Book10看板 Dragon Sword Saga10 〜Ⅰ.-2〜
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~ 第10巻『妖精の国』 ~

剣月紫ライン  Ⅰ.『まやかしの樹海』 妖精紫アイコン2 ~ 忠告 ~  剣月紫ライン

 一行が『幻想の森』に入ってから、小一時間が過ぎようとしていた。未だに、青い 霧のまぼろしは続いているが、怯えたり、取り乱したりする者はいなかった。  それには、ケインの提案で、皆が手をつないで進んでいることが大きかった。 「なんで、あたし、あんな幻なんかに、騙(だま)されちゃったんだろう。別に、ダン のことなんか、考えてなかったのに……」  マリスがそう呟くと、ケインが、マリスの手のひらをつかんだのだった。 「こうすれば、例え、また幻が見えても、現実に引き留められていられるだろう」  真面目に、そう言うケインを見ているうちに、マリスの頬が赤くなっていった。 「いっ、いいわよ、そんなことしなくたって。子供じゃないんだから、大丈夫だってば」 「なに言ってんだ。こうしていた方が、俺だって、安心なんだ」  マリスは黙って、ケインを見つめた。 「皆も、手をつないだ方がいいかも知れない」  そうケインが呼びかけると、ケインのもう片方の手を、吟遊詩人が、ぎゅっと 握った。 「なんで、お前まで?」  不可解な顔でケインが見ると、吟遊詩人は、いくらか頬を膨らませていた。 「きみだって、僕とつながっていた方が、もっと安心だろ?」 「なに怒ってんだ?」 「別に、怒ってなんかいないよ」  吟遊詩人は、マリスをにらんだようだったが、すぐにクレアに向き直った。 「きみも、手をつないで」  詩人の差し出された手に、クレアが戸惑いながらも、自分の手を乗せる。  すぐさま、カイルがクレアとラン・ファの手を取り、ラン・ファとヴァルドリューズ も手を取り合った。 「マリーちゃあん、俺も怖いよー」  ジュニアが甘えるように、マリスのもう片方の手にしがみついたが、マリスは 無反応であった。  そのようにして、縦に一列に並びながら、森の奥へと進む一行であった。  マリスは、自分の手を握っているケインの手を眺め、ぼんやりと考えていた。 (あれだけは、幻なんかじゃないと思った。本当に、ダンの傭兵団も、一緒に来て いたように見えた。だって、あの幻だけ、なんだか、やけにリアルだったし……)  視線は、ケインの背に移る。  青い傭兵服の上に、赤い布が肩から腰へと巻き付けられている。以前、劇団の公演 に参加した時に、団員からもらった記念の布である。 (ケインは、幻を見ても、平気だったみたい。あたしを助ける余裕まであった。 ということは、あたしよりも、ケインの方が、精神力が上回ってる……?)  マリスは、だんだん悔しいような気がして来た。彼のことは、最初からその実力を 買ってはいたが、どこか悔しかった。  彼を頼もしいと思えば思うほど、悔しさも生まれている。  戦士としての自分と比べ、自分の方が劣っているとは思いたくなかったからで あった。  というのも、自分と同等の、もしくは、優っている戦士など、ラン・ファ以外には 考えられなかったからだ。  そのような考え事をしていたせいで、ジュニアが、ベラベラと話しかけてきても、 マリスには、まったく気にはならなかった。 「この辺りで、休憩にしよう」  吟遊詩人が、皆の足を止めた。  そこは、いくらか霧が収まっていて、さえずるトリの声も聞こえ、これまで歩いて きたところに比べれば、ずっと平和的なところである。 「『まやかしの森』は、もう抜けたのか?」  カイルが期待した目で、吟遊詩人を向くが、詩人は、首を横に振った。 「いや、まだ先はある。ここは、霧が薄くなっているから、休むんなら、今のうち だよ。休めるうちに、体力を回復しておいた方がいいだろう? この先、どのくらい かかるかわからないんだから。ああ、道のことだけじゃないよ、なにが出るかも わからないんだからね」  「なんだよ、おどかしやがって」と、カイルだけが悪態をつくと、皆は、それぞれ 腰を下ろした。  吟遊詩人は、そこからひとり外れると、黙って霧の中へと消えていった。 「どこ行ったんだ、あいつ?」  ケインが、誰にともなく訊(き)くと、カイルが伸びをしながら答えた。 「さあな。小便にでも行ったんじゃねえの?」 「いやだわ! もう、下品なんだから!」  クレアがカイルをにらむが、カイルは、にやにや笑っていた。  カイルから少し離れたところに、マリスが足を抱え込んで座ると、それにすり寄る ようにして、ジュニアが腰を下ろした。  その正面に、ケインが座った。  ラン・ファとヴァルドリューズは、見張りを買って出て、皆には、背を向け、互い に距離を置いて、座っていた。  ミュミュは、二人の間を、行ったり来たりしている。  ケインは、おとなしく座っているマリスから、視線を離せなかった。といって、 声をかけることはなかった。 (どうして、あんなことを……。なにも、あんなキツい言い方しなくても……)  思わずマリスに言った時のことを、悔いていた彼の中では、どこか、もやもやと しているような、はっきりとしない感覚が、起きていた。  それは、ある意味、マリスに幻滅したと言えたかも知れなかった。  彼にとって、マリスは、年下であっても、少なくとも自分以上の経験を積んだ戦士 であった。普段は無茶苦茶であっても、尊敬すべきところはあると思っていた。  自分にとってマリスは、どのような場面でも、簡単に動揺し、判断を誤るような 人物であって欲しくない、という思いが強かった。 (だけど、そんな俺の理想なんか、押しつけちゃいけないって、わかってる。 それなら、この感情は、なんだ?)  漠然と心の中に広がっている、嫌な感情に、ケインは気が付いた。  一言で言うと、納得がいかない、のである。  何に納得がいかないのかというと、マリスの惑わされた幻覚が、セルフィス王子で はなく、ダンであったことに、たどり着く。 (なんで、ダンなんだ……)  彼女が、ダンの幻覚に乗せられてしまったことに、どうも納得がいかない。  黒いハヤブサの異名で、傭兵団を率いているというダンの噂を聞いた彼女は、 やけに嬉しそうだったように思える。  今まで、マリスは、ずっとセルフィスを想っているとばかり思っていた。  だが、そうではなく、実は、ダンを想っていたのだろうか?  そう思うと、イヤだった。 (なぜ、イヤなんだ? セルフィスなら良くて、ダンならダメなんて、勝手じゃないか)  と考えてみたところで、ケインは、ダンのことを、それほどよく知るわけではない。 マリスの幼馴染みで、士官学校にも通っていたというくらいだ。  マリスからは、ダンは剣の腕も良かったと聞いたことがあった。自分も、剣術なら 常に鍛えている。  セルフィスは王子だから、身分的に敵わなくても、平民から騎士に登りつめたダン には、敵わないとは思いたくないとでも、俺は思っているんだろうか? (そもそも、マリスは仲間じゃないか。彼女が、誰を想っていようが、俺には関係 ないはずなのに……)  そのことが、頭から離れない。 (まさか、俺は、妬いてるのか? マリスを、異性として好きだったんだろうか?)  だが、これまでに、セルフィスに対しては、嫉妬の感情は湧いていない。 (果たして、本当に、そうなのか? 俺の、封じられた記憶の中でも、セルフィス 王子に嫉妬したりは、していなかったんだろうか?)  ケインは、もやもやとした気持ちのまま、マリスを見た。  一方、マリスの方は、ケインの視線に気付きながらも、顔を上げることは出来 なかった。  彼の真面目な表情を、「怒ってる!」と、とらえていたのだった。  幻影に惑わされた彼女に、ケインが幻滅し、「情けない!」と腹を立てているのだ と思えてしまい、悲しくなっていた。  膝を立てて抱え込み、誰にも顔を見られないようにして、マリスは、密かに涙を 浮かべていた。  疲れて休んでいるのだろうと思った皆は、声をかけることはなかった。  隣にいるジュニアは、いつの間にか、口を開けて、上を向いたまま寝ていた。  喋っているのは、カイルひとりで、クレアが、時々、呆れながら、意見していた。


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 吟遊詩人はひとり、青白い霧の中を歩いていた。  地面に敷き詰められた苔が、やけに柔らかい。人の入った形跡など、まったくない 未開の地であることを、改めて思い起こさせる。 「そろそろ出てきたら、どうだい?」  森の住民以外の気配など、まったくしないところであったが、詩人は立ち止まり、 どこへともなく呼びかけた。  しばらくして、彼の周りだけが、急に黒ずみ、あっという間に、まったく違う景色 へと変わっていった。  深い青色のような緑色のモヤが、一面に広がり、そこもまた幻想的な景色である。  くすくすっと、可愛らしい笑い声が、遠くなったり、近くなったりしている。  詩人は、動じることなく、一点を見つめていた。 「久しぶりね」  目の前に現れたのは、ひとりの女だった。  人間にしては、軽やか過ぎる。ふわふわと、淡い緑色の長い髪をたなびかせ、詩人 と似たような薄い衣を羽織っている。  透き通るような肌の色に、くりくりとした瞳。 「なんだ、ニンフのルルじゃないか」 「なんだとは、ごあいさつね」  ルルはミュミュとは違い、人間の娘のような大きさで、背には羽もない、娘の ニンフであった。 「なんで、きみが、ここにいるんだ? 『妖精の国』へ行く道を、僕が間違えてる とでも言うのかい?」  詩人は、幾分、ツンケンした態度で尋ねた。  ルルが、からかうように、瞳を輝かせた。 「私は、マスター・ジャスティニアスに遣わされて来たのよ。あなたに忠告しにね」  さっと、吟遊詩人の、ライト・ブラウンの瞳が、こわばった。  ルルは、くすくす笑うと、詩人の周りを、ちらちらと、飛ぶような軽やかな足取り で、歩き回った。 「単刀直入に言うと、あなたは、あの人間たちに、かかわり過ぎだってことよ」  顔色を確かめようと、詩人の顔を、一旦のぞきこんでから、彼女は続けた。 「あなたの目的は、ドラゴン・マスターの彼を、魔石の場所へ導くことのはずよ。 だけど、最近は、なんだか、それ以外のことにまで、手を出しているみたい。 マスターは、なんでもお見通しよ」  ルルは、からかうような瞳を、一層好奇心に輝かせて、詩人の背に乗るように手を かけ、後ろから、耳元でささやいた。 「あなた、あのドラゴン・マスターの青年が、好きなんでしょう?」  詩人の表情は、どこも変わらない。 「そうやって、平静を装ってはいるけど、図星ね。あなた、ああいう人、好きだもの ね。純粋で、真っ直ぐな人間。現に、先代のマスター・ソードの持ち主だって……」  セリフの途中で、詩人は、冷たい目を向けた。 「わかったようなことを、言うんじゃない」 「フフフ、ムキになっちゃって。自分が護っている者に、いちいち惚れてたんじゃ、 やってられないわよ。そんなだから、あなたってば、いつまでも一人前になれない のよ」 「うるさいな! たかが、ニンフのきみなんかに、何がわかる? マスターの遣い だけじゃない、僕の本来の使命は……!」  カッとなって、詩人がまくしたてようとするのを、ルルが遮(さえぎ)った。 「マスターは、もちろん、あなたの本来の使命を、否定するつもりはないわ。あなた が、あの男の子の恋路を邪魔しようと、どうしようと勝手だけどね、そのことで、 あなたにかかわった人間たちの運命が変わってしまうことや、それに気を取られて、 敵の存在に疎(うと)くなり、いざという時の判断が遅れてしまうことが、危険だと 言っているの。それを忠告するために、私を遣わしたのよ」  詩人は、なにかを言いた気な目をしたが、口を開かないでいた。  ルルは、続けた。 「見たわよ、さっき、あなたが、あの『獣神の付いた子』に、ちょっかいを出して いたのを。あなた、あの子には、森のまやかしではないものを、見せてたわ。あなた の作り出した幻覚をね」  ルルが詩人の心の中を見透かしたような笑いを、浮かべた。 「ドラゴンの谷でもそうだったわ。ドラゴン・マスターの男の子が、あの女の子に 惹かれているのを、邪魔したわ。彼の、彼女への想いを封じたんでしょう? まさに、 あなたの能力だわ。  あなたは、さっき、彼女を崖に落とそうとまでしていた。嫉妬にしても、そこまで することないでしょう? それは、まだ一人前ではないあなたの、やっていいことで はないし、神々ですら、しては許されないこととなって久しいわ」  ルルの目が、きらりと光った。  吟遊詩人は、わずかに身体を震わせると、口を開いた。 「彼女を崖から落とそうなんて、考えていなかった。ギリギリで、助けるつもり だった。だけど、その前に、ケインが彼女を助けて……」  詩人の瞳が、動揺し、揺れていく。  ルルは、横から、それをじっと見ていた。 「あなたが恋に落ちるのは自由。だけど、あの獣神の付いた子に、不自然な力で危害 を加えるのは、マスターだって黙ってはいないわ」 「どうせ、妖精の国に着いたら、フェアリア様にバレるんだ。それまでのわずかな間、 ちょっと意地悪したくなっただけさ。あの子が崖から落ちそうになった時は、さすが に、少しだけ、罪悪感はあったけどね」  詩人は、諦めたような笑いを浮かべ、少々投げやりに言った。  ルルは、つま先を浮かせ、詩人の肩にのしかかるようにして、尋ねた。 「ねえ、どうして、あの女の子を、そこまで目の敵(かたき)にするの? なにを、 そんなに警戒する必要があるの?」  詩人は、しばらく黙っていたが、うっすらと語り始めた。 「ケインは、あんな卑しい獣神の護る娘なんかとは、一緒にはさせない。ケインに ふさわしいのは、歴(れっき)とした、正しい神を守護神に持つ娘なんだ。ルナ・ ティア様が付いたクレアみたいな娘こそ、彼にふさわしいんだ」 「そういう取り決めは、あなたの考えることでは……」 「わかってるさ! だけど……!」  強く遮った詩人の肩から、ルルは手を引いた。 「あなたは、ただヤキモチ妬いてるだけよ。あの女の子が、人間にしては、『魂の 強い輝き』を持っているから、それに怯(おび)えてもいるんだわ」  ルルは、不思議な言い回しをした。 「僕が怯えるだって? ……そんなんじゃないよ」 「いいえ、そうに決まってるわ。ケイン・ランドールが、そこに惹(ひ)き付けられて いることだって、わかってるくせに」  詩人は、身体の力が抜けてしまったように、ぼう然と立っていた。  ルルも、しばらく沈黙している。  そのうち、詩人の口から、ぽつんと、言葉がもれた。 「あの娘は、なにを仕出かすか、わからない。運命さえも変えてしまい兼ねないだろ う。それが吉と出る場合もあれば、凶と出ることもあるだろう。彼女に関わった、 他の人間の運命までをも、変えてしまうかも知れない。それほどに、『強い輝き』 なんだ。そして、僕の持っていないものも、持っている。僕が、普通の人間の女の子 でありさえすれば……!」  ルルの、詩人を見つめる瞳には、一瞬、憐(あわ)れみが浮かんだが、はっきりと 言った。 「とにかく、邪魔も手助けも、ほどほどに。マスターの伝言は伝えたわよ」  ルルの姿が消えると同時に、あたりの景色も、元通り、青い霧の中へと、移り変わ っていった。  詩人は、そこから、しばらく動こうとはしなかった。


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「なあ、あいつ、遅くないか?」  ケインが、皆を見回した。 「小便にしちゃあ、長過ぎるなぁ。ひょっとして、大の方か? ひゃっひゃっひゃっ!」  我ながら、面白いことを言ったと思っているのか、カイルが腹を抱えて笑っている。  この人は、本当に二〇歳を過ぎた男性なのだろうかと、クレアも、マリスも、 呆れた目を向けていた。 「あいつ、人間じゃないんだぜ。そんなことしないんじゃないかなぁ」  まともに取り合っているケインに、ジュニアも続いた。 「じゃあ、逃げたんだよ。そうに違いないや! あいつ、神側のヤツだろう?  信用なんか出来るもんか」 「あのー、我々人間からすれば、魔族の方が、よっぽど信用出来ないんですけど?」  ケインが呆れた目で、ジュニアを見る。  いつまで経っても、詩人が現れる様子がないので、一行が、出発しようとした時 だった。 「やあ、遅くなって、ごめんよ」  明るい声がすると、吟遊詩人が、微笑みながら、向かってきたのだった。 「なんだ、お前、どこ行ってたんだよ。もう出て来ないのかと思った」  ほっとしたケインの口調に、吟遊詩人の瞳が、からかうように、またたいた。 「おや、僕がいなくて、淋しかったのかい?」 「そうじゃないけどさ」  そこへ、カイルが、にやにやと口を挟む。 「お前が、あんまり遅いもんだから、小便じゃ足りなくて、『大』までしてたんじゃ ないかって、話してたんだよなー、ケイン」 「それは、お前が、ひとりで勝手に言ってただけだろ?」  と、眉間にしわを寄せるケインの肩を、ポンポンと叩きながら、カイルが、また 腹を抱えて、ゲラゲラと笑い出した。 「こ、この美しい僕をつかまえて、なんてことを……!」  詩人は、羞恥心に頬を赤らめ、下唇をかみながら、カイルをにらんだ。 「そろったのなら、もういいじゃない。急ぎましょうよ」  クレアの一声で、皆は、先へ進むことになった。


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