Book10看板 Dragon Sword Saga10 〜Ⅱ.-1〜
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~ 第10巻『妖精の国』 ~

剣月紫ライン  Ⅱ.『魔界の者』 妖精紫アイコン1 ~ 樹海の魔物 ~  剣月紫ライン

 森は、ますます深く、背の高い木々がぼうぼうと生い茂り、歩き辛くなっていく。  青い霧は、もう出てはいなかったが、夜のように真っ暗で、人間には肌寒く感じら れていた。 「気を付けて。なにかいるわ」  初めて、ラン・ファが忠告した。  ミュミュが、さっと彼女の鎧に隠れる。  先頭に立つラン・ファとヴァルドリューズの瞳は、険しく周囲に注がれている。  これまでふざけていたカイルの表情も、引き締まった。  彼にもわかっていた。魔法剣が、警戒しているのが。  どこからともなく、地響きが起こる。  樹海にいたトリやムシなどは、怯(おび)えたように一斉にはばたき、飛び立って いった。  巨大なものが地を這うような地鳴りは、ますます強くなり、近付いてくるようだ。  クレアが不安そうに皆を見回し、ミュミュは、そうっとラン・ファの鎧の中から、 顔をのぞかせる。  バキッ  ミシミシミシッ!  樹木にひびが入った。 「あの木の向こうだわ」  マリスが指さした。  その木々の向こうには、小高い丘ほどもあるものが、ゆっくりと動いていたの だった。  木が軋(きし)み、左右に押し分けられ、樹木が倒れるごとに、地面が揺れる。  それは、一行の目の前にまでやってきた。  それが、いったい何であるのか、皆、始めは理解出来なかった。  樹液が固まり、こびりついている木の皮のような、枝がかき集められているような、 或は苔をはびこらせている岩肌のような、いろいろな素材がつぎはぎとなった、横長 の物体が、一見、手足もなく、ズルズルと引きずるような音を立て、ゆっくりと進ん でいたのだった。  ヒトの三倍の高さがあり、その長い体長は、宿屋ほどもある、巨大な生物だった。 「あれは、サナギだ」  ジュニアが言った。 「サナギだって? あれが……!?」  ケイン、カイル、マリス、クレアは、視線を、ジュニアから巨大サナギに戻した。 「あいつは、正真正銘の魔物ってことか。吟遊詩人、魔物なら倒していいんだな?」  ケインの問いかけに、詩人はうなずいた。 「いいよ。ただし、きみたちだけでも倒せるならね。僕は、一切手伝わないよ。それ と、きみも手出しはしないでくれよ。魔界の王子の能力なんか使われたら、他の魔物 もかけつけてしまって、ややこしいことになるからね」  詩人は、ジュニアに向かって、忠告していた。 「おいおい、こいつは、魔界の王子っつったって、今は、大した能力も使えないんだ ぜ。そんな心配には及ばないだろ」  カイルは、サナギから目を離さずに言った。  誰にもわからないよう、ジュニアの目が、ちらっと光り、詩人を盗み見る。 『ここは、魔空間みたいなものだからね。本来の能力を取り戻すまではいかなくても、 ここにいる人間たちを脅かす程度には、充分、復活していても、余計なことはしない でおくれよ』  詩人は、あえて関心のない顔をしていたが、その声は、ジュニアにだけは聞こえて いたのだった。 『お前、俺の能力(ちから)のことを……!?』  詩人にしか聞こえないよう答えたジュニアの目が、鋭く光る。  巨大サナギに気を取られていた人間たちは、それには気が付かない。 「物凄い魔力だわ」  クレアが、困惑しながら言った。  隣でうなずくマリスが顔を上げ、ヴァルドリューズを向いた。 「『サンダガー』でやっつけるわ」  全員の表情が引き締まった。それほどの強大な敵であると、誰もが感じていた。  ヴァルドリューズは表情を変えることなく、呪文を詠唱し始める。  マリスは一行から距離を取り、目を閉じると、『全身浄化』の呪文を唱えた。 「クレアちゃん、防御結界よ」 「は、はい!」  ラン・ファが呪文を唱え、両のてのひらを押し出す。クレアも両手を突き出した。 「うわっ!」  ジュニアが飛び上がり、クレアの近くから離れた。  女神ルナ・ティアの結界を操るようになったクレアの術は、さらに神聖な威力を 増していたため、魔族であるジュニアには耐え難かったのだった。  二人の結界は、ケインとカイルも包み込む。  吟遊詩人は、独自の結界で身を護っているのか、彼らの後ろに、ひとりで立って いた。  ヴァルドリューズの頭上に、黒い雲のようなものが、ぼやぼやと出来ていくと、 そこには、ヒトの骸骨のような顔が、黒いフードをかぶった姿で、浮かび上がった。  魔神『グルーヌ・ルー』だ。  獣神サンダガーの召喚には、何度か立ち会って来た一行であったが、グルーヌ・ ルーの姿を見たのは初めてだった。 「いつもは見えなかったのに、なんで……?」  ケインが疑問に思っていると、カイルが応えた。 「俺たちの実力が、神並みになってしまったのか!?」 「違うと思う」  即座にケインが打ち消す。  ヴァルドリューズの三角形を象った手から、金色の光が現れた。  離れた位置にいるマリスは、足元から湧き上るような白いオーラに、全身包まれて いた。 「おい、マリスの『全身浄化』も、あんなにはっきり見えたことなんか、なかった よな?」  訝(いぶか)しむケインに、カイルは顔を輝かせた。 「だから、やっぱり、俺たちの実力が、神並みになって……」 「いや、違うと思う」  ヴァルドリューズの手元から、金色の光線が、マリスに勢いよく発射される。  マリスを光が包んだ時、姿が隠れるほど光り輝き、巨大化していった。  そして、それは、間もなく、彼らの見慣れた姿へと移り変わっていった。 「はーっはっはっはっ! またしても、俺様の出番だぜーっ!」  そこには、全身を金色の鎧で覆った獣神が、仁王立ちになっていた。  白い面長の顔は、美しくたなびく黄金色の長い巻き毛に包まれ、枠組みだけで出来 ている金色の兜が囲む。  切れ長のつり上がった、エメラルドのような瞳、口元には、人間で言う八重歯が牙 のようにのぞき、整った顔立ちは、神聖というよりも、邪悪に見えてしまう、一行の 見慣れた男神だった。 「サンダガー……!」  小さく、吟遊詩人がつぶやいた。詩人は、慎重な面持ちでいる。 「これが、獣神『サンダガー』……!」  ジュニアも、巨大な獣神から、目を反らさない。  マリスたちとの旅に加わってから、彼がサンダガーを目の当たりにしたのは、 初めてであった。  サンダガーのみなぎるパワーは、金色の稲光とともに、ビリビリと周囲に 轟(とどろ)く。  それは、吟遊詩人やジュニアのような、人間でない者にとっては、痛いほどに 感じるエネルギーであった。 「なるほど。こいつは、厄介な召喚魔法だぜ」  ジュニアは、サンダガーを見上げて、ぼそっと言った。  巨大化しているサンダガーは、にやにやと笑う。 「つい最近も来てやったが、あの時は人間サイズだったからな。やはり、このくらい の大きさの方が、下々の者どもを見下せて、気分がいいぜ! それじゃあ、いつも 通り、自己紹介からいくかー。この俺様が、伝説のゴールド・メタル・ビーストの 化身、獣神サンダガー様さー! おそれいったか!」  サンダガーは誰にともなく、否、そこにいるすべての生き物たちに知らしめるべく 大声を出し、両手を腰に当て、踏ん反り返って笑った。 「ちぇっ! 卑しい獣のくせに」  吟遊詩人は、軽蔑(けいべつ)した目で、見上げている。 「さーて、今回の俺様の獲物は……っと」  サンダガーの目に、ずりずりと、ゆっくり進む巨大サナギの姿が入った。 「なんでぇ、このゴミムシみてえなのは?」  途端につまらなそうな顔になったサンダガーは、人差し指を立て、指先から、光線 をサナギに当てた。  金色の光線は鋭く、岩盤のような外殻(がいかく)を一部弾き飛ばすが、何の変わり もなく、サナギは、そのままずりずりと進んでいった。 「こいつ……!」  サンダガーの顔色が変わった。  それまでの、バカにした目付きではなくなり、ゆっくりと進むサナギを見つめ ながら、腕を組み、何かを考えている。  考えがまとまったのか、サンダガーは、サナギの前に立ちふさがった。  一行は、息をひそめて、獣神とサナギの魔物に見入っていた。 「このムシ野郎!」  何を思ったか、サンダガーは、いきなりガツガツと、サナギを踏みつけ、蹴飛ばし 始めた。 「サンダガーが肉弾戦に出たのは、初めてだな」  何の意味があるのかと、探るように、ケインがつぶやいた。 「お前な、あれが肉弾戦って言うのか?」  カイルが眉を寄せた顔でケインを見る。 「そうよ、単なるイジメだわ!」  クレアが、むごいと言わんばかりに叫んだ。 「あいつは、ダメージを吸収して強くなる」  ジュニアの珍しく静かな物言いに、一行は振り返った。  吟遊詩人も、ちらっと魔界の王子を見た。  ジュニアは続けた。 「倒すんなら、サナギのうちにしといた方が賢明だな。孵化(ふか)したモンスターは、 手に負えなくなるぜ」 「手に負えないって? まったく無抵抗な、あんなカメの甲羅(こうら)みたいもんが?」  カイルが疑わしくサナギを見る。 「だけど、あのサナギ、ダメージを受けてるようには見えないよな。あんなにボコ ボコにされてるのに」  ケインがそう言うと、カイルも目を凝らす。 「おい、実は、サンダガーって、魔法は得意でも、格闘は苦手とか?」 「さ、さあ……?」  カイルの質問に、ケインもあいまいな顔になった。 「イジメてるうちに強くなられるんじゃあ、今のうちに、魔法で一撃で倒しといた方 がいいって、ヤツに助言してやった方がいいんじゃねぇか?」 「う~ん……」 「彼は、知っててやっているのさ」  カイルとケインの会話の横で、吟遊詩人が言った。 「サンダガーは戦いを好む。人間界で言ったら、……そうだな、ネコが獲物を、遊び ながらいたぶっているうちに、殺しちゃうのと同じようなものか。彼は、自分が楽し むことしか考えていない。あのサナギが孵(かえ)ったら、魔道士程度の結界では、 防ぎきれるかどうか」 「なんだって?」  カイルとケインは、困惑して、顔を見合わせた。 「ふふん、よくご存知じゃねぇか」  笑っているジュニアを見てから、クレアが不安そうに、ケインたちと吟遊詩人とを 見つめた。 「ほら、見てみろよ、孵化が始まったぜ」  ジュニアが、あごで示す先では、巨大サナギの動きが停止した。  カメの甲羅のごとく、硬質化したサナギの殻。その隙間からは、しゅうしゅうと 黒い蒸気が湧き出していた。  大型の魔物に見られる、黒い瘴気(しょうき)であった。  殻は、呼吸しているかのように、つぎはぎの隙間を、開けたり閉じたりし、瘴気を 吐き出していた。  一行が沈黙して見守る中、呼吸が止まると、凄まじい轟音が、地面に鳴り響く。  岩や樹木の皮で出来たような殻は、内側からめきめきと音を立て、押し破られ、 頭部が現れた。濃い緑色の混じった、黒いゼリーにまみれ、ぬれている。  黒い液体で、ベトベトに固まっている二本の触角が、立ち上がり、ぼたっと黒い ゼリーを落としながら、バリバリと、胴体が殻を破ってあらわれた。  胴には、触角のような細い足が、数多く折りたたまれていて、徐々に伸びていき、 後方には尖った角のような尾も見えた。  背にも、黒い液体に覆われた羽がある。 「蛾(が)みたいなヤツだな」  カイルが、一番に、感想を口にした。  サンダガーは、まだ動こうとせず、腕を組んだまま、じっと巨大蛾を見下ろして いる。  液体を振り切った二本の触角がピンと伸び、枝に生えた葉のように、密集した毛が 外に向かい、ふさふさとなびき始めた。  蛾の身体からも、黒いゼリーのような液体が、ぼたぼたっとはがれ落ち、人間界で は考えられない速さで、乾いていく。  胴体は、どす黒く、気味の悪い赤色であった。黒と黄色の斑点と、緑色の縞模様が、 ところどころ見られる。  頭部の触角は、オレンジ色の細かい毛となり、その下では、巨大な一つ目が見開か れた。  緑色に、縦に長い黒い線のような瞳孔だ。  クレアは、一瞬、その目に見入った。  蛾の目の下が、いきなり横に裂け、魔物の体液である濃い緑色の血が吹き出し、 もうひとつの頭が、にょきっと現れたのだった。 「きゃあっ!」  クレアが叫んで顔を伏せると、カイルがクレアを抱き留めた。  同時に、ヴァルドリューズがクレアの隣に現れ、新たに、一行を包み込む半月形の 結界を張った。 「凄まじい邪気だ。『グルーヌ・ルー』の知恵から編み出した結界に切り替える」  ヴァルドリューズの結界の中から、一行は戦況を見守っていた。  蛾の二つ頭それぞれにひとつずつ、緑色に血走った目があり、胴体にも裂け目が 出来ると、そこにも巨大な血走った目が現れた。  背の羽が、徐々に開いていく。  本体同様、赤黒い地に、斑点と縞模様、そして、そこにも、無数の目が開き、 ひとつずつが、ぎょろっ、ぎょろっと、勝手な方向を見回す。  その時、蛾の二つ頭の目の下が、下にパックリと裂けた。  口ではなく、勢い余って裂けてしまったように、裂け目からは、黒々とした緑の血 をしたたらせている。 「いやっ!」  クレアはカイルの腕の中で、両手で顔をおおった。  ミュミュも、きゃーきゃー叫びながら、ラン・ファの鎧の胸の中に入り込んだ。 「大きさも、気色悪さも、俺たちの出会ったモルデラの村の魔獣以来だな」  嫌そうな顔で、ケインが肩をすくめた。 「もしかしたら、それ以上かもな」  カイルは、自分の腰に下げた剣を目で指した。 「魔法剣が、そう言ってるのか?」 「ああ。魔法剣がおびえてるぜ」 「おびえてるだって……!?」  ケインは、真顔になっているカイルを見た。 「さーて、やっと成虫になったか」  腕組みをしていたサンダガーが、にやにやとした笑みを口元に浮かべている。 「それにしても、相変わらず醜いもんだな、モンスターってのは。この俺様の光り 輝くまばゆい姿とは、大違いだぜ!」  サンダガーが高笑いをする。 「マリス、早く決めるのだ」  ヴァルドリューズがそうつぶやいたのは、結界の中にいる全員に聞こえた。  彼の表情は普段と変わりないが、目は鋭く獣神を見つめていた。


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