Book1看板 Dragon Sword Saga1 〜2〜

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~ 第1巻『旅の仲間:前編』 ~

剣月ライン  Ⅱ.『野盗と剣と武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』 妖精紫アイコン3 ~ 剣と武遊浮術 ~  剣月ライン

「さて、皆との待ち合わせには、まだ時間がありそうだわ」  日は陰り、薄暗くなり始めたばかりであった。  そこから、町までは、そう遠くはない。  マリスが、辺りを見回す。  山道はなだらかな斜面になってきていて、ところどころ、大きな岩はあるが、適度 な広さもある。 「場所としても、ちょうど良さそうね」  一人納得したマリスは、ケインを振り返り、 「あんなんじゃ、全然ウォーミング・アップにもなりゃしなかったわ。だから、付き 合ってもらうわよ」  人差し指を立てて、ウィンクする。  何のことかわかっていないケインに構わず、彼女は、構えを取った。  拳がぶつかり合い、絡み合う。  汗が迸(ほとばし)る。  彼女が大きく打ち込むと、彼の身体は、ふわりと宙に浮き、弧を描いて、岩に着地 した。  場所を読んでいたように、間髪入れずに、間合いを詰めてきた拳が飛んでくるが、 またしても風のように舞い上がる。  そこへ、高い蹴り(ハイ・キック)が攻めるが、彼は、信じ難いことに、彼女の蹴り を踏み台に蹴り上がり、空を舞った。  彼女も、飛び上がると、着地寸前に、相手の腰の剣を抜いた。  やむを得ず、彼も背中の大剣で対抗することに。  彼女の攻撃を躱(かわ)しながら、布を解く。  剣同士がぶつかり合う時、わずかに緑色の火花が散った。 「このくらいで、いいでしょう」  マリスが、剣を降ろした。  着地したケインは、ふうっと息を吐くと、額の汗を腕で拭った。  マリスの予告した、『お手合わせ』であった。  真剣同士になった時には、ケインは、正直ヒヤッとしたのだった。 「はぁ~、やっと、ちょうど良い運動が出来たわ!」  マリスも汗を拭う。 「確かに、山賊相手より、この方がキツかったぜ」  ケインが苦笑いする。  山賊と揉み合っても息を乱さず、たいして汗もかかなかった二人であったが、それ よりも短時間で済んだ『お手合わせ』の方が、はるかに凝縮(ぎょうしゅく)された 鍛錬(たんれん)となっていた。 「それにしても、あたしの攻撃、全部、躱(かわ)してたわね? 余裕で」 「余裕なんかないよ。当たったら痛そうだったから、必死に避(よ)けてただけで。 全部は避けられなかったし」 「当たっても、ちゃんと受け身が出来てたわ。そんな人、今までいなかったわよ。 かなり、鍛(きた)えてたでしょ?」 「ああ、それは、まあ……」  マリスは、じっとケインを見つめてから、にこっと笑った。 「また頼むわね」 「お安い御用! とまでは言えないけど、俺も訓練になるからさ。いつでも」  ケインも、微笑んで返した。 「ねえ、さっき言ってたけど、これって、『マスター・ソード』なの?」  手にしているケインの剣を見つめて、マリスが尋ねた。  剣身の腹の部分は、青銅とは違う青緑色の珍しい金属で、平たく、剣の形に合わせ た形をしている。  そこには、一見、模様のような、呪文のようだが、魔法で使われるルーナ語とも 違い、マリスの見たことのない文字が掘られてあった。  刃はその外側を囲む、両刃の剣である。  他には、ガードと柄頭に質素な装飾があるのみ。 「形状も、その威力も、能力も、すべて謎に包まれている伝説の剣『マスター・ ソード』が、見た目、こんなありきたりな、普通のロング・ソードみたいなもの だったとはね」 「正確には、『ドラゴン・マスター・ソード』。この剣の存在は知ってたんだ?」 「ええ。伝説の剣のことは、聞いて以来、自分でも調べてたから。あたしも欲しい なぁ~、なんて思ったりして。でも、これのどこが『ドラゴンーー』なのかしらね。 どこにもそんな装飾はなさそうだし……」  手合わせもそうだったが、剣を眺め回している様子からも、まだ若い少女の整った 外見を裏切る、生粋(きっすい)の武人らしさが伺え、ケインは、またもや意表を突か れた思いでいた。 「そういえば、使ってる時、……なんだか変な感じがしたわ。まるで、『剣の中で、 何かが暴れている』ような……?」  マリスは、言葉を探しながら、ためらいがちに話す。 「正当な持ち主じゃない者に使われて、『剣が嫌がってた』みたいに」 (なかなかいい勘してるな)  彼には、マリスの言わんとしていることは理解していたのだが、今説明することは、 下手に彼女を脅(おびや)かすことにもなると思いーーとはいえ、怖いものなどなさ そうな彼女ではあったがーーあえて何も言わないでいた。  マリスは、剣が未だに『落ち着かない』気がしたので、ケインに返した。 「それで、そっちのは、『魔物斬りの剣ーーバスター・ブレード』よね?」 「ああ」 「ちょっと触ってみてもいい?」  ケインが背中の剣の布を解き、マリスに渡す。 「わっ、重っ!」  マリスは受け取ると、道端の岩に腰を下ろし、膝の上で、じっと魅入ってから、 両手で振り心地を見てみたり、日にかざしてみたりしていた。  ケインは、心の中で苦笑した。  剣を視(み)る時の自分と、同じ見方であることに。  しかも、彼女は、賊たちと違い、剣を手にしても、よろめき倒れることはなかった。 さすがに、ケインのように片手で扱うことはしなかったが。  決して、宝飾品のついた、美しく、洗練された剣ではなく、飾り気のない、無骨な 剣であったにもかかわらず、マリスは、その銀色の鈍く光る刃に、しばらく、溜め息 混じりに見蕩(みと)れていた。 「両刃よりも、片刃の方が切れ味が鋭いもの。思った以上の、良い剣だわ!」  女性好みとは思えない剣であるのに、剣の良さを理解する彼女を、本物の戦士だと、 ケインは好ましく思った。 「随分、使い込んでるのね。どうして、こんなすごい剣を、持っているの?」 「受け継(つ)いだんだよ。俺の師匠(ししょう)だった男(ひと)から。その男(ひと) が、今際(いまわ)の際(きわ)に、俺にくれたんだ」  ケインは、視線を落とすが、口調は、それほど淋し気な様子はなかった。  マリスは、彼を気遣うように見つめてから、言った。 「ごめんなさい。辛いこと、思い出させちゃって……」  ケインが、焦った。 「い、いや、いいんだ。マリスは、悪くないんだから……」 「マスター・ソードも、その人から?」 「これは、俺が自分で手に入れたんだけどさ」  マリスの目が、見開かれる。 「ねっ、ねっ、どうやって?」 「父親と暮らしてた村の近くに、たまたまマスター・ソードの眠る山があって。早い 話が、この剣のマスターから試練(しれん)を受けて、なんだか合格したから、授かっ た……ってとこかな」 「それで、それで? どんな試練だったの?」  マリスの瞳は、ますます興味津々に深く瞬き、岩の上から、身を乗り出す。  そんなマリスに、眩(まぶ)しさを覚えたケインは、それを悟られたくなくて、話せ ば長くなるから、今は、皆と待ち合わせもしてることだし、いずれ話すと約束して、 その場を逃れるので精一杯であった。  マリスは、ちょっと残念そうであったが、約束には漕(こ)ぎ着けたので、とりあえ ずは引き下がった。 「そう言えば、マリスは、自分の剣、最後まで抜かなかったな」 「ああ、これは、切れ過ぎちゃうからね」  言いながら、マリスは、別の岩に腰掛けているケインに、剣を鞘ごと放った。  驚いたことに、それは、意外にも重かった。  バスター・ブレードほどではなくとも、マスター・ソードよりも、普通の剣よりも。  ケインは、多少の装飾のある、その剣を抜いてみた。 「この剣は?」 「ただのロング・ブレードよ」 「えっ? それで、魔獣ドラドの首を、一撃で斬り落とせたっていうのか?」  困惑している彼に、マリスが微笑んだ。 「コツがあるのよ」 「コツだけじゃ、ああはいかないし、普通の剣じゃ魔物は斬れない。この剣には、 魔力がかかってるだろ? それも、かなり強力な。魔除け程度では済まないほどの」  マリスが、ひゅ~と、口笛を吹いた。 「その通りよ」  おそらく、ヴァルドリューズが、対魔物用の魔法をかけたのだろう、とケインは 解釈した。 「さっき、手合わせしてみて、剣も見せてもらって、わかったわ。モルデラでは、 あの時、あたしが乱入しなくても、実は、ケインだけで魔獣を倒せたんじゃない?  ざーんねん! バスター・ブレードの働きは見れたけど、そっちの剣がマスター・ ソードだって知ってたら、余計なことしないで、観(み)てるんだったわ」 「いや、クレアの護身のために貸すのは、バスター・ブレードじゃ無理だろ? もう ちょっとモンスターの数を減らしてから、マスター・ソードを使わせてもらおうとは 思ってたけど、ドラドの次に出て来た相手があれじゃあ、いくらマスター・ソードで もどうだか……」 「やってみれば良かったのに」 「だって、お前達が獣神召喚して倒したくらいの敵だぜ? あんなデカいヤツ、 今まで出逢ったこともなかったし……」 (それに、マスター・ソードは、まだ『完璧』じゃない)  それは、口には出さなかった。  その間に、マリスがケインに大剣を返し、ついでに、ケインの隣に座る。  お互いの剣を、元通りに納めている間も話は尽きそうにない。 「ケインは、左利きなの? さっきも、魔獣と戦っていた時も、左手で剣を使ってた わね」 「よくわかったなぁ。右利きなんだけどさ、動きを偏(かたよ)らせないためもあって。 片方の手でしか剣を操れないと、いつの間にか癖(くせ)がつくからな。戦場では、 相手の利(き)き腕に合わせて、使い分けてるんだ」 「へー、そうなの」  マリスが、目を輝かせて、感心した。 「それにしても、伝説の剣を二つも持っているなんてーー。やっぱり、ケインて、 ただ者じゃなかったのね。スカウトしたあたしの目に、狂いはなかったわ」  紫の瞳が、彼のふいを突いて、群青色(ぐんじょういろ)の瞳を捕えた。 「そ、そんなこと、ないよ」  うっかり、カッと赤みの差した自分の頬に、腹立たしさを覚えながら、ケインは 平静を装った。 「それより、マリス、きみの体術は、もしかして……『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』 なんじゃ?」  マリスは、目を丸くした。 「よく知ってるわね。あんまり知られてないのに」 「流れる川の水が、重い大木をも浮かせてしまう浮力のように、力はたいして使わず に、相手の勢いを利用して、自分以上の重さのものをも操る『武遊浮術』ーー俺も、 ちょっとだけかじったことがあるんだ。武術は何でも極めてみたくてさ」  マリスは微笑むと、語り始めた。 「おおもとは、東洋のとある時の皇帝が、自分の護身にも、スパイにもなりうる女性 を、手元に置いておこうと考え、女性の武道家たちを中心に編み出されたと聞くわ。  今では、『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』の担(にな)い手も枝分かれして、皇帝の側に いる者と、独立して外に向かった者とがいるそうよ。独立した方は、女性が、自分の 身を守るためにと、伝授するようになったんですって」 「へえー、そうだったんだぁ?」 「それと、あれは、女から女へ受け継がれるのに、どうして、男のあなたが使える の?」 「え? そうなの? 数年前に、東方の雑技団(ざつぎだん)の女の子と偶然知り 合って、教わったんだ『簡単なのだけなら』って。言葉があんまり通じなくて、俺が 無理矢理頼みこんだから、今思うと、断り方がわからなかったのかも?  その子とは、遠征(えんせい)の間しか会えなかったから、日数もそんなになくて、 だから、術を極めるまではいかなかったんだけど、男には教えちゃいけなかったん なら、まずかったかな? あの子、怒られなかったかな?」  マリスは、ケインを改めて見つめてから、言った。 「なるほどね。だから、あなたも、あの重いバスター・ブレードを、簡単に振り回せ たってワケなのね?」 「ご名答! ま、昔っから、重い剣で慣らされてはきたんだけどな」  ケインは、笑ってみせた。 「それで、その東方の女の子は、可愛かった?」  予期せぬ質問に、ケインは少々面食らう。 「えっ? ……まあ、普通かな? 特別、可愛いとかでは……」 「でも、その子は、ケインのこと、気に入ったから、術を教えたんじゃないの?」 「ええっ? ……い、いや、そんなことは、ないと思うけど……」 「あたしは、女だから、わかるわ」  マリスは、そこから見える岩山の風景に視線を移してから、続けた。 「彼女は、あなたに……惹(ひ)かれていたのよ。だから、掟を破っても、教えたの」 「そ、そんなこと……だって、一ヶ月もなかったんだぜ? 俺たち、お互いのこと なんか、ロクに話してもいないし……」 「過ごした時間の長さなんて、関係ないわ。恋に落ちる時は」  マリスが、すぐ隣で、ケインを見上げる。  紫色の瞳が潤んでいる。  ただでさえ、神秘的な、紫色の宝石のような美しい瞳は、さらに輝きを増していた。  間近で、彼女のそのような瞳を見ることになるとは、全く予想外だった。  思わず、その瞳に魅入ってしまいながらも、彼女が、何を言わんとしているのか、 見当も付かず、ただ困惑するばかりだった。  それには構わず、マリスは続ける。 「あたし、その子が、なんで『武遊浮術』をケインに教えたか、わかるわ。あなたは、 誠実な人だもの。決して、悪用しないって、わかったからよ。そして、そんなあなた を……好きになったんだわ……」  まるで、彼女自身の告白であるかのように、マリスの瞳が和らぎ、淡く、頬が染ま っていく。 (こんなに可愛かったっけ……? そりゃあ、綺麗な娘(こ)だとは思ってたけど……)  野盗相手に遊んでいる時とも、手合わせした時とも全く違う、初めて目にする彼女 のそのような表情に、ケインは、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じていた。 「ねえ、知ってた? 東洋の、時の皇帝は、武遊浮術を極めた女性を、側に置いて いたのは、単なる護衛とスパイとしてだけじゃなく、……愛人としてでもあったん ですって。  愛人をそのように鍛えたのか、それとも、側にいるうちに、二人の間に愛が芽生え てしまったのか……、どっちが先なのかしらね? どちらにしても、ロマンチック よね」  ため息の後、マリスは、憂えた瞳をケインに向けると、ためらいがちに尋ねた。 「ねえ、ケインは、誰か……約束してる人とか、いるの?」 「い、いや……、旅に出た時に、別れた女(ひと)はいたけど、……約束なんかは……」  そのようなプライベートなことは、誰にも明かしたくない彼ではあったが、つい 答えてしまった。  だが、当然、心が疼(うず)くと思っていたのが、不思議と、それほどでもなかった ことに気付く。 「そう。……その女(ひと)とは約束してないんだったら、安心したわ。それなら、 いいかしら? ケイン、あたしは、あなたのことを……初めて逢った時から……」  心臓が大きく反応したのを、彼は、彼女に気付かれたんじゃないかと、ますます 焦った。  眉目秀麗(びもくしゅうれい)な妖精エルフを連想させる、美しく凛々しい、中性的 な外見であったはずが、今では、尊敬とも取れる従順な視線を送ってくる、恋する 乙女のようであった。 (まさか、まさか……? いや、そんなはずは……、でも……なんで……?)  まったく、自分の身に何が起きているのか、わからなかった。  彼女の瞳に呪縛(じゅばく)されたように、身体が動かなかった。  なぜ、こんなことに……?  ただ、こうなってしまったら、もう彼は、自分が逃れられないことはわかっていた。  既に、彼女には捕まっている、と認めざるを得なかったのだ。  マリスの瞳が、やさしく瞬き、彼女の顔立ちの中で、唯一女性的である、淡い ピンクに色付いた、整った形の唇が、微笑む。  この可愛らしい、同じ唇が、山賊に向かってあのように口汚く罵(ののし)っていた とは、とても考えられない。  いったいどのような感触なのか……?  などと、ぼうっと考えているうちに、マリスの瞳が、恥ずかしそうに伏せられた。  ケインの心臓は、またもや大きく鳴り、飛び出しそうであった。  思わず、抱きしめたくなる衝動(しょうどう)に駆(か)られるーー!  ーーが、  そこで、ぱちっと、彼女の瞼(まぶた)が開く。 「ーーっていうのが、『武遊浮術』の技の一つ、『愛技(あいぎ)』よ」  唐突(とうとつ)に、人差し指を立てて、あっけらかんと言うマリスに、ケインは 全身固まった。 「女スパイでもあるわけだから、色仕掛(いろじか)けで相手を油断させたり、口を 割らせたり出来るようにって、考えられたんだと思うわ」  もう、普段の彼女の表情と、口調に、戻っていた。 「……技……?」  ゆっくりと、無意識に、ケインの口からこぼれた。 「そう。それで、勘違いした男がふらふら近付いて来たところを、ガツン! とね」  マリスは、拳を振り上げて見せ、にやっと笑った。 「ね? こんな技もあるわけだから、武遊浮術は、男性御法度の術なの」  ケインは、まだ呆然としていた。  マリスは、ころころと笑った。 「やっぱり、知らなかった? 今のは、愛技でも初級編よ」 「……初級……編……?」  ケインの思考回路は、徐々に機能を回復してきた。 (つまり……、からかわれてた! ーーって、ことか!?)  愕然(がくぜん)とした後、ふつふつふつと、こみ上げてくるものがあった。  何を期待していたのか? どのような言葉を待っていたというのか?  旅に出てからというもの、誰にも話さなかった別れた恋人のことも、思わず白状 してしまい、即座に後悔が襲ってきた。 (真に受けてた俺って、完全にアホじゃないか!? しかも、あのまま、触れようもん なら、殴られてたわけだ)  腹立たしいやら、情けないやらで、彼の中で葛藤(かっとう)が起きていることなど、 マリスは知りもせずに、無邪気(むじゃき)に感心していた。 「それにしても、つられなかったとは、さすがケインね! あたしのこの技が効か なかったなんて。それとも、初級編だったからかしら? 上級編だと、もっとすごい 技もあるから、気を付けてね」  と、にっこり。 (……って、誰に気を付けろってんだ、誰に? お前しかいないだろーが!?)  途端に、マリスが憎らしく思えた。  だが、彼が一番腹を立てたのは、自分にであった。    いつから、術中にハマったのか?  ぐるぐるとさかのぼってみるが、武遊浮術の話からだろうか?  いや、剣の話?  実は、最初の出会いから仕組まれていたのではないか!?  などと、疑い出したらきりがないのであった。  そんな彼の心境には気付かずに、マリスは、真面目な顔になって言った。 「あたしは女だから、身体の作りや大きさ、力では、どうしても男の人には、かなわ ないわ。だから、強くなるには、いろいろと工夫が必要なの。『愛技』も含めて、 武遊浮術は、あたしが旅をしていく上で、最も重要な技だわ」  旅をしていくーー  それは、男にだって、過酷である。女には、もっとであろう。  環境の違う土地や、野盗や魔物の出る険しい道のりはもちろん、その上、魔物退治 をしていくとなると、より一層危険が伴う。  道案内や護衛が必要なこともあっただろう。  だが、例えただの案内人でも、仲間でも、同行者であれば、魅力的な彼女に、 その気になってしまう者もいたのかも知れない。 『あたしが頼みたいのは、助っ人よ』  という言葉を思い出す。  今思うと、それは、友達や、ましてや恋人などは望んでいない、とも取れる。  あくまでも対等な『同志』なのだ。  見透かされたんだろうか? 神秘的な紫色の瞳に魅入ってしまったこと、憧れに 近いものを、彼女に抱き始めていたことをーー?  それ以上の想いに膨らむ前に、バシッと潰された気になった。  当のマリスに、果たして、そこまでのつもりがあったのか。  単に試しただけなのか、からかっただけなのか、または、本当に無邪気に術の解説 をしただけなのか、まったく見当が付かない。  ショックが癒えないままのケインではあったが、とにかく、自分は単なる助っ人 なのだと必死に思い直し、なんとか平常な心を取り戻す。 「なんで、そうまでして、戦士なんて危険なことやってるんだ? マリスは、魔法 能力だって普通の人よりも高いんだったら、魔道士にだってなれたはず。接近戦で 少人数相手の格闘・剣術よりも、遠距離戦・複数相手に出来る呪文攻撃の方が、危険 が少ないだろ? 偏見じゃないけど、……女の子なんだし、普通は、そっち選択する んじゃないか? クレアみたいに」  マリスは、ケインを改めて見直した。 「ケインは、なぜ戦士なの? 男だろうと女だろうと、危険なことには、変わりない でしょう?」  少し冷静な彼女の声であった。 「そうだな……。向いてるのか、才能があるのかないのかはわからないけど、性に 合ってるからかな? でなきゃ、旅にだって出ないし、傭兵だって、とっくに辞め てると思うしな。だいたい、俺から『こいつ』取ったら、何が残るってんだ?」  と、剣をくいっと親指で指してから、少し照れたように彼は続けた。 「それと、……師匠に追いつきたくて。戦士としてだけじゃなく、人間的にも尊敬で きた、彼のようになりたいって、幼心に思ったから……かな」  マリスが静かに笑った。 「あたしもおんなじよ。あたしに武術を教えてくれた人を、尊敬してたし、憧れてた。 その人もあたしも、ただ、女だったってだけ」  彼は、改めて、彼女を見つめた。 「そうか……。そういうことも、あるんだな……」  恐るべし武遊浮術の『愛技』ーー初級だとは言うがーーを、身を以(もっ)てして 体験した彼は、マリスに対し、すっかり警戒心を抱いてしまったが、剣を興味津々に 見入っていた彼女のあの様子だけは、演技ではなかったと思う。  マリスがどういう人物なのかは、まだまだ掴(つか)めなかったが、同じ戦士として なら、わかり合えたような気がしたケインであった。


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