Book1看板 Dragon Sword Saga1 〜7〜

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~ 第1巻『旅の仲間:前編』 ~

剣月緑ライン Ⅶ.『アストーレ城の陰謀3』 ~ 敵(かたき) ~  妖精ライトグリーン3 剣月緑ライン

 彼は、いつもと変わらず冷静な碧い瞳で、グスタフを見下ろしていた。  身長のヴァルドリューズよりも、さらに、上を行くグスタフを、なぜかヴァルド リューズの方が見下ろしている感じであった。 「ヴァルドリューズ、……なぜ、貴様が……!」  グスタフは、がくっと膝を付き、胸を押さえながら、片方の目でヴァルドリューズ を見上げた。 「マリスの作戦で、私とは別行動となった。私は、この森を見張り、ずっと気配を 消していた。すっかり油断し、ケインとの戦いで傷を負い、逆上したお前は、本体を 表しただけでなく、結界が解かれ、私が近付いたことにすら、気付かなかったのだ」  悔しそうにヴァルドリューズを見上げるグスタフの胸から、どばっと濃い緑色の血 が流れ出した。  それを、表情を変えずに見つめるヴァルドリューズだった。 「人間であることをやめたか。ならば、なおさら、生かしておくわけにはいかぬ」  何の感情も感じられない声でそう言い終えると、グスタフにかざしたヴァルド リューズの手からは、ボッという音とともに、先とは違う銀色の光の球が、浮かび 上がった。 銀色攻撃  魔物化したものにとって、致命的な術と判断したグスタフは、怯えたように 狼狽(うろた)え、開いている方の眼を、ますます大きく見開いた。  球は、なおも膨張していき、炎のように燃え出した。  ヴァルドリューズの表情は、いつものように落ち着いていた。  彼自身が攻撃をするところは、ケインが見るのは初めてであったが、魔力を感じ られない彼にまで、その魔力の波動が伝わり、空気が振動しているのがわかった。  彼の深い碧い瞳は、やはり静かで、何も語ってはいない。  見方によっては、それは、かえって恐ろしかった。  グスタフとの因縁が、マリス同様ヴァルドリューズにもあるのだったら、怒りや 憎悪などを剥き出しにされていた方が、まだ人間的であっただろう。 「これが、ヴァルなのか……!」  ケインの言葉が、無意識のうちに、口からこぼれた。  冷酷とさえも映る、これが戦闘態勢となった時のヴァルドリューズなのだと、 ケインは悟った。 「待って! そいつは『サンダガー』の餌よ!」  その声に、はっと、ケインが振り返ると、モンスターの返り血を浴びた、白い ドレス全身を濃い緑色に染めたマリスが、白いオーラに包まれている。  その白い顔には、妖しく、不適な微笑みが浮かんでいる。  そんな彼女は、戦うエルフのような、とても人間離れして見え、ぞっとするほど 恐ろしいが、不思議なことに、謎めき、艶(なまめ)かしく、美しくもあった。 (俺は、とんでもないやつらと、行動を共にしていたのか!?)  ケインは、今改めて、この二人と敵同士ではなくて、良かったと思えた。  ヴァルドリューズは術を切り替え、既に、奇妙な発音で呪文を唱え、指で三角を 作ると、中に浮かび上がった金色の光を、マリスに向けて放った。  途端に、彼女の身体は金色の光に包まれ、膨張していくと、そこには、ケインにも 見覚えのある、金色の甲冑に身を包んだ巨人が現れた。  初めて、ケインが見た時ほどの大きさではなかった。 「ははははは! 久しぶりに、俺様の出番だぜー! 最近、ちょっと欲求不満気味 だから、思いっ切り暴れて、解消しちゃうぜーっ!」  真っ暗な森の中に、突然光り輝きながら現れたゴールド・メタルビーストの化身は、 手を腰に当て、仁王立ちしている。  金色の豪華で高貴な身なりに似合わず、彼の目と口は、邪悪に、つり上がっていた。 「あ、あああ……! な、何だ、あれは……!」  グスタフは、獣神を見て、あわあわ言っていた。 「まさか、既に……完成していたというのか……!?」  マリスとヴァルドリューズのコンビネーション技を警戒して、二人が揃うのを恐れ ていたグスタフの狼狽(うろた)え振りであった。  サンダガーが、グスタフの倍ほどの高さから、見下ろす。 「今日は、この変なじじいが、俺の獲物ってわけか。ちぇっ、もうちょっと美味そう なモン用意しとけってんだ」  サンダガーは、ぶつぶつ言っていたが、それでも、楽しそうであった。 「よーし、じゃあ、いくぜー! じじい!」  彼は、いたずら小僧のような笑顔で、グスタフに向かって勢いよく拳を振り下ろし た。  バキバキ……!  サンダガーが拳をどけると木々が潰されていただけで、グスタフは、一瞬で回避し、 別の木の枝に移っている。  ヴァルドリューズは、ケインが巻き添えを食う前に、彼を連れて飛び、サンダガー から離れ、ダミアスの前に着地した。 「あ、あなたは……」  ダミアスが、彼にしては珍しく目を見開き、ヴァルドリューズを見ていた。 「そ、それは、もしや、ゴールド・メタルビーストの化身……!」  杖で身体を支えながら、グスタフが言う。 「はっはっはっ! いかにもだあー! 何を隠そう、俺様は、ゴールド・メタル ビーストの化身、獣神サンダガー様さーっ!」  以前と同じように、彼は、踏ん反り返り、高笑いをしている。 「ゴールド・メタルビーストの化身とは……! まさか、あれは、あなたが召喚した のか!?」  ダミアスが驚き、ヴァルドリューズに尋ねた。  ヴァルドリューズは、微かにダミアスを見ただけで、そのまま戦況を見守る。 「おのれ……!」  グスタフが、ぎりぎりと歯を軋ませた。 「出でよ! モンスターども!」  彼は、ありったけの力を振り絞り、両手を高々と空に向かって掲げた。  森中が騒ぎ出し、空からも、木々の合間からも、何百という黒いモンスターたちが、 次々と、ざわめきながらやってきたのだった!  同時に、ヴァルドリューズが片手を上げ、ケインとダミアスを含んだ周りに、薄い 緑色の結界を張った。 「へっ! しゃらくせえっ!」  サンダガーは腰の剣を抜き、一振りした。  周りにいたモンスターたちは吹き飛ばされ、木や岩、地面などに叩き付けられた。 『そんな奴らいいから、早くグスタフをやってよ! 早くしないと、回復しちゃう じゃないの!』  どこからともなくマリスの声が聞こえるが、彼女の姿があるわけではなく、彼女の 意志の声であるのがわかる。 「わかってるって、うるせーなー。けっ、なんだよ、あんなトリガラじじい一匹、 すぐに片付いちまったら、面白くもなんともねーじゃねーか」  サンダガーが、つまらなそうに、口を歪めている。 『ホントは、あたしがブチのめしてやりたかったのを、あんたに譲ってやったん だからね。面白くなかろーが、何だろーが、ちゃんとやってよ!』 「ちぇっ、しゃあねえな。ってことで、覚悟しな、トリガラじじい!」  サンダガーは、ようやくその気になったらしく、剣をグスタフ目がけて振り下ろした。  ヤミ魔道士の、驚き見開かれた片方の眼球と、大きく開かれた口には、明らかな 恐怖が浮かんでいた。  突然、落雷のような轟音(ごうおん)と、眩し過ぎる強い光が、真っ暗な森に降り 注いだ!  グスタフや、モンスターたちの断末魔の叫びは、すべてかき消されてしまっていた。  ケインたちからは、辺りは煙が立ち込めていて、よく見えない。  煙が収まっていき、もとの暗がりに戻りつつある時、目の前の光景に、ケインも ダミアスも、唖然(あぜん)となった。  森には、木が一本も残っておらず、モンスターの残骸も綺麗さっぱりなくなり、 禿げた地面が一面に広がっているだけの、ケインが以前見た光景そのままだったのだ。  ひらひらと、なにか黒い灰のようなものが、いくつか舞い落ちてきた。  それは、グスタフのマントの切れ端であった。  一瞬にして、すべてを消し去るサンダガーの凄まじい攻撃の前では、いくら魔物と 化した魔道士といえども、逃げるのは不可能だった。  そこに立っているのは、サンダガーただひとり。  サンダガーは腕を組み、その景色を満足そうに眺めていた。 「なんと素晴らしい光景だ! あれだけの草木や雑魚どもの巣窟が、瞬時にして こんなハゲ山になったというんだからな。いつ見ても、素晴らしい! ふっふっふっ ……うぎゃああああああああ!」  途端に、頭を抱え込み、うずくまるサンダガー。 『ほら、戻って!』 「いっ、いやだあっ! 俺は、まだ遊び足りねーんだ!」  獣神は、マリスの意志の声に、抱え込んだ頭を、ぶんぶん横に振るう。 『何言ってんの! こんなにハデにやらかしといて! だから、あんたを使うのは、 いつも気が進まないのよっ!』 「やめろっ! て、てめえ、マリス! ちくしょう! 覚えてやがれーっ!」  捨て台詞とともに、金色の身体は、足元から出て来た白いオーラに包まれ、獣神は、 みるみる縮んでいく。  退場の仕方は、なんとも格好悪かった。 「はーっ、やっと終わったわ」  そこには、元通りマリスが、白い服のまま現れた。  モンスターの血まみれ姿ではなかった。 「じいちゃんの敵(かたき)……やっと、討てた……」  マリスが静かに呟く。  様々な思いが湧き、紫の瞳の端には、涙がにじんだ。  ヴァルドリューズの結界が解けると、ケインが、彼女に駆け寄っていく。 「マリス! 大丈夫だったか!? どこか怪我でも……?」  マリスは気付かれないよう、とっさに涙を拭った。  心から心配するケインに、マリスは笑いながら、 「大丈夫、大丈夫。ケインこそ、ここ、大丈夫?」  と、グスタフの杖で突かれたケインの胸の下あたりを、指でつつく。 「うっ……」  戦いが終わって、気が抜けたせいか、ケインは、結構な痛みに、今気が付いた。 「ヴァル、治してあげて」  ヴァルドリューズが、てのひらをかざしかけ、僅かに首を傾げた。 「肋骨(ろっこつ)が二本、折れている」 「えっ!?」  ヴァルドリューズの治療の光線が注ぎ込むと、ケインの胸からは、どんどん痛みが 引いていった。 「そっか、折れてたかぁ。ブレスト・アーマーでも着けてれば……。しかし、あんな 木の杖なんかで、グスタフのヤツ、じーさんのくせに何て力だ!」  ケインが、ぶつぶつ言うと、マリスが少し真面目な声で言った。 「あいつの恐ろしいところは、そこでもあったのよ。気配が全然ない上に、攻撃力が ある。見たところ、魔物に魂を売り渡して、更にパワーアップを図っていたみたい だったけど、今のうちに倒しておいて良かったわ。ヴァル、次元の穴がどうなったか、 ちょっと見てきてくれる?」  ケインの治療を終えたヴァルドリューズは、ふわりと飛び上がり、グスタフのいた 周辺をゆっくり廻り、しばらくして戻ってきた。 「次元の穴らしきものは見当たらない。グスタフの気配も完全に消滅している」 「そう。ご苦労さま」  短くヴァルドリューズにそう告げると、マリスは、くるっとダミアスを振り返った。 「ご協力、ありがとう! 宿敵グスタフは倒せたし、どこかにあったこの森の次元の 穴も、ついでに塞(ふさ)いだから、これで、もうモンスターは出てこないわ。その 代わり、山がちょっと削れちゃったけどね」  マリスが、申し訳なさそうに微笑んだ。  ダミアスは、穏やかな目で、マリスを見る。 「この森のモンスターどもには手を焼いていて、いずれ対策を、と思っていたところ でした。お礼を言わなくてはならないのは、私の方です」  ダミアスが、深々と、丁寧に頭を下げた。  聞けば、そのせいで朝食会に遅れたり、パーティーに顔を出さなかったのも、 それらが城に攻めて来ないよう見張っていたからだという。  だが、それを公爵たちからは不審に思われてしまい、本当のことを言うと、人々が 怯えると気遣い、ひとりで何とかしようとしていたのが、彼らにはわかった。 (苦労してたんだな、この人……)  ケインは、ダミアスを見つめていた。 「失礼ですが、あなたは、ヴァルドリューズ殿ではありませんか?」  ヴァルドリューズを、ダミアスが見て言った。  外見では、ダミアスの方が年上に見えるが、やはり、彼は敬語だった。 「いかにも、そうだが」  そして、ヴァルドリューズの口調は、ケインたちに対するものと、あまり変わら ない。  それを、ケインは、もともとそういう人物なのだとばかり思っていたのだが。 「やはり、そうでしたか。実は、『魔道士の塔』本部で、あなたを何度かお見掛け していたものですから。このようなところでお会い出来るとは、光栄です」  ダミアスは、いくらか親し気な口調になり、少し微笑んでもいた。 「噂では、確か、ラータン・マオ王国の宮廷魔道士になられたとか?」 「わけあって、今は国を出てきている。『魔道士の塔』からも脱退しているので、 そちらから見れば、私もグスタフ同様ヤミ魔道士に変わりはないだろう」  ヴァルドリューズは、抑揚のない口調で語る。  ダミアスは、意外そうな表情になった。 「そうでしたか。しかし、それでは、なぜ、カシスルビーが付いたままなのです?  それは、授けた者から授かった者へと、お互いの魔力が引き合ってこそ、初めて額に 付くもの」  言われてみればそうだったと、ケインは思った。  ヴァルドリューズは、もう宮廷魔道士ではないのだから、宝石は、本来ならば 取れるはずだ。 「これは、ラータンのものではない。ベアトリクス王国のカシスルビーだ」 「ベアトリクスの……!? なぜまた?」 「ベアトリクス王国の元宮廷魔道士、ゴールダヌス殿から頂いたものなのだ」  ダミアスの顔色が変わった。 「ゴールダヌス……! あの大魔道士ゴドリオ・ゴールダヌス殿だというのですか!?」  と言って、ダミアスは、しばらく言葉が告げないようであった。  そのダミアスの驚きぶりで、ケインは、その大魔道士が、とてつもなく偉大な存在 だと知った。 「私は、彼から彼女を守るよう、使命を受けたのだ」  ベアトリクスの元宮廷魔道士が、マリスを守れと、東洋のラータン・マオの宮廷 魔道士であったヴァルドリューズに命令した。  どちらも、大きな国として知られているが、国交があったとは、ケインは聞いた ことがない。 (なぜ、そんな国の魔道士同士が? ヴァルも、ベアトリクスの宮廷魔道士になった んだろうか? いや、それは、前に否定してたし、だいいち、宮廷魔道士ってのは、 魔道士の塔に登録している正規の魔道士でなければなれないはず。それに、ヴァルは、 ベアトリクス王からではなく、『元宮廷魔道士からルビーを預かった』と言った。 どういうことなんだろう? そして、マリスは……? 騎士とか隊長だとかっていう のは……?) 「その話は、折りを見て話すとして、ダミアスさん、悪いけど、もうひとつ頼まれて くれないかしら?」  考え込んでいたケインであったが、マリスのあどけない声に、遮(さえぎ)られた。 「お茶をごちそうして頂けない? あたし、喉かわいちゃったわ。できれば、 マラスキーノ・ティーがいいんだけど」  話の腰を折ったマリスを、恨めし気に見るケインであったが、詳しくは、皆が そろった時に改めて話すと、マリスが言うので、話はそこで終了してしまった。  町の酒場で、ケインたちは紅茶を飲み終えると、ダミアスは元通り独居房へ (ケインは、それを、なんだか可哀相に思った)、ケインは騎士の宿舎に、ヴァルド リューズは宿屋へ、マリスは、女官になったという話であったが…… 「いやよ、あたし、お城に長くいると、アレルギー起こしちゃうのよ」  という謎の言葉を残し、マリスも宿屋へ帰っていったのだった。  宿への帰り道を、マリスとヴァルドリューズが並んで歩いていく。 「……倒せたね、あいつを」  ぼそっというマリスを見もせずに、ヴァルドリューズは無言で頷く。 「じいちゃんの編み出した技『サンダガー』で……、やっと、敵(かたき)が取れた」  立ち止まると、マリスは、ヴァルドリューズの胸にすがりついた。  小さく嗚咽(おえつ)する彼女を、ヴァルドリューズは柔らかく包み込んだ。 「ひとつの戦いは終わった。だが、まださらなる強大な敵は、潜んでいる。今夜は、 ゆっくり休め」 「うん。あなたもね、ヴァル。あたしには、これと、魔力を抑えるあの甲冑もある から、もうしばらく別行動でも大丈夫。それに、もうちょっと一人を楽しみたいしね」  そう言って、マリスは、城下町で見つけた、小さな碧い石の付いた『魔除け』の ネックレスに、手を当てる。  ヴァルドリューズが強化し、効果を増した『魔除け』となっていた。 「ヴァルも、ゆっくり休んでね。あいつへの攻撃と、獣神の召喚で、かなり魔力消費 しちゃってるんだから。幸い、アストーレではお祝い事で何でも安くなってたから、 インカの香もまあまあの量、手に入ったの。結界には、充分だわ」  ヴァルドリューズは、マリスの泊まっている部屋に着くと、棚にある香炉にインカ の香を、少量入れる。指をパチッと鳴らすと小さな炎が香に灯り、燃やしていく。 「ありがと。お休み、ヴァル」  マリスは、何も言わずに部屋から出て行くヴァルドリューズの背中を、しばらく 見送ってから、ドアをゆっくり閉めた。 「おお、良かった、ダミアス! やはり、そなたは、事件の首謀者などではなかった のだな!」  アストーレ王は、釈放された参謀ダミアスの手をしっかり握っていた。  夜が明け、朝食の後、ケインは、事件の真相を、サロンに集まった人々に説明した。  事件は、北の森に潜んでいたヤミ魔道士が、アストーレの内紛を企んで仕組んだ、 ということにしておいた。  森に落ちていたグスタフのマントの一部を、倒した証拠に見せる。  クリミアム王子クリストフは、終始青白い顔をして、ケインを気にして、ちらちら と見ていたが、ケインは、彼のことには何も触れないでおいた。 「よく解決してくれた、ケイン・ランドール。そなたには、後日まとめて褒美を授け よう。そして、明日からは、正規の警備隊として迎え入れ、王女の直属の護衛に任命 したい。今度こそ、引き受けてくれるであろうな?」  王の隣にいる不安げなアイリス王女と目が合った。  その後ろでは、ダミアスが、微かに微笑んでいる。 「謹んで、お受け致します」  ケインが最敬礼すると、王女の顔は、パーッと晴れ上がっていった。 「明日は、外国の方々の、最後の滞在日でもある。今夜は、最後の舞踏会じゃ。 盛大に、執り行おうぞ!」  王の言葉に、人々は、歓喜の声を上げた。  アストーレ城を包んでいた不穏な空気は、一気に飛ばされ、晴れ渡った青い空の ような、人々の心からの笑顔が、広間をいつまでも賑わせていた。 バルコニー舞踏会 エピローグ  ケインは、カイルと、宮廷舞踏会のサロンの隅に、立っていた。  紺色の詰め襟警備服は、パーティー用であったので、金色の紐や、アクセサリーが 付いていて、上質な装いである。  一連の事件を解決した後の警備は、気が楽であった。 「良かったな、ケイン! 明日からは、お姫様と、お近付きになれるじゃん!」  カイルが、こそこそ耳打ちして、肘でケインをつついた。 「バーカ、俺は、真面目に仕事するんだからな!」  ケインの方も、くだけて笑う。  長いテーブルには、いろいろなパーティー料理が並べられ、宮廷音楽家の奏でる 優雅な調べが、室内に充満していく。  貴婦人たちは、ごてごてのドレスを重たそうに引きずり、菓子をつまみながら、 お喋りを楽しみ、男性貴族たちは、美しく着飾った女性たちに、ダンスの申し込みを していた。 「時に、ランドール。君は、ダンスは出来るかね?」  ふと、王が、ダミアスを連れて、ケインに尋ねた。 「ダンスでありますか? 私は、粗野な武人でありますので、庶民のダンスなら ともかく、宮廷ダンスなどと優美なものとは、縁がないものですから……」  俺も、敬語がすんなり出るようになったな、などとケインはひとり感心していた。 「そうか……。いやいや、失礼した」  王は、にこにこ笑いながら去って行った。  ダミアスも、軽く会釈して、王についていく。  何の話だったのか? まあ、いいか、とケインが思っていると、 「ねーねー、この赤いぷちぷち、なあに?」  ミュミュが、貴族たちの好む、例の赤い粒々の食べ物を、何粒か手に持って飛んで きた。 「おい、ミュミュ、見付かったら騒ぎになるから、どこかでおとなしく遊んでこいよ」  人の多い場所で、妖精などが見付かれば、大混乱が起きるのは目に見えている。  ところが、ミュミュは、ケインの忠告など聞きもしなかった。  彼女にとってはボールのような赤い粒に、大きく口を開いて、カプッと大胆に かぶりつく。  ケインとカイルの予想通り、赤い汁が、ぴゅっと飛び出した。 「あ~ん! 汚れちゃった~!」 「もう、しょうがないなー。だから、おとなしくしてろって言ったのに」  ケインは、近くにあったナプキンで、彼女の、赤い液体のかかった部分を拭こうと した。 「や~ん、何すんの、くすぐった~い! ケインのエッチ!」 「なっ、なんだよ! 拭いてやってるんじゃないか」  ミュミュは、白いナプキンをケインから奪い取ると、それに素早く包まった。  白い布が、スーッと空中を移動していく。 「こら、余計目立つだろ!」 「あいつも、あれで、一応、女の子なんだよ」 「ふ~ん、そういうもんかなぁ」  ケインが、ぶつぶつ言うと、隣では、カイルが、おかしそうに笑っていた。 「お飲み物は、いかが?」  見ると、クレアが、丸い銀色のトレーに、酒の入った杯をいくつか乗せて、ケイン たちの前に立っていた。 「警備の方へ、陛下から差し入れよ」 「クレアじゃないか! いやあ、似合うよ、その女官服!」  カイルが銀色の杯をひとつ取って、クレアに笑いかけた。  ケインも、杯を受け取る。  クレアは、淡い水色の詰め襟と、半袖のシンプルなドレスだった。動きやすいよう、 膝から下は広がる形であった。  普段の純潔な神官服も、パーティー用の女官服も女性らしい外見の彼女には、 似合っていた。  目鼻立ちも整い、清純な雰囲気のクレアは、そのようなシンプルな服でも、 やたらに飾り立てた貴族たちよりも、よほど綺麗だと、ケインもカイルも思った。 「やっぱ、かわいいよ、クレア! ああ、ホントに、恋愛しちゃいけないの?  もったいない!」 「やだ、カイルったら! そんなこと、大きな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃ ないの」  クレアは顔を真っ赤にして、そそくさと他の警備兵のところへ、杯を配りに行って しまった。  ケインも、微笑ましそうに、その後ろ姿を見守っている。 「そういえば、ヴァルとマリスは、どうしてるんだろうな」  と言いながら、カイルがテーブルの上から、骨付き肉を取ってきて、かぶりつく。 「おい、勤務中だぞ」  仕方のなさそうに、一応、注意をしてから、ケインは答えた。 「ダミアスさんが、ヴァルに何か頼みたいことがあるんだそうだ。だから、ヴァルは、 そのうち宮廷にも顔出すんじゃないかな。マリスは、よくわからないけど、ヴァルの 用が済むまでは、この国で遊ぶんだって言ってた。ここでの自分の仕事は、もう 終わったんだと」  カイルが驚いて、ケインを見た。 「マリスに会ったのか!?」 「え? ああ、昨日、偶然な。あれ、言わなかったっけ?」 「聞いてねえよ」  昨夜、クレアと牢に行った時、マリスとは途中で一緒になり、その後、北の森で ヤミ魔道士やモンスターたちと戦ったことを、ケインは簡単に説明した。 「ふ~ん。マリス、結構スタイル良かっただろ?」  カイルは、平然と肉を頬張りながら、話の本質とは全然違うところに反応していた。 「は!? ……ああ、まあな。……なんで、そんなこと知ってるんだ?」  カイルは、得意になった。 「そんなのわかるって! この俺様の眼力を持ってすれば、例え男装してたって、 女のスタイルくらい、いつでも見抜けるのさ!」  『マドラス』と一週間も一緒にいてさえ、カイルが、その正体を見抜けなかった ことを思い出すと、ケインには、おかしくて仕方がなかった。 「今のところ、この国にしばらく滞在するってんなら、ちょうどいいや。俺も 遊ぼーっと!」 「おい、カイル、城の者には手を出すなよ。例えば、女官とか」 「鋭い! 何でわかったんだ!?」 「今までの行動パターンを見てりゃ、わかるって。これからは、俺も姫の護衛で、 いちいちお前に構ってられなくなるんだからな。ちゃんと自分で気を付けてくれよ」  言っていて、ケインは、カイルの保護者みたいな気がして、イヤになった。  ちらっと、クリストフ王子と目が合ったが、王子は、バツの悪そうな顔で、すぐに 目を反らした。  王女には、相変わらず、マスカーナとデロスの王子たちが、寄っていっていた。  姫の婚約者もいずれは決まるのだろう、それも、王族の運命(さだめ)か……と、 ふと、ケインは考えていた。  舞踏会は、盛大に、空が白み始める頃まで続いた。  よくもまあ、あのような重量のあるドレスやタキシードで、一晩中踊っていられる ものだと、ケインは感心していた。  あと数時間で、王女の護衛の時間となる。  その晩ーーほぼ明け方であったが、ケインは、警備の仕事を終えると、宿舎の ベッドに倒れ込んだ。  しばらく過ごすアストーレでの新たな生活が、これから始まろうとしていた。


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