼らの反応など構わずに、腕組みをして、にやにや笑いながら、獣神は地面に降り 立った。 「我ながら、実に素晴らしい技だ。そして、いつ見ても、びゅーてぃほー! 次元の 穴もちゃんと消えてるし、一暴れした後は、酒でも飲んで、ゴロゴロすっかな!」  そう言って、サンダガーは空へ飛び立とうとして、はっとなった。 「しまった! 俺様ともあろう者が……!」  途端に、空中で頭を抱え込み、のたうちまわる。 「うぎゃああああああ……! 俺様としたことが! 自分から、還(かえ)ろうとし ちまうとはー! ちくしょー、もっと遊びたかったぜーっ!」  わめきながら、獣神の姿は、しゅうしゅうと湧き出した白い煙に包まれ、きゅる きゅるきゅる~と、小さくなっていったのだった。  そして、煙が引くとともに現れたのは、マリスであった。 「ふうっ」  マリスは息をつくと、額を手の甲で拭った。  ヴァルドリューズの結界は解かれ、ケイン、カイル、クレアが駆け出す。 「お疲れ様!」  クレアが、自分よりも少し背丈のあるマリスを、惚れ惚れと見直し、微笑んで迎え た。  マリスもにっこり返すと、後ろめたそうな上目遣いで、吟遊詩人を向いた。 「あのー、ここ、こんなにしちゃったけど、大丈夫?」  詩人は顔をしかめたが、すぐに仕方のなさそうな顔になった。 「まあ、これで、この樹海に巣食う魔物は消滅したから、当分は、ここの生き物たち も、安心して住めるだろうね。その代償は大きかったけど」 「『あいつ』、やることが大雑把(おおざっぱ)だから。悪かったわね」  マリスは、すまなそうに首を引っ込めてから、一行に向き直った。 「それじゃ、妖精の国に向かって……」  言いかけてから、ふらっとよろめき、ちょうど後からやってきたヴァルドリューズ にぶつかった。 「あ、ごめん」  なんでもない様子で、マリスは、ヴァルドリューズから離れた。  皆は、特に気にも留めないでいたが、平静を装(よそお)うマリスの瞳には、疲労が あらわれていた。 (さすがに疲れたわ。不安定な空間で精神を保ちながら、サンダガーを操るのは。 あの時、サンダガーが自分から戻ろうとしなかったら……!)  一行が、ぞろぞろと歩き始めると、戦闘中から険しい表情でマリスを見つめていた ヴァルドリューズが、マリスの腕を掴み、引き止めた。  振り返ったマリスを、そのまま、ヴァルドリューズは抱き寄せた。  すると、普段は決してそのようなことにはならないだろうマリスの身体が、実に 呆気なく、ふわりと、ヴァルドリューズのマントの中に沈んだのだった。  それには、周囲の者も、当のマリスでさえも驚き、困惑していた。  ヴァルドリューズは、手を、彼女の顔の上にかざした。 「なっ、なに?」 「少し休んでおけ」  ハッとして、ヴァルドリューズを見つめ直したマリスは、真上にある彼の碧い瞳に 呪縛されたように、動けなくなった。  紫色の瞳が静かに閉じていくと、彼女の身体は、がくんと、ヴァルドリューズの腕 の中に沈み込んだ。  皆には何が起こったのかわからずに、ヴァルドリューズと、眠ったようになって しまったマリスとを見比べた。 「ヴァル、マリスはどうかしたのか? まさか、今の戦闘で、どこか怪我でも?」  ケインが心配そうにヴァルドリューズに近寄った。  彼は静かな目を、ケインに、そして、皆に向けた。 「ここは、人間界と別世界を隔てる特別な空間だ。このような不安定な空間で、 サンダガーを召喚することは、普段の数倍もの精神力を要することが、戦闘が進む につれ、私とマリスにはわかった。彼女の精神と身体は、今、非常に疲労している」  まさかという顔で、ケインたちは、ヴァルドリューズに抱えられているマリスを、 見下ろした。 「精神の疲労回復は、肉体を休めるのが手っ取り早いため、こうして催眠術で眠らせ たのだが、この程度の術に、すぐにかかってしまうほど疲れ切っていたとは……」  言いながら、ヴァルドリューズは、マリスに視線を落とした。  その様子からは、普段から表情の無い彼ではあるが、マリスの身を案じているのが、 一行にも見て取れた。  そのようなヴァルドリューズを、彼らは初めて見たといってよかった。  それほどに、不安定な空間での召喚魔法は危険を招くと、彼らには伝わった。  ケインが真面目な顔で、もう一度尋ねる。 「マリスは?」 「しばらく眠れば、また元通り元気になるだろう。先を急いだ方がいい」  そう答えたヴァルドリューズは、マリスを抱き上げた。  ミュミュとラン・ファを先頭に、一行は、再び歩き始めた。  吟遊詩人と魔界の王子ジュニアは、黙って後に続いている。  何を考えているのかは、それぞれの表情に、現れてはいなかった。


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